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1 대진대학교 개교 20주년 기념 2012년도 한국종교교육학회 국제학술대회 인권, 종교 그리고 종교교육 일 시 : 2012년 5월 18일 금요일(09:00-17:00) 장 소 : 대진대학교 대진교육관 103호 주 최 : 대진대학교 개교 20주년 준비위원회 주 관 : 한국종교교육학회 한국종교교육학회

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3 2012년도 한국종교교육학회 국제학술대회 -인권, 종교 그리고 종교교육- 일시 : 2012년 5월 18일(금) 09:00~17:00 장소 : 대진대학교 대진교육관 103호 등 록 09:00~09:30 개 회 식 09:30~10:00 사회 : 윤재근(대진대) 개 회 사 : 이근영(대진대학교 총장) 축 사 : 김귀성(한국종교교육학회장) 제1부 세계의 종교교육과 인권 (10:00~12:30) 사회 : 박용철(대진대) 제1발표 일본의 종교교육과 인권 발표 : 사나다 요시아키(일본중앙대 명예교수) 제2발표 중국의 종교교육과 인권 발표 : 김영완(중국 산동대 법학원) 제3발표 유럽의 종교교육과 인권 발표 : Sem Vermeersch(서울대) 제4발표 Religious Illiteracy and the Erosion of Human Rights : A Call to Educators 발표 : Diane Moore(하버드대) 점심식사 12:30~13:30

4 제2부 한국의 종교교육과 인권 Ⅰ (13:30~15:10) 사회 : 고시용(원광대) 제1발표 법학에서 본 종교교육과 인권 발표 : 오창익(인권연대 사무국장) 논평 : 허진민 변호사 제2발표 공교육 안에서의 종교교육과 인권 발표 : 류상태(종교자유정책연구원) 논평 : 고병철(한국학중앙연구원) 제3발표 한국 근현대 샤머니즘과 인권 발표 : 박일영(가톨릭대) 논평 : 조응태(선문대) 제3부 한국의 종교교육과 인권 Ⅱ (15:20~17:00) 1분과 - 기성종교 _ 사회 : 고병철(한중연) 제1발표 불교에서의 종교교육과 인권 발표 : 박범석(동국대) 논평 : 예철해(경희대) 제2발표 기독교에서의 종교교육과 인권 발표 : 손성현(감신대) 논평 : 김진호(제3시대그리스도교연구소) 제3발표 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천방향 발표 : 구본만(가톨릭대) 논평 : 김경이(가톨릭대)

5 2분과 - 신 종 교 _ 사회 : 문선영(선문대) 제1발표 대순진리회에서의 종교교육과 인권 발표 : 윤재근(대진대) 논평 : 윤기봉(대진대) 제2발표 통일교에서의 종교교육과 인권 발표 : 김항제(선문대) 논평 : 이재일(선문대) 제3발표 원불교에서의 종교교육과 인권 발표 : 박희종(원불교대학원대학교) 논평 : 고시용(원광대) 종합 토론 (17:00~17:30) _ 좌장 : 김재영(서강대)

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7 목 차 1. 日 本 における 宗 教 教 育 の 現 況 と 課 題 眞 田 芳 憲 / 3 2. 中 国 特 色 社 会 主 义 视 域 中 的 宗 教 教 育 与 人 权 保 护 金 永 完 / Religious Education and Human Rights in Europe Sem Vermeersch / Religious Illiteracy and the Erosion of Human Rights Diane L. Moore / 법학에서 본 종교교육과 인권 오창익 / 63 논평:허진민 변호사 6. 공교육 안에서의 종교교육과 인권 柳 相 泰 / 93 논평:고병철(한국학중앙연구원) 7. 한국 근ㆍ현대 샤머니즘과 인권 I 박일영 / 111 논평:조응태(선문대)

8 8. 불교에서의 종교교육과 인권 박범석 / 137 논평:예철해(경희대) 9. 프로테스탄트 교육은 인권의 파트너가 될 수 있는가? 손성현 / 151 논평:김진호(제3시대그리스도교연구소) 10. 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 / 171 논평:김경이(가톨릭대) 11. 대순진리회에서의 종교교육과 인권 윤재근 / 215 논평:윤기봉(대진대) 12. 통일교에서의 종교교육과 인권 김항제 / 217 논평:이재일(선문대) 13. 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 / 233 논평:고시용(원광대)

9 제 1 부 세계의 종교교육과 인권

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11 日 本 における 宗 教 教 育 の 現 況 と 課 題 * 眞 田 芳 憲 1) はじめに 本 報 告 は 先 ず 日 本 人 の 宗 教 意 識 の 今 日 的 特 質 と 問 題 点 を 摘 出 し 日 本 における 宗 教 教 育 の 現 況 を 梗 概 する.ついで 人 類 の 現 代 的 課 題 としての 倫 理 の 復 権 に 論 及 し 最 後 に 日 本 の 宗 教 教 育 に 求 められているものについての 私 見 を 述 べることにする. 1. 日 本 人 の 宗 教 意 識 日 本 は 神 道 ㆍ 仏 教 ㆍ 儒 教 の 共 存 の 歴 史 的 伝 統 の 下 にキリスト 教 やイスラームが 混 在 し 豊 かな 精 神 文 化 を 形 成 し 日 本 人 の 生 活 伝 統 の 中 にさまざまな 宗 教 現 象 が 綾 なされてきた.しかし その 一 方 で 日 本 は 明 治 時 代 以 来 の 近 代 化 の 流 れの 中 で 急 速 に 世 俗 化 し いわゆる 宗 教 離 れ 現 象 が 顕 著 になっている. 日 本 人 の 宗 教 意 識 を 多 年 研 究 してきた 井 上 順 孝 教 授 は 1945 年 と50 年 後 の1995 年 との 時 間 の 流 れの 中 で 日 本 人 の 宗 教 心 の 変 化 を 分 析 し その 変 化 の 特 徴 を 次 のように 結 論 づけている. すなわち 青 年 層 の 宗 教 離 れ さらにそれが 進 んで 青 年 層 の 宗 教 ㆍ 宗 教 団 体 に 対 する 敵 視 そして 高 齢 者 の 宗 教 離 れと 無 関 心 層 の 増 大 宗 教 的 年 中 行 事 の 脱 落 化 と 民 間 信 仰 の 希 薄 化 である 1). * 中 央 大 学 名 誉 教 授. 世 界 宗 教 者 平 和 会 議 (WCRP) 日 本 委 員 会 平 和 研 究 所 長 1) 井 上 順 孝 宗 教 意 識 に 見 る 現 代 社 会 の 変 化 新 宗 教 新 聞 2005 年 2 月 25 日 号. 3

12 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 日 本 人 学 者 で カナダの 大 学 で 自 살 学 を 教 えていた 布 施 豊 正 教 授 の 著 自 殺 と 文 化 の 中 に 2) ⑵ Sigelmanによる 世 界 の 宗 教 心 の 比 較 研 究 の 調 査 データ(1977 年 )が 紹 介 されている. 調 査 対 象 国 は イギリスㆍカナダㆍフランスㆍインドㆍイタリアㆍ 日 本 ㆍスカンジナヴィア 諸 国 ㆍ 米 国 ㆍドイツの9カ 国 アジアはインドと 日 本 だけで 中 東 地 域 イスラーム 世 界 の 諸 国 は 入 っていな い. 調 査 項 目 は 神 の 存 在 を 信 ずるか 死 後 の 世 界 を 信 ずるか 信 仰 は 非 常 に 重 要 であるか という3つの 項 目 で これを 基 礎 にした 宗 教 意 識 についての 調 査 である.どのような 調 査 方 法 が 使 用 されたのか その 調 査 方 法 は 詳 らかではない. この 調 査 に 見 られる 数 値 の 結 果 を 見 る 限 り 日 本 人 の 宗 教 心 が 一 番 低 い. 信 仰 が 非 常 に 重 要 である という 調 査 項 目 だけを 見 ると インドをトップとして 次 がアメリカ カナダ イタリア つ いでイギリス ドイツ フランス スカンジナヴィア 諸 国 と 続 き 最 後 が 日 本 で 最 低 の 数 値 を 示 し ている.1977 年 の 段 階 で すでにこのように 社 会 の 世 俗 化 は 非 常 に 進 んでいたわけで 今 日 的 に はもっとその 数 値 が 悪 化 しているものと 推 測 できよう.その 意 味 からも 井 上 教 授 の 調 査 結 果 とある 程 度 一 致 しているのではないかと 思 われる. いま 一 つ 先 の 井 上 教 授 が2000 年 に 行 なった 日 本 と 韓 国 の 学 生 の 宗 教 意 識 の 比 較 調 査 を 見 ておこう 3).この 調 査 によると 4) ⑷ 両 国 の 学 生 の 宗 教 意 識 の 違 いは 第 1に 宗 教 への 関 心 につ いて 見 ると 韓 国 人 学 生 の 方 の 信 仰 を 持 つ 割 合 が 圧 倒 的 に 多 く 宗 教 に 対 する 関 心 度 が 日 本 人 学 生 よりはるかに 高 い. 第 2に 宗 教 の 必 要 性 を 感 じる 度 合 いについても 韓 国 の 方 がはるかに 高 い. 逆 に 宗 教 に 対 する 警 戒 心 については 日 本 人 学 生 の 方 がはるかに 高 く その 結 果 による 2) 布 施 豊 正 自 殺 と 文 化 ( 新 潮 選 書 ) 新 潮 社 1958 年 宗 教 心 の 意 識 調 査 (Sigelman,Lee 世 界 の 宗 教 心 の 比 較 研 究 1977 年 ) 国 名 神 の 存 在 を 信 ずる(%) 死 後 の 世 界 を 信 ずる(%) 信 仰 は 非 常 に 重 要 である(%) 宗 教 心 の 順 位 イギリス カナダ フランス インド イタリア 日 本 スカンジナヴィア 諸 国 米 国 ドイツ ) 井 上 順 孝 ( 研 究 代 表 者 ) 宗 教 教 育 の 日 韓 比 較 平 成 12 年 13 年 度 科 学 研 究 費 補 助 金 基 盤 研 究 (C(1) 研 究 成 果 報 告 書 ( 平 成 14 年 )91 頁 以 下. 4) このアンケート 調 査 項 目 は 1. 宗 教 への 関 心 2. 信 仰 している 宗 教 3. 家 の 宗 教 4. 宗 教 に 関 する 一 般 的 問 題 ( 科 学 社 会 における 宗 教 の 必 要 性 ㆍ 宗 教 に 対 する 警 戒 心 ㆍ 宗 教 家 に 対 する 信 頼 性 ) 5. 宗 教 に 関 する 最 近 の 話 題 ( 宗 教 上 のトラブルに 対 する 公 的 な 相 談 窓 口 ㆍ 街 頭 での 布 教 に 対 する 法 的 規 制 ㆍ 臓 器 移 植 ) 6. 超 常 現 象 ㆍオカルトなどを 信 じるか 7. 占 いを 信 じるか 8. 霊 魂 のイメージ 9. 宗 教 とジェン ダーの9 項 目 から 構 成 されている. 4

13 日 本 における 宗 教 教 育 の 現 況 と 課 題 眞 田 芳 憲 ものと 推 測 されるが 布 教 に 対 する 法 的 規 制 の 必 要 性 についても 日 本 の 方 が 高 い. 第 3に 宗 教 者 に 対 する 信 頼 性 については 韓 国 人 学 生 の 方 が 圧 倒 的 に 高 く 日 本 人 の 学 生 の 場 合 調 査 対 象 である 学 生 の 半 数 以 上 の 者 が 宗 教 者 を 信 頼 しないという 結 果 になっている. 2. 国 家 法 秩 序 における 宗 教 教 育 の 位 置 づけ このように 日 本 人 は 豊 かな 宗 教 伝 統 の 中 に 生 活 しながら こと 宗 教 そのものに 対 する 関 心 とい うことになると 日 本 人 の 宗 教 意 識 は 極 めて 希 薄 であるばかりか 時 には 敵 対 的 な 警 戒 心 すら 抱 い ていることがわかる.こうした 現 象 は 日 本 社 会 の 歴 史 的 ㆍ 政 治 的 ㆍ 経 済 的 ㆍ 社 会 的 ㆍ 文 化 的 諸 要 因 によって 織 りなされる 精 神 的 伝 統 の 構 造 から 表 出 するものであって 宗 教 学 を 中 心 に 隣 接 する 人 文 科 学 や 社 会 科 学 の 諸 々の 学 問 との 共 同 作 業 によってはじめて 解 明 し 得 るものである.しか し ここには 勿 論 宗 教 教 育 の 在 り 方 が 重 要 な 一 翼 を 担 っていることは 否 定 できない 事 実 であ る. 宗 教 が 学 校 教 育 の 場 でどのように 取 り 扱 われているかは 宗 教 が 国 家 の 中 でどのように 位 置 づ けられているかによって 大 きく 異 なる. 国 家 と 宗 教 との 関 係 は 通 常 大 きく 次 の3つのタイプに 分 け られる. 1 宗 教 に 対 して 友 好 的 なタイプ( 米 国 ドイツ 等 ) 2 中 立 ないし 非 友 好 的 なタイプ( 日 本 韓 国 フランス 等 ) 3 批 判 的 ないし 敵 対 的 なタイプ( 中 国 北 朝 鮮 等 ) 戦 後 の 日 本 の 宗 教 教 育 は 2の 中 立 ないし 非 友 好 的 なタイプに 属 すると 言 えよう.そして 日 本 における 宗 教 教 育 は 日 本 国 憲 法 における 宗 教 に 関 する 二 つの 原 則 すなわち 信 教 の 自 由 と その 制 度 上 の 保 障 としての 政 教 分 離 ( 国 家 と 宗 教 の 分 離 )と 密 接 に 関 わるものとして 論 じられてきた. 日 本 国 憲 法 は 信 教 の 自 由 に 関 し 第 20 条 において 次 のように 定 めている. 第 20 条 ( 信 教 の 自 由 ) 1 信 教 の 自 由 は 何 人 に 対 してもこれを 保 障 する.いかなる 宗 教 団 体 も 国 から 特 権 を 受 け 又 は 政 治 上 の 権 力 を 行 使 してはならない. 2 何 人 も 宗 教 上 の 行 為 祝 典 儀 式 又 は 行 事 に 参 加 することを 強 制 されない. 3 国 及 びその 機 関 は 宗 教 教 育 その 他 いかなる 宗 教 的 活 動 もしてはならない. この 憲 法 の 規 定 に 基 づき 年 公 布 の 教 育 基 本 法 は 宗 教 教 育 について 次 のように 定 め ている. 5

14 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 第 9 条 ( 宗 教 教 育 ) 1 宗 教 に 関 する 寛 容 の 態 度 及 び 宗 教 の 社 会 生 活 における 地 位 は 教 育 上 これを 尊 重 しなけ ればならない. 2 国 及 び 地 方 公 共 団 体 が 設 置 する 学 校 は 特 定 の 宗 教 のための 宗 教 教 育 その 他 宗 教 的 活 動 をしてはならない. こうした 憲 法 及 び 教 育 基 本 法 の 精 神 に 基 づいて 1949 年 の 文 部 事 務 次 官 通 達 により 初 等 及 び 中 等 教 育 における 宗 教 の 取 扱 いについて 次 の 原 則 が 示 された. 第 1に 国 公 立 の 学 校 にあっては 礼 拝 や 宗 教 的 儀 式 祭 典 に 参 加 する 目 的 で 宗 教 施 設 の 訪 問 を 主 催 してはならない.もし 研 究 や 文 化 上 の 目 的 で 訪 問 する 場 合 には これを 児 童 ㆍ 生 徒 に 強 要 してはならない. 第 2に 宗 教 に 関 する 教 材 については 研 究 ㆍ 教 育 上 必 要 があるならば 宗 教 的 教 材 を 利 用 してもよいが 特 定 の 宗 教 を 評 価 したり 逆 に 否 認 したりする 結 果 にならないよう 配 慮 しなけれ ばならない. 第 3に 児 童 ㆍ 生 徒 が 授 業 時 間 以 外 に 自 発 的 に 宗 教 団 体 を 組 織 することは 自 由 である. 勿 論 以 上 のことは 私 立 学 校 には 適 用 されず 私 立 学 校 での 宗 教 教 育 の 自 由 は 保 障 され る. 戦 後 数 年 間 の 間 に 示 された 宗 教 教 育 に 関 するこうした 基 本 方 針 は 今 日 に 至 るまで 基 本 的 に は 踏 襲 されてきている. 宗 教 系 の 学 校 では 授 業 時 間 の 制 約 はあっても かなり 自 由 に 自 宗 の 宗 派 教 育 を 中 心 とした 宗 教 教 育 を 実 現 することが 可 能 になった.しかし 公 立 学 校 では 戦 前 のいわ ゆる 国 家 神 道 問 題 もからみ 教 育 現 場 において 宗 教 について 取 り 扱 うことがタブー 視 され できる 限 り 避 ける 風 潮 が 醸 成 されていった. 教 育 現 場 におけるこういった 宗 教 教 育 の 忌 避 観 や 嫌 悪 感 を 反 映 して 宗 教 教 育 は 1 知 識 教 育 2 情 操 教 育 3 宗 派 教 育 に 分 かたれ 公 立 学 校 では 宗 教 に 関 する 知 識 教 育 を 中 心 とし て 行 なわれるようになった.ここでは 歴 史 や 倫 理 道 徳 などの 時 間 で 宗 教 の 創 唱 者 哲 学 者 など の 思 想 の 概 要 あるいは 宗 教 の 歴 史 的 展 開 などが 教 えられるにすぎなかった. ここで 多 くの 論 議 を 巻 き 起 こしたのが そもそも 宗 教 情 報 教 育 とは 何 か 宗 教 情 操 教 育 というも のがあり 得 るとしても 公 立 学 校 での 宗 教 情 操 教 育 が 可 能 であるかという 問 題 であった.その 場 合 公 立 学 校 での 宗 教 情 操 教 育 が 可 能 であるとすれば そこでの 情 操 教 育 は 特 定 の 宗 教 特 定 の 個 別 の 宗 教 宗 派 と 関 わりのない 宗 教 情 操 でなければならない.これに 対 し そうした 特 定 の 宗 教 と 離 れた 抽 象 的 かつ 一 般 的 宗 教 情 操 という 観 念 を 想 定 することはできないとする 強 い 反 対 論 が 提 示 された. こうした 論 争 に 決 着 がつかないまま 2006 年 改 正 教 育 基 本 法 が 施 行 された.この 改 正 法 は 6

15 日 本 における 宗 教 教 育 の 現 況 と 課 題 眞 田 芳 憲 今 日 1 自 信 喪 失 感 や 閉 塞 感 の 広 がり 2 倫 理 観 や 社 会 的 使 命 感 の 喪 失 3 少 子 高 齢 化 による 社 会 の 活 力 低 下 4 経 済 停 滞 と 就 職 難 などに 顕 在 化 している 日 本 社 会 の 危 機 的 状 況 にあって 日 本 の 教 育 を 根 本 から 見 直 し 新 しい 時 代 にふさわしく 再 構 築 することを 目 的 とするもの であった 5) ⑸. 宗 教 教 育 については 新 たに 第 15 条 に 規 定 され 第 1 項 に 宗 教 に 関 する 一 般 的 教 養 の 文 字 が 挿 入 され 次 のように 改 正 された. 第 2 項 は 改 正 されず 従 前 のままとされた. 第 15 条 ( 宗 教 教 育 ) 1. 宗 教 に 関 する 寛 容 の 態 度 宗 教 に 関 する 一 般 的 な 教 養 及 び 宗 教 の 社 会 生 活 における 地 位 は 教 育 上 尊 重 されなければならない. このような 国 家 法 次 元 での 新 しい 見 直 しの 動 きも 一 つの 要 因 となって 近 時 従 来 の 宗 教 知 識 教 育 ㆍ 宗 教 情 操 教 育 ㆍ 宗 派 教 育 に 統 括 される 宗 教 教 育 を 批 判 的 に 再 検 討 し 宗 教 文 化 教 育 と 呼 ばれる 宗 教 教 育 論 が 提 唱 されてきた.その 論 者 によれば 宗 教 文 化 教 育 とは 文 化 とし ての 宗 教 についての 理 解 を 深 める 教 育 すなわち 文 化 としての 宗 教 とは 日 本 及 び 近 隣 諸 国 そして 世 界 の 主 な 宗 教 の 習 俗 伝 統 的 宗 教 についての 基 礎 知 識 日 本 人 の 宗 教 に 対 処 する 態 度 の 特 徴 世 界 の 諸 宗 教 の 現 状 についての 理 解 を 深 めることを 目 指 すものである 6). 3. いま 教 育 に そして 教 育 者 に 問 われているもの 宗 教 教 育 をどのように 位 置 づけるにせよ そもそも 今 日 教 育 に 求 められているものは 何 である のか.このことを 明 確 にせずに 宗 教 教 育 を 語 っても 問 題 の 所 在 を 矮 小 化 し ともすれば 教 育 技 術 論 に 陥 りかねない 危 険 性 がある.いま 教 育 に 求 められているものは 何 か.いま 教 育 者 に 求 められ ているものは はたして 何 であるのか. そのためには いま 社 会 が 私 たちに 求 めているものは 何 かを 問 うてみなければならない. 今 日 ほ ど 私 たちに 国 際 社 会 たると 国 内 社 会 たるとを 問 わず 個 人 の 尊 厳 を 大 切 にしながら 他 者 との 繋 がりを 尊 重 し かつ 国 家 の 枠 組 みに 組 み 込 まれることなく 私 たちの 生 活 の 基 盤 たる 共 同 体 に 対 する 責 任 に 応 答 していく 態 度 が 求 められている 時 代 はない.かつてインドのマハトマㆍガンジー (Mahatma Gandhi)は 7つの 社 会 的 罪 を 次 のように 説 いた. 5) 眞 田 芳 憲 教 育 と 法 と 文 化 教 育 基 本 法 改 正 問 題 に 問 われているもの 地 域 文 化 研 究 9 地 域 文 化 学 会 2006 年 1 頁 以 下. 6) 井 上 順 孝 前 掲 頁. 7

16 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 1 原 則 なき 政 治 (Politics without principles) 2 道 徳 なき 商 業 (Commerce without morality) 3 労 働 なき 富 (Wealth without work) 4 人 格 なき 教 育 (Education without character) 5 人 間 性 なき 科 学 (Science without humanity) 6 良 心 なき 快 楽 (Pleasure without conscience) 7 犠 牲 なき 信 仰 (Worship without sacrifice) ガンジーのこの 教 えは 今 日 緊 急 性 の 度 合 をますます 強 めて 私 たちに 訴 えかけている. 個 人 主 義 に 裏 打 ちされた 過 度 の 自 由 主 義 は 人 びとに 放 縦 ともいうべき 自 己 利 益 の 追 求 を 許 し 人 間 社 会 に 不 可 欠 な 社 会 的 連 帯 性 を 希 薄 化 させ 社 会 の 荒 廃 を 招 来 させている. 国 家 の 安 全 保 障 の 名 の 下 で 過 去 半 世 紀 で 最 悪 の 経 済 危 機 の 中 にあっても 過 去 10 年 間 で50% 近 くに 上 昇 という 世 界 軍 事 費 の 増 強 それにもかかわらず 極 度 の 貧 困 の 中 に 生 きる 世 界 人 口 の 半 数 の 人 びとの 悲 惨 な 生 活 リーマンショックによる 世 界 の 金 融 市 場 の 瓦 解 的 影 響 と 競 争 原 理 の 貫 徹 した 市 場 経 済 によって 生 み 出 された 勝 ち 組 と 負 け 組 みの 二 極 分 化 民 主 主 義 という 名 の 下 に 公 共 の 精 神 を 忘 れて 衆 愚 政 治 の 中 に 踊 る 国 民 と 政 治 家 過 度 の 暴 力 や 性 描 写 を 地 球 全 体 に 伝 達 するマスメディアの 商 業 主 義 官 僚 や 警 察 官 や 教 員 など 公 職 にある 者 の 公 僕 にある まじき 反 倫 理 的 行 為 人 間 操 作 を 可 能 にする 科 学 技 術 の 進 展 に 伴 う 生 命 の 尊 厳 に 対 する 脅 威 等 々 私 たちの 社 会 に 蔓 延 している 倫 理 の 空 洞 化 現 象 は 現 在 に 生 きる 私 たちは 言 うに 及 ば ず 未 来 を 担 う 来 るべき 世 代 のためにも 放 置 できない 事 態 を 生 み 出 そうとしている. ここにおいて 根 源 的 に かつ 本 質 的 に 問 われなければならないことは 第 1に いま ここに 生 きることの 意 味 人 間 存 在 についての 実 存 的 な 根 本 問 題 を 問 うことを 学 ぶということである. 私 は 一 体 誰 なのか.なぜ 私 は いま ここにいるのか. 私 が いま ここに 生 きている 社 会 は そもそも 何 であるのか. 私 はこの 社 会 で いかに 生 きるべきなのか. 私 にとって この 社 会 に 生 きることは いか なる 意 味 があるのか. などの 根 本 的 問 題 について 実 存 的 に 問 うことを 学 び 学 んでさらに 問 うという 魂 の 探 求 者 とならねばならないということである.こうした 魂 の 探 求 の 道 を 教 師 と 子 供 が 共 に 手 を 携 えて 歩 むことの 中 で 人 間 として 正 しく 生 きる 道 を 知 る 知 道 者 として その 道 を 切 り 開 く 開 道 者 として そしてまた 人 間 としての 正 しい 道 を 説 く 説 道 者 としての 義 務 感 と 責 任 感 を 持 てる 人 間 を いかに 育 成 するかということが 問 われることになる. この 目 的 を 実 現 するためには 教 育 が 人 生 についての 単 なる 理 論 から 人 生 の 価 値 転 換 のダ イナミックな 過 程 へと 変 質 していかねばならない. 教 育 は 人 間 が 人 間 らしくあるための 主 体 的 営 み である. 人 間 がそれ 自 らなる 主 体 性 に 覚 醒 し これを 取 り 戻 し 他 者 との 相 依 相 関 の 中 で 調 和 と 連 帯 の 確 立 を 通 して 自 己 を 変 革 し 自 己 の 裡 にある 本 来 なる 自 己 の 尊 厳 性 を 自 覚 するための 人 間 8

17 日 本 における 宗 教 教 育 の 現 況 と 課 題 眞 田 芳 憲 性 への 深 い 探 求 の 過 程 こそが 教 育 の 本 質 なのである. 第 2に 教 育 が 魂 の 探 求 であるとすれば 教 師 たるものの 仕 事 は 単 なる 知 識 の 伝 達 でもなけ れば 単 に 分 析 的 方 法 を 用 いて 世 界 を 記 述 するという 非 人 格 的 な 仕 事 でもない.それは 子 供 が 新 たな 人 生 の 意 味 を 実 感 できるように 子 供 の 潜 在 的 能 力 と 可 能 性 を 啓 発 することなのである. 教 師 が 何 を 知 っているかではなく 子 供 が 自 分 の 力 で 何 を 発 見 するか それによっていかに 生 きるか を 自 覚 することが 重 要 なのである. 従 って それはまた 従 順 なる 子 供 を 育 成 することでもない.むし ろ 人 生 のジレンマを 恐 れずに 凝 視 し 自 らの 全 存 在 をかけてこれに 対 決 し 自 己 の 高 潔 と 英 知 を 大 切 にする 主 体 性 ある 個 人 を 生 み 出 すことなのである. そのためには 教 師 は 先 ず 自 らが 己 れの 裡 なる 魂 の 巡 礼 者 とならねばならない. 己 れ 自 ら が 現 在 の 蒙 を 打 ち 破 り 未 来 へ 呼 びかける 預 言 者 とならねばならない.これによってはじめて 教 師 と 子 供 との 間 に 強 い 連 帯 感 心 の 通 った 意 思 の 触 れ 合 い 共 感 に 根 差 した 理 解 が 生 まれ 知 識 が 徳 に 昇 化 する 道 が 開 かれるのである. 4. 世 界 人 権 宣 言 50 周 年 と 世 界 人 間 責 任 宣 言 の 起 草 今 日 人 類 が 直 面 している 最 大 の 問 題 の 一 つは 倫 理 の 復 権 である. 精 神 の 空 洞 化 ㆍ 倫 理 の 真 空 化 が 著 しい 現 代 社 会 にあって 倫 理 の 復 権 に 問 われるのは 人 間 の 尊 厳 の 実 現 そして 回 復 のための 基 本 的 前 提 として 最 大 限 可 能 な 自 由 を 目 標 としつつも 同 時 に 自 由 そのもののさらな る 発 展 を 可 能 にする 最 大 限 の 責 任 感 を 涵 養 することにある 年 世 界 人 権 宣 言 (The Universal Declaration of Human Rights)は50 周 年 を 迎 えた. 世 界 の 各 地 で 祝 賀 された 数 々の 記 念 事 業 の 中 でも 特 に 特 異 な 預 言 者 的 地 位 を 占 めていたのが インターアクションㆍカウンシル(Inter Action Council) 1983 年 東 西 南 北 陣 営 に 属 する 世 界 に24 人 の 元 首 相 と 元 大 統 領 によって 設 立 され 現 在 は 33 人 の 元 政 治 指 導 者 によって 構 成 され 通 常 OBサミット と 呼 ばれている によって 提 案 された 世 界 人 間 責 任 宣 言 (A Universal Declaration of Human Responsibilities)である 7) この 宣 言 は 責 任 を 負 わぬ 自 由 は 自 由 そのものを 滅 ぼすが 権 利 と 責 任 を 均 等 のとれたも のとすれば 自 由 はさらに 力 を 増 し より 良 き 世 界 が 創 りだされるであろう と 警 告 してきた 古 来 の 宗 教 指 導 者 や 哲 人 たちの 叡 智 の 上 に 8) 立 って 起 草 されたものであった. 本 宣 言 において 最 低 限 許 容 され 得 るものとして 合 意 された 基 本 的 原 則 は 次 の 二 つである. 7) 眞 田 芳 憲 世 界 人 間 責 任 宣 言 (A Universal Declaration of Human Responsibilities) 草 案 とその 歴 史 的 意 義 について ( 以 下 世 界 人 間 責 任 宣 言 と 略 ) 比 較 法 雑 誌 第 35 巻 2 号 2001 年 1 頁 以 下. 8) 真 田 芳 憲 世 界 人 間 責 任 宣 言 7-8 頁. 9

18 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 1. いかなる 人 間 であれ 人 間 の 尊 厳 が 尊 ばれるよう 人 間 らしく 取 り 扱 われなければならない. 2. 他 者 から 自 分 にしてもらいたいことは 自 ら 進 んで 他 者 にしなければならない. この 基 本 原 則 の 上 に 立 って 本 宣 言 は 人 間 性 の 基 本 原 則 ㆍ 非 暴 力 と 生 命 の 尊 重 ㆍ 正 義 と 連 帯 ㆍ 真 実 と 寛 容 性 ㆍ 相 互 尊 敬 とパートナーシップの5 項 目 を 掲 げた19カ 条 から 構 成 されて いる.そして 起 草 された 本 宣 言 には 25 人 の 元 首 相 と 元 大 統 領 がこれに 署 名 している 9). この 宣 言 草 案 の 作 成 に 指 導 的 役 割 を 演 じたインターアクションㆍカウンシルの 名 誉 議 長 ヘル ムートㆍシュミット 元 西 ドイツ 首 相 は 2000 年 11 月 28 日 日 本 の 京 都 で 開 催 された 世 界 宗 教 者 平 和 会 議 (World Conference on Religion and Peace: WCRP) 創 立 30 周 年 記 念 式 典 にお いて 新 たなる 世 紀 における 人 間 の 責 任 の 確 立 に 向 けて (Toward Establishing Human Responsibility in the New Century)と 題 する 記 念 講 演 を 行 ない 10) 世 界 人 間 責 任 宣 言 草 案 の 基 調 原 則 を 次 のように 強 調 したのであった. ㆍ 私 たちに 生 命 の 権 利 があるとすれば 私 たちには 他 の 一 切 の 存 在 の 生 命 を 尊 重 する 義 務 が ある. ㆍ 私 たちに 自 由 の 権 利 があるとすれば 私 たちには 他 者 の 自 由 を 尊 重 する 義 務 がある. ㆍ 私 たちに 安 全 の 権 利 があるとすれば 私 たちはすべての 人 間 が 人 間 としての 平 和 を 享 有 でき る 条 件 を 創 出 する 義 務 がある. ㆍ 私 たちに 自 国 の 政 治 過 程 に 参 加 し 指 導 者 を 選 挙 する 権 利 があるとすれば 私 たちにはそ れに 参 加 し 最 良 の 指 導 者 を 選 ぶことを 保 証 する 義 務 がある. ㆍ 私 たちに 思 想 の 自 由 良 心 の 自 由 信 仰 の 自 由 の 権 利 があるとすれば 私 たちには 他 者 の 宗 教 や 他 者 の 思 想 を 尊 重 する 義 務 がある. ㆍ 私 たちに 地 球 の 恵 みを 享 受 する 権 利 があるとすれば 私 たちは 地 球 の 天 然 資 源 を 尊 重 し 保 護 する 義 務 がある. 5. 宗 教 教 育 に 求 められるもの 世 界 の 諸 宗 教 は 人 類 にとって 叡 智 の 宝 庫 であり 叡 智 の 偉 大 な 伝 統 の 一 つである. 過 去 数 千 年 にわたり 世 界 の 諸 宗 教 は 預 言 者 ㆍ 聖 者 ㆍ 賢 者 を 通 して 人 間 はいかにあるべきか の 倫 理 9) 韓 国 からは 起 草 の 専 門 家 会 議 にソウル 大 学 の 金 璟 東 教 授 が 参 加 し 申 鉉 碻 元 首 相 が 宣 言 に 署 名 してい る. 10) この 講 演 は 後 に Helmut Schmidt,Toward Establishing Human Responsibility in the New Century,Dharma World vol.28,p.8.mar/apr.2001.として 掲 載 された. 10

19 日 本 における 宗 教 教 育 の 現 況 と 課 題 眞 田 芳 憲 規 範 を 説 いてきた. 人 間 の 行 為 ㆍ 行 動 は 基 本 的 に 価 値 や 選 択 に 深 く 関 わっている.それ 故 に 倫 理 は 何 よりも 優 先 されねばならない. 倫 理 は 私 たちの 行 動 を 啓 発 し 私 たちを 悪 を 避 け 善 を 行 なう 道 を 指 し 示 し 私 たちの 魂 を 鼓 舞 させてくれる. 従 って 学 校 の 場 から 倫 理 や 正 邪 の 教 えがなくなれば 私 たちの 学 校 はすぐに 切 り 捨 てられる 労 働 力 を 大 量 生 産 する 単 なる 工 場 と 化 してしまうであろう. 世 界 の 諸 宗 教 は その 誕 生 の 時 代 民 族 自 然 的 ㆍ 社 会 的 環 境 等 に 応 じてその 教 義 や 儀 式 の 表 現 形 態 にさまざまな 相 違 を 示 している.しかし その 相 違 の 根 底 にはすべての 宗 教 に 共 通 す る 教 えが 秘 められている.およそ 宗 教 で 人 びとの 幸 福 や 安 寧 人 びとの 共 生 と 社 会 の 平 和 や 調 和 を 説 かないものはない.いかなる 宗 教 も 自 己 抑 制 ㆍ 義 務 ㆍ 責 任 を 唱 導 している.すべての 宗 教 が 慈 悲 や 赦 し 寛 容 や 少 欲 知 足 喜 捨 ( 布 施 )や 他 者 への 奉 仕 公 平 や 正 義 の 教 えを 説 き 人 びとを 導 いている.いかなる 宗 教 も 人 間 よりも 崇 高 な 存 在 を 信 じ 物 質 主 義 的 で 自 己 中 心 的 な 生 き 方 の 限 界 を 教 え 説 いている. いま 宗 教 教 育 に 問 われていることは 第 1に 宗 教 教 育 に 携 わる 教 育 者 は 自 己 の 信 ずる 宗 教 あるいは 信 条 に 埋 没 することなく そこに 秘 められている 共 通 の 普 遍 的 真 理 を 見 出 し それ を 究 明 し 特 に 宗 教 信 仰 を 持 った 教 師 であれば 他 宗 教 ㆍ 他 宗 派 を 排 するのではなく そこに 万 教 同 根 の 真 実 を 探 知 し 相 互 理 解 と 相 互 尊 重 の 寛 容 な 精 神 を 涵 養 し 知 的 ㆍ 霊 的 連 帯 を 強 固 にし かつこれを 子 供 たちに 伝 えていかなければならない.その 意 味 において 宗 教 教 育 は 宗 教 の 求 める 慈 悲 の 実 践 者 の 育 成 であり 人 類 全 体 の 幸 福 への 奉 仕 者 の 育 成 ということになる. 第 2に 宗 教 の 歴 史 には 慈 悲 と 寛 容 に 包 まれた 建 設 的 な 明 るい 面 と 暴 力 と 殺 戮 に 彩 られ た 暗 黒 の 面 が 常 に 存 在 していたし 9.11の 同 時 多 発 テロに 見 られるように いまでも 存 在 し 続 けて いる.しかし その 宗 教 の 暗 黒 面 は 宗 教 そのものに 本 質 的 に 内 在 するものなのか それとも 宗 教 を 信 奉 すると 称 する 者 たちの 政 治 的 ㆍ 経 済 的 欲 望 に 起 因 するものであるのか. 重 要 なことは 宗 教 が 政 治 や 経 済 などの 世 俗 的 欲 求 を 正 当 化 するためのプロパガンダに 利 用 されているか 否 かを 正 し く 認 識 することである. 私 たちは 宗 教 がハイジャックされた 苦 い 歴 史 の 教 訓 を 学 ばなければならな い.グローバリゼーションが 進 む 今 日 の 世 界 にあって 真 の 世 界 平 和 をつくるためには 人 類 のさまざ まな 宗 教 の 歴 史 的 知 識 に 裏 付 けられた 宗 教 相 互 間 の 理 解 と 調 和 他 宗 教 に 対 する 寛 容 と 敬 意 が 欠 くことのできない 条 件 の 一 つである.この 意 味 において 宗 教 教 育 は 平 和 をつくり 出 す 人 を 育 成 する 平 和 の 教 育 でなければならない. 第 3に 宗 教 教 育 は 人 間 の 倫 理 的 生 き 方 に 関 わるものであってみれば 学 校 教 育 という 狭 い 枠 の 場 に 限 定 され 固 定 化 されるものであってはならない. 教 育 そのものは 本 来 家 庭 教 育 ㆍ 学 校 教 育 ㆍ 社 会 教 育 の 三 者 のネットワークの 中 で 行 なわれるものである. 特 に 宗 教 教 育 の 場 合 家 庭 における 宗 教 教 育 学 校 における 宗 教 教 育 社 会 における 宗 教 教 育 は 相 互 に 密 接 に 結 合 している.それ 故 この 三 者 の 教 育 がそれぞれの 機 能 を 生 かしつつ 有 機 的 な 相 関 関 係 において 11

20 機 能 する 宗 教 教 育 の 在 り 方 が 追 及 されていかねばならない.ここにおいては 当 然 のことながら 宗 教 者 の 社 会 的 役 割 が 極 めて 重 要 となる. 宗 教 者 自 らが 自 己 の 宗 教 の 創 唱 者 の 本 願 に 回 帰 し 人 びとの 救 済 と 社 会 の 平 和 実 現 への 社 会 的 使 命 に 生 き 宗 教 の 社 会 的 信 頼 の 回 復 に 努 め る 必 要 があろう. 第 4に 宗 教 教 育 においては この 仕 事 に 携 わる 教 師 は 単 なる 宗 教 的 権 威 者 でも 子 供 たち の 客 観 的 模 範 者 でも 宗 教 的 知 識 の 単 なる 伝 達 者 であってもならない. 何 よりも 教 師 その 人 が 先 ず 自 己 自 身 を 変 革 する 魂 の 巡 礼 者 であり 自 己 の 変 革 を 通 して 子 供 たちを 変 革 する 神 聖 な 義 務 の 履 行 者 たることを 自 覚 し かつその 実 践 者 でなければならない.ここにおいては 宗 教 教 育 は 子 供 の 心 の 裡 に 宗 教 的 経 験 とも 言 うべき 内 的 変 化 を 生 み 出 す 創 造 的 教 育 ということになる.その 意 味 において 宗 教 教 育 は 教 師 に 厳 しい 実 存 的 な 責 任 を 課 すことになる. 第 5に 今 日 宗 教 は 個 人 的 領 域 における 個 人 倫 理 はもとより 政 治 ㆍ 法 律 ㆍ 経 済 ㆍ 社 会 に 関 わる 地 球 的 ㆍ 人 類 的 諸 問 題 をはじめとして 科 学 技 術 ㆍ 生 命 操 作 ㆍ 環 境 保 全 などの 諸 問 題 に 関 わる 社 会 倫 理 の 領 域 において こうした 社 会 倫 理 をいかに 形 成 するか あるいは 既 存 の ものに いかにして 新 しい 方 向 づけを 提 示 するかという 社 会 的 責 任 が 問 われている.もし 宗 教 がこう した 課 題 に 答 え 得 ず 信 者 はもとより 社 会 の 一 般 の 人 びとに 対 して 生 ㆍ 老 ㆍ 病 ㆍ 貧 ㆍ 死 に 関 わる 現 代 的 苦 の 課 題 に 倫 理 的 指 針 を 与 えることができなければ 宗 教 は 時 代 から 取 り 残 され 過 去 の 遺 物 と 化 すことになろう.もしそうした 事 態 に 立 ち 至 れば 宗 教 教 育 は 単 なる 古 物 商 的 教 育 と 化 し 宗 教 の 社 会 的 機 能 ㆍ 役 割 ㆍ 使 命 を 伝 達 する 生 きた 教 育 とはほど 遠 いものとなろう.それは とり もなおさず 宗 教 教 育 の 挫 折 であり 宗 教 教 育 の 敗 北 以 外 の 何 物 でもない. 第 6に それ 故 に 宗 教 教 育 は 純 宗 教 的 情 報 にとどまらず 今 日 の 地 球 的 ㆍ 人 類 的 課 題 に 対 する 宗 教 的 対 応 やその 宗 教 者 や 宗 教 団 体 の 具 体 的 活 動 実 践 例 に 関 する 情 報 を 必 要 とするこ とになる. 宗 教 教 育 に 携 わる 教 師 が 教 育 上 必 要 とする 情 報 を 効 果 的 に 入 手 するためには ソフトと ハードの 面 におけるシステマティックな 教 育 環 境 と 教 育 体 制 が 整 備 されていなければならない.その 意 味 において 諸 宗 教 間 対 話 及 び 宗 教 と 他 の 学 問 分 野 との 間 の 教 学 的 対 話 そしてその 対 話 を 通 して 宗 教 教 育 の 教 材 づくりのための 共 働 体 制 がますます 必 要 となっていくであろう.

21 中 国 特 色 社 会 主 义 视 域 中 的 宗 教 教 育 与 人 权 保 护 * 金 永 完 11) Ⅰ. 引 言 中 国 宪 法 序 言 规 定 我 国 将 长 期 处 于 社 会 主 义 初 级 阶 段 根 据 历 史 唯 物 主 义 社 会 主 义 社 会 的 下 一 阶 段 是 共 产 主 义 社 会 因 此 中 国 特 色 社 会 主 义 是 实 现 共 产 主 义 理 想 的 必 经 阶 段 在 目 前 社 会 主 义 早 期 阶 段 的 条 件 下 建 设 有 中 国 特 色 社 会 主 义 是 中 国 人 民 的 共 同 理 想 推 进 马 克 思 主 义 中 国 化 时 代 化 大 众 化 是 适 应 人 们 思 想 观 念 价 值 观 相 新 变 化 的 迫 切 需 要 1) 中 国 特 色 社 会 主 义 理 论 体 系 是 马 克 思 主 义 在 现 代 中 国 发 展 取 得 的 新 成 果 为 了 实 现 马 克 思 主 义 的 中 国 化 时 代 化 大 众 化 要 不 断 地 发 展 中 国 特 色 的 社 会 主 义 理 论 体 系 使 两 者 相 互 支 持 相 互 促 进 2) 韩 国 宗 教 教 育 学 会 让 笔 者 就 中 国 的 宗 教 教 育 与 人 权 问 题 在 国 际 学 术 会 议 上 发 表 个 人 看 法 笔 者 欣 然 接 受 鉴 于 中 国 的 特 殊 性 本 文 试 图 从 中 国 特 色 社 会 主 义 理 论 出 发 分 别 探 讨 中 国 的 宗 教 教 育 问 题 与 人 权 保 护 问 题 正 如 上 文 中 所 提 到 的 现 在 的 中 国 将 马 克 思 主 义 与 中 国 的 实 际 情 况 相 结 合 从 而 发 展 了 马 克 思 主 义 并 处 于 中 国 特 色 社 会 主 义 的 建 设 时 期 其 实 中 国 的 宗 教 教 育 与 人 权 保 护 是 在 不 断 变 化 的 但 是 这 些 问 题 被 国 际 学 术 界 所 遮 蔽 因 此 本 文 拟 以 中 国 宗 教 教 育 与 人 权 保 护 的 变 化 过 程 为 重 点 对 宗 教 教 育 和 人 权 保 护 的 问 题 进 行 分 析 和 考 察 * 山 东 大 学 法 学 院 副 教 授 法 学 博 士 1) 卡 言 : 共 产 党 员 在 多 样 化 环 境 中 要 坚 定 共 同 理 想, 载 党 建 研 究 2010 年 第 2 期, 第 页 2) 陈 雪 洁 吴 虹 张 洪 兵 耿 文 茹 李 晗 : 马 克 思 主 义 中 国 化 的 新 挑 战 - 大 学 生 科 学 宗 教 观 的 构 建 载 沈 阳 工 业 大 学 学 报 ( 社 会 科 学 版 ) 2011 年 第 4 卷 第 81 页 13

22 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 Ⅱ. 中 国 特 色 社 会 主 义 与 宗 教 教 育 1. 中 国 的 法 律 政 策 与 宗 教 1) 中 国 宪 法 为 了 掌 握 中 国 宗 教 问 题 的 基 本 构 造 我 们 首 先 应 该 对 中 国 宪 法 中 有 关 宗 教 问 题 的 规 定 进 行 了 解 自 中 华 人 民 共 和 国 建 国 (1949) 到 现 在 制 定 和 实 行 的 宪 法 分 别 有 中 国 人 民 政 治 协 商 会 议 共 同 纲 领 (1949 以 下 简 称 共 同 纲 领 ) 1954 年 宪 法 1975 年 宪 法 1978 年 宪 法 1982 年 宪 法 ( 现 行 宪 法 ) 其 中 1982 年 宪 法 顺 应 时 代 潮 流 分 别 于 1988 年 1993 年 1999 年 以 及 2004 年 进 行 了 部 分 修 订 中 国 的 现 行 宪 法 (1982 年 宪 法 ) 明 确 规 定 中 国 人 民 有 宗 教 信 仰 自 由 即 中 华 人 民 共 和 国 公 民 有 宗 教 信 仰 自 由 ( 第 三 十 六 条 第 一 款 ) 任 何 国 家 机 关 社 会 团 体 和 个 人 不 得 强 制 公 民 信 仰 宗 教 或 者 不 信 仰 宗 教 不 得 歧 视 信 仰 宗 教 的 公 民 和 不 信 仰 宗 教 的 公 民 ( 第 三 十 六 条 第 二 款 ) 中 华 人 民 共 和 国 成 立 初 期 的 临 时 宪 法 共 同 纲 领 (1949) 和 新 中 国 最 早 的 正 式 宪 法 1954 年 宪 法 都 规 定 了 宗 教 信 仰 自 由 1975 年 宪 法 和 1978 年 宪 法 规 定 公 民 有 信 仰 宗 教 的 自 由 和 不 信 仰 宗 教 宣 传 无 神 论 的 自 由 这 里 所 规 定 的 信 仰 宗 教 的 自 由 是 站 在 有 神 论 的 立 场 上 ; 与 此 相 反 不 信 仰 宗 教 宣 传 无 神 论 的 自 由 则 是 立 足 于 无 神 论 如 果 我 们 着 眼 于 西 方 国 家 的 宪 法 体 制 的 话 不 能 不 疑 问 这 种 规 定 真 能 保 障 人 民 的 宗 教 信 仰 自 由 吗? 但 是 建 立 在 马 克 思 ㆍ 列 宁 主 义 基 础 上 的 中 国 依 然 强 调 马 克 思 ㆍ 列 宁 主 义 信 仰 的 必 要 性 而 且 中 国 的 所 谓 宗 教 教 育 也 是 以 这 种 思 想 的 教 育 为 基 础 进 行 的 文 化 大 革 命 ( ) 结 束 以 后 制 定 的 1978 年 宪 法 因 为 还 没 能 完 全 摆 脱 文 化 大 革 命 的 影 响 所 以 几 乎 是 照 搬 1975 年 宪 法 的 内 容 比 如 1978 年 宪 法 序 言 中 写 到 建 国 后 我 国 各 族 人 民 经 过 无 产 阶 级 文 化 大 革 命 取 得 了 社 会 主 义 革 命 和 社 会 主 义 建 设 的 伟 大 胜 利 第 一 次 无 产 阶 级 文 化 大 革 命 的 胜 利 结 束 使 我 国 社 会 主 义 革 命 和 社 会 主 义 建 设 进 入 了 新 的 发 展 时 期 这 一 说 法 不 仅 肯 定 了 文 化 大 革 命 也 表 明 了 有 可 能 会 进 行 第 二 次 第 三 次 文 化 大 革 命 3) 1982 年 宪 法 删 除 了 有 关 不 信 仰 宗 教 宣 传 无 神 论 的 自 由 的 说 法 对 建 立 在 马 克 思 ㆍ 列 宁 主 义 基 础 上 的 中 国 来 讲 删 除 这 一 说 法 并 不 是 件 容 易 的 事 其 内 部 也 存 在 着 保 留 论 和 删 除 论 的 尖 锐 对 立 考 虑 到 当 时 的 政 治 状 况 虽 然 可 以 理 解 为 是 因 为 宗 教 信 仰 自 由 概 念 中 包 含 着 可 以 不 信 仰 宗 教 的 自 由 意 思 4) 而 删 除 但 实 际 上 却 是 因 为 想 要 彻 底 摆 脱 文 化 大 革 命 式 宪 法 的 主 张 成 为 了 政 权 内 部 的 支 配 性 观 点 5) 3) 胡 锦 光 韩 大 元 : 中 国 宪 法 法 律 出 版 社 2004 年 版 第 51 页 4) 张 友 海 : 关 于 修 改 宪 法 的 几 个 问 题 载 法 学 研 究 1982 年 3 期 : 第 4 页 14

23 中 国 特 色 社 会 主 义 视 域 中 的 宗 教 教 育 与 人 权 保 护 金 永 完 2) 其 他 法 律 法 规 宪 法 下 属 法 律 中 对 宗 教 问 题 的 相 关 规 定 如 下 即 民 法 总 则 第 七 十 七 条 劳 动 法 第 十 二 条 全 国 人 民 代 表 大 会 以 及 地 方 各 级 人 民 代 表 大 会 选 举 法 第 三 条 第 一 款 民 主 区 域 自 治 法 第 十 一 条 和 第 五 十 三 条 兵 役 法 第 三 条 第 一 款 城 市 居 民 委 员 会 组 织 法 第 九 条 第 二 款 以 及 村 民 委 员 会 组 织 法 第 九 条 第 二 款 等 等 除 此 之 外 还 有 如 下 与 宗 教 事 务 相 关 的 特 别 法 令 即 : 宗 教 社 会 团 体 登 记 管 理 实 施 办 法 (1991) 中 华 人 民 共 和 国 境 内 外 国 人 宗 教 活 动 的 管 理 规 定 (1994) 宗 教 活 动 场 所 管 理 条 3 (1994) 宗 教 活 动 场 所 登 记 办 法 (1994) 宗 教 活 动 场 所 年 度 检 查 办 法 (1996) 宗 教 院 校 外 国 籍 专 家 招 聘 办 法 (1998) 中 华 人 民 共 和 国 境 内 外 国 人 宗 教 活 动 管 理 规 定 实 施 细 则 (2000) 宗 教 事 务 条 3 (2004) 以 及 宗 教 活 动 场 设 立 的 审 批 和 登 记 办 法 (2005) 等 等 其 中 全 面 规 定 宗 教 事 务 的 宗 教 事 物 条 3(2004) 可 以 说 是 最 重 要 的 法 律 条 文 3) 宗 教 法 规 与 共 产 党 的 政 策 上 面 介 绍 了 中 国 关 于 宗 教 问 题 规 定 的 宪 法 法 律 以 及 特 殊 法 令 虽 然 为 了 掌 握 中 国 的 宗 教 问 题 必 须 了 解 这 些 法 律 法 规 但 较 之 于 这 些 法 律 法 规 事 实 上 处 于 更 高 地 位 的 是 共 产 党 的 政 策 1982 年 印 发 的 关 于 我 国 社 会 主 义 时 期 宗 教 问 题 的 基 本 观 点 和 基 本 政 策 (1982 年 19 号 文 件 ) 可 以 说 是 最 能 体 现 中 国 共 产 党 和 政 对 宗 教 政 策 的 基 本 理 念 的 文 件 在 这 一 文 件 中 系 统 总 结 了 新 中 国 成 立 以 来 党 在 有 关 宗 教 问 题 上 的 认 识 和 处 理 上 正 反 两 方 面 的 经 验 并 且 就 社 会 主 义 时 期 中 国 共 产 党 对 宗 教 问 题 应 该 持 怎 样 的 基 本 观 点 和 实 施 怎 样 的 政 策 进 行 了 全 面 论 述 在 这 一 文 件 中 中 共 中 央 再 次 申 明 了 马 克 思 的 唯 物 论 观 点 明 确 指 出 了 社 会 主 义 社 会 宗 教 存 在 的 必 要 性 以 及 长 期 性 并 强 调 保 护 和 尊 重 宗 教 信 仰 自 由 的 重 要 性 6) 该 文 件 指 出 宗 教 是 人 类 社 会 发 展 到 一 定 阶 段 的 历 史 现 象 并 详 细 分 析 了 中 国 宗 教 的 特 性 即 长 期 性 民 族 性 群 众 性 复 杂 性 国 际 性 而 且 立 足 于 宗 教 的 长 期 性 阐 明 了 宗 教 在 社 会 主 义 社 会 存 在 的 合 理 性 并 谋 求 人 们 对 宗 教 存 在 的 宽 容 强 烈 谴 责 企 图 通 过 行 政 命 令 或 其 他 强 制 手 段 全 面 消 灭 宗 教 的 想 法 和 行 为 并 分 析 指 出 解 放 以 来 中 国 的 宗 教 情 况 已 经 发 生 了 根 本 的 转 变. 而 且 还 指 出 宗 教 信 徒 和 非 宗 教 信 徒 在 政 治 和 经 济 上 的 根 本 利 益 是 一 致 的 信 仰 的 相 对 差 异 处 于 次 要 地 位 着 眼 于 宗 教 的 群 众 性 应 该 联 合 所 有 信 教 群 众 和 不 信 教 群 众 致 力 于 建 设 现 代 化 社 会 主 义 强 国 这 一 共 同 目 标 1982 年 19 号 文 件 发 表 以 后 中 国 政 刊 行 的 文 件 中 不 再 引 用 宗 教 是 人 民 的 鸦 片 这 一 表 达 7) 5) [ 日 ] 土 屋 英 雄 : 中 国 人 権 考 -- 歴 史 と 当 代 日 本 評 論 社 2012 年 第 1 版 第 238 页 6) [ 日 ] 金 永 完 : 現 代 中 国 と 宗 教 载 中 央 学 術 研 究 所 紀 要 第 39 号 2010 年 11 月 第 63 页 15

24 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 2. 中 国 的 宗 教 教 育 1) 宗 教 教 育 的 宪 法 根 据 中 国 是 一 个 重 视 意 识 形 态 的 国 家 在 马 克 思 ㆍ 列 宁 主 义 基 础 上 取 得 革 命 胜 利 的 中 国 共 产 党 在 宪 法 序 言 中 明 确 规 定 了 中 国 人 民 应 遵 守 的 意 识 形 态 即 中 国 新 民 主 主 义 革 命 的 胜 利 和 社 会 主 义 事 业 的 成 就 是 中 国 共 产 党 领 导 中 国 各 族 人 民 在 马 克 思 列 宁 主 义 毛 泽 东 思 想 的 指 引 下 坚 持 真 理 修 正 错 误 战 胜 许 多 艰 难 险 阻 而 取 得 的 中 国 各 族 人 民 将 继 续 在 中 国 共 产 党 的 领 导 下 在 马 克 思 列 宁 主 义 毛 泽 东 思 想 邓 小 平 理 论 和 三 个 代 表 重 要 思 想 指 引 下 坚 持 人 民 民 主 专 政 坚 持 社 会 主 义 道 路 坚 持 改 革 开 放 不 断 完 善 社 会 主 义 各 项 制 度 推 动 物 质 文 明 政 治 文 明 和 精 神 文 明 协 调 发 展 把 我 国 建 设 成 强 民 主 文 明 的 社 会 主 义 国 家 中 国 的 教 育 要 求 在 坚 持 宪 法 序 言 描 述 的 意 识 形 态 前 提 下 进 行 特 别 是 不 能 与 宪 法 中 的 最 高 原 则 四 项 基 本 原 则 相 抵 触 四 项 基 本 原 则 是 指 (1) 坚 持 中 国 共 产 党 的 领 导 ;(2) 坚 持 马 克 思 ㆍ 列 宁 主 义 毛 泽 东 思 想 邓 小 平 理 论 以 及 三 个 代 表 思 想 ;(3) 坚 持 人 民 民 主 专 政 ;(4) 坚 持 社 会 主 义 道 路 正 如 序 言 所 规 定 的 教 育 属 于 社 会 主 义 精 神 文 明 因 此 必 须 在 坚 持 四 项 基 本 原 则 的 前 提 下 进 行 因 为 宗 教 教 育 在 教 育 范 畴 之 内 所 以 不 能 完 全 否 定 上 述 规 定 对 宗 教 教 育 的 影 响 中 国 宪 法 第 二 十 四 条 就 有 关 加 强 社 会 主 义 精 神 文 明 建 设 给 出 了 详 细 规 定 即 国 家 通 过 普 及 思 想 教 育 道 德 教 育 文 化 教 育 纪 律 和 法 制 教 育 通 过 在 不 同 范 围 内 的 群 众 中 制 定 和 执 行 各 种 守 则 公 约 加 强 社 会 主 义 精 神 文 明 建 设 ( 第 一 款 ) 国 家 提 倡 爱 祖 国 爱 人 民 爱 劳 动 爱 科 学 爱 社 会 主 义 的 公 德 在 人 民 中 进 行 爱 国 主 义 集 体 主 义 和 国 际 主 义 共 产 主 义 的 教 育 进 行 辩 证 唯 物 主 义 和 历 史 唯 物 主 义 的 教 育 反 对 资 本 主 义 的 封 建 主 义 的 和 其 他 腐 朽 思 想 ( 第 二 款 ) 综 上 所 述 虽 然 中 国 宪 法 中 删 除 了 不 信 仰 宗 教 宣 传 无 神 论 的 说 法 但 是 为 了 进 行 社 会 主 义 精 神 文 明 建 设 第 二 十 四 条 提 倡 进 行 共 产 主 义 教 育 以 及 辩 证 唯 物 主 义 和 历 史 唯 物 主 义 教 育 国 家 最 终 在 宪 法 上 确 保 了 无 神 论 教 育 的 正 当 性 因 此 可 以 说 国 家 在 学 校 教 育 课 程 中 实 行 的 各 种 无 神 论 教 育 是 合 法 的 而 我 们 不 得 不 承 认 这 会 起 到 压 制 和 限 定 宗 教 教 育 的 作 用 8) 再 加 上 宪 法 第 四 十 六 条 规 定 中 国 公 民 拥 有 受 教 育 的 权 利 和 义 务 即 从 宪 法 构 造 上 规 定 了 公 民 有 享 有 以 及 行 使 接 受 唯 物 主 义 无 神 论 教 育 的 权 利 即 中 华 人 民 共 和 国 公 民 有 受 教 育 的 权 利 和 义 务 国 家 培 养 青 年 少 年 儿 童 在 品 德 智 力 体 质 等 方 面 的 全 面 发 展 7) [ 日 ] 金 永 完 : 現 代 中 国 と 宗 教 载 中 央 学 術 研 究 所 紀 要 第 39 号 2010 年 11 月 第 64 页 8) [ 日 ] 土 屋 英 雄 : 中 国 人 権 考 -- 歴 史 と 当 代 日 本 評 論 社 2012 年 第 1 版 第 245 页 16

25 中 国 特 色 社 会 主 义 视 域 中 的 宗 教 教 育 与 人 权 保 护 金 永 完 中 国 宪 法 中 很 难 找 到 有 关 宗 教 教 育 的 直 接 明 确 的 规 定 但 是 教 育 概 念 中 涵 盖 了 宗 教 教 育 尽 管 可 以 说 宗 教 是 与 中 国 提 倡 的 辩 证 唯 物 主 义 和 历 史 唯 物 主 义 教 育 相 背 离 的 如 果 从 中 国 特 色 社 会 主 义 肯 定 了 宗 教 的 长 期 性 和 群 众 性 这 一 点 来 看 宗 教 教 育 的 正 当 性 也 得 到 了 宪 法 上 的 承 认 中 国 宪 法 序 言 中 明 确 指 出 国 家 的 根 本 任 务 是 沿 着 中 国 特 色 社 会 主 义 道 路 集 中 力 量 进 行 社 会 主 义 现 代 化 建 设 因 为 中 国 特 色 社 会 主 义 追 求 社 会 主 义 现 代 化 建 设 而 这 种 现 代 化 建 设 需 要 所 有 信 教 群 众 和 不 信 教 群 众 团 结 一 心 共 同 奋 斗 作 为 中 华 人 民 共 和 国 公 民 所 有 信 仰 宗 教 群 众 和 不 信 仰 宗 教 群 众 都 有 受 教 育 的 权 利 和 义 务 而 这 教 育 理 应 包 含 宗 教 教 育 在 内 但 是 由 于 中 国 的 社 会 主 义 国 家 性 质 我 们 无 法 否 认 宗 教 和 国 家 权 力 之 间 存 在 一 定 的 紧 张 关 系 2) 宗 教 教 育 的 现 状 那 么 在 中 国 学 校 中 是 怎 样 进 行 宗 教 教 育 的 呢? 在 中 国 学 校 并 不 引 导 学 生 信 仰 宗 教 反 之 也 不 教 育 学 生 不 要 信 仰 宗 教 或 者 引 导 学 生 放 弃 已 有 的 宗 教 信 仰 由 于 中 国 是 建 立 在 唯 物 主 义 意 识 形 态 基 础 上 的 政 权 很 容 易 被 别 人 误 会 为 在 学 校 里 也 强 调 唯 物 主 义 教 育 学 生 不 要 信 仰 宗 教 虽 然 在 中 国 学 校 中 存 在 唯 物 主 义 思 想 教 育 但 同 时 并 不 否 认 宗 教 也 并 不 抵 制 宗 教 信 仰 因 为 存 在 着 不 敢 讲 不 好 讲 讲 不 好 等 现 实 问 题 在 中 国 很 少 在 课 堂 上 就 有 关 宗 教 领 域 进 行 授 课 造 成 这 种 情 况 的 原 因 主 要 有 以 下 两 个 : 第 一 因 为 宗 教 问 题 在 政 治 上 的 敏 感 性 一 部 分 教 师 在 进 行 宗 教 教 育 时 无 法 在 教 室 中 陈 述 自 己 的 见 解 这 既 是 因 为 害 怕 自 己 的 观 点 暴 露 和 解 说 不 恰 当 也 是 由 于 每 个 学 生 理 解 起 来 有 偏 差 授 课 比 较 困 难 第 二 中 国 是 一 个 多 民 族 国 家 宗 教 种 类 也 比 较 多 因 为 宗 教 问 题 往 往 与 民 族 问 题 联 系 在 一 起 因 此 对 宗 教 问 题 进 行 授 课 是 就 成 为 一 个 高 难 度 的 工 作 教 师 需 要 慎 重 地 进 行 课 前 准 备 并 且 认 真 地 进 行 授 课 另 外 由 于 学 校 中 除 了 一 般 性 的 课 程 外 并 不 组 织 其 他 宗 教 领 域 的 活 动 与 宗 教 相 关 的 教 育 活 动 也 仅 仅 局 限 于 讲 座 主 题 活 动 班 会 党 课 培 训 宗 教 教 育 并 未 取 得 很 高 成 就 9) 3) 学 生 对 宗 教 以 及 马 克 思 列 宁 主 义 的 认 识 在 现 实 生 活 中 中 国 学 生 怎 样 看 待 这 种 宗 教 教 育 呢? 在 这 里 看 一 下 中 国 学 者 对 中 国 大 学 生 进 行 的 宗 教 问 卷 调 查 结 果 但 是 由 于 用 数 字 来 体 现 社 会 问 题 本 身 具 有 局 限 性 问 卷 调 查 所 统 计 的 数 字 我 们 只 能 作 为 参 考 资 料 为 了 克 服 这 种 矛 盾 对 中 国 多 个 地 区 进 行 的 问 卷 调 查 结 果 进 行 一 下 介 绍 9) 宋 惠 艳 赵 政 朱 英 : 学 生 宗 教 观 现 状 分 析 及 对 策 载 辅 导 员 工 作 研 究 思 想 理 论 教 育 2010 年 第 19 期 第 92 页 17

26 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 首 先 介 绍 一 下 2009 年 10 月 在 上 海 一 部 分 大 学 中 进 行 的 大 学 生 宗 教 观 的 问 卷 调 查 结 果 10) 这 次 调 查 总 共 发 放 了 3,831 份 调 查 问 卷 收 回 3,712 份 ( 收 回 率 96.9%) 问 卷 内 容 简 单 整 理 如 下 : 1 问 题 : 你 认 为 宗 教 是 什 么? 绝 大 多 数 大 学 生 回 答 为 宗 教 是 一 种 社 会 意 识 形 态 宗 教 是 人 们 精 神 需 求 宗 教 是 一 种 社 会 历 史 现 象 宗 教 是 人 们 想 象 出 的 超 人 力 量 的 形 式 与 之 相 反 12.10% 的 大 学 生 则 认 为 宗 教 是 迷 信 2 问 题 : 你 认 为 产 生 宗 教 的 基 础 是 什 么? 一 半 以 上 学 生 认 为 人 们 的 意 识 以 及 一 定 社 会 物 质 生 活 是 宗 教 形 成 的 基 础 21.12% 的 学 生 认 为 自 人 类 形 成 之 初 就 存 在 宗 教 9.16% 学 生 则 回 答 为 不 知 道 3 问 题 : 老 师 对 有 关 宗 教 问 题 进 行 过 授 课 吗? 37.91% 的 学 生 回 答 好 像 讲 过 但 不 太 记 得 了 27.06% 的 学 生 回 答 没 有 58.64% 的 学 生 回 答 不 组 织 有 关 宗 教 观 教 育 的 活 动 只 有 1.53% 的 学 生 回 答 在 上 课 期 间 听 到 过 关 于 宗 教 政 策 教 育 的 内 容 4 信 仰 宗 教 的 少 数 民 族 学 生 的 比 率 为 27.60% 家 庭 信 仰 宗 教 的 学 生 比 率 达 到 % 这 表 明 民 族 和 家 庭 的 影 响 是 学 生 们 信 仰 宗 教 的 主 要 原 因 其 次 介 绍 一 下 2010 年 7 月 发 表 的 文 章 上 对 大 学 生 宗 教 信 仰 情 况 的 调 查 结 果 这 个 调 查 的 主 要 对 象 是 大 学 一 年 级 学 生 11) 1 有 关 宗 教 信 仰 的 问 卷 调 查 结 果 如 下 即 信 仰 共 产 主 义 (224 名 =60%) 应 该 有 宗 教 信 仰 (47 名 =12.6%) 其 他 ( 信 仰 其 他 ) (48 名 =12.9%) 有 无 信 仰 无 关 紧 要 (82 名 =22%) 2 大 部 分 学 生 对 宗 教 信 仰 并 不 反 感 并 且 持 有 宽 容 态 度 部 分 学 生 甚 至 对 宗 教 人 士 存 在 潜 在 认 同 感 以 及 追 求 宗 教 信 仰 的 倾 向 即 赞 成 对 某 些 宗 教 的 信 仰 (139 名 =37.4 %) 虽 然 赞 同 宗 教 信 仰 但 本 人 不 信 仰 宗 教 (104 名 =28%) 不 赞 成 也 不 反 对 (125 名 =33.6%) 反 对 宗 教 信 仰 ( 极 少 数 ) 一 分 学 生 甚 至 回 答 可 以 同 时 信 仰 共 产 主 义 和 宗 教 3 佛 教 和 民 间 信 仰 对 学 生 的 影 响 比 较 大 即 信 仰 佛 教 的 人 为 175 名 占 据 了 45.8% 民 间 信 仰 (60 名 =16.1%) 基 督 教 (27 名 =7.2%) 道 教 (9 名 =2.4%) 4 家 庭 宗 教 信 仰 氛 围 和 传 统 是 大 学 生 信 仰 宗 教 的 重 要 原 因 即 受 家 人 和 家 庭 传 统 影 响 (89 名 =23.9%) 通 过 家 人 和 朋 友 了 解 有 关 宗 教 知 识 (130 名 =35%) 这 些 人 参 与 10) 宋 惠 艳 赵 政 朱 英 : 大 学 生 宗 教 观 现 状 分 析 及 对 策 载 辅 导 员 工 作 研 究 思 想 理 论 教 育 2010 年 19 期 第 页 11) 李 莉 : 论 宗 教 信 仰 影 响 下 高 效 社 会 主 义 核 心 价 值 体 系 教 育 载 长 春 理 工 大 学 学 报 ( 社 会 科 学 版 ) 2010 年 7 月 第 23 卷 第 4 期 第 页 18

27 中 国 特 色 社 会 主 义 视 域 中 的 宗 教 教 育 与 人 权 保 护 金 永 完 的 宗 教 活 动 一 般 是 逢 年 过 节 和 家 人 们 一 起 焚 香 拜 佛 或 者 是 参 加 村 里 的 游 神 活 动 5 随 着 宗 教 的 社 会 氛 围 日 益 浓 厚 传 播 宗 教 的 途 径 也 开 始 多 样 化 传 统 宗 教 经 典 和 书 籍 等 纸 质 传 播 媒 介 依 然 对 学 生 有 着 很 大 影 响 即 阅 读 过 相 关 宗 教 书 籍 (96 名 =25.8%) 其 次 是 通 过 网 络 82 名 学 生 回 答 是 通 过 网 络 和 广 播 等 传 播 媒 体 获 取 相 关 宗 教 知 识 (22 %) 最 后 94 名 学 生 回 答 是 通 过 与 宗 教 人 士 的 接 触 了 解 宗 教 知 识 占 调 查 人 数 的 比 3 为 25.3% 6 调 查 结 果 显 示 佛 教 教 义 中 诸 恶 莫 作 众 善 奉 行 和 基 督 教 教 义 中 博 爱 和 感 恩 的 理 论 对 学 生 具 有 很 大 吸 引 力 即 赞 同 宗 教 价 值 理 念 (84 名 =22.6%) 精 神 层 面 的 依 靠 (97 名 =26.1%) 7 多 数 学 生 认 识 到 了 宗 教 信 仰 的 重 要 性 调 查 对 象 中 的 308 名 学 生 认 为 有 必 要 对 信 仰 领 域 开 展 教 育 占 总 调 查 对 象 的 比 率 为 83% 但 是 对 于 应 选 择 哪 种 宗 教 态 度 不 明 确 8 只 有 学 校 社 会 家 庭 相 互 合 作 形 成 三 位 一 体 的 综 合 影 响 体 制 大 学 生 的 信 仰 教 育 才 会 取 得 良 好 成 果 即 通 过 教 室 授 课 强 化 学 生 的 信 仰 教 育 (144 名 =38.8%) 通 过 社 会 实 践 加 强 学 生 的 信 仰 教 育 (52 名 =14%) 校 园 的 文 化 氛 围 对 信 仰 的 形 成 起 到 重 要 作 用 (215 名 =57.9%) 通 过 家 庭 教 育 加 强 信 仰 教 育 (29 名 =7.8%) 最 后 介 绍 一 下 于 2010 年 6 月 中 旬 开 始 至 7 月 下 旬 在 东 北 大 学 大 连 理 工 大 学 沈 阳 工 业 大 学 沈 阳 音 乐 学 院 辽 宁 师 范 大 学 等 辽 宁 省 省 内 22 所 不 同 类 型 的 学 校 内 以 在 校 大 学 生 为 对 象 进 行 的 问 卷 调 查 结 果 此 次 调 查 发 放 问 卷 2,000 份 回 收 1,902 份 ( 回 收 率 95.1%) 12) 1 您 认 为 理 想 和 宗 教 重 要 吗? - 重 要 (83.70%) 2 您 对 宗 教 持 有 什 么 观 点? - 宗 教 信 仰 有 优 点 (25.52%) 宗 教 信 仰 既 有 优 点 又 有 缺 点 (40.80%) 参 与 问 卷 调 查 的 大 学 生 中 中 国 共 产 党 党 员 和 中 国 共 青 团 团 员 占 93.77% 由 此 可 以 看 出 这 些 人 大 部 分 对 宗 教 信 仰 持 有 肯 定 的 态 度 3 您 怎 样 看 待 社 会 主 义 和 资 本 主 义 的 关 系? - 有 必 要 划 清 界 限 (37.69%) 两 者 殊 途 同 归 (21.57%) 在 世 界 经 济 一 体 化 的 背 景 下 一 部 分 学 生 认 为 社 会 主 义 有 可 能 会 被 资 本 主 义 同 化 由 此 我 们 可 以 看 出 他 们 对 马 克 思 主 义 信 仰 的 动 摇 4 调 查 可 以 看 出 对 马 克 思 主 义 科 学 宗 教 观 的 教 育 和 宣 传 的 不 足 即 未 接 受 过 有 关 宗 教 信 仰 领 域 知 识 的 教 育 和 宣 传 (80.83%) 宗 教 信 仰 和 社 会 主 义 建 设 的 核 心 价 值 体 系 可 以 共 存 局 部 对 立 (60.72%) 两 者 对 立 尖 锐 (8.2%) 5 您 认 为 宗 教 信 仰 是 什 么? - 宗 教 信 仰 是 精 神 依 托 (44.32%) 宗 教 信 仰 是 真 理 (3.68%) 6 您 信 仰 宗 教 的 原 因 是 什 么? - 家 庭 影 响 (61.04%) 爱 情 受 挫 经 济 困 难 学 12) 陈 雪 洁 吴 虹 张 洪 兵 耿 文 茹 李 晗 : 马 克 思 主 义 中 国 化 的 新 挑 战 - 大 学 生 科 学 宗 教 观 的 构 建 载 沈 阳 工 业 大 学 学 报 ( 社 会 科 学 版 ) 2011 年 1 月 第 4 卷 第 1 期 第 页 19

28 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 业 压 力 (20%) 7 参 加 宗 教 活 动 吗? - 经 常 参 加 (24.34%) 这 之 中 参 与 正 式 宗 教 场 所 的 活 动 (40.6%) 其 他 ( 家 庭 聚 会 和 朋 友 聚 会 ) 8 参 加 宗 教 活 动 的 目 的 是 什 么? - 为 了 寻 找 精 神 的 依 靠 (5.95%) 为 了 表 达 信 仰 (34.33%) 为 了 学 习 相 关 宗 教 知 识 (23.71%) 为 了 得 到 神 的 保 佑 (16.89%) 4) 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 上 文 介 绍 了 中 国 大 学 生 对 宗 教 以 及 马 克 思 主 义 的 看 法 由 此 我 们 能 感 受 到 时 代 的 巨 大 变 化 中 国 学 生 虽 然 从 小 接 受 马 克 思 主 义 的 教 育 但 认 识 却 产 生 了 变 化 我 们 对 这 一 点 应 给 与 关 注 中 国 所 有 大 学 的 课 程 设 置 中 都 有 名 为 两 课 的 必 修 课 两 课 是 指 思 想 品 德 课 和 马 克 思 主 义 理 论 课 这 两 门 课 程 是 中 国 共 产 党 进 行 理 念 教 育 的 重 要 途 径 两 课 的 中 心 任 务 是 向 学 生 传 播 马 克 思 主 义 的 基 本 观 点 和 基 本 理 论 培 养 学 生 树 立 马 克 思 主 义 世 界 观 人 生 观 和 价 值 观 尤 其 要 进 一 步 探 索 两 课 的 时 代 特 征 深 层 挖 掘 两 课 的 理 论 基 础 根 据 学 生 的 认 知 事 物 的 特 点 和 心 理 发 展 规 律 确 认 信 仰 教 育 与 政 治 教 育 思 想 道 德 教 育 的 内 在 联 系 13) 因 此 两 课 在 中 国 高 校 教 育 中 占 有 特 别 重 要 的 地 位 但 是 中 国 政 考 虑 到 来 自 不 同 思 想 体 系 国 家 学 生 的 特 殊 性 外 国 留 学 生 可 以 免 除 这 些 课 程 中 国 通 过 这 两 门 课 程 进 行 着 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 虽 然 如 此 我 们 得 明 确 一 下 这 并 不 意 味 着 本 文 所 要 论 述 的 宗 教 教 育 在 中 国 没 有 任 何 一 所 中 国 的 学 校 对 其 学 生 进 行 宗 教 教 育 如 上 所 述 在 中 国 并 不 教 育 学 生 反 对 宗 教 信 仰 或 者 宣 传 宗 教 信 仰 而 是 仅 仅 进 行 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 马 克 思 主 义 信 仰? 虽 然 听 起 来 比 较 生 疏 但 这 个 词 语 表 明 了 马 克 思 主 义 在 中 国 占 据 的 重 大 比 重 但 是 并 不 是 指 对 古 典 马 克 思 主 义 教 导 而 是 中 国 化 的 马 克 思 主 义 正 如 宪 法 法 律 顺 应 时 代 潮 流 进 行 修 订 马 克 思 主 义 思 想 也 顺 应 时 代 发 展 变 成 了 符 合 中 国 实 际 的 中 国 特 色 马 克 思 主 义 作 为 建 立 在 马 克 思 ㆍ 列 宁 主 义 理 论 基 础 上 的 国 家 中 国 宪 法 序 言 指 出 中 国 将 长 期 处 于 社 会 主 义 初 级 阶 段 (1993 年 修 订 时 插 入 ) 中 国 应 该 始 终 坚 持 上 文 所 讲 的 四 项 基 本 原 则 作 为 四 项 基 本 原 则 的 一 项 内 容 必 须 进 行 有 关 马 克 思 列 宁 主 义 毛 泽 东 思 想 邓 小 平 理 论 以 及 三 个 代 表 重 要 思 想 的 意 识 形 态 教 育 另 外 中 国 将 长 期 处 于 社 会 主 义 初 级 阶 段 不 仅 是 社 会 主 义 初 级 阶 段 初 级 阶 段 完 成 后 很 长 一 段 时 间 也 必 须 进 行 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 至 少 在 宪 法 层 面 和 理 论 层 面 上 会 这 样 那 么 中 国 共 产 党 开 展 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 的 目 的 是 什 么? 就 是 要 坚 定 广 大 人 民 群 众 对 13) 孙 婉 : 当 代 大 学 生 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 - 信 仰 危 机 省 思 载 佳 木 斯 大 学 社 会 科 学 学 报 2009 年 8 月 第 27 卷 第 4 期 第 109 页 20

29 中 国 特 色 社 会 主 义 视 域 中 的 宗 教 教 育 与 人 权 保 护 金 永 完 马 克 思 主 义 的 信 仰 对 社 会 主 义 的 信 念 对 改 革 开 放 和 现 代 化 建 设 的 信 心 对 党 和 政 的 信 任 增 强 全 民 族 的 凝 聚 力 强 化 共 同 理 想 实 现 持 久 安 定 团 结 和 社 会 的 稳 步 发 展 14) 5) 学 生 的 反 应 首 先 据 2009 年 8 月 发 表 的 这 篇 论 文 来 看 78.8% 的 大 学 生 认 为 马 克 思 主 义 依 然 具 有 很 强 的 说 服 力 没 有 过 时 14.6% 的 大 学 生 认 为 马 克 思 主 义 以 前 具 有 说 服 力 现 在 过 时 了 4.8% 学 生 回 答 不 清 楚 没 什 么 感 觉 15) 那 么 大 学 生 对 中 国 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 持 有 怎 么 样 看 法 或 者 说 有 什 么 反 应 呢? 下 图 表 反 映 了 中 国 大 学 生 的 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 现 状. 接 受 问 卷 调 查 的 1,902 名 学 生 中 20.29% 的 学 生 回 答 有 过 逃 课 的 经 历 逃 课 的 原 因 是 课 程 开 设 没 什 么 效 果 (32.27%) 没 用 (32.02%) 听 不 进 去 (17.60%) 由 此 可 以 发 现 在 当 代 中 国 对 青 少 年 进 行 填 鸭 式 马 克 主 义 信 仰 教 育 并 不 是 件 容 易 的 事 表 高 校 思 政 课 存 在 的 不 足 与 问 题 16) % 问 题 答 案 及 所 占 比 3 开 设 思 政 理 论 课 的 意 义 教 学 需 要 提 高 学 生 修 养 必 要 的 教 育 毫 无 意 义 专 业 课 教 师 是 否 进 行 过 思 政 教 育 经 常 偶 尔 很 少 从 不 5.24 是 否 有 逃 课 经 历 经 常 偶 尔 没 有 鄙 视 逃 课 的 主 要 课 程 思 政 理 论 课 专 业 基 础 课 专 业 课 外 语 课 公 共 课 逃 课 的 主 要 原 因 课 程 没 用 听 不 进 去 课 程 效 果 不 好 睡 觉 游 戏 听 别 的 课 在 中 国 高 校 中 经 常 可 以 发 现 学 生 们 拿 着 马 克 思 课 本 背 诵 由 于 学 校 的 期 末 考 试 加 入 学 生 会 考 研 考 公 务 员 都 会 考 马 克 思 主 义 理 论 必 须 进 行 背 诵 通 过 对 学 生 入 党 原 因 的 调 查 结 果 我 们 可 以 看 出 大 学 生 对 共 产 主 义 的 态 度 即 : 因 为 信 仰 共 产 主 义 (20.10%) 为 了 更 好 发 挥 自 身 作 用 (39.01%) 为 了 找 个 好 工 作 (34.02%) 为 了 完 善 自 14) 粟 迎 春 : 马 克 思 主 义 宗 教 观 教 育 的 新 视 角 载 新 疆 师 范 大 学 学 报 ( 哲 学 社 会 科 学 版 ) 2007 年 6 月 第 28 卷 2 期 第 54 页 15) 孙 婉 鲁 志 美 : 当 代 大 学 生 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 - 信 仰 危 机 省 思 载 佳 木 斯 大 学 社 会 科 学 学 报 2009 年 8 月 第 27 卷 第 4 期 第 108 页 16) 陈 雪 洁 吴 虹 张 洪 兵 耿 文 茹 李 晗 : 马 克 思 主 义 中 国 化 的 新 挑 战 - 大 学 生 科 学 宗 教 观 的 构 建 载 沈 阳 工 业 大 学 学 报 ( 社 会 科 学 版 ) 2011 年 1 月 第 4 卷 第 1 期 第 79 页 < 表 2> 21

30 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 己 (24.78%) 为 了 捞 取 政 治 资 本 (8.61%) 对 共 产 党 的 领 导 认 识 调 查 结 果 为 坚 持 党 的 领 导 (60.55%) 的 观 点 占 最 高 比 3 多 党 执 政 (22.72%) 哪 个 党 执 政 都 一 样 (9.68%) 与 自 己 无 关 (6.93%) 17) 6) 马 克 思 主 义 教 育 危 机 大 部 分 中 国 学 生 都 有 强 力 的 爱 国 心 和 切 实 的 价 值 理 念 但 是 认 识 与 行 动 存 在 着 差 异 知 行 不 一 是 中 国 大 学 生 普 遍 存 在 的 现 象 有 些 学 生 宣 称 支 持 中 国 社 会 主 义 现 代 化 建 设 事 业 但 马 克 思 主 义 理 论 考 试 时 却 弄 虚 作 假 18) 中 国 学 生 依 然 对 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 热 情 高 涨 吗? 人 的 内 心 是 无 法 确 切 衡 量 的 因 此 就 这 一 问 题 无 法 给 出 评 价 但 从 上 面 我 们 可 以 看 出 现 在 中 国 学 生 的 宗 教 观 和 马 克 思 主 义 信 仰 发 生 了 一 定 的 变 化 建 国 初 期 的 青 年 文 化 大 革 命 时 期 的 青 年 改 革 开 放 前 的 青 年 和 现 在 的 青 少 年 的 思 想 是 绝 对 不 同 的 就 这 一 点 中 国 大 学 生 也 不 否 认 随 着 时 代 的 变 化 人 的 思 想 也 应 该 随 之 转 变 在 这 种 情 况 下 对 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 的 局 限 性 进 行 论 证 也 是 很 正 常 的 以 下 我 们 将 对 于 产 生 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 局 限 的 背 景 进 行 详 细 的 解 说 第 一 由 于 现 代 社 会 生 活 单 方 面 化 非 人 化 非 情 感 化 由 于 人 与 自 然 的 疏 离 人 与 人 之 间 的 隔 膜 由 于 物 质 生 活 丰 与 精 神 生 活 贫 乏 的 反 差 由 于 现 代 社 会 给 人 类 带 来 的 孤 独 感 冷 漠 感 宗 教 作 为 一 种 终 极 关 怀 在 人 们 的 精 神 领 域 的 作 用 的 得 到 了 彰 显 现 实 生 活 的 复 杂 性 导 致 人 们 在 认 识 上 产 生 偏 差 转 向 宗 教 来 寻 求 精 神 寄 托 这 在 一 定 程 度 上 强 化 了 宗 教 存 在 和 发 展 的 社 会 基 础 并 从 社 会 心 理 的 角 度 反 过 来 使 宗 教 的 认 识 论 基 础 得 到 新 的 滋 养 19) 第 二 1978 年 改 革 开 放 以 来 由 于 与 外 国 交 流 的 频 繁 受 到 了 国 外 文 化 的 影 响 通 过 政 间 的 交 流 地 方 自 治 团 体 间 的 沟 通 以 及 学 校 间 的 合 作 即 通 过 上 至 政 下 至 民 间 团 体 的 方 式 实 现 物 质 和 人 力 的 交 流 在 这 种 情 况 下 即 使 是 受 封 闭 式 思 想 教 育 的 人 也 会 受 到 一 定 影 响 第 三 受 到 了 始 于 20 世 纪 90 年 代 全 球 化 大 趋 势 的 影 响 现 在 无 论 世 界 上 的 那 一 个 国 家 都 可 以 通 过 网 络 获 取 海 外 信 息 虽 然 由 于 等 多 数 海 外 网 站 访 问 受 限 还 是 有 些 单 词 在 中 国 网 站 上 查 不 到 但 是 年 轻 人 会 利 用 软 件 解 除 对 网 站 的 限 制 在 全 球 化 形 势 下 现 在 几 乎 世 界 上 的 所 有 国 家 都 彼 此 影 响. 中 国 也 毫 不 3 外 在 这 一 形 式 下 中 国 的 宗 教 事 务 直 接 面 临 新 的 情 况 和 问 题 因 此 有 必 要 顺 应 时 代 进 行 转 变 17) 陈 雪 洁 吴 虹 张 洪 兵 耿 文 茹 李 晗 : 马 克 思 主 义 中 国 化 的 新 挑 战 - 大 学 生 科 学 宗 教 观 的 构 建 载 沈 阳 工 业 大 学 学 报 ( 社 会 科 学 版 ) 2011 年 1 月 第 4 卷 第 1 期 第 79 页 < 表 1> 18) 熊 英 : 大 学 生 中 国 特 色 社 会 主 义 共 同 政 治 信 仰 教 育 的 反 思 与 创 新 载 山 峡 大 学 校 园 之 声 2010 年 第 6 期 中 旬 刊 ㆍ 总 第 459 期 第 79 页 19) 粟 迎 春 : 马 克 思 主 义 宗 教 观 教 育 的 新 视 角 载 新 疆 师 范 大 学 学 报 ( 哲 学 社 会 科 学 版 ) 2007 年 6 月 第 28 卷 2 期 第 52 页 22

31 中 国 特 色 社 会 主 义 视 域 中 的 宗 教 教 育 与 人 权 保 护 金 永 完 在 上 文 中 我 们 从 宏 观 方 面 指 出 了 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 的 局 限 下 面 我 们 具 体 研 究 一 下 在 教 学 现 场 中 的 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 局 限 第 一 单 向 灌 输 式 教 育 的 超 限 效 应 刺 激 过 多 过 强 作 用 时 间 过 久 而 引 起 心 里 极 不 耐 烦 或 者 反 抗 的 心 理 现 象 心 理 学 上 称 之 为 超 限 效 应 长 期 以 来 学 校 思 想 政 治 课 几 乎 都 是 单 纯 的 理 论 灌 输 实 质 上 是 一 种 强 制 的 封 闭 的 满 堂 灌 无 视 教 育 对 象 的 主 体 性 因 此 使 学 生 们 丧 失 兴 趣 甚 至 产 生 反 感 情 绪 20) 第 二 千 人 一 面 千 篇 一 律 教 育 的 忽 视 个 体 差 异 社 会 处 于 转 型 期 学 生 所 处 的 社 会 环 境 家 庭 环 境 和 个 人 精 神 成 长 历 程 的 差 别 更 是 不 容 忽 视 的 在 城 市 生 活 很 久 的 教 师 有 可 能 会 伤 害 来 自 农 村 的 学 生 特 别 是 家 庭 困 难 的 学 生 并 由 此 产 生 负 面 影 响 中 国 是 个 很 大 的 国 家 学 生 的 来 源 背 景 多 样 化 如 果 教 师 对 贫 困 学 生 和 裕 学 生 的 比 3 民 族 出 身 以 及 宗 教 信 仰 等 基 本 情 况 的 了 解 不 足 的 话 往 往 导 致 不 能 贴 近 学 生 并 因 此 引 起 学 生 的 反 感 21) 第 三 教 学 现 场 中 产 生 的 问 题 与 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 教 学 团 队 的 资 质 和 战 斗 力 不 足 也 有 关 系 但 是 这 是 同 教 师 的 待 遇 问 题 分 不 开 的. 在 辽 宁 省 内 以 大 学 教 师 为 对 象 进 行 的 问 卷 调 查 结 果 显 示 对 于 自 己 的 工 作 32.77% 的 人 回 答 满 意 57.98% 比 较 满 意 8.96% 回 答 不 满 意 对 于 工 资 待 遇 问 题 的 调 查 结 果 为 14.85% 满 意 52.10% 基 本 满 意 22.69% 不 太 满 意 9.52% 非 常 不 满 对 参 加 政 治 理 论 学 习 的 态 度 调 查 结 果 显 示 积 极 参 加 (62.46%) 偶 尔 参 加 (28.57%) 不 想 参 加 (7.84%) 最 后 关 于 共 产 主 义 能 否 实 现 的 问 题 问 卷 调 查 结 果 如 下 : 即 一 定 能 实 现 (49.30%) 有 可 能 实 现 (33.05%) 仅 仅 是 理 想 无 法 实 现 (13.17%) 22) 师 资 队 伍 建 设 已 经 成 为 开 展 高 校 中 国 化 马 克 思 主 义 宗 教 教 育 的 瓶 颈 也 是 制 约 其 教 育 教 学 水 平 的 关 键 性 影 响 因 素 23) 3. 中 国 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 与 宗 教 上 文 中 有 关 中 国 宗 教 教 育 问 题 我 们 主 要 通 过 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 来 进 行 了 说 明 在 这 里 有 人 可 能 提 出 疑 问 为 什 么 不 是 就 真 正 意 义 上 的 宗 教 教 育 而 是 仅 仅 就 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 进 行 了 说 明 呢? 这 就 需 要 我 们 对 中 国 特 色 的 方 法 论 有 一 定 了 解 即 谋 求 通 过 对 马 克 思 主 义 信 仰 的 教 育 来 解 决 与 之 对 立 的 宗 教 问 题 20) 熊 英 : 大 学 生 中 国 特 色 社 会 主 义 共 同 政 治 信 仰 教 育 的 反 思 与 创 新 载 山 峡 大 学 校 园 之 声 2010 年 第 6 期 中 旬 刊 ㆍ 总 第 459 期 第 79 页 21) 同 上 22) 陈 雪 洁 吴 虹 张 洪 兵 耿 文 茹 李 晗 : 马 克 思 主 义 中 国 化 的 新 挑 战 - 大 学 生 科 学 宗 教 观 的 构 建 载 沈 阳 工 业 大 学 学 报 ( 社 会 科 学 版 ) 2011 年 1 月 第 4 卷 第 1 期 第 80 页 23) 方 立 江 : 论 中 国 化 马 克 思 主 义 宗 教 观 教 育 的 路 径 - 以 高 效 为 3 载 青 海 民 族 研 究 第 22 卷 第 1 期 第 149 页 23

32 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 就 马 克 思 主 义 与 宗 教 的 关 系 问 题 周 静 的 观 点 如 下 即 : 本 来 马 克 思 主 义 是 唯 物 论 无 神 论 宗 教 是 唯 心 论 有 神 论 两 者 完 全 是 两 码 事 他 们 之 间 是 水 火 不 容 截 然 对 立 的 辩 证 唯 物 主 义 要 求 要 反 对 宗 教 但 不 消 灭 宗 教 而 是 要 科 学 认 识 和 正 确 对 待 宗 教 而 宗 教 信 仰 自 由 恰 恰 是 科 学 认 识 和 正 确 对 待 宗 教 的 题 中 之 义 是 辩 证 唯 物 主 义 的 直 接 的 必 然 的 结 论 正 是 在 辩 证 唯 物 主 义 的 基 础 上 对 宗 教 信 仰 自 由 的 肯 定 和 对 宗 教 的 否 定 获 得 了 对 立 面 的 统 一 24) 虽 然 两 者 被 认 为 是 对 立 的 关 系 但 正 如 周 静 指 出 的 在 中 国 宗 教 并 不 是 作 为 被 消 灭 的 对 象 存 在 的 作 为 一 种 历 史 社 会 现 象 宗 教 有 其 自 身 的 发 生 发 展 和 消 灭 的 过 程 正 是 因 为 认 识 到 这 一 点 中 国 采 取 了 通 过 科 学 无 神 论 教 育 的 方 式 来 解 决 这 一 矛 盾 也 就 是 说 由 于 无 法 通 过 镇 压 来 遏 制 宗 教 信 仰 只 能 利 用 教 育 来 使 其 分 解 因 为 宣 传 和 进 行 无 神 论 教 育 也 是 中 国 共 产 党 追 求 消 灭 宗 教 的 途 径 之 一 25) 因 为 消 灭 宗 教 并 不 容 易 因 此 最 好 的 方 法 是 在 宗 教 被 消 灭 前 共 产 党 和 各 个 宗 教 彼 此 和 平 共 处 这 就 需 要 彼 此 互 不 干 涉 专 注 于 自 身 的 事 务 1950 年 5 月 周 恩 来 指 出 我 们 所 遵 循 的 约 束 是 不 到 教 堂 里 去 做 马 列 主 义 宣 传 而 宗 教 界 的 朋 友 也 应 该 遵 循 约 束 不 到 街 上 去 传 教 这 可 以 说 是 政 同 宗 教 界 之 间 的 一 个 默 契 26) 由 此 中 国 默 认 了 政 治 和 宗 教 的 分 离 正 是 因 为 这 个 原 因 政 界 无 法 直 接 干 涉 宗 教 问 题 也 不 能 强 制 要 求 人 民 群 众 信 仰 宗 教 或 者 不 信 仰 宗 教 这 种 默 认 的 政 教 分 离 观 点 也 应 用 于 教 学 现 场 在 学 校 中 并 不 涉 及 有 关 宗 教 的 问 题 而 是 通 过 高 强 度 的 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 使 作 为 其 对 立 面 的 宗 教 领 域 规 模 自 然 缩 小 的 对 于 这 一 点 我 们 不 容 忽 视 根 据 政 教 分 离 原 则 共 产 党 不 去 教 堂 里 做 马 列 主 义 宣 传 宗 教 人 士 也 不 能 在 教 堂 以 及 寺 院 以 外 的 其 他 地 方 传 教 但 是 中 国 共 产 党 通 过 全 国 学 校 和 国 家 机 关 基 础 设 施 利 用 课 本 和 受 过 专 门 训 练 教 师 可 以 进 行 广 泛 的 社 会 主 义 思 想 教 育 因 此 从 客 观 条 件 考 虑 政 教 分 离 原 则 实 际 上 对 中 国 共 产 党 有 利 因 为 如 果 把 庞 大 的 中 国 社 会 比 作 一 个 面 的 话 教 会 和 寺 院 仅 仅 是 散 布 于 这 个 面 上 的 点 而 已 27) 而 且 马 克 思 主 义 信 仰 教 育 在 政 治 思 想 课 程 范 围 内 所 以 也 不 能 说 中 国 共 产 党 违 背 了 政 教 分 离 的 原 则 由 于 在 中 国 没 有 实 行 真 正 意 义 上 的 宗 教 教 育 因 此 我 们 没 有 就 此 进 行 论 述 如 果 对 真 正 意 义 上 的 宗 教 教 育 进 行 探 讨 的 话 应 该 以 培 养 宗 教 教 职 人 员 的 教 育 机 关 为 中 心 进 行 论 述 因 为 这 有 些 脱 离 本 论 文 主 题 不 再 进 行 论 述. 但 应 该 指 出 的 是 中 国 宗 教 教 职 人 员 24) 周 静 : 马 克 思 主 义 论 宗 教 信 仰 自 由 载 太 原 市 师 范 大 学 法 学 院 学 报 ( 社 会 科 学 版 ) 第 4 卷 第 3 期 2005 年 9 月 第 9 页 25) 何 虎 武 蓬 勃 : 中 国 化 马 克 思 主 义 政 教 观 研 究 载 卓 新 平 唐 晓 峰 主 编 论 马 克 思 主 义 宗 教 观 社 会 科 学 文 献 出 版 社 2009 年 版 第 121 页 26) 周 恩 来 统 一 战 线 文 选. 北 京 人 民 出 版 社, 1984: 页 27) [ 日 ] 金 永 完 : 現 代 中 国 と 宗 教 载 中 央 学 術 研 究 所 紀 要 第 39 号 2010 年 11 月 第 59 页 24

33 中 国 特 色 社 会 主 义 视 域 中 的 宗 教 教 育 与 人 权 保 护 金 永 完 的 培 养 存 在 着 严 重 的 问 题. 现 在 中 国 的 宗 教 教 职 人 员 最 大 的 一 个 特 点 是 年 轻 化 就 宗 教 界 来 讲 大 约 五 六 十 岁 左 右 具 有 丰 的 人 生 经 验 和 经 历 的 教 职 人 员 是 最 适 合 做 宗 教 领 袖 的 但 是 由 于 文 化 大 革 命 宗 教 教 职 人 员 队 伍 出 现 断 层 五 六 十 岁 左 右 的 一 代 人 几 乎 成 了 空 白 引 用 圣 经 的 话 就 是 羊 群 多 牧 羊 人 少 在 这 一 情 况 下 培 养 具 备 宗 教 人 员 素 质 的 人 才 就 成 为 了 一 个 新 的 课 题 28) Ⅲ. 中 国 特 色 社 会 主 义 与 人 权 保 护 在 18 世 纪 90 年 代 欧 洲 的 人 权 概 念 经 日 本 传 入 中 国 对 于 接 触 人 权 这 一 新 词 语 的 中 国 知 识 分 子 来 讲 是 个 新 的 冲 击. 比 如 当 时 的 著 名 诗 人 柳 亚 子 受 西 方 人 权 思 想 的 影 响, 于 1903 年 将 自 己 的 名 字 改 为 柳 人 权 然 而 当 时 人 权 思 想 并 没 有 在 中 国 扎 根 发 芽 这 同 西 方 势 力 以 鸦 片 战 争 为 契 机 侵 犯 中 国 侵 害 中 国 人 权 有 很 大 关 系 来 自 于 人 权 思 想 的 发 源 地 的 人 却 侵 犯 中 国 人 的 人 权 这 件 讽 刺 的 事 情 使 得 人 权 思 想 在 中 国 很 长 时 间 内 不 受 欢 迎 邓 小 平 甚 至 指 出 他 们 ( 西 方 人 ) 没 有 资 格 提 人 权 再 加 上 由 于 意 识 形 态 的 对 立 冷 战 时 期 世 界 格 局 分 成 东 西 两 个 部 分 人 们 认 为 西 方 的 一 切 东 西 都 是 不 好 的 人 权 思 想 因 此 也 受 到 了 排 斥 即 人 们 认 为 人 权 思 想 不 仅 是 西 方 的 舶 来 品 更 是 资 产 阶 级 的 产 物 进 行 极 力 排 斥 这 种 外 部 因 素 刺 激 生 成 了 与 之 相 对 的 国 内 因 素 并 最 终 产 生 了 符 合 中 国 国 情 的 人 权 论 自 1978 年 改 革 开 放 以 来 中 国 人 权 理 论 发 生 了 很 大 变 化 人 权 从 资 产 阶 级 意 识 形 态 中 解 放 出 来 成 为 社 会 主 义 价 值 体 系 的 重 要 组 成 部 分 随 之 而 来 的 是 旧 的 人 权 理 论 体 系 解 体 和 新 的 人 权 理 论 体 系 的 重 构 29) 现 在 中 国 提 倡 的 中 国 特 色 人 权 论 正 是 在 这 种 背 景 下 形 成 的 而 提 倡 中 国 特 色 人 权 论 的 主 体 就 是 中 国 共 产 党 1991 年 11 月 中 国 国 务 院 新 闻 办 公 室 刊 发 了 中 国 人 权 状 况 ( 人 权 白 皮 书 ) 对 中 国 特 色 人 权 论 的 内 容 进 行 了 介 绍 并 接 着 于 1995 年 12 月 发 布 人 权 白 皮 书 II 1997 年 3 月 发 布 人 权 白 皮 书 III 以 下 将 对 中 国 特 色 人 权 论 的 核 心 内 容 进 行 一 下 介 绍 1. 中 国 特 色 人 权 包 含 的 内 容 1) 主 权 高 于 人 权 中 国 特 色 人 权 论 最 基 本 的 理 论 框 架 就 是 主 权 高 于 人 权 中 国 主 张 主 权 优 先 论 是 立 意 28) 王 作 安 : 加 强 对 宗 教 教 职 人 员 的 培 养 和 教 育 载 CHINA RELIGION 2010 年 9 月 第 6-8 页 29) 范 继 增 : 中 国 人 权 理 论 演 变 的 社 会 动 因 初 探 载 西 南 交 通 大 学 学 报 ( 社 会 科 学 版 ) 2011 年 9 月 第 12 卷 第 5 期 第 124 页 25

34 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 于 将 人 权 问 题 国 内 问 题 化 将 人 权 置 于 主 权 构 造 范 畴 内 就 使 得 任 何 人 都 不 能 干 预 中 国 国 内 管 辖 权 范 围 内 的 问 题. 如 果 有 国 家 干 涉 就 违 反 了 有 关 国 际 法 不 干 涉 别 国 内 政 的 原 则 为 中 国 的 谴 责 此 类 行 为 提 供 了 理 论 依 据 2) 中 国 特 色 生 存 权 与 发 展 权 中 国 主 张 生 存 权 与 发 展 权 是 首 要 人 权 人 权 白 皮 书 中 指 出 人 权 首 先 是 人 民 的 生 存 权 没 有 生 存 权 其 他 一 切 人 权 均 无 从 谈 起 2008 年 12 月 8 日 胡 锦 涛 主 席 指 出 我 们 要 一 如 既 往 地 坚 持 以 人 为 本 既 尊 重 人 权 普 遍 性 原 则 又 从 基 本 国 情 出 发 切 实 把 保 障 人 民 的 生 存 权 发 展 权 放 在 保 障 人 权 的 首 要 地 位 在 拥 有 十 三 多 亿 人 口 的 中 国 生 存 权 并 不 是 指 个 人 的 生 存 权 而 是 指 集 体 生 存 权 因 为 这 种 集 体 性 生 存 权 有 助 于 团 结 和 联 合 全 国 人 民 中 国 共 产 党 坚 持 团 结 全 国 人 民 禁 止 一 切 破 坏 人 民 团 结 的 人 权 活 动 发 展 权 可 以 说 是 发 展 中 国 家 最 重 要 的 人 权 之 一 国 际 社 会 也 无 法 否 认 发 展 中 国 家 优 先 追 求 经 济 发 展 的 权 力 这 种 发 展 权 重 视 集 体 国 家 的 利 益 因 而 将 个 人 人 权 经 济 权 社 会 人 权 置 于 次 要 地 位 即 由 于 发 展 权 重 视 国 家 整 体 利 益 所 以 发 展 权 也 隶 属 于 内 政 范 畴 即 将 发 展 权 置 于 有 体 系 的 中 国 人 权 论 之 范 畴 下 对 外 与 主 权 优 先 论 相 接 轨 3) 中 国 特 色 权 利 与 义 务 的 统 一 马 克 思 主 张 没 有 无 义 务 的 权 利 也 没 有 无 权 利 的 义 务 人 权 白 皮 书 也 指 出 强 调 权 利 与 义 务 的 统 一 是 中 国 法 制 的 一 项 基 本 原 则 中 国 宪 法 第 三 十 三 条 对 这 一 原 则 给 出 了 明 确 规 定 即 任 何 公 民 享 有 宪 法 和 法 律 规 定 的 权 利 同 时 必 须 履 行 宪 法 和 法 律 规 定 的 义 务 由 于 规 定 公 民 在 行 使 自 由 和 权 利 的 时 候 不 得 损 害 国 家 的 社 会 的 集 体 的 利 益 和 其 他 公 民 的 合 法 自 由 和 权 利 ( 中 国 宪 法 第 五 十 一 条 ) 也 就 意 味 着 公 民 的 权 利 和 义 务 的 统 一 性 应 该 符 合 国 家 社 会 集 体 的 利 益 由 此 可 以 发 现 中 国 特 色 的 集 体 主 义 人 权 理 论 更 加 重 视 国 家 和 社 会 的 利 益 4) 坚 持 共 产 党 的 领 导 中 国 特 色 社 会 主 义 是 在 中 国 共 产 党 的 指 导 下 进 行 的 在 中 国 共 产 党 的 统 一 领 导 下 人 权 等 所 谓 的 敏 感 问 题 都 受 到 保 护 在 上 文 提 到 的 宪 法 序 言 中 四 项 基 本 原 则 将 坚 持 党 的 领 导 放 在 了 最 前 面 从 而 表 明 这 一 原 则 比 其 他 原 则 都 要 重 要 在 中 国 共 产 党 掌 管 国 家 最 高 权 力 机 构 并 且 将 四 项 基 本 原 则 放 在 核 心 指 导 位 置 因 此 拥 有 对 其 他 三 项 基 本 原 则 的 最 终 解 释 说 明 权 所 以 当 关 系 到 公 民 基 本 权 利 的 宪 法 法 规 与 维 持 国 家 体 制 的 宪 法 法 规 相 冲 突 时 共 产 党 保 留 对 优 先 选 择 后 者 的 解 释 说 明 权 26

35 中 国 特 色 社 会 主 义 视 域 中 的 宗 教 教 育 与 人 权 保 护 金 永 完 总 结 上 面 所 讲 的 中 国 特 色 人 权 保 护 核 心 内 容 我 们 会 发 现 个 人 人 权 同 带 有 集 体 性 质 的 生 存 权 发 展 权 相 结 合 一 同 受 到 保 护 这 种 人 权 是 和 权 利 与 义 务 的 统 一 性 相 吻 合 的 都 服 务 于 国 家 社 会 集 体 利 益 在 这 种 集 体 构 造 中 只 会 更 加 强 调 义 务 的 履 行 而 不 是 重 视 个 人 权 利 中 国 公 民 在 中 国 共 产 党 的 统 一 领 导 下 行 使 人 权 并 且 由 于 国 家 的 优 越 性 人 权 问 题 完 全 转 变 为 内 政 问 题 在 这 个 统 一 结 构 下 13 多 亿 人 民 的 人 权 得 以 只 受 本 国 保 护 而 不 受 外 部 干 涉 2. 人 权 入 宪 与 人 权 保 护 2004 年 3 月 修 订 的 宪 法 中 在 第 33 条 加 入 了 国 家 尊 重 和 保 障 人 权 这 是 人 权 首 次 由 政 治 概 念 上 升 为 法 律 概 念 将 尊 重 和 保 障 人 权 的 主 体 由 党 和 政 提 升 为 国 家 从 而 使 尊 重 和 保 障 人 权 由 党 和 政 的 意 志 上 升 为 国 家 意 志 变 成 国 家 的 宪 法 义 务 30) 目 前 为 止 中 国 通 过 赞 成 共 产 党 政 策 的 国 家 的 主 人 - 人 民 和 与 之 相 反 的 势 力 - 敌 对 分 子 的 区 分 谋 求 社 会 的 和 谐 统 一 暂 且 不 分 析 这 种 政 治 模 式 如 果 法 律 概 念 上 的 所 有 公 民 的 人 权 都 受 到 尊 重 得 到 保 障 的 话 区 分 敌 我 的 中 国 共 产 党 的 政 治 模 式 会 被 侵 蚀 即 通 过 敌 与 我 的 区 分 保 障 部 分 人 权 的 理 念 由 于 人 权 的 普 遍 性 不 可 分 割 性 有 可 能 转 变 成 所 有 公 民 享 有 的 权 利 31) 中 国 宪 法 中 记 载 的 基 本 权 利 也 是 法 律 概 念 上 的 中 国 公 民 的 基 本 权 利 而 不 是 政 治 概 念 上 的 中 国 人 民 的 基 本 权 利 宪 法 中 对 人 权 进 行 的 规 定 虽 然 可 以 说 仅 仅 是 一 种 形 式 但 也 不 得 不 承 认 有 一 定 的 意 义 因 为 即 使 是 形 式 的 东 西 也 有 可 能 会 随 着 时 代 变 迁 而 具 有 了 实 际 意 义 事 实 上 现 在 那 些 人 权 规 定 较 之 于 刚 被 写 入 宪 法 时 已 经 发 挥 了 更 大 的 作 用 这 些 规 定 不 仅 随 着 时 代 变 化 发 挥 了 更 大 的 作 用 也 为 未 来 社 会 的 人 权 保 障 的 发 展 和 变 化 指 明 了 方 向 将 会 发 挥 其 更 大 的 价 值 中 国 批 准 并 加 入 的 有 关 人 权 的 国 际 条 约 的 数 量 也 正 在 逐 年 上 升 这 一 数 量 现 已 达 到 26 部 Ⅳ. 中 国 的 人 权 教 育 1. 人 权 入 宪 与 人 权 教 育 2004 年 3 月 宪 法 修 订 案 中 将 有 关 人 权 保 障 的 规 定 载 入 宪 法 中 国 的 人 权 教 育 迎 来 了 新 的 时 代 2009 年 发 布 的 国 家 人 权 行 动 计 划 明 确 规 定 了 国 家 对 于 人 权 教 育 的 责 任 30) 李 招 忠 石 玉 平 : 人 权 入 宪 与 人 权 教 育 载 江 汉 论 坛 2005 年 第 4 期 第 页 31) [ 日 ] 土 屋 英 雄 : 中 国 人 権 考 -- 歴 史 と 当 代 日 本 評 論 社 2012 年 第 1 版 第 1 刷 第 183 页 27

36 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 虽 然 中 国 教 育 界 对 人 权 教 育 给 予 极 大 关 注 也 取 得 了 一 些 研 究 成 果 但 还 是 存 在 很 多 不 足 之 处 因 此 为 了 国 际 声 誉 国 家 形 象 更 重 要 的 是 为 了 中 国 人 民 的 权 利 与 福 祉 的 实 现 大 陆 人 权 教 育 研 究 应 立 即 全 面 展 开 32) 由 于 人 权 入 宪 保 障 人 权 的 主 体 提 升 为 国 家 国 家 便 产 生 了 人 权 教 育 这 一 新 的 任 务 行 动 计 划 中 也 提 到 了 这 一 点 这 与 国 家 是 人 权 教 育 的 主 体 这 一 人 权 教 育 的 国 际 标 准 相 符 合 中 国 考 虑 本 国 的 实 际 情 况 并 接 受 联 合 国 十 年 人 权 教 育 (The United Nations Decade for Human Rights Education ) 中 的 建 议 和 指 导 思 想 开 展 人 权 教 育 活 动 2. 国 家 人 权 行 动 计 划 为 了 实 践 人 权 教 育 而 制 定 的 行 动 计 划 的 内 容 总 的 可 以 概 括 为 以 下 几 点 : (1) 人 权 教 育 的 主 体 : (2) 中 国 人 权 交 易 的 载 体 : 现 有 的 义 务 教 育 中 等 教 育 高 等 教 育 职 业 教 育 体 系 和 国 家 机 关 内 的 培 训 (3) 人 权 教 育 的 渠 道 : 广 播 电 视 报 刊 网 络 等 大 众 传 播 媒 体 (4) 人 权 教 育 的 形 式 : 多 种 多 样 (5) 人 权 教 育 的 内 容 : 相 关 法 律 知 识 和 人 权 知 识 (6) 人 权 教 育 的 对 象 : 在 校 学 生 ( 人 权 教 育 要 从 娃 娃 抓 起 近 年 来 有 许 多 提 倡 应 当 从 小 进 行 人 权 教 育 的 言 论 33)) 公 职 人 员 ( 特 别 是 针 对 公 安 检 察 院 法 院 监 狱 城 管 行 政 执 法 机 构 等 特 定 执 法 机 构 和 人 员 教 育 培 训 ) (7) 人 权 教 育 的 国 际 合 作 : 培 养 具 备 国 际 视 野 的 人 权 领 域 高 级 专 门 人 才 3. 中 国 大 学 的 人 权 教 育 根 据 行 动 计 划 中 的 要 求 并 着 眼 于 现 在 各 大 学 的 实 际 情 况 对 应 当 受 到 人 权 教 育 的 学 生 可 以 分 非 法 学 专 业 学 生 和 法 学 专 业 学 生 两 类 进 行 考 察 在 行 动 计 划 中 对 于 这 两 类 学 生 的 教 育 课 程 是 不 同 的 即 为 非 法 学 专 业 开 设 的 是 人 权 公 共 选 修 课 程 这 一 课 程 属 于 思 想 理 论 教 育 课 程 而 要 求 为 法 学 专 业 本 科 学 生 开 设 的 是 人 权 法 课 程 这 一 课 程 属 于 专 业 基 础 课 程 正 如 这 样 中 国 正 根 据 教 育 对 象 的 不 同 而 开 设 合 适 的 课 程 并 对 其 进 行 人 权 教 育 34) 为 非 法 学 专 业 学 生 专 门 开 设 的 人 权 公 共 选 修 课 程 之 目 的 是 让 学 生 树 立 对 于 人 权 的 基 32) 文 卫 勇 刘 翊 : 中 国 大 陆 人 权 教 育 研 究 综 述 载 黑 河 学 刊 2009 年 12 月 总 第 148 期 第 9 期 第 页 33) 3 如 人 权 应 该 提 上 中 小 学 教 育 日 程 载 人 权 2008 年 第 5 期 第 页 34) 朱 力 宇 于 之 伦.: 论 我 国 高 校 开 展 人 权 理 论 研 究 与 教 育 的 几 个 问 题 载 思 想 理 论 教 育 导 刊 年 第 1 期 ( 总 第 145 期 ) 第 页 28

37 中 国 特 色 社 会 主 义 视 域 中 的 宗 教 教 育 与 人 权 保 护 金 永 完 础 性 的 知 识 培 养 基 本 的 人 权 意 识 训 练 尊 重 人 权 和 保 障 人 权 的 思 考 方 式 因 此 人 权 公 共 选 修 课 程 主 要 介 绍 人 权 的 概 念 定 义 属 性 分 类 历 史 发 展 以 及 与 人 权 保 障 相 关 联 的 马 克 思 主 义 基 本 知 识 同 时 介 绍 中 国 国 内 的 立 法 以 及 中 国 批 准 并 加 入 的 国 际 人 权 条 约 此 外 也 介 绍 公 民 的 权 利 政 治 权 利 经 济 权 利 社 会 权 利 和 文 化 权 利 等 人 权 基 本 内 容 法 律 制 度 和 实 际 应 用 过 程 为 法 学 专 业 学 生 开 设 的 课 程 目 的 与 人 权 公 共 选 修 课 程 的 目 的 相 同 其 不 同 是 因 为 他 们 作 为 法 学 专 业 学 生 的 基 础 课 程 内 容 更 具 有 深 度 本 文 将 不 就 人 权 教 育 的 具 体 内 容 进 行 讨 论 但 其 中 包 括 了 与 马 克 思 主 义 的 人 权 理 论 和 中 国 特 色 集 体 权 利 和 集 体 人 权 相 关 的 内 容 中 国 将 人 权 理 论 的 发 源 地 - 西 方 世 界 - 几 乎 不 再 提 及 的 马 克 思 主 义 人 权 理 论 和 关 于 集 体 权 利 集 体 人 权 等 内 容 进 行 重 新 编 写 形 成 并 展 开 了 中 国 特 色 的 人 权 教 育 现 在 为 非 法 学 专 业 学 生 提 供 的 人 权 公 共 选 修 课 程 还 没 有 正 式 开 设 在 少 数 几 个 大 学 为 法 学 专 业 学 生 开 设 的 人 权 法 课 程 也 存 在 着 大 纲 的 设 定 还 未 完 善 缺 少 适 当 的 教 材 等 问 题 根 据 中 国 教 育 部 的 规 定 而 在 中 国 大 学 中 开 设 的 思 想 道 德 修 养 与 法 律 基 础 课 程 已 经 扮 演 了 人 权 教 育 的 垫 脚 石 的 角 色 有 学 者 认 为 通 过 法 律 基 础 这 一 课 程 实 施 人 权 教 育 对 于 现 在 中 国 大 学 的 人 权 教 育 是 一 种 最 佳 的 和 比 较 便 利 的 方 法 这 种 方 法 的 优 越 性 在 于 使 用 国 家 教 育 部 统 一 编 写 的 教 材 他 主 张 这 种 自 上 而 下 的 教 育 方 式 是 中 国 教 育 的 优 势 所 在 35) 因 现 在 关 于 人 权 的 教 材 的 不 足 无 论 对 于 哪 一 所 大 学 若 其 在 这 方 面 有 能 力 优 先 自 主 开 发 适 当 的 教 材 或 在 授 课 期 间 使 用 教 科 书 以 外 与 教 学 内 容 相 关 联 的 补 充 材 料 是 非 常 重 要 的 在 中 国 大 学 人 权 教 育 实 际 情 况 中 所 存 在 的 问 题 应 当 是 已 经 接 受 过 人 权 教 育 的 学 生 也 被 囚 禁 在 无 法 解 脱 的 意 识 形 态 中 这 不 仅 是 人 权 教 育 的 问 题 也 是 由 于 这 些 学 生 通 过 填 鸭 式 教 育 方 法 接 受 思 想 教 育 而 产 生 的 问 题 在 以 国 家 主 权 的 至 高 性 为 中 心 的 框 架 下 接 受 教 育 会 形 成 个 人 绝 不 会 成 为 国 际 法 的 主 体 的 思 想 甚 至 会 出 现 对 自 身 的 人 权 产 生 消 极 态 度 的 现 象 因 此 对 学 生 进 行 正 确 的 知 识 指 导 也 是 一 个 有 挑 战 性 的 难 题 如 果 是 处 于 对 人 权 没 有 任 何 知 识 的 白 纸 状 态 对 其 灌 输 新 的 知 识 是 比 较 容 易 的 但 在 之 前 的 残 像 在 意 识 中 仍 然 根 深 蒂 固 的 状 态 下 想 要 画 一 幅 新 的 作 品 必 然 是 比 较 困 难 的 了 由 于 许 多 海 外 的 国 际 法 和 有 关 人 权 的 理 论 在 中 国 教 材 中 还 没 有 被 介 绍 如 果 盲 目 向 学 生 传 授 新 的 内 容 容 易 引 起 思 想 上 的 混 乱 因 此 编 写 内 容 适 当 的 教 材 提 高 教 师 自 身 的 知 识 水 准 是 非 常 必 要 的 在 大 学 中 进 行 人 权 教 育 对 未 来 的 世 世 代 代 都 有 不 可 磨 灭 的 重 要 性 许 多 在 大 学 接 受 过 教 育 的 毕 业 生 今 后 会 在 各 个 初 高 中 执 教 因 此 大 学 仍 然 可 以 被 视 为 人 权 教 育 的 摇 篮. 在 当 今 中 国 社 会 主 张 人 权 教 育 应 从 小 进 行 的 呼 声 也 日 益 提 高 然 而 能 对 儿 童 进 行 适 当 的 人 权 教 育 的 教 师 35) 黎 尔 平 : 中 国 大 学 的 人 权 教 育. 载 人 权 2007 年 第 1 期 第 47 页 29

38 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 资 源 又 有 多 少 呢? 当 然 我 们 也 有 对 现 有 教 师 进 行 培 训 的 方 法 但 是 为 了 让 公 民 从 儿 童 时 期 就 拥 有 人 权 意 识 从 现 在 开 始 培 养 能 够 担 当 这 类 教 育 事 业 的 青 年 也 是 至 关 重 要 的 现 在 中 国 社 会 科 学 院 中 国 人 民 大 学 中 央 党 校 北 京 大 学 武 汉 大 学 清 华 大 学 和 山 东 大 学 等 高 校 开 设 了 人 权 研 究 中 心 专 家 学 者 也 正 集 中 精 力 研 究 人 权 问 题 Ⅴ. 结 束 语 上 文 在 中 国 特 色 社 会 主 义 视 域 中 对 中 国 的 宗 教 教 育 和 人 权 问 题 进 行 了 分 析 和 考 察 具 体 详 情 都 已 说 明 在 这 里 我 将 指 出 本 文 的 要 旨 并 对 未 来 形 势 进 行 展 望 中 国 是 一 个 重 视 意 识 形 态 的 国 家 因 此 对 有 关 国 家 事 务 的 重 要 事 件 要 基 于 意 识 形 态 对 其 进 行 诠 释 宗 教 与 人 权 特 别 是 从 资 本 主 义 世 界 引 入 的 宗 教 和 人 权 理 论 与 马 克 思 ㆍ 列 宁 主 义 有 不 可 融 合 的 局 限 性 而 正 如 本 文 中 提 到 的 中 国 现 在 将 马 克 思 列 宁 主 义 与 中 国 的 实 际 情 况 相 结 合 通 过 实 行 中 国 特 色 社 会 主 义 与 时 俱 进 得 到 发 展. 在 中 华 民 族 思 想 背 景 下 团 结 56 个 民 族 建 设 社 会 主 义 大 家 庭 的 中 国 仍 然 面 对 着 许 多 问 题 这 些 问 题 是 不 可 避 免 的 但 当 我 们 在 中 国 以 外 的 地 区 接 触 关 于 这 些 问 题 的 报 道 时 这 些 问 题 会 烘 托 出 他 们 脑 海 中 固 有 的 一 些 观 念 然 而 是 否 存 在 一 些 故 意 报 道 不 是 问 题 或 不 会 成 为 问 题 的 媒 体 呢? 中 国 若 在 被 关 心 之 外 是 否 还 能 受 到 世 界 的 瞩 目? 国 际 社 会 对 中 国 的 关 注 与 中 国 的 变 化 息 息 相 关 中 国 也 认 识 到 这 一 点 事 实 上 我 们 难 以 否 认 诸 如 此 类 国 际 社 会 的 关 心 对 中 国 发 展 的 促 进 作 用 中 国 的 确 在 发 展 变 化 全 国 人 大 11 届 3 中 全 会 (1978) 后 中 国 通 过 改 革 开 放 尝 试 了 自 我 改 革 经 过 前 苏 联 解 体 冷 战 结 束 以 后 中 国 在 全 球 化 浪 潮 中 不 断 变 化 当 然 在 此 过 程 中 也 发 生 了 一 些 被 世 界 各 国 指 责 的 事 件 在 中 国 关 于 这 类 事 件 的 言 论 是 被 尽 量 避 免 或 严 厉 禁 止 的 原 因 何 在? 究 其 根 源 是 羞 耻 心 而 这 种 羞 耻 心 是 发 展 可 能 性 的 表 现 人 类 社 会 还 有 比 没 有 羞 耻 心 的 人 更 可 悲 的 人 吗? 在 国 际 社 会 也 是 如 此 不 知 羞 耻 的 国 家 也 不 会 被 国 际 社 会 所 认 同 因 为 中 国 是 一 个 重 视 体 面 的 国 家 对 以 往 过 错 的 指 出 常 会 让 其 感 到 羞 耻 此 外 这 种 重 视 体 面 的 文 化 也 是 中 国 在 国 际 社 会 上 逐 渐 变 为 一 个 美 好 国 家 的 原 因 之 一 我 们 之 所 以 能 够 体 验 中 国 人 权 理 论 的 变 化 和 发 展 是 因 为 思 想 开 放 市 场 经 济 多 元 化 的 文 化 以 及 国 际 交 流 在 这 样 的 变 化 中 中 国 正 逐 渐 解 脱 于 社 会 主 义 人 权 与 资 本 主 义 人 权 在 意 识 形 态 上 鲜 明 的 分 歧 独 立 的 市 场 经 济 在 个 体 买 卖 中 将 主 体 意 识 权 利 意 识 平 等 意 识 自 由 观 念 民 主 思 想 和 法 治 思 想 等 潜 移 默 化 地 传 授 给 个 人 西 方 的 法 治 文 化 宗 教 文 化 自 由 主 义 甚 至 同 性 恋 文 化 消 费 文 化 色 情 文 化 等 各 种 文 化 也 涌 入 中 国 与 中 国 传 统 文 化 相 会 此 外 通 过 多 样 的 国 际 交 流 停 留 在 国 内 视 野 中 的 人 权 理 论 也 向 国 际 范 30

39 中 国 特 色 社 会 主 义 视 域 中 的 宗 教 教 育 与 人 权 保 护 金 永 完 围 扩 展 36) 宗 教 界 也 受 这 一 时 代 潮 流 的 影 响 宗 教 教 育 和 人 权 教 育 也 是 如 此 原 来 的 中 国 宪 法 是 深 入 彻 底 的 社 会 主 义 宪 法 国 家 的 主 人 是 劳 动 者 和 农 民 而 现 在 不 仅 仅 是 局 限 于 劳 动 者 和 农 民 此 外 各 阶 层 人 民 都 是 国 家 的 主 人 ( 三 个 代 表 重 要 思 想 ) 中 国 为 了 满 足 国 内 外 现 实 需 求 修 订 了 宪 法 因 时 代 的 变 化 而 出 现 的 纯 粹 社 会 主 义 框 架 之 外 的 许 多 新 问 题 都 可 以 被 中 国 特 色 社 会 主 义 解 释 论 接 纳 和 包 容 这 难 道 不 是 飞 跃 性 的 变 化 吗? 现 如 今 的 中 国 宪 法 中 不 仅 有 宗 教 自 由 也 加 入 了 有 关 人 权 保 障 的 规 定 过 去 的 马 克 思 ㆍ 列 宁 主 义 所 不 能 接 受 的 只 有 在 资 本 主 义 国 家 法 律 中 能 够 见 到 的 诸 多 条 文 现 如 今 公 然 出 现 在 中 国 宪 法 中 宗 教 信 仰 自 由 和 人 权 保 护 的 规 定 入 宪 后 这 些 已 不 属 于 政 治 上 的 权 利 ( 也 是 政 治 上 能 够 压 迫 的 权 利 ) 而 成 为 受 国 家 保 护 的 权 利 一 旦 宗 教 信 仰 自 由 和 人 权 保 护 被 规 定 在 宪 法 这 个 大 框 架 中 即 使 有 政 治 上 的 动 乱 人 权 也 将 成 为 人 民 所 能 主 张 的 不 可 动 摇 的 权 利 不 过 即 便 有 这 样 的 动 乱 中 国 也 不 会 选 择 与 历 史 发 展 相 悖 的 道 路 在 中 国 特 色 社 会 主 义 大 家 庭 中 现 有 的 社 会 主 义 要 素 和 之 后 引 入 的 资 本 主 义 要 素 相 互 依 存 中 国 根 据 时 代 的 发 展 不 断 做 出 正 确 的 选 择 指 导 着 自 身 向 未 来 的 发 展 迈 进 宪 法 规 定 并 保 障 的 中 国 国 内 的 人 权 与 宗 教 自 由 为 中 国 在 国 际 上 赢 得 了 体 面 使 中 国 实 现 了 与 世 界 有 机 统 一 并 期 望 和 追 求 进 一 步 的 发 展 36) 范 继 增 : 中 国 人 权 理 论 演 变 的 社 会 动 因 初 探 载 西 南 交 通 大 学 学 报 ( 社 会 科 学 版 ) 2011 年 9 月 第 2 卷 第 5 期 第 页 31

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41 Religious Education and Human Rights in Europe -Focusing on the Case of Belgium and the Netherlands- *37) Sem Vermeersch *38) Introduction In principle, the matter of religious education in European primary and secondary education is straightforward: since both religious freedom and freedom of education are guaranteed by the European Convention for the Protection of Human Rights, 1) any child resident in a EU country has the right to learn about his/her own religious tradition at school and is protected against discrimination on the basis of his/her faith and indoctrination in other faiths or forced secularization. In practice, however, the place of religious education in European schools has been determined by a long historical process. Although generally based on the enlightenment principles of secular education and a strict separation * I would like to thank Jens Vermeersch for his efforts in gathering documentation for this article and for his advice on its contents. ** Dept of Religious Studies Seoul National University 1) Article 2, protocol 1: No Person shall be denied the right to education. In the exercise of any function which it assumes in relation to education and to teaching, the state shall respect the right of parents to ensure such education and teaching in conformity with their own religious and philosophical convictions. Cited in Pépin, 16. See De Groof et al., 14 for potential conflict with national laws. 33

42 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 of state and church, in which religions are seen as a matter of personal choice, in general the place of religious education in the school system is the result of a long process of negotiation and accommodation between the state and the church. Church-affiliated schools or schools based on a religious worldview do in fact thrive in many European countries, catering to the needs of Christian families, while state or public schools, in principle, cater to the needs of those not affiliated with a church or of religious minorities. The ensuing status quo between the secular authority of the state on the one hand and traditional European religions on the other that was thus built up in the course of more than a century, has recently been challenged, however, by the upsurge of a religion that, it is argued, does not subscribe or accommodate to secularism, i.e., Islam. As a result, there have been claims of religious discrimination in the education system, which by extension are seen as an infringement of human rights. At the same time, there have been more and more calls to rethink the segregation between the secular and the religious in schools; some maintain that the state is not as neutral as it claims to be, and is in fact imposing its own agenda of secularization, while others claim that religious schools should either strengthen or weaken their religious agenda. Thus to understand some of the current problems-the most attention-grabbing being the dress code for Muslim children-it is necessary to understand the background of religious education in Europe, as well as some of the recent evolutions in thinking about religious education. Religious education is a somewhat ambiguous term because it can refer both to the education of religious values within a tradition, or the education about religion from outside that tradition. To disambiguate, in this article I will use religious education for the inculcation of religious values, and education about religion for the objective education about various religions from a neutral standpoint. 2) Also, this article will focus on the cases of Belgium (mainly Flanders) and the Netherlands, chiefly because I am most familiar with the case of Belgium. Since Belgium shows interesting parallels with the Netherlands, however, it is useful to treat them together. Although there 2) The use of Religious education in the title is therefore appropriate: traditionally in Belgium and the Netherlands, religions have been taught not from a neutral perspective but as part of the forming of religious identity. 34

43 Religious Education and Human Rights in Europe Sem Vermeersch are of course some differences with religious education in other EU countries (which will be highlighted in a few cases), mostly the situation in these two countries is representative for the problems facing religious education/education about religions in Europe. Background: Secularism as the Norm? Since the rise of scientific thinking in the nineteenth century, the idea has taken hold that as human knowledge increases, irrational beliefs in religious truths will decrease. At the same time, following implementation of enlightenment ideals in the wake of the French revolution, religious influence has been systematically excluded from the public realm of government. Although the idea that state and church are different entities with different spheres of influence has a history of almost 2,000 years (cf. the oft-invoked Render Unto Caesar the things that are Caesar s, and unto God the things that are God s; Matthew 22:21), since the assumption was that the religious realm represented by the church was superior, in practice the church held sway over much of the public realm too during much of that period. During the nineteenth century this process was reversed; state and church became independent in both name and fact, with both sides respecting the other s institutional autonomy and refraining from mutual interference. This process of removing religion from the public realm is usually referred to as secularization. Besides this retreat from the public realm, however, according to Charles Taylor two additional connotations can be discerned in the use of the term secularization. First, it is also frequently used to refer simply to the decline of religious belief and practice. Second, it refers to the changed circumstances in which religion finds itself in the modern West: from a position that was beyond dispute and challenge to the position of just one ideology among others, one option amongst many. The default option has changed from religion (viz. Christianity) to atheism; in other words secular humanist values have become the norm rather than transcendent values (De Groof et al., 6), and hence the state as the symbol of secular values now 35

44 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 reigns supreme. Taylor s arguments are probably a reaction against previous secularization theories. Peter Berger in particular is famous for arguing in his 1967 The Sacred Canopy that modernization is a linear process that will end with the disappearance of religious belief. At the time the book was published the evidence, especially from Western Europe, appeared to confirm that trend, but as religions have proved to be much more durable than thought, he later modified his position, allowing for a desecularization process, or the revival of religion. Arguably one of the best cases to prove that modernization and secularization (in the meaning of religious decline) are not mutually exclusive is South Korea: during its rapid modernization and industrialization from the 1960s to the 1980s, protestant Christianity increased exponentially. From merely a few percent of the population, by the time South Korea became recognized as an industrialized country in the 1980s, more than 20 percent of the population belongs to a protestant church. But even in Western Europe, still the region with the most marked decline in institutional religious adherence, religions have resurfaced in many forms, notably as a kind of individual spiritualism in which it is up to the individual to create his or her own religious identity from the many sources available. It is also necessary to point out that, despite the active attempts by states to remove religious influence from the public realm, in fact most governments have continued to support churches in one way or another; either by allocating a religious tax to fund religious institutions (Germany) or by maintaining places of worship as state property but allowing their use by religious organizations (France). This pattern of tacit government support will also become apparent when we discuss the education system. In any case, the question of whether secularization is an inevitable process is not merely academic: religious groups or people sympathetic to religions have appropriated some of the arguments to argue (as already suggested by Taylor) that the official policy of secularization, even though it is based on equal treatment of each and every religious group and the recognition of each individual s unique religious identity, implicitly favors the secular values. Although in principle secular and religious truth claims are treated as 36

45 Religious Education and Human Rights in Europe Sem Vermeersch equally valid, in fact there is an implicit favoring of the secular. 3) Moreover, it is argued, the specific sensibilities of religious minority sometimes require special treatment rather than passive toleration (De Groof et al., 8). Some even use the term enlightenment fundamentalism to characterize the assumptions masked by an official policy of neutrality (Boeve, 52) Religious Education in the Dutch and Belgian School System Belgium and The Netherlands are probably unique in that they have both a long tradition of faith-based schools and a so-called vertical integration (verzuiling, lit. pillarization ) of the school system along confessional lines. In the Netherlands, since the 19 th century a school struggle (schoolstrijd) raged between secular schools on the one hand and faith-based schools on the other (Protestant and Catholic). The conflict was only resolved after a 1917 revision to the constitution guaranteed equal funding for all schools, both public schools and faith-based ones (De Groof et al., 10). Ever since, the Dutch can send their children to a school belonging to the religious group they belong to, which is able to determine its own educational vision (vrijheid van richting). 4) Public schools on the other hand are to be ideologically neutral, but have to respect the religion or values of their students. Belgium similarly has a long history of school conflict. Unlike the long protracted debates in the Dutch schoolstrijd, there were two fairly short, intense conflicts that erupted over the state s educational policy, the first struggle lasting from and the second one from The roots of the conflict should be sought in the very founding of the country. One of the reasons for overthrowing Dutch rule in 1830 was the Dutch attempt to monopolize education. The Catholic church took the side of the revolutionaries to ensure the freedom of education, i.e. to ensure that its own school system would be safeguarded. The constitution of the new 3) But compare with the U.S. case, which shows that a very secular orientation of the constitution, which painstakingly separates. Prothero, 96 ff. 4)What exactly this entails is somewhat controversial; see the example of an orthodox Jewish school that refused to admit a boy from a liberal Jewish family (De Groof et al. 12) 37

46 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 kingdom of Belgium therefore guaranteed that education is free; any preventive measure is forbidden public education, funded by the state, shall also be legislated. (De Groof et al., 18) Thus the catholic schools became known as free schools (vrij onderwijs), and were mainly fee-based, while there were also free state schools. In 1878 a new liberal government came to power, and sought to implement a more secular agenda for education. In 1879 it decreed that every city or village should have at least one public elementary school, and that the state should not fund any free (Catholic) schools. Similar legislation for middle schools followed in The Catholic church and party vigorously opposed this law, and reacted by building more Catholic schools; because they represented the majority of the population, many pupils switched schools. Whereas at the start of the conflict only 13.1 % of pupils went to free schools, by the end that had risen to 63.5 %. 5) As a result, the liberals lost the 1884 elections, and when the catholic party regained power, it reversed the laws; it was left to local councils to decide which schools they organized, and free schools were again funded. De second schoolstrijd ( ) should be seen against the background of an increase in students pursuing secondary education. Whereas all elementary schooling was free by that time, Catholic middle schools were fee-based, and were struggling financially. A Catholic-led government therefore decided to subsidize these schools, but in 1955 a socialist minister of education tried to cut back these subsidies, prompting an escalation of the conflict. A compromise was finally reached in 1958 (schoolpact); all secondary schools were henceforth state-funded, to guarantee the freedom of school choice (vrije schoolkeuze). Thus, as in most European countries, in spite of the principle of state-religious separation, the Belgian government funds faith-based schools. Since the only religious teaching offered in free schools is Catholic religion, naturally students from another religious (or non-religious) background would feel alienated in such an environment. However, in a situation where about 80% of Flemish school children attend catholic schools, yet church attendance is 5) Accessed April 26,

47 Religious Education and Human Rights in Europe Sem Vermeersch only about 7 %, it is obvious that strong religious motivation is no longer a prime factor in choosing these schools. Inculcation of Catholic doctrine is mostly not longer on the agenda. Moreover, in areas with a big concentration of Muslim families, catholic schools have the option of instituting classes on Islam. 6) Despite this flexibility, however, it is clear that people from other religions may find that there is still a religious bias in Catholic schools, and in most cases therefore turn to state schools. The Flemish state school network has adopted pluralism as its guiding strategy towards religious and ideological issues. 7) Thus students can choose to be educated in the religion or philosophy of their (parents ) choice, including ethics (for those who do not belong to any religious tradition), Catholicism, Protestantism, and Islam, to name just the most important ones. Plans are afoot though to introduce a general class on worldviews (levensbeschouwingen) for all students in the last two years of high school. 8) This means that everybody, whether they identify themselves with a particular religion or not, would take this class, as a means to give students the opportunity to learn something about other religions and ways of life. This corresponds with the general trend of moving beyond the traditional identity blocs; religious education is no longer restricted to the faith community, but through changing the emphasis to education about religion is opened up to everyone. There is currently a trend towards increasing cooperation between public and free schools, 9) which would lead to a weakening of the distinction between secular state schools and catholic free schools. This coincides with the trend towards seeing religious education as part of the process of identity formation. Yet the traditional model of secular and religious pillars is still in place, and in the current situation it remains to be seen whether or not the calls for seeing religious education as a process of identity 6) At the discretion of the bishop in whose jurisdiction the school is; there is thus no binding obligation to implement religious education in Islam, and it is not clear what the threshold is for deciding to implement classes on Islam. 7) Diversiteit.aspx (accessed April 28, 2012) 8) ba7da3d5 (accessed April 25, 2012) 9) See De Groof 13, 15 for Netherlands; Wikipedia for Belgium. 39

48 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 formation will reaffirm or subvert old structures. It is instructive to compare with the French model, where religious education in any form has traditionally been kept out of state schools (which reach 80% of students; most of the other 20% go to catholic schools) altogether (Pépin, 70); or the Netherlands, where there have traditionally been no classes on religions in public schools, though recently classes on world religions take place and Christian schools are urged to go in the same direction (Pépin, 28). For Belgium, by contrast, there is no trend towards removing religious education from the curriculum of either state or free schools. The Challenge Posed by Islam As mentioned, in secularized societies religions are reduced to a matter of personal conviction and limited to certain devotional acts (eredienst). However, religions do not all subscribe to such a restricted view. Notably Sunni islam, since it does not recognize any separate church institution but is focused on society, cannot fit into this adaptation of religion to the secular paradigm. Yet in practice, there are many different ways of practicing Islam, from liberal and individualistic practitioners to fundamentalist and even extremist believers. From the perspective of the traditional approach to religious education in Belgium as described above, there is no real problem: Islam can be taught as the religious education subject at state schools, and free schools, though not obliged to do so, have in fact organized Islam classes. In The Netherlands, by contrast, the normal school system does not provide for religious education, so Muslim parents either send their children to Islamic schools, 10) or try to have the schools arrange for extra classes on Islam. 11) 10) The Netherlands has about twenty Islamic schools; this means, as described above, that there is now an Islamic pillar in the Dutch education system. See the case study of an elementary Islam school by Bergonje-Duinkerken. In Belgium, by contrast, it is not possible to establish Islamic schools. De Groof et al., ) As is the case for the elementary school Amsterdam-Sloterdijk in See lamlessen-op-openbare-scholen/ (accessed April 28, 2012) 40

49 Religious Education and Human Rights in Europe Sem Vermeersch Problems can and do arise in case Muslim parents do not agree with the secularizing tendencies of the Belgian or Dutch school systems. While it would appear that by and large Muslim families try to accommodate to the existing school system, 12) there have been complaints about customs such as non-gender-segregated physical education, teaching about values or morality that is considered to libertarian, etc. The main flashpoint however has been whether or not Muslim children can wear the hijab or other prescribed garments to cover the female body at school. Although these are worn in many countries with a dominant Muslim population, it appears that they became a problem in European education first when students started wearing them to make a political or cultural statement (De Hert & Somers, 46). In other words, students started wearing them not because of parental pressure but to make a personal statement, often after conversion (De Groof, 25). The issue is complex and thorny, and cannot be adequately dealt with in this article. Although the wearing of hijab and other garments is seen as a religious statement, and as such forbidden especially in France because it violates the strict separation between state and religion (laicité), this is in fact a moot point, since, as many point out (e.g. Vermeersch), the clothing is not actually a generally accepted religious obligation within Islam, and thus wearing it is a political rather than religious statement (De Groof et al., 24). However, constitutionally, it has been pointed out, it is not possible for a court to decide on what a religious tradition prescribes or does not prescribe. Yet European courts have (mostly) ruled that forbidding the wearing of hijab by schools is constitutional. 13) Despite article 9 of the European Convention for the Protection of Human Rights, which states that everyone has the right to the freedom of thought, conscience and religion, a clause allows for limitations to the freedom of religion where it is necessary to protect the social and legal order (De Groof et al., 24). Thus, 12) A survey on the parents desire for Islamic education found that among those requesting Islam classes, three quarters were also in favor of learning about other religions. See also De Groof et al., ) See the case of Flemish public schools, where the hijab has been banned but a final ruling is still pending. (accessed April 28, 2012) 41

50 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 there is a broad consensus among educational and political authorities that wearing the hijab is a religious statement that infringes on the secular aspects of education; i.e. it brings religion into spaces that are deemed neutral. However, it is clear that political considerations (including popular opinion) play a role in these decisions, and that human rights bodies provide insufficiently clear guidelines (Smith, 313). Although those in favor of wearing the hijab have usually claim that forbidding it is a violation of human rights, notably the right on the freedom of religion, in many ways this is a debate that is peripheral to religious education; although it clearly involves the rights of children, the focus on the debate is on how to reconstitute the differences between the secular and religious in society rather than on religious education itself. More subtly, however, such overarching debates have contributed to a revision in the place of religion in the school curriculum, and the recognition that religious education remains important in the identity formation of the child. But as the religious values of the child s family and those related to her/his personal identity quest are taken more and more into consideration, it is also inevitable that some of those values will clash with secular values, notably that of tolerance itself-for some religions the mere tolerance of another faith implies heresy. Here we can see that many conservative religious voices, Christian or Muslim, are critical of enlightenment fundamentalism and try to push back secular agendas in many subtle ways. As a consequence, the traditional conflict-aversion model in which each group, Protestant, Catholic or Atheist, remains within her/his own pillar and is unconcerned about the other, has been challenged, leading to calls for greater integration, cross-fertilization and a religious education that is not restricted to one tradition but tries to take on board many from a pluralist, non-judgmental position. Conclusion While it might be expected that Islam would challenge the secular model directly, apart from very fundamentalist voices this has not been the case. 42

51 Religious Education and Human Rights in Europe Sem Vermeersch Rather, most religious groups work within the system to highlight restrictions on the practice of their faith (or practices prescribed by their faith) as human rights violations. While on the whole this has been rejected by the EU governments and educational institutions, it has contributed to a rethinking of the role of religious education in the European school systems. In general, it has also led to a weakening of the traditional division lines between secular and religious education: criticism of secularism itself has lead to greater self-reflexivity on the part of the guardians of secularism, and a certain tolerance for intolerance. On the positive side, it has lead to greater attention for the study of religion and religious values, but at the same time it could undermine some of the fundamentals of secularism and give rise to uncertainty as to how far particular religious or identity concerns can be tolerated. In both Belgium and The Netherlands the trend seems to be towards emphasizing education about religion, cutting across the traditional pillars and fostering more mutual understanding and pluralism. But how things will evolve exactly is not yet clear; in some ways traditional structures may be strengthened. An interesting case in this respect is the recent proposal by René Stockman (Algemeen overste, Broeders van Liefde) to subdivide the traditionally Catholic free school system into three streams: one retaining a strong Catholic identity, one pluralist, and one with religious education for Muslims. 14) This proposal (it is not clear whether it has wide support) is interesting because it both incorporates this recognition of the changing religious situation yet also serves to strengthen the religious dimension within the school s educational philosophy. 14) See René Stockman, Katholiek onderwijs, hoe het ook anders kan. Katholiek Nieuwsblad, 8 juli See stonderwijs.html; and also Waarom geen islamitische godsdienst in katholieke scholen? De Morgen, 16 juni /2010/06/16/Waarom-geen-islamitische-godsdienst-in-katholieke-scholen.dhtml (both accessed April 28, 2012) 43

52 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 References Bergonje-Duinkerken, Hadassa Geef elkaar de hand?! Een onderzoek naar de interculturele communicatie met moslimouders op een Islamitische basisschool. Afstudeeronderzoek Christelijke Hogeschool Ede. Boeve, Lieven Levensbeschouwing, religie en onderwijs: enkele beschouwingen bij de reflectietekst. Tijdschrift voor onderwijsrecht en onderwijsbeleid jg , no. 1-2 (sep-dec 2010): De Groof, Jan et al Reflecties op de omgang met religieus en levensbeschouwelijk verschil in het onderwijs in Vlaanderen en Nederland. Tijdschrift voor onderwijsrecht en onderwijsbeleid jg , no. 1-2 (sep-dec 2010): De Hert, Paul en Stefan Somers Constitutioneel erfgoed in vraag gesteld in naam van mensenrechten. Welk kader voor religie en religieuze spanningen? Tijdschrift voor onderwijsrecht en onderwijsbeleid jg , no. 1-2 (sep-dec 2010): Hertogen, Jan Een analyse van keuze voor godsdienst/niet confessionele vakken in het Vlaamse lager en secundair onderwijs, 2002/ Religie-in-onderwijs.htm Pépin, Luce Teaching about Religions in European School Systems: Policy Issues and Trends. London: Alliance Publishing Trust. Platti Emilio. Onderwijs en religie. Welke Islam en welk onderwijs religie? Tijdschrift voor onderwijsrecht en onderwijsbeleid jg , no. 1-2 (sep-dec 2010): Prothero, Stephen Religious Literacy-What Every American Needs to Know-and Doesn t. New York: HarperCollins. Smith, Rhona K. M Religion and Education: A Human Rights Dilemma Illustrated by the Recent Heascarf Cases. Globalisation, Societies and Education 5, no. 3: Vermeersch, Etienne De Islam en de hoofddoek in België: een bredere benadering. 44

53 Religious Illiteracy and the Erosion of Human Rights: A Call to Educators Diane L. Moore *15) Thank you for this very kind invitation to think with you about religion, human rights, and religious education in the North American context. The integration of these issues in the United States has been my focus over the past twenty years and I m eager to learn about how these issues manifest themselves here in South Korea as well as in China, Japan, and Australia. I am honored to be here. Though my presentation will focus on the United States, I am happy to entertain questions about developments in Mexico and Canada later in my comments. I will begin my remarks with an overview of Religious Education in the US and will then outline the critical theory approach to learning about religion that I promote in my work. This method emphasizes a concern for human rights as central to the importance of teaching about religion and as such I hope it will useful to ponder in the context of this conference on religion, human rights, and religious education. * Professor, Harvard University 45

54 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 Education about Religion in U.S. History The most common narrative about religion in the United States begins with colonization by Europeans in the 1600s. Primary school children learn that Europeans came to the shores of the new world to establish religious freedom while fleeing from religious persecution in their home countries. In truth, however, many colonists came to practice their own religion and sought to impose their religion on others. They did so through establishing colonies with particular religious affiliations (Congregationalism of Puritan Massachusetts; Anglicanism of Virginia; Dutch Reformed of New Netherlands, etc.) They also established schools to promote their religious worldview along with other forms of basic literacy. Once independence was established in 1776, there was a formal separation of church and state at the federal level as represented by the First Amendment to the U.S. Constitution. The religious liberty clauses read as follows: Congress shall make no law respecting an establishment of religion, or prohibiting the free exercise thereof; Though states could (and did) still establish religion for several more decades, there was new energy for creating common schools where citizens could form an American cultural identity amidst the diversities of its population. Though non sectarian by name, the common school was profoundly influenced and shaped by Protestants and Protestant beliefs. For example, the Protestant version of the Lord s Prayer was recited daily as were passages from the King James Bible that were read without comment. In fact, many United States citizens are surprised to learn that reciting The Lord s Prayer and reading from the King James Bible were common practices in schools well into the middle of the 1960s when the Supreme Court ruled that such practices were in violation of the First Amendment. Similarly, some Protestant Christians were the ones who organized opposition to teaching Darwin s theory of evolution that resulted in the famous Scopes monkey trial in the 1920s. Challenges to teaching evolution persist to this day and the vast majority of those who seek to remove or limit the teaching of evolution are conservative Protestants. In summary, though there were no religious education courses per se in 46

55 Religious Illiteracy and the Erosion of Human RightsㆍDiane L. Moore the common schools, following independence the de facto practice was an imposed Protestantism that those from different faiths or none either tolerated or found problematic. The Supreme Court rulings in the 1960s were a pivotal culmination of efforts by many to remove devotional religious practices from public schools. As such, the decisions were broadly hailed but also broadly criticized for kicking God out of the public schools. This battle cry of sorts has been a rallying call for many contemporary conservative Protestants who wish to reinstate aspects of Christian teachings in the schools as a moral foundation. They have formed organizations and networks to 1) promote teaching a particular Bible course that has been ruled unconstitutional; 2) challenge policies, programs, and curricula that portray homosexuality in a neutral or positive light; and 3) challenge the teaching of evolution. On the other hand, many who support the court rulings have responded by claiming inaccurately that the separation of church and state means that religion cannot be mentioned or taught at all, even from a nonsectarian perspective. Given that there are few opportunities for citizens to learn about religion outside of their own devotional experience (or none), it should come as no surprise that the discourses regarding religion and education are framed by the antagonistic assertions of Godless secularism on the one hand and an ill-informed understanding of the separation of church and state on the other. Religious Illiteracy and Human Rights The climate of misrepresentation and misunderstanding about religion in the United States makes citizens vulnerable to reproducing commonly held stereotypes without interrogation and critical thought. A recent example of this was the intense controversy sparked by the proposal to build the Park 51 Community Center in New York City. The project was spearheaded by moderate Muslims who wanted to counter the Islamic extremists by providing a community resource that would provide services to the general public and become a site where Muslims and non Muslims could interact in a shared civic space. Opponents to the project named the endeavor the ground zero 47

56 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 mosque and portrayed its supporters as radical Muslim extremists who were endeavoring to build a victory mosque at ground zero. The entire dispute was fueled by misrepresentation and manipulation of the facts themselves and also of Muslims more generally. At the height of the controversy there was a rise in incidences of hate crimes against those perceived to be Muslim and in poll after poll it was revealed that the vast majority of citizens contacted were opposed to the Center. Though the original leaders of the initiative overcame the legal and social hurdles that were placed before them by opponents and are slowly moving forward with the project, there was a lot of civic and cultural damage that resulted from the debate. Again, a deeper and more widespread understanding of Islam specifically and religion in general would not have eradicated the violence but I m convinced that it would have been minimized. A second example is the set of debates regarding sexuality and reproduction, including abortion. The highly publicized and often successful efforts by coalitions of conservative Christians to support the Defense of Marriage Act (DOMA), restrictions on contraceptives, and the erosion of abortion rights, have given credibility to a deeply normative assumption equating Christianity (and often religion itself) with these positions. Religious individuals and communities that are supportive of women s reproductive freedoms and gay marriage are rendered invisible because of the narrative power of the single story coupled with the lack of understanding among many citizens that religions are not internally uniform but diverse, dynamic, and changing. I am convinced that instilling a more complex understanding of religion itself would provide citizens with better tools to combat this single and therefore problematic representation of Christianity. Finally, it is widely known now that President George W. Bush and his advisors had little to no idea about the complex dynamics among tribal groups in both Afghanistan and Iraq that would be ignited in the context of war. Whatever one believes about the moral legitimacy of these wars, having an understanding of the consequences of invasion seems very fundamental for a well functioning nation-state. Thousands of lives on all sides of these conflicts might have been spared with better fore knowledge. 48

57 Religious Illiteracy and the Erosion of Human RightsㆍDiane L. Moore These are just a handful of countless examples of the ways that religious illiteracy functions in our U.S. context with significant implications for human rights. Many recognize that we are in dire need of better quality education about religion. Overcoming Religious Illiteracy In response to this need, the American Academy of Religion launched a three year initiative in 2007 to construct guidelines for teaching about religion from a scholarly, non devotional perspective. I had the privilege of chairing that effort and our work culminated in 2010 with the publication of the AAR Guidelines for Teaching about Religion in K-12 Public Schools in the United States. It is a resource geared toward primary, middle, and secondary school educators. The approach represented in the Guidelines draws from but does not fully reproduce the cultural studies method that I promote and will outline here. The premises of this approach are threefold: First, there exists a widespread illiteracy about religion that spans the globe; second, one of the most troubling and urgent consequences of this illiteracy is that it often fuels prejudice and antagonism, thereby hindering efforts aimed at promoting human rights, respect for pluralism, peaceful coexistence and cooperative endeavors in local, national and global arenas; and third, it is possible to diminish religious illiteracy by teaching about religion from a nonsectarian perspective in primary, middle, and secondary schools. By religious illiteracy, I mean the lack of understanding about 1) the basic tenets of the world s religious traditions; 2) the diversity of expressions and beliefs within traditions that emerge and evolve in relation to differing social/historical contexts; and 3) the profound role that religion plays in human social, cultural, and political life in both contemporary and historical contexts. Conversely, I define religious literacy in the following way: 49

58 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 Religious literacy entails the ability to discern and analyze the fundamental intersections of religion and social/political/cultural life through multiple lenses. Specifically, a religiously literate person will possess 1) a basic understanding of the history, central texts (where applicable), beliefs, practices and contemporary manifestations of several of the world s religious traditions as they arose out of and continue to be shaped by particular social, historical and cultural contexts; and 2) the ability to discern and explore the religious dimensions of political, social and cultural expressions across time and place. These definitions presume that religion is a social/cultural phenomenon that is embedded in human political, social and cultural life. They also presume that religion shapes and is shaped by the social/historical contexts out of which particular religious expressions and influences emerge. Finally, these definitions presume that there is a difference between religion understood through the lens of personal devotional practice and the academic study of religion. One way to characterize this distinction is to recognize the difference between religious learning (or learning religion) through a devotional lens and learning about religion from an academic one. Both are legitimate enterprises that can serve complementary but distinctive ends. Premise Number One: There exists a widespread illiteracy about religion that spans the globe. In my work with educators in East Africa, Pakistan, India, Indonesia and the United States, I have found that in spite of tremendous differences between and within these communities there is a marked similarity in their approach to and understanding of religion as represented the by the following shared practices and assumptions: 1) Religious traditions are often represented inaccurately by individuals who define themselves as religious as well as those who self-define as non-religious. For those who define themselves as religious, this inaccuracy often manifests itself in relationship to their own traditions 50

59 Religious Illiteracy and the Erosion of Human RightsㆍDiane L. Moore as well as the faith traditions of others. 2) Religious traditions are often represented as internally uniform and static as opposed to diverse and evolving. 3) Religion is deeply and nearly exclusively equated with sectarianism in ways that render the study of religion a difficult concept to grasp and apply. 4) Practitioners of a given religious tradition are assumed to be the best sources of information about the tradition and are often looked to formally or informally as experts. This fails to recognize the distinction between an academic study of religion and the devotional expression of a particular religious worldview. 5) In some contexts, religion is interpreted as a private affair distinct from the secular public sphere of political, economic and cultural life. These common practices and assumptions expressed by educators about religion are widespread and often indicative of their fellow citizens. They are manifestations of the religious illiteracy that I define above and should not be interpreted as evidence of a lack of intellectual capability or awareness on the part of those who harbor these and similar assumptions. Given that the main sources of information about religion come from training in or about one s own religious tradition (or none) and the media, it should come as no surprise that these and other forms of religious illiteracy are widespread. Appropriately, individuals who are raised in or convert to a certain faith tradition will learn about that tradition within their faith communities or through sectarian forms of education in the schools aimed at promoting a particular religious worldview and values that are consonant with it. Individuals who are not religious also learn particular worldviews and associated values from family and/or community members. In relationship to religion, these values are often a-religious or anti-religious. The other main source of information about religion is the media whose coverage about religion is notoriously inconsistent at best and not a reliable source for representing the complexity of religious traditions and their diverse manifestations and influences. None of these sources expose individuals to a comprehensive study of religion whereby 51

60 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 1) the diversity within a given tradition is knowledgeably and sympathetically represented and 2) religion as a social/cultural phenomenon is explored and analyzed. Such an understanding requires an academic approach to the study of religion and although there are some schools that offer instruction representing this approach in primary and secondary education, relatively few citizens have the opportunity to engage in this type of inquiry. Premise Number Two: One of the most troubling and urgent consequences of religious illiteracy is that it often fuels prejudice and antagonism thereby hindering efforts aimed at promoting respect for pluralism, peaceful coexistence and cooperative endeavors in local, national, and global arenas. I am certainly not suggesting that religious illiteracy is the sole or even primary cause of the heartbreaking violence that dominates local and global news stories. I do, however, believe that religious illiteracy is often a contributing factor in fostering a climate whereby certain forms of bigotry and misrepresentation can emerge unchallenged and thus serve as one form of justification for violence and marginalization. Many others share this concern as evidenced by a recent online consultation focusing on this topic that was sponsored by the United Nations. One well-studied example of the negative consequences of religious illiteracy is Christian forms of anti-semitism that have been promoted wittingly and unwittingly and which have fueled countless atrocities against the Jewish people for centuries, including (but sadly not restricted to) the Holocaust. Another example in countries where Muslims are in the minority is the widespread association of Islam with terrorism and the consequent justification of individual hate crimes against those perceived to be Muslim as well as overt (or barely veiled) political rhetoric that lends justification for State sponsored acts of aggression, including war. A third example is the antagonisms that are fueled between different expressions of the same tradition (e.g. between Protestant and 52

61 Religious Illiteracy and the Erosion of Human RightsㆍDiane L. Moore Roman Catholic Christians and between Sunni and Shi i Muslims). A fourth and final example is when some dismiss religion altogether as obsolete, irrational and/or inherently oppressive thereby offending the dignity and sensibilities of people of faith everywhere. Training in religious literacy provides citizens with the tools to better understand religion as a complex and sophisticated social/cultural phenomenon and individual religious traditions themselves as internally diverse and constantly evolving as opposed to uniform, absolute and ahistorical. Learning about religion as a social/cultural phenomenon also helps people recognize, understand and critically analyze how religion has been and will continue to be used to justify the full range of human agency from the heinous to the heroic. Finally, those trained in religious literacy learn to question the accuracy of universal claims such as Islam is a religion of peace or Judaism and Islam are incompatible thereby helping to deepen discourse about religion in the public sphere. Learning about religion is no guarantee that religious bigotry and chauvinism will cease, but it will make it more difficult for such bigotry and chauvinism to be unwittingly reproduced and promoted. Premise Number Three: It is possible to diminish religious illiteracy by teaching about religion from a nonsectarian perspective in primary and secondary schools. Given the prominence of religion in human history and contemporary affairs it would seem that education about religion from a nonsectarian perspective would be widespread and popular. This is unfortunately not the case. There are several reasons for this, but the most prominent and relevant for our discussion is that education about religion in the manner promoted here is not without controversy. Conservative religious practitioners from many faith traditions often oppose learning about religion in schools for they feel that it is the role of faith communities and families to teach about religion from their own theological perspectives. Learning about religion from an academic lens presumes the legitimacy of multiple religious worldviews 53

62 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 which is theologically problematic in some circles. On the other hand, many others who identify as religious and non religious alike fear that if religion is introduced in the schools some teachers will inevitably proselytize either by intention or default due to a lack of adequate training and clear understanding of the distinction between an academic and devotional approach. These are legitimate concerns that merit attention and I offer the following two responses below. First, it is important to note that religion is already being taught in classrooms across the globe in intentional and unintentional ways. Uninformed and often unconscious assumptions about religion are transmitted on a regular basis to students who, in turn, absorb these assumptions without interrogation. Teachers who have participated in training seminars about how to teach about religion commonly lament with chagrin the false and/or problematic assumptions regarding religion that they unwittingly promoted and reproduced prior to their training. For example, one teacher in Kenya spoke about how before participating in a seminar on Islam she wrongly interpreted Miriam Ba s text So Long a Letter as an indictment against Islam as inherently oppressive to women. This is one of the texts approved for use in the International Baccalaureate (IB) curriculum and she commented that her entire department made the same problematic assumptions about the text. There are dozens of other examples that I could offer along these lines. Given this reality, I believe it is better to educate about religion directly and to give teachers the training they need to do so more responsibly than they are often currently able to do. Second, the objections cited above highlight an important point: this form of teaching about religion is not neutral and needs to be justified (or not) in light of the larger aims associated with the nature and purpose of the educational enterprise itself as defined in specific local contexts. Most schools and/or systems of education have articulated a statement of purpose or mission statement reflecting the vision of education they seek to promote. On a larger scale, many nations have imbedded in their own narrative histories the values they hope to instill in their citizens through education in the schools. In some cases, the larger educational values that are articulated 54

63 Religious Illiteracy and the Erosion of Human RightsㆍDiane L. Moore may lead to a clear decision not to include the study of religion from a nonsectarian lens in the curricula. This would be true, for instance, in some (but not all) intentionally sectarian schools whose aim is to promote a particular theological worldview. For many others, however, the larger goals of education are quite compatible with learning about religion in this way. This is especially true in contexts where pluralism and the cultivation of respect for diversity are values explicitly articulated. For example, I make a case in my book for why teaching about religion in the United States is an important dimension of educating for democratic citizenship in the context of our own multicultural, multireligious pluralism. The position I develop in the manuscript is too lengthy to reproduce here, but the point I want to emphasize is that education is never neutral and therefore all educational decisions (including content, pedagogical practices and assessment standards) need to be justified in light of a larger educational vision that is intentionally articulated and embraced. It is sound practice for any educator to consciously align beliefs with practices in this way, but especially important when engaging in potentially controversial issues such as teaching about religion. Being transparent about the larger goals of the educational enterprise also provides a forum for open deliberation about those goals in ways that will strengthen public discourse and accountability. How to Teach About Religion Challenges The first challenge is that few teachers are trained in the methods and content required to teach about religion responsibly. Gaining even a minimal level of competence in these areas requires more training than typical in-service or pre-service workshops can provide. To respond to this need, we at Harvard created the Certificate in Religious Studies and Education. A second challenge is that teachers and students often harbor a host of embedded assumptions about religion; some of which are conscious and able 55

64 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 to be openly interrogated but many that are unconscious and therefore difficult to discern and engage. In a related point, teachers and students often feel confident about their conscious assumptions about religion when many of those assumptions are profoundly problematic. For example, it is not uncommon for teachers and students alike to make blanket statements about a particular religious tradition or religion in general that they presume reflect self-evident truths. (E.g., All religions are fundamentally the same. Muslims hate America. Homosexuality is a sin. Religion and science are incompatible, etc.) A third challenge is that efforts to teach about religion may well be interpreted by parents, educational administrators and/or community leaders as teaching religion or proselytizing even if the teacher is clearly not doing so. This is another way that the deep association of religion with sectarian practice manifests itself. A fourth challenge is that the pedagogical dimensions regarding how one teaches about religion are as significant as what one teaches regarding content. In this way, method and content are profoundly interrelated. The cultural studies method that I construct in my book and outline below is well suited to address and respond to these challenges. The method itself is applicable across the curriculum but especially appropriate and helpful as a framework to teach about religion in the face of widespread religious illiteracy. A Cultural Studies Method First, the method is multi and inter-disciplinary and recognizes how political, economic, and cultural lenses are fundamentally entwined rather than discrete. This approach assumes, for example, that economic or political dimensions of human experience cannot be accurately understood without understanding the religious and other ideological influences that shape the cultural context out of which particular political or economic actions and motivations arise. Rather than separating religion into a discrete category, 56

65 Religious Illiteracy and the Erosion of Human RightsㆍDiane L. Moore this approach assumes that religion is a near constant ideological factor in social/political life. Sometimes it is more prominent than others, and sometimes the reigning ideology is shaped in reaction to religious influences, but religion is a nearly consistent variable nonetheless. It is appropriate, therefore, to assume the presence of religious influences in a given social/ historical context or in relation to a given phenomenon until investigation proves otherwise. This is in stark contrast to current practices in schools where religion is usually only engaged when it is itself the main topic of inquiry, and even then it is often approached as a discrete, ahistorical phenomenon. (For example, many world history textbooks have sections outlining the basic tenets of the world s major religious traditions in ways that present them as internally uniform and consistent across time and place.) Second, the method assumes that all knowledge claims are situated in that they arise out of particular social/historical contexts and therefore represent particular rather than universally applicable claims. This notion of situatedness is drawn from historian of science Donna Haraway s assertion that situated knowledges are more accurate than the god-trick of universal or objective claims that rest on the assumption that it is possible to see everything from nowhere. Contrary to popular opinion, the recognition that all knowledge claims are situated is not a manifestation of relativism whereby all interpretations are considered equally valid. Rather, situated knowledges offer the firmest ground upon which to make objective claims that are defined not by their detachment but rather by their specificity, transparency and capacity for accountability. Regarding the study of religion, this understanding of situatedness offers a tool to recognize that religious claims are no different than other forms of interpretation in that they arise out of particular contexts that represent particular assumptions as opposed to absolute, universal and ahistorical truths. (For example, claims such as Islam is a religion of peace and Islam promotes terrorism are equally problematic and need to be recognized as representing particular assertions vs. ultimate Truths.) Third, this notion of situatedness applies to the texts and materials being investigated, the scholarly interpreters of those materials, student inquirers 57

66 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 and teachers themselves. Analysis includes an understanding of the social and cultural contexts out of which particular interpretive perspectives arise. This dimension helps to address the second challenge I cite above regarding the assumptions that educators and students harbor about religion. The method recognizes that all forms of inquiry are interpretations filtered through particular lenses. By acknowledging this fact, an essential dimension of the inquiry itself is to identify those differing lenses and make transparent that which would otherwise be hidden. (For example, teachers should be explicit about how an individual s own personal assumptions always shape interpretation and to thus employ learner-centered pedagogical practices that allow for the interpretative dimension of all forms of inquiry to emerge and be engaged.) Fourth, the method calls for an analysis of power and powerlessness related to the subject at hand. Which perspectives are politically and socially prominent and why? Which are marginalized or silenced and why? Regarding religion, why are some theological interpretations more prominent than others in relationship to particular issues in particular social/historical contexts? (E.g., what are the factors that led to the Taliban s rise to power in Afghanistan and why did their interpretation of the role of women in Islam, for example, gain social legitimacy over other competing claims within the tradition itself? In another example, what were the factors that led the U.S. Southern Baptist Convention to pass a resolution in 1971 that urged Southern Baptists to work for legislation that will allow for the possibility of abortion under such conditions as rape, incest, clear evidence of severe fetal deformity, and carefully ascertained evidence of the likelihood of damage to the emotional, mental, and physical health of the mother and to reaffirm that resolution in 1974 as a middle ground between the extreme of abortion on demand and the opposite extreme of all abortion as murder only to dismiss both of these resolutions overtly in a 2003 resolution entitled On Thirty Years of Roe V. Wade and by inference in resolutions passed from 1976 to the present day?) In another vein, what are the converging factors that lend social credibility and influence to some religious traditions over others and which dimensions of those traditions are interpreted as 58

67 Religious Illiteracy and the Erosion of Human RightsㆍDiane L. Moore orthodox and which heretical and by whom? (For example, what were the conditions that allowed Muslims, Christians and Jews to live together in relative harmony in medieval Spain and what are the religious influences that have contributed to shaping contemporary tensions in the Middle East and more globally regarding the war on terror?) Fifth, the method includes reflection regarding the relevance and implications of the investigation itself. In other words, it recognizes that the educational enterprise is never neutral and so educators must be transparent regarding their aims. In relationship to teaching about religion, educators need to be clear about why this is a valid and, indeed, important focus for inquiry in relation to the broader educational goals that a given teacher, school, district or nation affirms and intentionally tries to promote. It is worth emphasizing that the interpretive dimensions of inquiry that are foundational to a cultural studies approach need to be modeled in classroom practices for these dimensions to be adequately addressed. In other words, one has to engage in interpretation rather than simply learn about interpretation from a distance. Thus, as I mention above and develop more fully in my book, I believe that teaching about religion responsibly requires that educators adopt a learner centered, problem posing classroom pedagogy as the methodology that models this interpretive dimension most effectively. Conclusion History has proven the countless ways that religion has functioned as a vehicle to inspire the full range of human agency from the heinous to the heroic and everything in between. Better understanding about religion will not stop religiously inspired or motivated violence, but it will hinder the unwitting reproduction of caricatured stereotypes and simplistic assumptions that shape cultural norms and values. This is crucial for the cultivation of healthy democracies, and educators who focus on better literacy about religion have a central role to play in this worthy and vital enterprise. 59

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69 제 2 부 한국의 종교교육과 인권

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71 법학에서 본 종교교육과 인권 오창익 *16) Ⅰ. 서론 한국은 전형적인 다종교 사회이다. 서로 다른 종교가 엇비슷한 수준과 규모를 차 지하고 있고, 따라서 종교간의 화해와 협력, 서로 관용하는 태도가 갖춰져 있지 않 다면, 극심한 종교대결 또는 종교전쟁의 양상으로 치닫게 될 가능성 또한 크다. 이 글에서는 한국의 종교계가 종립학교, 즉 종단이 직접 설립 주체가 되어 설립 한 사립학교나 사립학교 재단의 정관에 기독교적 정세성을 바탕으로 등의 문구가 포함되어 스스로 종교적 정체성을 설립 이념이나 교육 목적으로 제시하고 있는 각 급 학교의 운영 실태를 점검하고, 2004년 강의석씨 사건 이후 불거져 나온 사립학 교에서의 종교의 자유 문제에 대해 비판적 검토를 시도하려고 한다. 우선 한국 사회에서 종교계가 갖는 영향력을 문화체육관광부 등의 공신력 있는 자료를 바탕으로 추론하고, 종교계의 구체적인 실체인 종단이 학교 설립을 통해 얻 고자 하는 바가 무엇인지를 대표적인 종립 대학의 웹사이트에 게재된 자료를 바탕 으로 분석하고, 종단의 종립학교 설립 목적과 대한민국의 헌법과 법률에서 규정하 고 있는 교육이 충돌하는 상황에 대해 분석한다. 또한 종립학교를 통해 종교교육을 시행하고 있는 상황이 종교의 자유의 본질적 요소인 종교교육의 자유라는 차원에서 국가 등의 보호를 받아야 하는 기본권에 해 당하지만, 이것이 학생의 종교의 자유, 특히 특정 종교를 강요당하거나 특정 종단의 * 인권연대 사무국장 63

72 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 예배 등에 참석할 것을 강요당하지 않을 자유와 충돌할 때, 두가지 충돌하는 권리 를 인권의 원리에 비춰볼 때, 어떤 답을 찾을 수 있는지 살펴보고자 한다. 아울러 종교의 자유의 본질적인 측면으로서의 종교교육의 바람직한 나아갈 길도 함께 살펴보고자 한다. Ⅱ. 한국의 종교와 종립학교 1. 전형적인 다종교 사회로서의 한국 사회 1) 인구 센서스를 통해서 본 종교 현황 한국은 전형적인 다종교 사회이다. 통계청의 2005년 인구 및 주택 센서스 집계에 따르면, 한국의 총인구 4704만1434명 가운데 종교 인구는 2497만766명이었다. 전 체 인구의 절반 이상이 종교를 갖고 있는 것이다. 종교별 인구 1) 는 불교 1072만 6463명(22.8%), 개신교 861만6438명(18.3%), 천주교 514만6147명(10.9%), 원불 교 12만9907명, 유교 10만4575명, 천도교 4만5835명, 그밖의 종교 19만7635명으 로 나타났다. 종교가 없다고 답한 사람은 전체 인구의 46.49%였다. 흔히 3대 종단 으로 불리는 불교, 개신교, 천주교의 인구만으로도 전체 인구의 54.1%가 되었다. 한국에 과반수의 종교 인구가 있기는 하지만, 3대 종단이 엇비슷한 수준에서 종 교 인구를 3분 하고 있다. 불교와 개신교의 인구 비율은 4.5% 차이이고, 개신교와 천주교는 7.4% 차이였다. 특정 교단이 전체 인구의 절대 다수를 차지하고 있지도 못하고, 각 종단이 서로 경합하는 모습을 보이되, 그것도 인구의 절반 남짓에서 멈 추고 있다. 정도의 차이는 있지만, 각 종단이 비교적 엇비슷한 교세를 갖고 있음을 확인할 수 있다. 물론 이와 같은 인구센서스의 조사 결과는 각 종단들이 정부(문화체육관광부)에 제출한 종교별 신도수와는 큰 차이를 보이고 있다. 문화체육관광부가 발간한 2008 한국의 종교현황 에 따르면, 2008년 현재의 종교별 신도수는 불교 3958만1983명, 개신교 1194만4174명, 유교 1018만5001명, 천주교 487만3447명, 원불교 148만 5938명, 천도교 10만 명, 그밖의 종교 1442만1511명 등이었다. 각 종단이 제출한 신도수를 합하면, 모두 8259만 명으로 전체 인구 4704만여 명을 크게 넘어선다. 1) 문화체육관광부는 각 종단의 이름을 나열하는 순서를 단순히 교세에 따라 불교, 개신교, 천주 교, 원불교, 천도교 순으로 나열하고 있다. 필자도 각 종단의 종단 명을 나열하는 경우에 이에 따르도록 할 것이다. 64

73 법학에서 본 종교교육과 인권 오창익 한국의 종교 인구가 인구센서스의 결과처럼 2497만 명이든, 아니면 각 종단들이 주장하는 것처럼 8259만 명이든 간에 한국 사회에는 상당한 정도의 사람들이 특정 종단에 소속되어 종교 활동을 하고 있지만, 특정 종단이 한국 사회에 대한 확고한 지배력을 갖고 있는 상태는 아니고, 각자 일정한 영역에서 각축하고 있음을 확인할 수 있다. 곧 한국은 전형적인 의미에서의 다종교 사회이다. 2) 종교가 한국 사회에 갖고 있는 영향력 한국이 전형적인 다종교 사회라는 측면이 곧바로 종교가 사회에 미치는 영향이 일정하게 제한적이라는 것으로 연결되지는 않는다. 선교 또는 포교 활동을 통해 끊 임없이 신도 수를 늘리기 위해 노력하는 각 종단의 속성상, 다종교 사회라는 특성 이 오히려 더 각 종단의 적극적인 대사회 진출로 이어지고 있다. 그런 면에서 종교 가 한국 사회 전반에 미치는 영향은 특정 종단의 압도적 지배 상황에 못지않게 클 수밖에 없다. 각 종단에는 상당수의 전업 교역자들이 활동하고 있다. 앞의 문화체육관광부가 발행한 자료에 따르면, 각 종단의 교역자 수는 불교 49,408명, 개신교 95,596명, 천주교 14,597명, 유교 300명, 천도교 1,500명, 원불교 1,886명, 대종교 22명, 그 밖의 종교 201,488명으로 모두 364,797명이다. 이중에는 다른 직업을 갖고 있는 사람들도 일부 있겠지만, 대부분 오로지 종교 관련 업무에만 종사하고 있다. 이들 교역자들의 규모는 이들이 한국사회 전반에 미치는 영향이 결코 적지 않다는 것을 알려주고 있다. 한국의 종교는 일단 인구의 절반 이상이 특정 종교를 갖고 있기에 갖게 있는 원 천적인 영향력 외에도 이 영향력을 확대하기 위한 언론활동도 활발하게 진행하고 있다. 각 종단은 선교 또는 포교의 목적을 달성하기 위해 다수의 언론사를 창립해 각 종단에 유리한 여론 형성과 함께 선교 또는 포교 활동을 벌이고 있다. 각 종단 은 모두 38개의 라디오 방송, 6개의 CA-TV, 6개의 인터넷 TV를 보유하고 있고, 115개의 신문을 포함해 모두 470개의 신문, 잡지를 발행하고 있다 2). 2. 종립학교 현황 각 종단은 유치원부터 초ㆍ중등학교, 대학교에 이르는 각급 교육기관을 운영하고 있기도 하다. 종교적 기반을 갖는, 또는 종단이 직접 설립한 종립학교들은 교육기관 본연의 인재 양성이라는 측면 외에도 종단의 영향력의 유지, 강화, 그리고 확대를 2) 문화체육관광부, 2008 한국의 종교현황 (2008년 12월) 107쪽 65

74 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 위한 중요한 매개이기도 하다. 특정 종단이 직접 설립한 교육기관이 아닌데도, 다수 의 사립학교는 정관 등에 기독교적 정체성 등의 표현을 삽입하여, 종립학교의 대 열에 동참하고 있다. 정부(문화체육관광부)는 종립학교를 종교 전문가 양성 학과의 유무 와 학교 설립 정신에 종교 관련 내용이 있는지 의 여부에 따라 종립학교를 구분하고 있다. 이에 따라 명지대학교와 예수대학교 등은 종교 전문가 양성 학과(이를테면 신학과)는 존 재하지 않지만, 학교 설립 정신에 종교 관련 내용(이를테면, 기독교적 정체성 등의 표현)이 담겨 있기 때문에, 종립학교로 분류하고 있다. <표 1>전문대학급 이상의 종립학교의 현황 3) (문화체육관광부가 집계) 구분 시ㆍ도별 불교 개신교 천주교 원불교 그밖의 종교 계 일반대학 대학원대학교(=전문대학원) 전문대학(종교계) 원격대학교 1 1 각종학교 계 통계에 따르면, 한국에는 모두 128개의 전문대학 이상의 각급 종립대학이 존재하 며, 불교계 대학 중 일반대학은 금강대학교(천태종), 위덕대학교(진각종), 중앙승가 대학교(조계종), 동국대학교(조계종) 등 4개이며, 대학원대학교 2개를 포함해 모두 6개이다. 개신교 대학 중 일반대학은 감리교신학대학교, 강남대학교, 경성대학교, 계명대학 교, 고신대학교, 광신대학교, 그리스도대학교, 나사렛대학교, 대신대학교, 대전신학대 학교, 루터대학교, 명지대학교(서울), 명지대학교(용인), 목원대학교, 배재대학교, 백 석대학교, 부산장신대학교, 삼육대학교, 서울기독대학교, 서울신학대학교, 서울여자 대학교, 서울장신대학교, 선문대학교, 성결대학교, 성공회대학교, 수도침례신학대학 교, 숭실대학교, 아세아연합신학대학교, 안양대학교(경기), 안양대학교(인천 강화), 연세대학교 원주캠퍼스(강원), 연세대학교(서울), 영남신학대학교, 예수대학교, 이화 여자대학교, 장로회신학대학교, 전주대학교, 총신대학교, 침례신학대학교, 칼빈대학 교, 평택대학교, 한국성서대학교, 한남대학교, 한세대학교, 한신대학교, 한영신학대학 교, 한일장신대학교, 협성대학교, 호남신학대학교, 호서대학교 등 49개이며, 대학원 3) 문화체육관광부, 2008 한국의 종교현황 (2008년 12월) 114쪽 66

75 법학에서 본 종교교육과 인권 오창익 대학교 20개, 전문대학 27개, 각종학교 3개 등 모두 99개에 이르고 있다. 천주교 대학 중 일반대학은 가톨릭대학교 성신교정(서울 종로), 가톨릭대학교 성 심교정(경기 부천), 가톨릭대학교 성의교정(서울 서초), 광주가톨릭대학교, 대구가톨 릭대학교, 대전가톨릭대학교, 목포가톨릭대학교, 부산가톨릭대학교, 서강대학교, 수 원가톨릭대학교, 인천가톨릭대학교, 꽃동네현도사회복지대학교 등 12개이며, 전문대 학 2개 등 모두 14개이다. 원불교 대학 중 일반대학은 원광대학교, 영산선학대학교 등 2개이며, 대학원대학 교 1개, 전문대학 1개, 원격대학 1개를 포함해 모두 6개이며, 그밖의 종교 대학으 로는 일반대학 중에 대순진리회의 대진대학교와 유교의 성균관대학교가, 전문대학 으로는 성덕도의 성덕대학이 있다. 이상의 전문대학 이상 종립대학 현황은 교육부의 정식 인가를 받지 않은 각 종단 내의 종교 전문가 양성 과정 등은 집계하지 않은 것이다. 종립 유치원, 초ㆍ중ㆍ고등ㆍ특수학교는 모두 1,246개에 이를 정도로 많다. 이를 다시 각 종단별로 살펴보면 다음과 같다. 불교는 16개의 고등학교를 포함해 모두 165개의 각급 학교를 운영하고 있다. 개신교는 126개의 고등학교를 포함해 모두 544개의 각급 학교를 운영하고 있다. 천주교는 37개의 고등학교를 포함해 모두 287개의 각급 학교를 운영하고 있다. 원불교 등 기타 종교는 117개의 고등학교를 포함해 모두 250개의 각급 학교를 운영하고 있다. 한국 사회에서 종교계만큼 광범위한 분야에서 오랫동안 지속적으로 막강한 영향 력을 행사하는 집단은 그 유례를 찾아볼 수 없다. 종교계는 특히 선교 또는 포교활 동을 위해, 그리고 각 종단의 인적ㆍ물적 영향력을 확대 재생산하기 위한 안정적인 장치로 각급 학교의 설립과 운영을 선택했다. 각 종단은 종단 차원의 지원과 신도 들의 모금 등으로 학교 설립에 공을 들였고, 이러한 노력은 1,246개의 각급 학교와 128개의 각급 대학 등 모두 1,374개의 교육기관이 종교계에 의해 운영되는 종립학 교라는 현실에 이르게 되었다. 3. 종립학교의 설립 목적 1) 종립학교들이 내세우는 가치와 이념 각 종단이 설립한 종립학교들이 내세우는 가치와 이념을 파악해보고자, 각 종단 별 설립 대학 중에서 불교, 개신교, 가톨릭, 원불교, 그밖의 종교에서 각각 가나다순 67

76 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 으로 1개 대학씩 5개 대학을 꼽고, 종립대학 중 대중의 인지도가 높은 연세대학교 (개신교), 서강대학교(가톨릭), 동국대학교(불교) 등 3개교를 포함해 모두 8개 대학 의 설립목적, 교육이념 등을 살펴보았다. 금강대학교가 대학 웹사이트를 통해 밝힌 설립목적은 학교법인 금강불교학원 정 관 제1조에서 천명하고 있는 바와 같이 대한민국의 교육이념과 천태불교사상에 입 각하여 고등교육을 실시함을 목적으로 한다. 고 밝히고 있고, 건학이념은 불교정신 과 천태종의 중창 이념 아래 참된 인간성, 전문적 지식, 창조적 능력을 갖춘 인재를 양성하여 자신을 완성하고 국가와 세계의 발전에 공헌하게 함으로써 지혜와 자비가 차별 없이 모두에게 충만한 이상세계의 실현을 건학이념으로 한다. 고 밝히고 있다. 감리교신학대학교는 대학 웹사이트를 통해 교육이념을 경건, 학문, 실천 이라고 간단히 밝히고 있으며, 교육목적은 복음주의, 에큐메니즘, 평화주의 라고 밝히고 있다. 몇 개의 단어만 나열되어 정확한 의미를 파악하긴 어렵지만, 곧이어 소개하는 교육목표 를 통해 감리교신학대학의 설립목적과 건학이념의 일단을 들여다볼 수 있 다. 감리교신학대학교는 다음과 같다. 1. 성서적 체험적 신앙의 양육 2. 기독교 에큐메니칼 전통의 확립 3. 전통문화와의 간학문적 대화 4. 신앙공동체를 위한 지도력 함양 5. 사회, 민족, 국가, 세계를 위한 봉사 6. 종파, 인종, 계층, 성을 초월한 평화와 생명의 구현 가톨릭대학교의 건학이념은 가톨릭 정신에 바탕을 둔 진리, 사랑, 봉사 와 인간 존중의 대학 이며, 교육목적은 전문인 양성, 민족문화창달에 기여하는 균형잡힌 사 회인 양성, 인류사회 발전과 평화에 기여하는 열린 세계인 양성 이다. 원광대학교의 건학정신은 물질이 개벽되니 정신을 개벽하자 는 원불교 개교정신 에 바탕하여 과학과 도학을 겸비한 전인교육으로 새 문명사회 건설의 주역 양성을 건학의 기본정신으로 한다. 고 되어 있고, 교육목적은 대한민국의 교육이념과 원불 교 정신에 바탕하여 국가와 인류발전에 필요한 학술이론을 연구ㆍ교수하고 덕성을 함 양하여 도의를 실천하고 사회에 봉사하는 인재양성을 목적으로 한다. 고 되어 있다. 대진대학교는 대학 웹사이트의 이사장 말씀을 통해 우리 대진대학교는 민족종단 대순진리회의 3 대 기본사업 중 하나인 교육사업으로 우당 박한경 도전님의 뜻에 따라 1984 년 학교법인 대진학원을 설립하시고 1992 년 대진대학교를 개교하여 68

77 법학에서 본 종교교육과 인권 오창익 해원상생( 解 寃 相 生 ) 을 바탕으로 한 성실ㆍ경건ㆍ신념 정신으로 학문과 기술을 익혀 자신의 인격을 완성하고 나아가 인의를 갖춘 참된 인재를 양성하기위하여 설 립한 학문 전수와 인격 수양의 도량입니다. 라고 대학설립 배경과 교육목표를 제시 하고 있다. 연세대학교의 건학정신은 너희가 내 말에 거하면 참 내 제자가 되고 진리를 알 지니 진리가 너희를 자유케 하리라 는 성경말씀(요한복음 8:31-31)을 바탕으로 진 리와 자유의 정신을 체득한 지도자를 양성한다. 고 되어 있고, 연세대학교의 이념은 기독교의 가르침을 바탕으로 진리와 자유의 정신에 따라 사회에 이바지할 지도자 를 기르는 배움터 라고 밝히고 있다. 서강대학교는 웹사이트를 통해 교육이념을 서강대학교는 가톨릭 신앙과 예수회 교육 이념을 토대로 대한민국의 교육이념에 따라 예수회가 설립한 교육기관이다. 서강대학교는 학문을 탐구하고 진리를 추구하면서 정의를 실천하고 인간의 존엄성 과 생명의 가치를 존중하는, 사랑과 믿음을 갖춘 전인교육을 지향한다. 이를 통하여 인류문화와 인류공동체의 발전에 헌신할 수 있는 참 인재를 양성한다. 고 밝히고 있고, 교육목적은 예수회의 교육기관으로서 서강대학교는 지난 460여년에 걸쳐 전 세계 예수회 대학에서 이루어 온 굳건한 전통에 따라 하느님을 경외하고 인생의 진 정한 의미를 이해하는 교육을 지향한다. 서강대학교는 학문의 질적 탁월성을 추구 해 온 전통을 이어 학문적 우수성과 창의력을 갖춘 지성인을 양성한다. 헌신의 정 신과 책임감, 성숙하고 원만한 인격으로 사회와 국가에 공헌할 수 있는 지도적 시 민을 양성하고, 세계의 변화와 시대적 흐름을 이해하고 이에 대응할 수 있는 비판 적 판단력을 갖추어 민족의 번영 및 세계 평화에 기여할 수 있는 참된 세계인을 양 성한다. 고 밝히고 있다. 동국대학교의 건학이념은 불교정신을 바탕으로 학술과 인격을 연마하고, 민족과 인류사회 및 자연에 이르기까지 지혜와 자비를 충만케 하여 서로 신뢰하고 공경하 는 이상 세계의 구현을 건학이념으로 한다. 는 것이고, 교육목적은 건학이념에 따 라 학술의 이론과 응용방법을 연구교수하여 불교를 비롯한 한국문화의 세계화에 노 력하여 민족과 인류사회의 이상 실현에 기여할 지도적 인재의 양성을 목적으로 한 다. 고 되어 있다. 2) 각 종단의 종교적 이념을 전파하는 도구로서의 종립학교 금강대학교, 감리교신학교대학교, 가톨릭대학교, 원광대학교, 대진대학교, 연세대 학교, 서강대학교, 동국대학교 등 8개 대학의 건학이념과 교육목적은 한결같이 설립 의 배경이 되는 종단의 이념을 바탕으로 하고 있다. 이에 따라 불교(또는 기독교 69

78 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 등) 정신 등 각 종단의 이념에 따라, 또는 그 이념을 바탕으로 미래의 지도자를 양 성하는 것을 교육목적으로 제시하고 있다. 대학교육이 미래의 주역인 젊은이들을 대상으로 하고 있고, 주로 전문직 종사자 들을 위한 교육활동을 진행하기 위해 설립되었다는 측면에서의 미래의 지도자 란 대학 본연의 기능을 설명하고 있는 관용적 표현을 제외하면, 살펴본 모든 종립대학, 정확하게 표현하면, 종교적 배경을 갖는 대학들은 한결같이 각 종단의 이념을 설파 하고, 그 이념에 충실한 사람을 키우는 것을 설립목적으로 하고 있다. 곧, 한국의 종립대학 등, 종단 차원에서 설립한, 또는 종교적 배경을 갖는 각급 학교들은 각 종단의 종교적 이념의 전파라는 선교 또는 포교의 목적을 달성함과 동 시에 각 종단의 영향력을 확대ㆍ재생산하기 위해 유효한 수단이라는 인식을 바탕으 로 하고 있는 것으로 보인다. 3) 사립학교 운영을 통한 한국 사회발전에 기여하고 있냐는 의문 왜 종교계는, 구체적으로 불교, 개신교, 천주교, 원불교 등의 종단은 학교 설립에 공을 들였을까. 종립학교의 운영 주체들은 종립학교들이 한국의 근대화에 기여했다 는 점을 강조하고 있다. 일종의 자기 헌신적 사회봉사의 일환이라는 것인데, 100년 전의 근대화 상황에서는 혹시 그런 측면이 강조될지 모르지만, 지금의 사립학교 상 황은 종립학교의 운영이 종단 측의 자기 헌신이란 측면을 찾아보기 힘들게 되었다. 사립학교의 경우 운영 자금의 대부분을 사립학교 재단, 곧 종단이 부담하는 경우는 거의 없다. 교육과학기술부가 집계한 2010년 법정부담금 납부 및 등록금 인상 자 료에 따르면 2009년 회계연도 결산 기준으로 4년제 사립대들이 법정부담금으로 내 야 할 전체 금액은 2478억 원이었지만, 실제 납부액은 1143억 원뿐이었다. 사립학 교 재단 중 법정부담금을 제대로 낸 것은 28개에 불과했고, 납부율 50%이하는 100개, 한 푼도 납부하지 않은 재단도 39개나 되었다. 운영자금은 대부분 학생들의 등록금이나 정부의 지원, 교부금으로 충당하고, 법정부담금조차 내지 않는 것이 현 재 사립학교의 현실이다. 사립학교들의 적립금은 갈수록 늘어나고 있어, 2011년 기 준으로 이화여대 656,879,694,000원(1위) 홍익대 555,504,549,000(2위), 연세대 457,725,920,000원 (3위) 등 사립대학들은 수천억 원의 적립금을 쌓아두고 있다. 적립금 적립규모 1위와 3위 학교는 모두 종립학교다. 부패와 비리, 독단적 운영과 전횡 등으로 사회적 지탄을 받는 사립학교들도 적지 않고, 이중에 적지 않은 학교들은 역시 종립학교들이다. 사립대학의 경우 사립학교 재단인 법인 이사회가 예결산, 총장 및 임원 임면, 학교 법인의 합병 또는 해산, 학 교 경영 등에 대한 의결기구로서 막강한 권한을 휘두르고 있는데, 종립대학의 경우 70

79 법학에서 본 종교교육과 인권 오창익 대부분 각 종단의 교역자들이 법인이사로 활동하고 있다. 지금의 한국적 상황에서 기성 종단들이 학교 설립을 통해 학교 사업을 진행하고 있는 것을 사회복지 분야에서의 공헌 4) 와 같은 방식으로 긍정적으로 평가할만한 여 지는 별로 없다. 학교 운영에 소요되는 재정의 거의 대부분을 학생들의 등록금이나 국가, 지방자치단체의 교부금, 지원금에 의존하고 있는 현실이기에, 학교 운영 자체 가 각 종단 입장에서는 한국 사회에 대한 희생적 공헌이라고 볼만한 요소는 거의 없다. 하지만, 아무리 경제적 이익을 보장하는 학교 사업이라고 해도, 학교설립을 위한 초기의 막대한 투자비용, 부지구입과 교사 신축 등을 위한 막대한 지출을 그 저 경제적 수지타산에 의한 오로지 경제적인 측면에서의 투자라고만 평가하는 것도 지나칠 수 있을 것이다. 더군다나 종단에 소속된 신도들의 모금에 의해 학교를 설 립하는 경우라면, 경제적 이익 외에 별도로 납득할만한 설명이 있어야 하는데, 이러 한 설명은 각급 학교가 내세우는 학교 설립목적, 교육이념 등에 나타나 있다. 종단 의 신도들도 함께 동의할 수 있는 어떤 가치나 이념이 제시되지 않고서는 학교 설 립이란 작업과 이에 따라 소요되는 막대한 재정을 충당하기는 어려울 것이다. 4. 대한민국의 교육 이념 종립학교들의 건학이념과 교육목적이 해당 종립학교의 설립 배경이 되는 종단의 이념을 바탕으로 하고 있는 것과 달리, 대한민국의 공교육 체계의 국공립하교들의 건학이념과 교육목적은 헌법과 법률에 의해 규정되어 있다. 국가는 대한민국의 교 육이념을 [교육기본법] 제2조를 통해 아래와 같이 천명하고 있다. 교육은 홍익인간의 이념 아래 모든 국민으로 하여금 인격을 도야하고 자주적 생 활능력과 민주시민으로서 필요한 자질을 갖추게 함으로써 인간다운 삶을 영위하게 하고 민주국가의 발전과 인류공영의 이상을 실현하는 데에 이바지함을 목적으로 한다. 곧, 대한민국의 교육이념은 널리 인간을 이롭게 한다 는 인본주의 전통의 건국이 념을 바탕으로, 교육의 본래적 기능인 인격 도야 자주적 생활능력 과 민주시민으 로서의 자질 과 함께 인간다운 삶을 영위 하게 하는 능력을 배양하고, 나아가 민주 국가의 발전 과 인류공영의 이상 을 실현하는데 이바지하는 사람을 키워내는 것을 4) 사실, 사회복지분야에서의 공헌도 그 의미를 찾기 어렵게 된지 오래다. 정부의 지원 없이 음지 에서 약자, 소수자를 도우며 헌신하는 교역자 또는 종단은 극히 일부에 지나지 않기 때문이다. 대부분의 종교계 법인이 운영하는 사회복지시설, 기관 등은 정부의 재정적 지원을 바탕으로 시 설, 기관을 운영하고 있다. 즉, 돈이 안 되는 데도 헌신하는 모델은 점차 사라지고 있다. 71

80 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 목적으로 하고 있다. 대한민국의 교육이념은 따라서, 인본주의, 보편성, 민주성, 전 문성, 평화 등의 가치를 지향하고 있다. 앞서 살펴 본 대학 중, 금강대학교, 원광대학교, 서강대학교의 경우엔 각각의 종 단의 이념과 함께 대한민국의 교육이념에 입각한다고 명시적으로 밝히고 있지만, 감리교신학대학교, 가톨릭대학교, 대진대학교, 연세대학교, 동국대학교는 대한민국의 교육이념에 대해 언급하지 않고 있다. 각 대학이 설립목적이나 교육이념에서 대한민국의 교육이념에 대해 명시적으로 언급하고 있든, 그렇지 않든, 과연 종립대학들이 대한민국의 교육이념을 달성하기 위한 적절한 역할을 하고 있는지, 또는 대한민국의 교육이념과 충돌하는 측면은 없 는지는 꼼꼼히 살펴봐야 할 대목이다. 사실상 선교 또는 포교 차원에서 대학(또는 각급 학교) 설립한 각 종단이 실제 학교 운영에 있어서 대한민국의 교육이념에 입각한 교육활동을 하고 있는지, 아니 면, 실제로 교육이념에 배치되는 방향으로 나아가고 있는지, 또는 대한민국의 교육 이념을 보다 풍부화하는 방향으로 나아가고 있는지의 여부는 웹사이트에 게재된 종 립학교의 설립목적이나 교육이념에 명시된 몇 마디 추상적인 단어의 나열을 통해서 확인할 수 있는 성질의 것은 아니다. 실제 학교 교육이 인본주의, 보편성, 민주성, 전문성, 평화 등 대한민국의 교육이념이 제시하는 가치와 이념을 얼마나 충족하고 있는지가 대한민국의 교육이념과의 관계를 확인시켜 줄 것이다. Ⅲ. 종교와 교육, 그리고 종교교육 1. 종교란 무엇인가-종교를 보는 상이한 시각들 1) 종교 밖의 사람들의 시각들 종립학교에서의 종교교육을 다루기 전에 종교가 무엇인지에 대해 먼저 살펴보는 작업이 선행되어야 할 것이다. 종교가 무언인지에 대한 답은 종교의 분파 어쩌면 종교인의 수만큼 많다. 종교에 대한 비판적인 정의는 고전적 맑스레닌주의자들의 것이 대표적인데, 종교를 아예 자연과 사회에 대한 왜곡이라고 보는 시각도 많다. 종교는 세계관의 성격을 갖는 <사회적 의식>의 형태로서, 자연과 사회를 왜곡되 고 전도된 형태로 인간 의식에 반영한다는 점에 그 특수성이 있다. 즉 종교에서는 자연과 사회의 제반 현상이 초자연적인 원인 및 목적으로 환원되거나 초자연적인 사 72

81 법학에서 본 종교교육과 인권 오창익 건 또는 힘으로 표상되며, 인간은 이 초자연적인 사건이나 힘에 직접적으로 의존한 다고 생각하고 또 자신의 안녕을 유지하려면 특정한 행위(기도, 봉헌, 제사, 의식 등)를 할 의무가 있다고 느낀다.(중략) 종교는 계급 사회 내에서 인민 대중의 핍박과 무지를 결정적인 빌미로 삼아 사회 적으로 출현한다. 종교는 계급 사회 내에서 지배 계급이 이념적으로나 제도적으로 자신의 힘을 공고히 하고, 억압받는 인민 대중의 혁명적 활동을 마비시키는 데 사용 된다 5).(후략) 고전적 맑스레닌주의자들처럼 종교를 아예 인민의 아편 처럼 여기는 각박한 인식은 아니더라도, 심리학에서는 종교를 강박적 노이로제로 설명하거나, 사회학에서는 집단 의 성원을 통합하는 기능 6) 으로도 건조하게 설명하고 있기도 하다. 헌법학자의 설명도 일견 가치중립적인 것처럼 보이나, 종교란 상념의 세계 에만 존재하는 초인적인 절대 자 를 대상으로 하는 허황되고 황당한 것이란 비판적 정의에서 자유롭지 않다. 형이상학적 신앙을 그 내용으로 하는 것으로서 상념의 세계에만 존재하는 초인 적인 절대자에 대한 귀의 또는 신과 내세(피안)에 대한 내적인 확신 의 집합개념이 다. 즉 종교의 내용은 신앙이고, 신앙의 내용은 절대자에 대한 귀의 또는 신과 피안 에 대한 내적 확신이다. 따라서 종교이기 위해서는 신과 피안에 대한 우주관적인 확 신을 필요로 한다. 7) 반면, 종교학자는 종교란 인간이 열망하는 것의 총체에 대한 명칭, 인류의 문화 전체에 대한 호칭 8) 이라고는 주장하기도 한다. 이러한 규정들은 정작 종교 당사자인 종교인들의 생각과는 일정한 거리에 있다. 종교인들이 생각하는 종교 자체는 세계의 질서이자, 운영원리이며, 따라서 삶의 원 리에 대한 가장 적절한 설명이다. 2) 서로 다를 뿐, 틀렸다기 보기 힘든 서로 다른 종교들 문제는 종교 안팎에 있는 사람들의 시각차다. 뭐가 맞고 틀리고의 문제는 아니지 만, 상당한 거리가 있고, 심지어 서로 배격하는 입장을 지니고 있는 것도 사실이다. 마치 마주보고 달리는 열차처럼 서로 상반된 입장과 견해에도 불구하고, 종교인이든, 5) 철학대사전 1989년. 동녘. 철학사상연구회, 1186쪽 6) 정진홍, 종교학 서설. 1980년. 전망사, 15쪽 7) 앞의 책. 417쪽 8) 앞의 책. 15쪽 73

82 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 비종교인이든, 또는 서로 다른 종교를 갖고 있는 사람이든 간에 함께 이 땅에서 살아 가야 한다. 이런 상황에서 자기들만의 교리가 절대적으로 옳고, 다른 종교 또는 종교 를 갖고 있지 않은 사람들의 생각은 틀렸다고 여기고 나아가 배타적 태도로 배제하고 심지어 죄악시하는 것은 다양한 사람들의 평화로운 공존을 깨는 일이고, 그렇게 여기 는 사람들이 신봉하는 종교의 본래적 가르침과도 상관없는 그저 폭력일 뿐이다. 여러 불교 사찰에 대한 일부 개신교인들의 땅밟기 나 끊이지 않는 훼불 사건, 또 는 상대 종교에 대한 잦은 모욕처럼, 상대를 인정하지 않는 배타적 태도 역시, 종교 의 가르침에서 벗어난 저질 폭력일 뿐이다. 이렇게 종교 간의 상황, 또 종교와 비종교의 상황이 만인 대 만인의 투쟁의 방식 으로 격화될 가능성이 큰 상황에서는 종교 때문에 빚어지는 문제를 종교적 방식이 아닌, 전혀 새로운 문법, 즉 모두가 합의할 수 있는 안전한 방식으로 해결해야만, 사태의 해결도 가능하고, 또한 사태 해결을 위한 강제조정의 경우, 납득할 가능성도 높아지게 된다. 이때의 해결책은 바로 인권의 원리, 헌법의 원리이다. 2. 으뜸 가르침으로서의 종교의 가르침 종교( 宗 敎 )란 단어 자체가 으뜸 가르침 이란 뜻을 갖고 있는데, 불교, 기독교 등 은 각각 자신들의 교리 등의 가르침이 으뜸이라고, 곧 진리라고 설명하고 주장하고 있으며, 이를 설파하고 있다. 종단의 가르침을 설파하는 행위, 곧 상대방이 납득하 고 그 가르침(각 종단에서 진리하고 여기는)에 따를 때까지 반복해서 다양한 방식 으로 상대방을 설득하는 행위를 통상 선교 또는 포교라고 한다. 교역자들은 이러한 선교 또는 포교 행위를 종교인의 가장 본질적인 사명이라고 생각하고 있으며, 앞서 살펴 본 것처럼 각급 학교의 설립도 이러한 선교 또는 포교 차원에서의 실천이기도 하다. 가장 으뜸의 자리에 있는 가르침은, 통상 보편성을 지닌 세계종교의 경우, 모든 사람이 받아들일 수 있을만한 사랑, 자비, 평화 등의 가르침을 중심으로 하고 있지 만, 당장 기독교의 경우만 하더라도 초기 기독교 공동체의 가르침과 2천년 정도의 시간이 경과하면서 다양한 분파로 갈라지고, 또 현실과 조응하거나 충돌하면서 나 만의 진리 를 강조하는 배타성이 강화되는 경우도 많게 되었다. 교육의 영역은 보편성, 민주성, 합리성 등의 이념을 바탕으로 해야 하지만, 종교 의 영역은 보편성을 지향하되, 그 보편성은 스스로의 교리를 수정하거나 포기하거 나 또는 다양한 협력과 양보, 관용 등을 통해 서로 공존하는 방식의 보편성이 아니 라, 자신들만의 진리를 상대에게 강요하거나 하여 자신들의 방식으로 자신들만의 74

83 법학에서 본 종교교육과 인권 오창익 보편성을 확보하는 것을 의미한다. 즉, 종교에 있어 보편성이란 개념은 사실상 일방 적 확장을 의미할 뿐, 결코 온전한 의미의 보편성이라고 보기 힘들다. 종교의 영역은 민주성이란 표지로 들여다보면, 어쩌면 온통 반민주적인 요소로 가득찬 별개의 세상으로 여겨지기도 한다. 불교, 개신교, 천주교 등 3대 종단의 경 우만 하더라도, 성직자-평신도, 또는 출가자-재가자의 구분이 엄격하고, 종단의 의사결정 등의 거의 모든 권한은 평신도나 재가자가 아닌 성직자나 출가자에게 집 중되어 있으며, 어떤 종단은 아예 여성 성직자가 존재하지 않거나, 일부 소수의 여 성 성직자 또는 출가자가 존재한다고 해도 종단 권력을 형성하는 것은 결코 아니 고, 그저 남성 성직자, 출가자의 보조적인 역할만 수행하고 있다. 최고위급 교역자를 선출하는 경우도 있고, 어떠한 선출제도도 갖고 있지 않고 오 로지 임명만으로 최고위급 교역자를 결정하기도 하며, 종단의 행정은 거의 대부분 종단 차원에서의 일정한 교육을 수료하고, 일정한 자격절차를 이행한 전업 교역자 들에 의해서만 집행되고 있다. 물론 세속적 의미의 민주성이란 잣대만으로 각 종단 의 서로 다른 형편을 들여다보는 것이 가지는 실수가 있을 수 있겠지만, 종단 내부 의 살림이나 운영이 아니라, 대한민국의 교육이념을 바탕으로 대한민국의 교육이념 을 실현한 수단으로서의 학교 운영의 주체가 민주성의 표지에서 볼 때, 갖가지 결 격사유를 가진 종단이어야 하는지에 대해서는 의문이 있다. 3. 교육이란 무엇인가 1) 교육받을 권리 자본주의 체제에서 돈이 없거나 적은 경우, 교육의 기회를 잃게 되는 일이 빈발 하게 되었다. 교육은 국민의 생활능력의 유지와 향상을 위해, 그리고 무엇보다 인간 다운 삶을 영위하게 위해 꼭 필요한 활동임에도 불구하고, 교육받을 권리가 오로지 경제적 형편에 의해서만 정해지는 것은 불합리하다. 그래서 국가는 헌법을 통해 국 민 모두의 교육받을 권리 를 국민의 기본권으로 천명하고 있다. 대한민국 헌법은 제31조에 국민의 교육받을 권리에 대해 다음과 같은 6개항으로 구성된 조문을 두고 있다. 1 모든 국민은 능력에 따라 균등하게 교육을 받을 권리를 가진다. 2 모든 국민은 그 보호하는 자녀에게 적어도 초등교육과 법률이 정하는 교육을 받게 할 의무를 진다. 3 의무교육은 무상으로 한다. 75

84 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 4 교육의 자주성ㆍ전문성ㆍ정치적 중립성 및 대학의 자율성은 법률이 정하는 바 에 의하여 보장된다. 5 국가는 평생교육을 진흥하여야 한다. 6 학교교육 및 평생교육을 포함한 교육제도와 그 운영, 교육재정 및 교원의 지위 에 관한 기본적인 사항은 법률로 정한다 헌법 제31조의 제1항은 교육의 기회균등에 대해 명시적으로 규정하고 있다. 균등 한 교육받을 기회가 모든 국민이 똑같은 교육을 받아야 한다는 것을 의미하는 것은 아니지만, 취학의 기회균등 9) 은 반드시 보장되어야 한다. 취학의 기회균등은 능력 에 따라 보장될 수 있는데, 이때의 능력은 오로지 수학능력만을 의미한다. 따라서 수학능력을 제외한 재산, 성별, 종교, 출신 지역, 사상 등의 요소가 취학의 기회균등 을 방해하면 안된다. 제2항은 부모와 보호자가 자녀에게 초등교육과 법률이 정한 교육을 받게 할 의무 를 부여하고 있고, 제3항은 의무교육은 무상으로 해야 한다는 국가의 의무를 규정하 고 있다. 현재 무상교육의 범위는 중학교까지 한정되어 있지만, 가능한 한 넒은 범 위와 높은 단계까지 의무무상교육을 실시하고, 경제적 이유에 의하여 진학이 방해되 지 않도록 장학정책 등을 시행하여야 한다 10) 는 국가의 의무까지 포함하는 개념이다. 제4항은 교육의 목적달성이 교육의 자주성, 전문성, 정치적 중립성에 기반을 두어 야 하고, 전문교육기관인 대학은 대학의 자치 등 자율성을 보장받아야 한다고 규 정하고 있다. 이는 헌법 제22조의 학문의 자유 와 짝하고 있는 것이다. 학문의 자 유를 실현하기 위해서는 학문연구의 자유, 학술활동의 자유, 학문기관의 자유 등이 보장되어야 하는데, 제31조 제4항은 이중 학문기관의 자유와 긴밀히 연계되어 있 다. 대학의 자유는 학문연구기관으로서의 대학이 대학의 운영에 관한 모든 사항을 외부의 간섭 없이 자율적으로 결정할 수 있을 때만 그 실효성을 기대할 수 있기 때 문에 대학의 자치 를 그 본질로 한다. 11) 대학의 자치는 외부(국가, 교육과학기술부, 사립재단)의 부당한 간섭이나 견제를 줄이되, 외부의 지원이나 적절한 견제는 받아들이며, 대학 본연의 임무에 충실할 수 있는 내용과 형식의 안전판을 만들자는데 있다. 2) 교육받을 권리의 실현을 위한 국가의 노력 국가는 국민의 교육받을 권리를 실현하기 위해 상당한 정도의 재정을 투여하고, 9) 허영, 한국헌법론 (2010년 2월), 박영사, 445쪽 10) 헌법학 개론 김철수, 2006년. 박영사. 829쪽 11) 앞의 책, 431쪽 76

85 법학에서 본 종교교육과 인권 오창익 초등학교와 중학교의 경우, 무상 의무교육을 실시하고 있다. 최근 지방자치단체 차 원에서 무상급식을 확대하거나, 준비물 없는 수업을 위한 지원, 교사 신축과 증축시 의 지원 등 다양한 재정적 지원을 하고 있다. 국가는 [교육기본법]을 통해 교육에 관한 국민의 권리ㆍ의무 및 국가ㆍ지방자치 단체의 책임을 정하고 교육제도와 그 운영에 대한 기본적 사항을 규정 12) 하고 있다. 모든 국민은 헌법이 정하는 바, 그리고 [교육기본법]이 정하는 바에 따라 평생 에 걸쳐 학습하고, 능력과 적성에 따라 교육받을 권리 13) 로서의 학습권 을 갖고 있 으며, 교육의 기회는 성별, 종교, 신념, 인종, 사회적 신분, 경제적 지위 또는 신체 적 조건 등을 이유로 교육에서 차별받지 아니 14) 하게 모든 국민에게 균등하게 제공 되어야 한다. 이러한 권리를 위해 교육의 의무주체인 국가와 지방자치단체는 학습 자가 평등하게 교육을 받을 수 있도록 지역 간의 교원 수급 등 교육 여건 격차를 최소화하는 시책을 마련하여 시행하여야 15) 한다. 국민의 교육권을 보장하기 위한 국가와 지방자치단체의 노력은 국가가 설립한 국 립학교나 지방자치단체가 설립한 공립학교만이 아니다. 설립주체와 무관하게 국민이 재학중인 모든 학교를 위해 경주되어야 한다. 이에 대해 <교육기본법>은 제25조(사 립학교의 육성)에 국가와 지방자치단체는 사립학교를 지원ㆍ육성하여야 하며, 사립 학교의 다양하고 특성있는 설립목적이 존중되도록 하여야 한다. 고 규정하고 있다. 사립학교의 특수성에 비추어 그 자주성을 확보하고 공공성을 앙양함으로써 사립 학교의 건전한 발달을 도모 하기 위해 별도로 <사립학교법>을 제정하여 운용하고 있다. <사립학교법>은 사립학교의 자주성을 확보하는 동시에, 사립학교에 대한 국 가와 지방자치단체의 적절한 개입을 통해 사립학교의 공공성을 앙양하고, 건전할 발달을 도모하기 위한 것이다. 즉, 사립학교도 공교육 체제에서 헌법과 법률의 지배 아래 놓아둠으로써, 사립학교의 자주성을 보장하는 동시에, 국민의 교육받을 권리도 보장하는 방향으로 사립학교의 공공성을 높이기 위한 법률시스템인 것이다. 3. 종교 교육이란 무엇인가 1) 종교교육과 종교의 자유 종교교육이란 종교의 이념이나 원리, 곧 종교의 교리를 전파하기 위한 교육을 말 한다. 종교교육은 종교의 자유의 한 영역으로 종교의 자유의 본질적 영역에 속한다. 12) <교육기본법> 제1조. 목적 13) <교육기본법> 제3조. 학습권 14) <교육기본법> 제4조. 1항. 교육의 기회균등 15) <교육기본법> 제4조. 2항 77

86 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 종교는 종교교육을 통해 신앙을 받아들이는 계기를 만들 수 있기에, 종교교육의 자 유는 신앙실행의 자유의 전제조건이며, 신앙 실행의 지속을 가능하게하는 권리이기 도 하다. 어떤 종교든 세계종교, 보편종교의 지위를 갖는 종교들은 나름의 학문체계(신학, 불교학 등)를 갖고 있으며, 각각의 철학적, 역사적, 문화적 배경을 갖고 있다. 따라 서 종교를 갖고 있지 않은 사람이 새로 종교를 갖게 되거나, 기존의 종교인이 다른 종교로 개종하는 경우에는 해당 종교의 교리에 대해 지식정보를 축적해야 종교인으 로서의 신앙생활이 가능하게 된다. 종교교육이란 입교를 권하는 과정, 입교를 위한 과정, 신앙을 다지거나 철학적 배경을 공고히 하는 과정 등에서 필요한 일체의 교 리 관련 교육을 의미한다. 따라서 종교교육은 종교의 자유의 본질적ㆍ핵심적 요소 로서, 국가 등 외부의 간섭이나 제약 없이 자유롭게 누릴 수 있는 기본권에 속한다. 종교인들 스스로 말하는 종교교육이 종교의 벽을 넘어 사회발전에 도움이 될 수 있다는 기대를 갖게 하는 경우도 적지 않다. 천주교의 교황은 세계주교회의에 보낸 메시지 16) 에서 다음과 같이 밝히고 있다. 그리스도교 신자들은 가정, 학교, 직장, 사회 시민생활 속에서 일상 생활을 통하 여 복음적 누룩의 역할을 함으로써 정의를 위하여 특별한 공헌을 한다. 이로서 신자 들은 정의를 위한 인간 노력에 참 보람과 가치를 부여한다. 그러므로 우리의 교육방 법은 사람들로 하여금 종합적 현실 속에서 생생하게 크리스챤적 입증을 보여줄 수 있는 복음의 개인적 내지 사회적 윤리 원칙대로 살아가도록 이끌어주는 것이다. 국가가 특정 종단의 종교교육을 진흥하기 위해 노력해야 할 필요까지는 없을지 몰라도, 종교교육이 우리 사회에서 일정한 정도로 한국사회의 인간화, 민주화, 정의 의 실현 등을 위해 기여왔다는 점도 분명하다. 2) 종교교육과 교육 종교교육은 기본권에 해당하지만, 종교교육이 종립학교에서 진행될 때, 다양한 사 회적 쟁점을 낳고 있는 것도 사실이다. 종교교육이 종교교육을 원하는 사람들, 특정 종단에 속한 사람들을 위해서는 긍정적인 역할을 수행하기도 하지만, 종교교육을 원하지 않는 사람들, 다른 종단에 속한 사람들에게는 거부감을 느끼게 하고, 그 사 람들의 종교의 자유를 침해할 수 있는 것도 사실이다. 따라서 <교육기본법>은 국 가와 지방자치단체가 설립한 학교에서는 특정한 종교를 위한 종교교육을 하여서는 아니 된다. 고 규정 17) 하고 있다. 이는 <교육기본법> 제6조의 교육의 중립성 에 잇 16) <세계안의 정의> 교황 바오로 6세의 세계 주교 시노드 메시지( ) 78

87 법학에서 본 종교교육과 인권 오창익 단 조문으로 교육이 교육 본래의 목적에 따라 그 기능을 다하도록 운영되어야 한 다는 취지, (교육이) 정치적ㆍ파당적 또는 개인적 편견을 전파하기 위한 방편으로 이용되어서는 아니 된다. 는 원칙을 종교교육이란 측면에서 다시 한번 강조한 것이 다. 물론 국가와 지방자치단체가 설립한 국공립학교라도 특정한 종교를 위한 것이 아닌, 일반적인 종교교육은 허용된다. 종교교육을 개인적 편견 으로 치부할 수는 없겠지만, 초ㆍ중등학교는 물론, 대학 에서의 종교교육(특정한 종교를 위한)은 헌법 제20조의 종교의 자유 를 침해하는 경우가 많다. 신학교, 포교원 등 대통령령으로 정하는 종교지도자 양성만을 목적으 로 하는 대학 및 대학원 의 경우는 예외겠지만, 일반적인 교육기관에서의 종교교육 은 피교육생의 종교의 자유를 침해할 가능성이 크다. 종교의 자유는 신앙의 자유, 곧 신앙을 가지는 자유와 신앙을 가지지 않는 자유, 그리고 신앙실행의 자유를 의미한다. 신앙실행의 자유에는 종교의식의 자유, 종교선 전의 자유, 종교교육의 자유, 종교적 집회ㆍ결사의 자유 등이 포함된다. 그러나 종 교의식의 자유, 종교선전의 자유, 종교교육의 자유 등이 다른 사람의 종교의 자유와 충돌할 때는 당연히 제한될 수 있는 것이다. 따라서 종교교육의 자유는 종교교육을 원하는 사람들에게만 제한적으로 진행될 때에만 위헌 시비를 벗어날 수 있다. 즉, 그 종단의 교리를 신봉하겠다는 명시적 의사를 밝히고, 아무런 강박 없이 그 종단 에 입교했거나 입교에 준한 의사 표시로 종교집회 등에 참석한 사람들만을 대상으 로 할 때, 종교의 자유로서 보장받을 수 있는 것이지, 각급 종립학교에서 현재 시행 하는 것처럼, 강제 배정으로 자신이 선택하지 않은 종립학교에 입학하게 되었다는 이유만으로 종교를 갖지 않고 있거나 다른 종단의 학생들에게까지 특정 종교의 종 교교육을 강제로 받게 하거나, 종교적 집회나 결사에 참석ㆍ참여하게 할 자유까지 를 포함하는 것은 결코 아니다. 학교는 <교육기본법>의 조문처럼 교육이 교육 본래의 목적에 따라 그 기능을 다하도록 운영되어야 한다. 3) 종립학교에서의 종교교육의 일탈 일부 종교인들은 종교의 자유에 대해 이중적인 태도를 가지고 있는 것으로 보인다. 그러나 다수의 종교인들이 생각하는 종교의 자유는 매우 자의적, 아니 배타적인 것으로 보인다. 다수의 종교인들은 선교의 자유와 이와 관련된 학교 설립의 자유, 각종 사업체 경영의 자유... 등은 보장받아야 하지만, (스스로의 자의적인 판단으로) 17) <교육기본법> 제6조 2항 79

88 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 진리나 구원이 없다고 여기는 다른 종단에 있어서의 종교의 자유에 대해서는 전혀 상반된 입장을 갖고 있다. 이들에게 있어서 자유란 나에게만 필요한 것이지, 다른 사람들에게는 전혀 필요하지 않은 것이고, 심한 경우 다른 사람에게 자유를 보장하 는 것은 악 이란 생각까지 하고 있는 것으로 보인다. 두말 할 것 없이 극단적으로 배타적인 생각이다. 이런 극단적이고도 배타적인 생각은 자신이 설립 과정에 관여했거나, 또는 운영에 관여하고 있는 학교의 학생들이 당연히 자기가 속한 교단의 예배 등 종교예식에 참 석해야 하고, 종교적 표징에 대해 경배해야 한다는 생각으로까지 연결되고 있다. 이 들은 이를 상식으로 이해하고 있는 것 같다. 그러나 헌법과 인권의 잣대로 볼 때, 이는 그들만의 상식이고, 이때 그들의 권리란 남의 인권을 침해하면서 얻고자 하는 권리일 뿐이다 18). 이러한 이중적인 태도, 극단적으로 배타적인 생각이 종립학교 종교교육의 일탈과 연결되고 있다. 한 여자고등학교. 이 학교 학생들은 매일 아침 반별로, 일주일에 한번 전교생이 모여 예배를 드려야 한다. 예배 참석을 거부하는 학생들에겐 운동장의 잡초 제거 작 업을 시킨다. 종교자유정책연구원이 모은 학교에서의 종교 자유 침해 사례는 끝없이 이어진다. 학생들은 교목실에서 파는 성경만을 사야 하고, 언제나 갖고 다녀야 한다. 매일 성경을 읽고 외우게 한다거나 공개적인 기도와 헌금을 강요하고, 중간ㆍ기말시험에 아예 성경시험을 보기도 한다. 조회와 종례를 기도로 시작해서 기도로 끝내기도 한 다. 간부가 되려면 반드시 세례교인이어야 하는 것은 기본이고, 어떤 학교는 종교적 이유로 학교급식에서 돼지고기, 생선, 오징어, 새우, 게 등은 전혀 주지 않는다 19) 최근 시민단체인 [대구참여연대]는 계명대학교가 학칙으로 모든 학생들의 채플 참석을 의무로 규정하고 있어 헌법의 종교의 자유와 양심의 자유를 침해했다며 국 가인권위원회에 진정서를 제출했다. 계명대학교는 기독교 교리 수업을 교양필수과 목으로 운영하면서도 별도의 채플과목을 개설해 학생들의 참석을 의무하고 하고 있 고, 채플 참석 학생들이 예배와 찬송가 부르기 일어서서 율동하기 등을 따라하지 않으면 출석을 인정하기 않는 등 학교 측의 일상적인 감시가 진행되고 있다는 것이 대구참여연대 측의 설명 20) 이다. 이러한 시각과 달리 교계 언론 등은 지금의 대학이 당장의 취업률에만 급급해 건 18) 오창익, 학교 종교자유 신장을 위한 법제 제도개선 방안 토론회 토론문 ) 오창익, 학교는 교회가 아니다, 한겨레, 치 20) 뉴시스, 대학 채플 참석 의무 종교의 자유 침해 논란

89 법학에서 본 종교교육과 인권 오창익 학이념 구현은 뒷전이라고 지적 21) 하고 있기도 하다. 종립대학의 역할은 종교 본연 의 목적, 곧 선교와 포교를 위한 것이 되어야 하는데, 종립대학이 세속화, 탈기독교 화되고 있다는 교계의 안타까움을 전하는 여러 기사들은 종립대학이 어떤 역할을 수행해야 하는지에 대한 종교계의 속내를 가장 솔직하게 드러내고 있는 것으로 보 인다. 대학의 설립 목적은 선교 등 종단 본연의 목적에 충실하게 복무하는 것인데, 문제는 종교의 자유가 헌법에 의해 보장되는 국가에서 국가의 재정적 지원 등 각종 편의를 제공받는 대학이 왜 일반 국민과 무관한 특정 종단의 선교 또는 포교의 수 단으로 기능해야 하냐는 일반 국민의 의문이다. 왜 국가의 각종 교육시스템과 국가 적 지원, 그리고 학생들까지 기성 종단만을 위한 선교 또는 포교활동에 동원되어야 하고, 그러한 활동에 협조해야 하는지 의문이다. 종립학교의 종교교육이나 종교 관련 행정들이 대한민국의 교육이념인 평화를 깨 뜨리는 경우도 많다. 배타적으로 자신들만 옳다고 여기는 일부 종단의 잘못된 인식 이 학교 공동체의 평화를 파괴하며, 종교교육을 평화를 위한 도구가 아닌 갈등과 분쟁의 원인으로 만들어버리는 경우가 한둘이 아니다. 다른 종단 소속 학생들의 자 유로운 동아리 활동을 금지, 반대하는 일, 학생들에게 세례나 수계를 강요하는 일, 대 학교수나 교직원들을 선발하는 과정에서 세례나 수계를 받는 등, 정식 입교 절차를 거친 사람들만으로 그 대상을 국한하는 일, 앞의 교계 언론 보도에서도 확인할 수 있 는 것과 같은 성소수자에 대한 아무 근거없는 모욕과 협박과 배제, 교직원, 학생들에 게 학교 교회 출석 강요, 각종 물품 구입 강요 등의 사례가 끊이지 않고 있다. 각 종단의 각급 학교에는 각 종단의 종교적 상징들이 곳곳에 배치되어 있는데, 이것은 그 종단에 소속되지 않은 다른 종단 소속의 학생, 교직원이나 종교를 갖지 않거나 종교에 관심이 없는 학생, 교직원들을 전혀 배려하지 않은 일종의 문화적 폭력이기도 하다. 국가의 시스템 속에 들어와 있는 교육기관에서, 단지 각 종단 또 는 종교적 배경을 갖는 사람이 설립했다는 이유만으로 종교적 상징물이 넘쳐나고, 또 종교 예배(법회)에 참석을 강요하고, 종교 교리를 강제로 주입시키는 평화를 위 협하는 일들이 일상적으로 반복되고 있다. 종단 가운데는 자기만 옳다는 독선과 배제의 논리에서 상대적으로 자유롭고자 노 력하며 화해와 협력, 다원주의적 관용과 포용의 정신을 바탕으로 이러한 정신을 실 천하려는 움직임을 보이는 곳도 있고, 이러한 노력이 KCRP(한국종교인평화회의) 등의 조직을 통해 확인되고 있는 것도 사실이지만, 어쩌면 종교는 본질적으로 배타 적인 성격을 갖고 있다고 볼 측면도 적지 않다. 21) 크리스챤 투데이, 사라지는 기독교 정신... 연세대만의 문제일까 stiantoday.co.kr/view.htm?id=

90 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 4. 종교 교육 문제의 바람직한 해법 1) 자발성에 기초한 종교교육이어야 종교교육이 의미를 가지려면, 종교교육을 받는 사람의 완전한 자유의지가 전제되 어야 한다. 이것은 기독교 등 종교의 본래적 가르침과도 짝한다. 기독교 성서에 의 하면 인간은 신에 의해 창조될 때, 자유의지를 지니게 되었으므로, 자유의지를 바탕 으로 해야 종교의 가르침에 다가갈 수 있다. 자유로운 선택에 의하지 않고, 강요되는 종교교육은 교육의 본질에도 반하고, 학 생의 종교의 자유도 침해하는 인권침해이다. 초ㆍ중등학교의 경우 공교육 시스템에 속한 종립학교에 학생들이 강제배정되는 방식인 경우에는 자발성이 사전에 자유의 지로 확인되지 않았기에 이때 진행되는 특정종교만을 위한 종교교육은 인권침해가 된다. 이를 피하기 위해 신입생들을 대상으로 학칙을 준수 한다는 등의 서약을 받 기도 하지만, 신입생들이 해당 학교의 종교교육에 대해 충분한 정도의 정보를 제공 받은 것도 아니고, 특히 위계질서가 명확한 학교에서 피교육생의 선택은 제한적일 수 밖에 없다는 측면에서, 이때의 서약은 자발성에 의한 것이라 판단할 수 없다. 따 라서 현행 초ㆍ중등 종립학교에서의 종교교육은, 특정 종교만을 위한 종교교육이라 면, 그 자체로 헌법위반이고, 인권침해에 해당한다. 혹자는 대학이 강제배정되는 초ㆍ중등학교와 달리 학생의 자발적인 선택에 의해 진학을 결정하게 되고, 진학을 결정할 때, 그 대학이 종립대학인지 알 수 있는 충분 한 기회가 주어져 있기 때문에, 대학에서의 종교교육이 문제될 것이 없다고 판단하 고 있기도 하다. 종교교육의 전제인 자발성을 충족하고 있다는 것이다. 그렇지만, 한국이 대학은 서울대-고려대-연세대 식으로 이미 서열화되어 있고, 진학을 원하 는 대학과 학과의 서열이 정해져 있으며, 학벌이 대학 졸업 이후의 취업이나 사회 생활에 미치는 영향이 크기 때문에, 학생들의 대학선택의 자발성은 큰 의미가 없다. 특히 2-30년 전과 달리, 지방의 국립대학들이 단지 지방에 있다는 이유만으로 대학 간의 서열경쟁에서 낙오하고, 서울의 사립대학들이 서열의 앞 순위를 대거 차지하 게 되면서부터는 더욱 그렇게 되었다. 형식적으로는 진학할 대학을 학생들의 자유롭 게 선택하지만, 실제로는 수학능력 시험 등 대학입학에 필요한 학력수준에 따라 진 학하게 될 대학을 정하게 되는 것이다. 따라서 대학 진학에 있어 학생들의 자발성이 란 측면은 다만 형식적 요건을 충족할 뿐, 그 실질에서의 의미는 별로 없다. 82

91 법학에서 본 종교교육과 인권 오창익 2) 종교교육 문제를 해결하기 위한 접근 특정 종교만을 위한 종교교육이 종립학교에서 진행될 때의 파열음은 이미 2004 년 서울 대광고 강의석군(당시 고등학교 3학년)의 문제제기를 통해 사회적 쟁점으 로 부각된 바 있다. 강의석씨는 학교의 강제 예배 참석에 대해 1인 시위, 단식투쟁 등으로 저항했고, 이후 인권단체 등의 도움을 받아 대광고등학교를 상대로 손해배 상청구 소송을 제기하였다. 강의석씨 사건은 원심 승소, 항소심 패소, 대법원의 파기 환송 등을 거쳐 2008년 대법원의 판결로 확정되었다. 강의석씨 사건의 판결 요지는 다음과 같다. [1] 헌법상 기본권인 종교의 자유에는 신앙의 자유, 종교적 행위 내지 선교의 자 유, 종교집회 및 결사의 자유, 종교교육의 자유 등이 모두 포함되므로 국ㆍ공립학교 가 아닌 특정 종교단체에서 설립한 사립학교에서의 종교교육은 원칙적으로 허용되 나, 그러한 종교교육의 자유가 학교라는 교육기관의 형태를 취할 때에는 교육의 공 공성으로 인하여 일정한 제약이 있을 수밖에 없고, 이에 따라 헌법 제31조 제1항(교 육받을 권리), 제6항(교육제도 법정주의)의 규정 및 이에 기한 교육관계 법령상의 각 규정들에 의한 규제를 받지 않으면 안 된다. 요컨대, 일정한 종교단체가 선교 등을 목적으로 학교를 설립하였다 하더라도, 그것이 공교육 시스템 속의 학교로 존재하는 한 선교보다는 교육을 1차적인 기능으로 삼아야 하고, 선교를 이유로 학생들이 평등 하고 공정하게 누려야 할 교육권 내지는 학습권을 부당하게 침해하여서는 아니 되 며, 나아가 비록 학생들의 올바른 심성과 가치관을 심어주는 데 도움이 된다고 판단 한다 하더라도 공교육 시스템 내에서는 종교에 관한 객관적인 지식과 이해를 높여 스스로 사고하고 판단하여 선택할 수 있는 능력을 기를 수 있도록 하는 데 그쳐야 지, 특정 교리와 의식을 주입하거나 강요하는 것이어서는 아니 된다 22). [2] 종교의 자유는 무엇보다도 종교를 믿고 안 믿을 자유, 신앙고백을 강요당하 지 않을 자유, 신앙ㆍ불신앙으로 인하여 불이익을 받지 않을 자유 등을 포함하는 신 앙이 자유를 본질적 요소로 하는데, 종교교육의 자유가 학교라는 교육기관의 형태를 취할 때에는 그 학교에서 수학하는 학생들의 기본권인 이러한 신앙의 자유 등과 충 돌할 가능성이 많고, 특히 현재의 주요 대도시의 경우와 같이 고등학교 평준화 정책에 의하여 본인이 신앙하는 종교와는 무관하게 학교가 강제로 배정되는 제도 아래에서는 더욱 그러한 바, 이러한 경우 원칙적으로 학생들의 신앙의 자유는 학교를 설립한 종교 단체의 선교나 신앙실행의 자유보다 더 본질적이며 인격적 가치를 지닌 상위의 기본 권에 해당하므로 이러한 학생들의 기본권이 보다 더 존중되지 않으면 안 된다. [3] 헌법이 보장하는 교육받을 권리 는 일종의 생존권적 기본권에 속하는 것으로 서 학생들의 경우는 이른바 학습권으로 파악될 수 있고, 이러한 학생들의 학습권은 어떤 형식으로든 수업을 받을 수 있는 권리에만 한정되지 아니하고, 정당한 그리고 적절한 방식과 내용으로 수업을 받을 권리를 포함한다... 22) 서울중앙지법 선고 2005가단 판결: 항소[손해배상(기)][각공2007하,2497] 83

92 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 법원 판결은 종교교육의 자유는 헌법상 기본권인 종교의 자유에 포함되기에 종교 단체에서 설립한 사립학교에서의 종교교육은 허용되지만, 학교라는 교육기관에서는 일정한 제약이 있다는 점을 확인하고, 종립학교의 설립목적이 선교라고 해도, 공교 육 시스템 속의 학교이기에 선교보다는 교육이 1차적 기능이 되어야 한다는 점을 확인하고 있다. 따라서 공교육 시스템 내에서는 종교에 대한 객관적 지식과 이해를 높여 스스로 사고하고 판단하여 선택할 수 있는 능력을 기를 수 있도록 돕는데, 그 쳐야지 특정 교리와 의식을 주입하거나 강요하는 것은 안된다는 점을 명확히 하고 있다. 또한 종교의 자유는 종교를 믿지 않을 자유, 신앙고백을 강요당하지 않을 자 유, 신앙을 갖지 않다고 해서 불이익을 받지 않을 자유 등을 포함하기 때문에, 학교 설립 주체의 종교교육의 자유가 학생들의 종교의 자유와 충돌할 경우, 특히 학생들 을 강제 배정하는 제도에서는 더욱 문제가 될 수 있다는 점을 확인하고, 이럴 때는 학생들의 신앙의 자유가 종교단체의 선교나 종교교육의 자유보다 더 본질적이며 상 위의 기본권에 해당하기에 학생들의 기본권이 보다 더 존중되어야 한다는 것이다. 종단들이 기대고 있는 종교의 자유, 그중에서도 종교교육의 자유는 자칫하면 강 의석씨 사건에서 보듯이 학생들의 보다 본질적인 종교의 자유, 그중에서도 종교를 믿지 않을 권리 등을 침해할 가능성이 높기에, 타인의 권리, 그것도 학교라는 구조 속에서 소수자, 약자의 지위에 놓인 학생들의 권리를 침해하는 것이기에 당연히 타 인, 특히 소수자, 약자의 권리를 침해하지 않는 범위 내에서 적절한 수준에서 진행 되어야 하고, 만약 적절한 수준을 넘어 타인의 권리를 침해하는 수준에서 진행된다 면, 적절한 수단에 의한 통제를 받아야 한다. 3)인권을 기준으로 본 종교교육 인권은 이렇듯 상호간에 충돌하는 경우에는 더 본질적인 권리를 우선 선택하거 나, 사회적(경제적, 정치적, 문화적 등) 약자나 소수자의 권리를 우선 선택해야 한다 는 명확한 원리를 갖고 있다. 법원 판결에서도 보듯이 종교교육의 자유보다는 종교 를 믿지 않을 자유, 종교행사에 참석을 강요당하지 않을 자유가 더 본질적인 자유 이기에, 양자가 충돌하는 경우에는 더 본질적인 인권을 먼저 선택해야 한다. 따라서 사립학교의 종교의 자유가 사립학교에 다니는 학생들의 종교의 자유를 침해하거나 제한할 수는 없는 일이다. 이런 경우에는 대체 과목을 신설하고 아무런 강압이나 강박 없이 자유롭게 학생들이 원하는 과목을 신청하여 수강할 수 있어야 하고, 그 때문에 어떠한 불이익도 없어야 한다. 이를테면 특정 종단 소속 신자가 아니면 학 생회 임원이 될 수 없다든지 등의 불이익도 받지 않아야 한다. 또한 교육자-피교육자의 관계가 위계에 의한 구조로 되어 있는 현행 교육시스템 84

93 법학에서 본 종교교육과 인권 오창익 상황에서 교육자는 다수자의 지위를, 피교육자는 소수자의 지위를 갖게 된다. 생사 여탈권까지는 아니겠지만, 상급학교 진학, 취업 등에 필사적으로 매달려야 하는 현 행의 경쟁체제에서 학생 선발권, 학생 평가권, 학생 징계권 등을 갖고 있으며, 일상 적으로 학생들을 교육, 지도하는 학교 당국은 학생들에 비해 적어도 학교 공간 내 에서는 우월적 지위를 갖게 된다. 따라서 종교교육을 시행하고 있거나 하려는 사립 학교 당국은 종교교육에 참여하고 싶지 않은 학생들에 비해 다수자의 지위를 갖고 있고, 학생들은 권력의 크기에서 소수자의 지위를 갖게 된다. 인권의 원리와 헌법의 원리는 다수자의 지위를 갖는 자와 소수자의 지위를 갖는 자의 권리가 서로 충돌할 때는, 소수자의 지위를 갖는 자의 권리를 먼저 선택하도 록 주문하고 있다. 갖는 권리 제한이라도, 상대적으로 열악한 지위에 있는 소수자의 권리가 제한되는 것이 더 본질적 제한일 수 있고, 다수자의 지위를 갖는 쪽은 그게 아니라도 얼마든지 다른 방식을 통해 목적 달성 활동을 할 수 있기 때문이다. 학생의 입장에서는 참여하기 싫은 종교교육을 피해 전학을 간다든지 하는 선택도 있 을 수 있으나, 학업을 진행하는 입장에서의 전학은 의무교육을 받는 중학생들의 징계수 위 중 가장 큰 징계가 전학조치라는 점에서 보듯이 새로운 학교에 적응해야 하고, 일정 한 낙인에 시달려야 하는 등의 손해를 감수해야 하는 것이라 쉽지 않은 선택이 된다. Ⅳ. 종교교육의 본질을 묻는다. 1. 종교의 자유도 제한 가능하다. 종교의 자유는 매우 고전적 자유이다. 인류가 최초로 인권의 목록화를 시도했다 고 평가받는 <대헌장>(1215년)에도 종교의 자유와 관련된 조문들이 들어 있고, 이 후 인류의 역사발전에 따라 제출되고 승인된 각종 고전적 인권문헌들은 한결같이 종교의 자유를 인간의 본질적 자유로 규정하고, 어떠한 경우에도 확고하게 보장받 아야 할 자유로 지켜나가고 있다. 종교의 영역은 굳이 헌법이나 인권분야에서 인류가 축적해 온 성과를 빌리지 않 더라도 존중되어야 마땅하다. 종교의 자유는 본질적 자유이며, 국가를 이를 제한하 거나 침해하지 않아야 한다. 이는 인권에 있어 고전적이며 교과서적인 원칙이다. 따라서 종교계 또는 종단의 활동도 국가에 의해 제한되거나 위축되는 일이 없어 야 한다. 선교나 포교 활동도 자유롭게 진행할 수 있어야 하고, 종교교육도 자유롭 게 진행할 수 있어야 한다. 85

94 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 그렇지만, 이러한 자유가 다른 사람의 자유를 제한하거나 침해하는 경우엔, 어쩔수 없 이 필요한 경우엔 합리적인 범위 내에서 제한될 수 있어야 한다. 그것이 헌법질서이다. 2. 폭력적인 종교교육은 중단되어야 역사적 예수의 죽음 이후, 예수와 함께 동고동락했던 그의 동료(제자)들은 자신들 이 만났던 실체적 존재 예수에 대해 도저히 잊을 수 없었을 것이다. 지금은 제도화 된 기성종단의 종교교육이라 표현되는 예수의 가르침은 물론, 예수의 삶도 그냥 허 투루 지나갈 수 없었을 것이다. 예수를 직접 만났던 사람들은, 예수를 만나는 과정 에서 얻은 기쁨과 새로운 깨달음을 예수를 만나지 못한 후속 세대에게 전해주기 위 해 목숨을 걸고 전도 여행을 다녔으며, 예수의 삶과 가르침을 기록으로 남기기 위 해 노력했다. 이 과정에서 역사적 예수는 특정 종교의 창시자로 변모하게 되고, 성 서는 온갖 신화적 요소를 다 동원해 예수를 각별한 존재로 만들었다. 당연한 일이 아닌가. 누구의 강박도 없이, 오로지 진리를 깨달은 기쁨에 충만해 자신이 깨달은 진리를 전파하려는 노력은 인간이 단순히 생물학적 의미의 존재를 뛰어넘는 존재라 는 것을 입증하기 위한 인간 본질을 향한 노력이기도 하다. 아마 부처를 만난 부처의 동료들도 비슷한 방식으로 반응했을 것이다. 현행 헌법체계에서는 이처럼 종교인들이 자신의 신념체계로 받아들인 종교의 가 르침을 이웃에게 또는 후속세대에게 전파하기 위해 다양한 방법으로 노력하고, 또 이를 실행하기 위해 종교교육을 시행하는 것을 앞서 살펴본 것처럼 종교의 자유에 속하는 기본권으로 존중하고 있다. 문제는 종교교육이 원치 않는 사람들까지 포함해서 강압적으로 진행되고 있는 것 이다. 아무리 좋은 가르침이고, 사람을 성숙시키기 위해 꼭 필요한 교육이라고 해 도, 특정 종단의 교리를 강제로 주입하려고 할 때, 그것도 다수자의 지위에 있는 학 교 당국이나 교사가 소수자의 지위에 있는 학생들에게 강요할 때, 종교교육은 순기 능보다는 역기능을 보이기 마련이다. 예수나 부처에 대한 진지한 만남보다는 오히 려, 반감을 갖게 되는 경우가 더 많다. 물론 적지 않은 종교인들이나 종교교육 담당자들은 종교교육의 순기능을 강조하 고 있다. 이화여대의 이경숙 학사부총장(기독교학부)은 교수신문과의 인터뷰 23) 에서 이화여대에 여성지도자 를 양성하는 남다른 교육프로그램이 있냐는 질문에 대해 다 음과 같이 답변하고 있다. 23) <교수신문> 인터뷰 여자라서 안돼? 그것이야말로 안 될 말...노벨상 후보자 낼 것

95 법학에서 본 종교교육과 인권 오창익 채플이 있다. 1주일에 한번씩 좋은 말씀을 들으니까 저절로 인성교육이 되는 거 다. 의무로 들으니까. 남과 나누고 봉사해야 하고 겸손해야 한다. 이 자리에서 경쟁 의식이 아닌 공동체 의식을 가져야 한다는 이른바 인성교육이 이뤄진다. 이를테면 기독교와 세계 (3학점)를 통해 여성 지도자의 자질 함양이 전달되고 있다. 인성교육 측면에서 잘 운영돼 왔다고 본다. 이 교수의 인식은 논리적으로 연결되지 않는 것을 억지로 꿰어 맞추는 것 같은 오류에 빠져 있다. 채플이 과연 좋은 말씀 인가에 대해서도 적절한 분석과 평가가 있어야 하지만, 과연 사람이 그것도 이미 성인이 된 대학생들이 1주일에 한번씩 좋 은 말씀 을 듣는 것으로 저절로 인성교육이 되는지는 의문이다. 채플은 좋은 것, 좋 은 말씀을 듣는 자리라는 주관적이며 모호하기 짝이 없는 인식을 바탕으로, 학생들 에게 좋은 것을 주려고 하는 것이니 문제가 없다는 식의 논리를 전개하고 있는 것 이다. 그러나 채플이 누구에게나, 특히 개신교 신자가 아닌 학생들에게도 아무런 거 부감 없는 좋은 말씀 일 수 있는지 의문이다. 특히 한국 개신교회의 배타적 성격이 사회 문제로 대두되고 있는 상황에서, 개신교에 대한 거부감이 팽배해 있는 상태에 서 단지 그 대학에 진학했다는 이유만으로 강제적으로 좋은 말씀을 들려주는 것이 곧바로 좋은 인성교육으로 이어질 까닭은 없다. 종립학교에서의 종교교육이 인권침해라는 지적을 받기 전에 종립학교의 운영주체 들이나 종단의 지도자들이 그렇게 좋은 가르침을 왜 원하지도 않는 학생들에게 강 제로 주입하려고 하는지, 그것이 과연 스스로 바라는 선교나 포교에 도움이 된다고 실제로 믿고 있는 것인지, 아니면 이 교수의 말처럼 그저 막연하게 좋은 말씀 이니 인성교육에라도 도움이 되는 거 아닌가 식으로 여기고 있는 것은 아닌지 궁금하다. 한신대 신학과에서 오랫동안 일했던 김경재 교수는 종립학교에서의 강제 종교교 육에 대해 다음과 같이 지적 24) 하고 있다. 진정한 진리의 힘은 진리를 강제로 수용하도록 강요하거나 구걸하지 않는다. 진 리 자체가 지닌 진리의 자증력( 自 證 力 ) 을 통하여 진리임을 스스로 증명하는 것이 다.(중략) 거듭 말하거니와, 대학의 강의실은 특정종교를 전도하기 좋도록 기회를 마 련해놓은 전도장소 가 아닌 것이다. 기독교 진리는 그렇게 유약하거나 시시한 진리 라면 아예 없어지는 것이 옳은 것이다. 그러나 기독교가 그렇게 유약한 종교라고 우리는 믿고 싶지 않다. 도리어 기독교 진리를 파수한다는 명분을 가지고, 현대사회의 각종 이념이나 세계관에 패배할 수도 24) 김졍재, [종교계 사립대학에서 찾는 종교자유와 인권, 관용의 의미], <강남대 이찬수교수 부당 해직 해결을 위한 대책위원회> 주최 사립대학 내 종교자유와 교수 권리 보호를 위한 긴급토 론회 자료집

96 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 있다는 조바심을 가지고 십자군적 열정 이라는 공격성을 노출하는 일단의 광신적 기 독교인들이 문제를 일으킨다. 참 지성을 결여한 직업적 일부 신학자들과 반지성적이며 교리상으로 경직된 사고만을 지닌 일단의 직업목사들 때문에, 대학의 지성인들과 생각 있는 사회의 성숙한 사람들은 기독교를 조롱하거나 외면하는 형국이라고 보인다. 이 글에서 인용하고 싶지 않을 만큼 저질이지만, 김홍도 목사 같은 이는 미국 케네디 대통령은 모든 학교에서 채플을 드리지 못하게 했으나 자신도 일찍이 암살 되고 말았다 25). 는 식의 협박을 일삼고 있다. 전지전능한 신이 고작해야 학교당국 의 강요에 의해 예배당에 끌려나온 학생들의 성의도 없고, 진심도 담기지 않은 형 식적인 예배 때문에 대통령을 암살당하게 만들었다는 식의 황당한 인식에서 이제는 종교인들도 벗어나야 한다. 종교교육이 참으로 좋은 것이라면, 좋다고 생각하는 사람들끼리 진행하면 그만이 다. 그래야 교육의 효과도 있다. 말을 물가로 이끌 수는 있어도 억지로 물을 먹일 수는 없다. 는 속담을 아는 사람들이, 사람을 왜 억지로 끌고가는 것도 모자라 억지 로 물까지 먹이려고 하는지 모르겠다. 사람을 말만도 못한 존재로 여기는 것인가. 종교교육이 의미가 있으려면 그것은 전적으로 자의에 기반해야 한다. 교회나 사 찰에서 운영하는 주일학교가 나름의 순기능을 수행하는 것도 바로 자발성에 근거하 기 때문이다. 주일학교를 운영하는 것은 그들의 자유지만 공교육을 담당하는 학교 라면 문제가 다르다. 학교에서 종교교육이 의미를 가지려면 종교 일반에 대한 이해 와 함께 인간의 존재를 진지하게 들여다볼 수 있는 기회를 균형감 있게 제공하는 선에서 멈춰야 한다. 지하철에서 얼굴을 들이대며 예수 천국, 불신 지옥 을 외치는 사람은 무례하기는 해도, 지나치는 사람일 뿐이다. 그저 광신도이겠거니 하고 무시하거나 시끄럽게 떠들면 옆 칸으로 피할 수도 있지만, 공교육 기관인 학교는 다르다. 선택의 여지가 없다 26). 교육에서 자유로운 사람은 없다. 입시와 취업에 인생을 걸어야 하는, 어린이, 청 소년, 청년들이 학생이라는 이유만으로, 종립학교에 강제배정 되었거나 어쩔 수 없 이 종립학교를 선택했다는 이유만으로, 그들에게 강제로 종교교육을 시키는 종교적 폭력, 문화적 폭력은 이제 중단되어야 한다. 이 때문에 학생들이 고초를 겪거나 인 권침해를 당하는 일도 이제 없어져야 한다.(끝) 25) <한겨레> 신은 존재하는가 고 이병철 회장 물음에 종교인들 답하다 ) 오창익, 앞의 글 88

97 법학에서 본 종교교육과 인권 에 대한 논평 허진민 대광고등학교 사건에서 대법원은 고등학교 평준화 정책에 따른 강제 배정제도와 종립학교가 재정지원 등을 받음으로 인해 국가의 공교육체계 내에 편입되어 있는 현 상황에서 종교적 중립성이 유지된 보편적인 교양으로서의 종교교육의 범위를 넘 어서서 학교의 설립이념이 된 특정의 종교교리를 전파하는 이른바 종파교육 형태 로 행해지는 종립학교의 종교교육은 허용될 수 없음을 밝혀 종립학교가 할 수 있는 종교교육의 범위를 명확히 하였습니다. 1) 또한 종립대학교의 종교교육에 대해 대법 원은 대학의 자치를 존중하여 종립대학교는 종교교육 내지 종교선전을 위하여 학생 들로 하여금 일정한 내용의 종교교육을 받을 것을 졸업요건으로 하는 학칙을 제정 할 수 있지만 이러한 종교교육도 학생들의 신앙을 가지지 않을 자유를 침해하지 않 는 범위 내에서만 허용될 수 있다고 밝혀 종립대학교의 종교교육의 한계를 명확히 하였습니다. 2) 결국 대법원은 종립학교의 종교교육의 자유와 종립학교 학생들의 신앙의 자유가 충돌되는 경우 학생들의 신앙의 자유가 우위에 있는 것으로 판단한 것입니다. 그러 나 종립학교의 종교교육의 범위에 관한 일련의 대법원 판결에도 불구하고 종립학교 들은 여전히 종파교육 형태의 종교교육을 실시하고 있으며 이로 인한 사회적 갈등 은 지속되고 있습니다. 위 논문은 대법원 판결들로 종립학교의 종교교육의 범위가 제한되어 있음에도 불 1) 대법원 선고 2008다38288 전원합의체 판결 2) 대법원 선고 96다37268 판결 89

98 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 구하고 여전히 현실에서는 종립학교들이 학생들의 신앙의 자유를 침해하는 종파교 육을 하고 있는 이유에 대해 날카로운 고찰을 통해 종립학교들이 헌법과 법률의 범위 내에서 종교교육을 하도록 촉구하고 있다는 점에서 그 의미가 크다 할 것입니다. 즉 우리나라는 국민의 절반 이상이 종교를 갖고 있는 다종교 사회이며, 더구나 중고등학교와 대학교의 상당수가 종립학교로서 종교계가 교육계에 미치는 영향력이 매우 큰 반면 종립학교의 재정적 측면에서는 국가의 보조금으로 운영되고 있어 국 가의 공교육체계 내에 편입되어 있음에도 불구하고, 실제 종립학교의 종교교육은 인본주의, 보편성, 민주성, 전문성, 평화 등 대한민국의 교육이념이 제시하는 가치와 이념에 조화되지 않은 채 특정 종파의 선교 또는 포교의 수단으로만 활용하고 있는 문제점을 지적하면서 그 이면에는 공교육 체계 내에 편입되어 있는 종립학교의 특 성을 감안하지 않은 채 보편적 교육이 아닌 특정 종파의 선교의 장으로 활용하고 있으며, 이는 특정 종파의 교리만이 진리라는 생각에 근거하여 자신들의 교리를 상 대에게 강요하는 편협한 종교관에 기인하고 있다는 것입니다. 한편 위 논문에서 종교교육의 자유를 종교의 자유의 본질적인 내용으로 보고 있 다는 점에는 견해를 달리하며, 국가의 보조금이 지원되는 종립학교의 경우 기본권 의 대사인적 효력 3) 및 정교분리원칙에 따라 종교교육의 범위가 제한될 수 있다는 점에 대한 추가적 논의가 필요할 것으로 생각됩니다. 종교의 자유는 크게 신앙의 자유와 종교적 활동의 자유로 나누어지며, 종교의 자 유의 본질적인 내용은 신앙을 선택하고, 신앙을 변경하거나 신앙을 가지지 않을 자 유인 신앙의 자유라 할 것입니다. 그리고 종교적 활동의 자유는 신앙을 가진 이들 의 신앙 활동의 자유를 보장함으로써 종교의 자유가 실질적으로 보장될 수 있는 역 할을 하고 있습니다. 이처럼 각각 종교의 자유를 주장할 수 있는 복수의 기본권 주 체들 사이에 서로 대립되는 기본권을 주장하고 있는 경우 헌법 이론상 이를 기본권 의 충돌이라 부르며, 기본권의 충돌 상황을 해결하는 방법으로는 헌법규범의 해석 을 통하여 각 법익이 모두 실현될 수 있도록 상호 조정하는 실제적 조화의 원칙과 양 기본권의 행사가 양자택일의 관계에 있을 경우에는 법익을 비교하여 우선되는 법익을 판단하는 법익형량의 원칙에 의하여 문제를 해결하고 있습니다. 그렇다면 종립학교의 종교교육의 자유와 학생들의 신앙의 자유가 충돌되는 상황에서는 학생 3) 기본권의 대사인적 효력이란 전통적으로 기본권이 국가에 대한 국민의 권리로 이해되었지만, 시대의 변화로 사인 사이에도 기본권을 적용해야 할 경우들이 발생함으로 인해 사인 간에도 기 본권을 주장할 수 있는가에 대한 논의로 발전되었고, 현재는 일정한 경우 사인 사이에도 기본 권을 주장할 수 있다고 보고 있습니다. 미국의 경우 국가행위의제이론에 따라 국가의 재산을 임차한 사인이나, 국가로부터 재정적 지원을 받는 사인 등이 기본권을 침해할 경우 이를 국가 의 기본권 침해와 동일시하여 사인 간에도 기본권 규정이 적용되는 것을 인정하고 있습니다. 자세한 내용은 장영수, 헌법학Ⅱ 기본권론, 홍문사(2003년), 109쪽 127쪽 참조. 90

99 법학에서 본 종교교육과 인권 에 대한 논평ㆍ허진민 들의 신앙의 자유를 침해하지 않는 범위 내에서만 종교교육이 가능하며 이는 종교 교육의 미명하에 특정 종교를 갖도록 강요하는 각종 형태의 종교교육은 우리 헌법 상 불가능하며, 만약 그러한 종교교육이 행해진다면 이는 헌법에 위반되는 것으로 위법적인 행위가 될 것입니다. 또한 기본권의 충돌이라는 측면 이외에 종립학교들이 국가로부터 학교의 운영비 를 보조받으면서 사실상 공교육 체계 내에 편입되어 있는 상황을 고려한다면 종립 학교들이 종교교육으로 학생들의 종교의 자유를 침해할 경우 이는 국가에 의한 기 본권 침해와 동일시할 수 있으므로 이 경우 종립학교들은 국가와 지방자치단체가 설립한 학교에서는 특정한 종교를 위한 종교교육을 하여서는 아니 된다. 는 교육기 본법 제6조 제2항의 적용 대상에 포함될 수 있는지 여부에 대한 추가적인 논의도 필요하리라 생각됩니다. 91

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101 공교육 안에서의 종교교육과 인권 -강제 종교교육을 고수하는 개신교 사립학교를 중심으로- 류상태 *4) 이 논문의 목적은 강제 종교교육으로 청소년 인권을 침해하는 개신교 사립학교 문제의 궁극적 해결을 위해 두 가지 방안을 제시하는 데 있다. 이 문제는 지난 8년간 치열한 법 정공방을 벌였을 뿐 아니라 여러 차례 세미나를 통해 양측이 많은 해결방안을 내놓았지 만 정작 학교현장에서 달라진 것은 거의 없다. 이처럼 문제제기만 계속될 뿐 해결의 기미가 보이지 않는 이유는 개신교의 배타적 교 리가 근저에 깔려있기 때문이다. 경전의 문자적 해석에 집착하는 완고한 교리가 재해석되 지 않고는 어떤 법적 제도적 장치가 마련되더라도, 또한 어떤 학문적 제안이 계속되더라 도 개신교 사립학교 관계자들은 자신들의 신념을 굽히지 않고 강제 종교교육을 계속하려 할 것이다. 그것이 진정으로 신의 뜻을 이 땅에 구현하는 숭고한 일이라는 확신을 갖고 있기 때문이다. 하여 이 문제의 궁극적 해결을 위해 가장 중요하고 우선되어야 할 일은 개신교 내에서 깨어있는 지식인들의 자성운동을 통해 우리나라 개신교 주류 세력이 배타적 교리에서 벗 어나 창시자가 가르친 인류애 정신을 회복하는 것이다. 아울러 종교의 순기능과 역기능을 중고등학생들이 충분히 배울 수 있도록 종교계와 교 육계에 종사하는 분들이 뜻을 모아 객관적이고 중립적인 종교교육과정을 마련해야 한다. 시민들이 종교문제에 대한 충분한 상식과 합리성을 갖추게 되면 우리 사회가 특정종교의 편향된 언행을 견제하고 통제할 수 있는 능력을 갖게 될 것이기 때문이다. 이 두 가지 과제가 함께 이루어질 때 비로소 학교 현장에서 종교강요 행위가 사라지고 우리 사회도 종교로 인한 갈등에서 벗어날 수 있을 것이다. * 전 대광고 교목실장 / 종교자유정책연구원 자문위원 93

102 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 Ⅰ. 사립학교의 종교교육으로 인한 학생인권 침해 2004년 6월 대광고 강의석에 의해 제기된 학교 내 종교자유 문제가 우리 사회 에 주요 인권문제의 하나로 대두된 지 8년이 지났다. 당시 대광고 3학년으로 학생 회장이었던 강의석은 매주 수요일 전교생을 대상으로 의무참석이 강요되던 학교예 배에 더 이상 참석하지 않겠다고 공개적으로 선언하였다. 강의석이 이 문제를 제기 하기 전까지 학교 안에서 종교문제로 인해 벌어지는 청소년 인권침해 문제는 우리 사회가 미처 인식하지 못했던 인권의 사각지대로 남아있었다. 헌법이 보장하는 종교의 자유 1) 를 일부 종교계 사립학교가 종교교육 이라는 미명 으로 침해하는 일이 해방 이후 무려 60년이 넘도록 자행되었지만 정작 우리 사회에 서 정의와 인권과 자유를 논하는 담론 가운데 고스란히 빠져있었다는 사실은 양식 있는 교육자와 종교인, 인권단체들의 자성을 요구하는 사건이 아닐 수 없다. 종교문제로 인해 학교 안에서 벌어지는 인권침해 문제에 대해 기성세대들이 거의 인식하지 못했거나 무관심했던 이유는, 소위 종교계 사립학교에서 시행되는 종교교 육은 학교의 당연한 권리라는 통념과, 종교문제라는 성역은 건드리지 않는 게 좋다 는 사회적 인식이 함께 작용하고 있었기 때문일 것이다. 그런 사회적 분위기에서 기성세대의 묵인 내지는 무관심이 쳐놓은 거대한 그물을 찢은 사람은 교육자도 종교인도 아니고 인권운동가도 아닌 한 고3 학생이었다. 강의 석의 저항은 그런 점에서 단지 종교와 학교문제를 넘어 기성세대 전체의 방관 내지는 직무유기에 대해 각성을 촉구하는 저항적 성격을 갖는 획기적 사건이라 할 수 있다. Ⅱ. 강의석의 저항 1. 강의석 사건 개요 강의석 이전에도 학내 종교갈등이 없었던 것은 아니지만 권위와 힘을 가진 학교 를 상대로 학생이 저항에 나선다는 것이 현실적으로 어려웠기에 종교교육에 불만을 가졌던 많은 학생들이 있었음에도 불구하고 학교의 일방적인 강제 교육은 계속되고 있었다. 그러나 강의석이 46일간 단식을 하는 등 끈질긴 저항을 계속하면서 학내 1) 제11조 1 모든 국민은 법 앞에 평등하다. 누구든지 성별ㆍ종교 또는 사회적 신분에 의하여 정 치적ㆍ경제적ㆍ사회적ㆍ문화적 생활의 모든 영역에 있어서 차별을 받지 아니한다. 제20조 1 모든 국민은 종교의 자유를 가진다. 2 국교는 인정되지 아니하며, 종교와 정치는 분리된다. 94

103 공교육 안에서의 종교교육과 인권 柳 相 泰 종교강요 문제가 비로소 사회의 주목을 받게 되었고, 청소년 인권에 대해 눈을 뜨 기 시작한 변화의 시기와 맞물려 우리 사회에 커다란 파장을 일으켰다. 사건의 발단은 2004년 6월 16일(수) 아침 8시 30분경, 서울 소재 대광고등학교 학생회장이며 3학년이었던 강의석이 교내 방송을 통해 학내종교자유 문제와 관련하 여 자신은 예배에 참석하지 않겠다고 선언하면서 시작되었다. 강의석의 양심선언 이틀 후에 7명의 교사로 구성된 대광고 선도위원회는 강의석에게 전학을 권유하기 로 하고, 강의석이 수용하지 않을 경우 일주일 후에 제적시키기로 결의했다. 이 사건은 강의석에 대한 학교의 퇴학처분, 강의석의 단식투쟁과 법적 대응으로 이어지면서 커다란 사회문제로 발전하여 학자연(학교종교자유를위한시민연합)과 종 자연(종교자유정책연구원) 등 시민사회단체를 탄생시키는 계기가 되기도 하였다. 2) 자세한 사건의 내역은 다음과 같다. 2004년 6월 16일, 강의석, 교내 방송을 통해 자신은 예배에 참석하지 않겠다고 선언. 2004년 7월 8일, 대광고, 강의석에게 제적 통보. 2004년 7월 29일, 강의석, 서울북부지방법원에 <퇴학처분효력정지 및 지위보전 가처분 신청서> 제출. 2004년 8월 11일, 강의석, 단식 시작. 2004년 8월 31일, 서울북부지법, 강의석에 대한 대광고의 퇴학처분 효력을 정지 한다고 판결. 2004년 9월 2일, 강의석, 임시학생 자격으로 학교 등교. 2004년 9월 20일, <학교 종교 자유를 위한 시민연합> 발족. 2004년 9월 24일, 대광고 전체교직원회의, 강의석의 주장을 대폭 수용하는 <대 광고 교사 결의문>을 만장일치로 채택. 2004년 9월 25일, 강의석, <대광고 교사 결의문>을 수용하여 46일 만에 단식 해제. 2005년 1월 21일, 서울북부지법, 강의석 퇴학처분 무효 확인 소송 원고승소 판결. 2005년 2월 28일, 강의석, 대광고 졸업. 2. 강의석, 손해배상청구소송 제기 강의석의 행동이 사회의 주목을 받으면서 기성세대는 비로소 학교에서 벌어지는 강제 종교교육이 우리 사회가 풀어야 할 중요한 청소년 인권문제의 하나라는 점을 2) 이 두 단체는 2009년 2월 1일, 종교자유정책연구원 내에 학교종교자유위원회가 자리잡는 방식 으로 통합되었다. 95

104 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 인식하게 되었지만, 강의석이 대광고를 졸업하자 학내 종교자유 문제는 다시 원점 으로 돌아갔다. 강의석은 종교자유정책연구원과 연대하여 2005년 10월 7일 기자회견을 열고 대 광고등학교와 서울시교육청을 상대로 5천만원의 손해배상청구소송을 제기했다. 그 가 손해배상청구를 한 이유는, 학교의 강제 종교교육으로 인권침해 문제가 발생되 었고 학교가 무책임한 변명으로 일관하고 있음에도 불구하고 법적 개선명령이나 처 벌규정이 마련되어 있지 않기 때문이었다. 6년간의 치열한 법정공방 끝에 대법원에서 강의석 승소판결을 내림으로써 이 문 제에 대한 법리적 해석은 일단락되었다. 하지만 법의 최종판결에도 불구하고 학교 현장에서 달라진 것은 아무 것도 없다. 3. 법원의 판결 강의석이 대광고 재단과 서울시교육청을 상대로 낸 손해배상청구소송에 대해 서 울중앙지방법원은 2007년 10월 5일 대광고는 원고인 강의석에게 1500만원을 지 급하라. 고 판결했다. 3) 재판장은 판결에서 종교재단 사립학교가 선교목적으로 학 교를 세웠다 하더라도 학교는 교육기관이므로 교육의 공공성이 우선되어야 한다., 사립학교에서 가르칠 수 있는 종교 교육은 특정 종교의 교리가 아니라 종교에 대 한 보편적이고 객관적인 판단력을 길러주는 것이어야 한다. 고 판시했다. 이 판결은 공교육기관인 학교에서 허용할 수 있는 종교교육의 범위와 방향을 제시했다는 점에 서 큰 의미가 있다. 대광고등학교와 강의석은 모두 판결에 불복하고 항소했다. 2008년 5월 8일에 열 린 서울고등법원 판결에서는 강의석이 패소했다. 당시 재판장 4) 은 대광고 승소 판결 을 내린 이유에 대해 대광고등학교는 기독교정신에 의해 설립되었으며, 설립 당시 부터 기독교정신에 의해 교육할 것을 천명하였다. 는 점 등을 근거로 들면서, 1974 년부터 시행된 교육평준화정책으로 대광고는 학교의 의지와는 상관없이 기독교교육 을 원하지 않는 학생들도 받아들일 수밖에 없었으므로 이 문제는 전적으로 사립학 교의 설립정신을 무시하고 학생을 일방적으로 배정한 국가에 책임이 있다며 학교 는 피해자일 뿐 이라는 대광고의 주장을 수용하였다. 고등법원의 판결에 대해 강의석은 다시 항소했다. 2010년 4월 22일 대법원은 3) 강의석이 서울시교육청을 상대로 낸 소송은 3심에서 모두 기각되었다. 4) 당시 재판장이 개신교 장로라는 점에서 공정성에 대한 문제가 제기되었다. 인선과정부터 판결 까지 논란이 될 만한 부분이 많았지만 대운하문제와 소고기 파동 등 당시의 연이은 대형 사건 에 밀려 강의석 사건은 사람들의 관심 밖으로 점차 밀려났다. 96

105 공교육 안에서의 종교교육과 인권 柳 相 泰 학교가 학생들에게 선택권을 주지 않고 강제로 종교교육을 하는 것은 위헌 이라고 판결했다. 5) 강의석이 학내 종교자유 문제를 제기한 지 6년, 법원에 소송을 낸 지 5 년 만이었다. 하지만 대광고를 비롯한 대부분의 개신교계 사립학교는 여전히 예배와 종교교육 을 제도적으로 강제 실시하고 있다. 대법원 판결 직후인 2010년 4월 28일 전국 개 신교계 사립학교 관계자들로 구성된 기독교학교연합회와 기독교학교협의회는 연합 이사회를 열어, 고교평준화정책이 시행되며 학생선발권이 학교에 없는 상황에서 종교교육을 제한하면 건학이념을 훼손하는 것이나 다름없다. 며 흔들림 없이 의연 하게 대처해야 한다. 는 입장을 밝혀 재판 결과와 상관없이 개신교사립학교의 정체 성을 확고히 지켜나가겠다는 의지를 다졌다. 6) Ⅲ. 대광고등학교의 입장과 그에 대한 비판 대법원 최종판결은 청소년 인권문제와 더불어 앞으로 종교계사립학교의 종교교육 에 지침이 될 중요한 사례이기에, 판결에 기초하여 대광고를 비롯한 개신교계 사립 학교의 신념과 주장의 비합리성을 지적하고 비판하고자 한다. 1. 기독교학교는 학생의 종교자유와 인권을 침해한 가해자가 아니라 국가 주 도의 획일적 교육제도에 의한 피해자 라는 주장에 대하여 대광고를 비롯한 대부분의 개신교계 사립학교 운영자들이 대법원 판결을 받아들 이지 못하는 중요한 이유는, 학교는 가해자이기 이전에 국가가 주도한 획일적 교육 제도의 피해자인데 법정이 그 사실을 간과했거나 무시했다고 생각하기 때문이다. 7) 이런 개신교계 사립학교의 주장은 고등법원에서 지지를 받아 서울고등법원은 강의 석에게 패소판결을 내렸다. 전술한 바와 같이 당시 서울고등법원은 학교 안에서 종 5) 강의석은 소송을 제기하는 시점부터 자신이 승소했을 경우 배상금은 전액 대광고에 돌려주겠다 고 사회에 약속했으며, 대법원 최종 판결로 대광고에서 2천5백여만원(그동안 이자가 붙어 판결 금액인 1천5백만원보다 1천여만원이 많아졌다)을 받게 되자 즉시 학교를 방문하여 기부 의사를 밝혔으나 거절당하여 시민단체인 인권연대에 전액 기증하였다. 배상금이 목적이 아니라 청소년 종교인권 문제를 사회에 알리고 개선하고자 하는 목적으로 소송을 제기한 것이었기 때문이다. 인권연대는 이 기부금을 바탕으로 종교인권상을 신설하여 매년 시상하고 있다. 6) 기독공보, 2010년 5월 4일자 7) 임지봉, 사립고등학교에서의 종교교육과 학생의 인권, 청소년 종교인권, 어떻게 지킬 것인 가? (서울: 종교자유정책연구원, 2011), 21-22쪽. 97

106 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 교자유문제가 발생한 것은 고교평준화 정책에 근본 원인이 있다. 면서 학교도 피해 자이므로 이 문제에 대한 책임은 학교가 아니라 국가에 물어야 한다. 고 판시했다. 그러나 혹 학교도 피해자 라는 대광고의 주장을 일부 인정한다 하더라도, 두 피 해자 중 강자인 학교가 자기 권리만 주장하며 약자인 학생에게 일방적으로 희생을 요구하는 것이 과연 옳은 일일까? 게다가 이 강한 피해자 는 약한 피해자 를 돌볼 책임이 있는 교육기관이다. 학교는 평준화제도에 근본 원인이 있으므로 문제를 제 기하려면 제도를 만든 정부의 교육당국자에게 하라고 주장하지만 교육제도상의 문 제를 학생이 직접 나서서 풀기는 어렵다. 문제가 있다면 교육기관인 학교가 적극적 으로 나서서 정부와 대화하고 해결하는 것이 옳지 않을까? 피교육자인 학생에게 정부 탓이니 우린 모른다. 고 발뺌하는 것은 교육기관으로서 무책임한 태도이다. 2. 대광고는 종교교육을 전체 학생에게 강제하는 것 을 종교교육을 할 권리 로 착각하거나 왜곡하고 있다. 대광고를 비롯한 일부 개신교재단 학교 관계자들의 주장과 고등법원의 판결문을 살펴보면, 그들이 크게 착각하거나 왜곡하는 점이 발견된다. 그들은 특정종교예식 을 전체 학생에게 제도적으로 강요 하는 것을 종교교육을 할 권리 와 혼동하고 있 거나 의도적으로 왜곡하고 있다. 강의석이 제기한 문제의 핵심은 종교교육을 하지 말라. 는 것이 아니라 특정종교예식에 전체 학생들의 참석을 강요하지 말라. 는 것 인데, 학교 운영자들과 고등법원이 이 점을 놓쳤거나 의도적으로 외면했던 것이다. 그들이 학생들에게 선택권 주기를 꺼려하는 이유는, 기독교는 사람이 믿어도 되 고 안 믿어도 되는 여러 종교 중의 하나 가 아니라 모든 사람이 반드시 믿어야 하 는 절대 유일의 종교 라고 생각하기 때문인데, 이런 종교가 한 사회에 둘 이상 존 재하고 자신의 신념을 적극적으로 구현하기 위해 행동에 나서면 그 사회는 파멸을 면하기 어렵다. 다행히 우리나라는 다종교사회이면서도 자신만이 옳다는 배타 종교 가 개신교 이외에는 크게 세력화되지 않았고 이웃종교들의 너그러운 대처로 큰 갈 등은 피해가고 있지만 지구마을 여러 종교와 문화가 급속히 만나는 앞으로의 한국 사회에서는 종교 갈등이 첨예화될 가능성도 배제할 수 없다. 법적 제도적 노력도 중요하지만 개신교인들의 의식의 대전환이 절대적으로 필요한 이유가 되겠다. 3. 선교가 교육에 우선한다. 는 대광고의 신념에 대하여 혹자는 대광고가 종교 재단이 세운 사립학교이기에 종교교육을 할 권리도 인정해 98

107 공교육 안에서의 종교교육과 인권 柳 相 泰 야 하는데 법원이 그 권리를 인정하지 않은 것은 잘못이라고 주장한다. 하지만 그 런 주장은 강의석의 주장을 자세히 이해하지 못해서 생긴 오해이며, 앞서 밝힌 바 와 같이 대광고가 전체 학생에게 종교교육을 제도적 강요 한 것을 종교교육을 할 권리 라고 주장한 데 따른 착각의 결과다. 다시 말하지만, 강의석은 한 번도 종교교육을 할 학교의 권리를 부정한 적이 없 다. 다만 종교교육을 할 학교의 권리가 인정받아야 하는 것처럼 종교를 강요받지 않을 학생의 권리도 인정받아야 하기에, 양자의 권리가 모두 충족되려면 학교가 소 신껏 종교교육을 하되 학생들에게는 선택권을 주어 원하지 않는 학생은 대체과목을 선택하거나 교실에 남아 다른 공부를 할 수 있게 해달라는 것이었다. 그의 주장이 합리적이었기에 법정은 최종적으로 강의석의 손을 들어주었고 판결 에 대해 대부분의 법학자들도 그 타당성을 인정하고 있다. 8) 하지만 기독교인들 중 에는 아직도 강의석이 학교에서 종교교육을 하지 말라. 고 주장한 것으로 잘못 알 고 있는 사람들이 매우 많다. 9) 이처럼 강의석의 요구는 처음부터 줄곧 양쪽의 권리를 동등하게 인정해달라는 것 이었으나 기독교학교와 한국의 주류 개신교회는 기독교인이 되어야만 구원을 받는 다. 는 보수 교리를 견지하고 있었기에 강의석의 요구를 받아들일 수 없었다. 기독 교학교 관계자들은 가능한 많은 학생을 기독교인으로 만드는 것이 기독교학교의 가 장 중요한 사명이라고 생각하여 특정종교의식인 예배 를 국어 영어 수학 등의 정규 과목처럼 수업시간표에 넣고 강제 참석하게 하였다. 하지만 입장을 바꾸어 생각해 볼 필요가 있다. 만일 자신의 자녀들이 불교학교에 배정받아 강제로 교내 사찰에 불려나가 예불을 드리며 부처님께 절하도록 강요받는다면 기독교학교 관계자들이 기꺼이 동의할 수 있을까? 이 문제는 기독교의 중심교리와 관련된 종교사상문제이기에 법이나 제도만으로는 해결점을 찾기가 매우 어렵다. 하여 시민사회단체와 정부 및 관련 기관들의 중재 및 견제도 중요하지만, 이 문제를 명확히 인식하고 있는 개신교 내부의 양심적 지 식인들이 책임감을 갖고 개신교의 배타적 교리를 극복하고 이웃종교와 문화를 존중 하는 열린 종교로 진화시키기 위해 혼신의 노력을 기울이는 일이 반드시 병행되어 야 한다. 그래서 개신교인들의 의식이 보편적으로 깨이고, 우리나라 개신교 주류 교 회들이 교리적 배타 신앙에서 벗어나 창시자의 보편적 인류애 정신을 되찾을 때 비 로소 궁극적으로 해결될 수 있을 것이다. 8) 윤남진, 종교와 종교자유에 관한 법학자 의견조사 보고서, 08 종교자유와 정교분리의 현주 소, (서울: 종교자유정책연구원, 2008), 162쪽. 9) 한미라, 공교육에서의 개신교학교 종교교육의 희생, 공교육에서의 종교교육 이대로 좋은가?, (한국기독교교육정보학회, 2011), 14쪽. 99

108 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 Ⅳ. 개신교 사립학교를 위한 제안 1. 강제 종교교육은 학교 자체에도 유익하지 않을 뿐 아니라 개신교 전체의 위 기를 초래할 수 있다는 사실을 인식해야 한다. 우리 사회에 자기 종교만이 절대 진리를 소유하고 있으며 다른 종교에는 진리가 없거나 상대적일 뿐이라고 확신하는 사람들이 존재한다는 것은 사회의 안녕을 위협 하는 슬프고 위험한 일이다. 더욱 큰 문제는 자신들의 신념을 지구마을 전체로 확 산시켜 전 인류가 공유할 때 비로소 인류의 구원이 완성된다고 생각하여 이웃 종교 와 문화를 있는 그대로 존중하지 못하고 개종을 목표로 공격적 선교를 자행하는 무 서운 현실에 있다. 일부 개신교계 사립학교는 개신교의 이런 보수적 교리와 선교관에 기초하여 선교 가 교육에 우선한다. 는 원칙을 세워놓고 학생들의 개종에 힘을 쏟고 있다. 이렇게 되면 해당 학교는 공교육기관으로서의 기능을 잃게 되고 단지 종교적 신념 구현을 위한 도구로 전락하게 된다. 뿐만 아니라 개신교의 이런 배타적 선교 태도가 천주교 와 불교 등 이웃종교에도 부정적 영향을 끼칠 수 있다는 점에서 더욱 우려스럽다. 10) 현재 일부 개신교 사립학교에서 이루어지고 있는 강제 종교교육은 장기적으로 보 면 해당 학교에도 유익하지 않을 뿐 아니라 한국의 주류 개신교 전체의 위기를 불 러올 수도 있다. 우리 사회에 갈등을 증폭시킬 뿐 아니라 사회의 걱정거리가 되어 상식과 합리적 판단에 따르는 일반 시민들로부터 외면 받을 수 있기 때문이다. 개신교학교 관계자들이 진정으로 기독교의 가치를 소중하게 여긴다면 기독교 정 신을 효과적으로 전하기 위해서라도 제도적으로 강요해선 안될 것이다. 제도적으로 강제한다고 해서 통할 수 있는 시대는 이미 지났기 때문이다. 오히려 강요하면 할 수록 학생들 뿐 아니라 우리 사회 전반에 개신교에 대한 거부감을 확산시킬 뿐이라 는 사실을 개신교학교 관계자들이 하루 빨리 깨달아야 한다. 강제 종교교육은 비효율적이기도 하지만 헌법이 보장하는 종교의 자유를 침해하 는 인권유린 행위이기도 하다. 종교적 행위의 자유는 제한이 가능한 상대적 기본권 인 반면, 종교를 강요받지 않을 자유는 절대적 기본권이기 때문이다. 11) 이제 모든 종교계사립학교는 종교의식에 전체 학생을 강제로 참석시키는 강요행위를 중단해야 10) 박영대, 학교 안 종교교육과 종교간 대화와 협력, 학교 종교교육 어떻게 할 것인가? (서울: 종교자유정책연구원, 2007), 54쪽. 11) 이상수, 종교사학의 자율과 관용의 원칙 에 대한 토론문, 08 종교자유와 정교분리의 현주 소 (서울: 종교자유정책연구원, 2008), 60쪽. 100

109 공교육 안에서의 종교교육과 인권 柳 相 泰 하며, 학교의 설립 목적에 따라 종교의식이 꼭 필요하다고 판단되는 경우라도 학생 개개인의 의사를 충분히 묻고 학생들 스스로 선택하여 참여할 수 있도록 선택권을 주어야 한다. 2. 개신교계 사립대학의 채플이수의무제도에 대하여 학교 내에서 학생들의 인권이 침해당하는 일은 비단 중고등학교에 한정된 것은 아니다. 이제는 논점을 잠시 대학으로 옮겨보고자 한다. 1995년 숭실대 법학과에 재직 중이던 한 학생이 6학기 동안 채플 이수를 졸업요 건으로 정한 학칙이 종교의 자유를 침범한 것이라며, 채플 불참을 이유로 학사학위 를 받지 못한 데 대해 학위수여이행청구소송 을 법원에 제기했다. 당시 1심은 예 배참석의무를 학칙으로 정한 것은 학생들의 신앙을 가지지 않을 자유를 본질적으로 침해하는 것으로 볼 수 없다. 고 판시했고, 1998년 대법원도 신앙을 가지지 않을 자유를 침해하지 않는 범위 내에서 종교교육이수를 졸업요건으로 하는 학칙을 제정 할 수 있다. 고 확정했다. 그러나 강요된 채플에 대한 학생들의 저항은 수그러들지 않았다. 2003년 이화여 자대학교에서 채플반대모임이 결성됐다. 졸업 때까지 매 학기 1학점씩 8학점을 의 무적으로 수강해야 하는 이화여대의 채플에 반대하는 이 모임의 홈페이지에는 신 을 위해 기도할 권리만큼, 기도하지 않을 자유도 있다. 나는 나에게 존재하지 않 는 신을 위해 기도하지 않을 자유가 있다. 는 등 채플이수의무제에 저항하는 글들 이 실렸다. 2003년 명지대학교 인문대학 학생회는 기도하지 않을 권리와 기도할 권리의 평 등 을 주장하며 집단적인 채플 반대운동을 벌였으며, 2004년 연세대학교에서도 연 세대 채플의 자유화를 바라는 사람들 이라는 모임이 결성되어 채플 거부운동을 벌 였다. 2006년 11월에는 숭실대학교 학생 두 명이 예배의식과 크게 다르지 않은 채플을 여섯 학기동안 강제로 들어야 하는 것은 종교의 자유를 침해하는 것 이라며 학교에 학칙 개정을 요구하고 교육부에는 시정명령청구서를 제출했다. 12) 한창 진행 되던 대학에서의 채플반대운동은 2006년 숭실대 사건을 정점으로 일단 가라앉는 분위기다. 2011년 4월에 발생한 이화여대의 채플거부운동은 등록금인상철회를 요 구하면서 대응방안으로 채택된 것이어서 순수한 채플반대운동으로 보기는 어렵다. 채플에 대한 학생들의 저항이 잦아든 이유는 학생들의 눈높이를 고려한 대학의 유연한 대응으로 학생들의 불만이 상당 부분 누그러졌기 때문으로 보는 시각이 많 12) 한겨레신문, 2007년 2월 16일자 101

110 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 다. 각 대학이 종전의 경직된 의식 위주의 채플에서 벗어나 힙합, 뮤지컬, 댄스, 가 스펠 등 지루하지 않고 흥미롭게 참여할 수 있는 다양한 프로그램을 도입했고, 이 처럼 종교 교리와 의식을 강요하지 않는 교양수업식 채플 로 인해 학생들의 호응도 가 높아졌으며, 젊은 층에 인기가 많은 연예인 등 유명 인사를 강사로 초빙하기도 하여 비기독교 학생들 사이에서도 반응이 좋아졌다는 분석이다. 13) 이제 각 대학의 채플은 신나는 노래와 춤, 뮤지컬, 연극, 국악, 무용, 명사와의 대 화 등이 이루어지는 젊은이들의 문화공간으로 빠르게 변신하고 있다. 공부와 시험 에 지친 학생들에게 정신적인 휴양과 더불어 교양인으로서 필요한 감각까지 갖추게 해주니 한편으로 다행스럽고 고맙게 느껴지기도 한다. 개신교 사립대학의 이런 파격적인 시도와 그로 인한 채플 형태의 변화는 개신교 사립 중고등학교의 예배에도 점차로 유입 적용되고 있다. 하지만 학생들의 기호를 배려하여 눈높이를 맞춘 대학의 이런 시도가 과연 바람 직하기만 한 것일까? 또한 내용을 유연하게 한다고 해서 강제참석제도의 문제가 사 라지는 것일까? 학생들과의 소통을 통해 즐겁게 참여하는 채플 로 승화시키려는 각 대학의 노력에도 불구하고 채플이수의무제는 여전히 많은 문제점을 안고 있다. 3. 제도로 강제하지 말고 내용으로 승부하라. 중고등학교와 대학교를 망라하여 예배 형태의 변신을 통해 현재의 위기를 극복하 고자 시도하는 개신교 사립학교 운영자들과 함께, 또한 기독교정신을 구현하고자 설립한 학교를 배후에서 지원하는 한국 교회 지도자들과 함께 꼭 짚고 싶은 문제가 있다. 과연 학생들의 기호에 맞춘 변형된 예배가 바람직한 것일까? 예배라는 말의 대용으로 쓰는 채플이란 단어는 원래 작은 예배당 또는 부속 예 배당 을 뜻하는 말이다. 다시 말해서 원래 채플은 기독교정신을 토대로 설립된 학교 에서 교직원과 학생들이 함께 인격신 에게 경배하기 위해 마련된 것이다. 그렇다면 엄밀한 의미에서 신에 대한 경배의식 이 빠진 채플을 채플 이라고 할 수 있을까? 기독교는 절대자를 인격신으로 고백하며 그 인격신과 종교적 또는 영적으로 교류하 는 종교다. 예배의식을 통해 인격신에 대해 사랑을 고백하고 헌신을 다짐하며, 성직 자를 통해 간접적으로 신의 음성을 듣고 자신의 죄를 고백하고 뉘우치기도 한다. 이런 요소는 인격신종교에서 종교의식의 필수요소다. 종교의 예식은 독특한 특성을 갖고 있다. 특히 기독교와 같은 인격신 종교의 예 배는 세속문화로 대체할 수 없는 신성한 그 무엇이 있다. 신에 대한 경배, 정숙하고 13) 한겨례신문, 2006년 4월 19일자 102

111 공교육 안에서의 종교교육과 인권 柳 相 泰 엄숙한 가운데 이루어지는 영성의 체험, 절대자 앞에 자신을 돌아보고 뉘우치며 새 로운 삶을 결단하는 삶의 전환 등이 이루어질 때 비로소 예배라고 할 수 있는 것이 다. 이것을 세속문화로 대체할 수 있는 것일까? 종교계 사립대학에서 이루어지는 채플문화의 변화에 대해 갖는 우려는 제도의 껍질을 지키기 위해 내용을 바꾸었다 는 데 있다. 이것은 주객이 전도된 것이다. 기독교의 예배의식이 세속문화로 대체해 도 좋을 만큼 별 볼 일 없는 것 은 아니다. 젊음의 발산은 좋다. 춤도 노래도 교양강좌도 다 좋다. 그러나 그것이 예배 또는 채플 이라는 이름으로 행해지는 것을 기독교의 인격신 은 과연 어떤 마음으로 내려 다보고 계실까? 어쩌면 그것이 기독교의 종교적 품위를 떨어뜨리고, 하느님 은 물 론이고 경건하고 거룩해야 할 예배 자체까지 모독하는 것은 아닐까? 예배의 중심내용을 희생해가면서까지 예배 형태를 변형시키는 개신교 중고등학교 운영자들과, 채플을 교양필수과목으로 고수하여 모든 학생을 강제로 참석시키는 개 신교 대학 운영자들, 또한 그렇게 해야만 기독교 정신이 유지된다고 믿는 한국 교 회 지도자들은 그것이 정말로 효과적인 선교방법인지, 또한 기독교학교의 설립이념 에 충실한 것인지 진지하게 고민해 보아야 할 것이다. 미국의 하버드대학은 1986년 의무채플을 중단했다. 일본의 대표적인 기독교학교인 도시샤대학은 이미 60년대에 채플이 자율화됐다. 개인적인 생각을 밝히자면, 이제 우리도 선교는 교회에 맡기고 학교는 교육기관 이므로 교육만 열심히 하면 좋겠다. 길게 보면 그것이 선교적인 측면에서도 더욱 효과적일 것이라고 생각한다. 하지만 학교에서 예배의식을 꼭 진행해야 한다면 원 하는 학생들만 자율적으로 참여하게 하라고 권하고 싶다. 그것이 학생들에게 완전 한 종교의 자유를 허락하는 바람직한 선택이며, 기독교학교로서의 품위도 지키고, 또한 기독교가 사회의 존경을 받는 종교로 거듭날 수 있는 가장 좋은 방법이라고 생각하기 때문이다. Ⅴ. 종교조직으로부터 자유로운 중립적 종교교육과정이 개설되어야 한다 현재 중고등학교에서의 종교교육은 종교계사립학교에만 해당되는 영역으로 알고 있는 사람들이 많다. 하지만 선택과목으로서의 종교과목은 비종교계 사립학교와 공 립학교도 개설할 수 있다. 중고등학교 과정에서 종교의 순기능과 역기능을 제대로 가르치는 객관적이고 중 립적인 종교교육이 이루어진다면, 종교가 파행으로 치닫는 경우에라도 시민들이 이 103

112 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 를 충분히 인식하고 제어할 수 있는 힘을 갖게 될 것이다. 특정 종교를 신앙하는 사람들 역시 자기 종교 안에서 이루어지는 배타적이고 독선적인 교리에 일방적으로 세뇌당하지는 않을 것이다. 이런 점에서 종교교육이 종교재단을 배경으로 설립된 종교계 사립학교 중심으로 이 루어지는 작금의 현실은 바람직하지 않다. 오히려 보다 많은 비종교계 사립학교 뿐 아니라 국공립학교에서도 적극적으로 종교과목을 개설할 필요가 있다. 이것은 우리 사회의 건강한 발전을 위하여, 나아가 지구마을 전체의 평화와 공존을 위하여 매우 중요하다. 객관적이고 중립적인 시민교육으로서의 종교교육이 확산될 필요가 있다는 인식은 종교학을 전공한 학자들 가운데서도 폭넓게 공감대를 형성해가고 있다. 14) 하지만 아직까지 비종교계 학교에서 종교과목을 개설하는 경우는 거의 없다. 그 주된 이유는 종교과목이 환경이나 철학 등 다른 과목과 복수개설해야 하는 복수선 택과목이라는 점과, 그에 따라 학생들의 의사를 묻고 학급을 나누어 편성하는 데 따르는 행정적 어려움, 담당 교사 확보 등 재정적 어려움이 결합되어 있기 때문이 다. 이와 같이 넘어서야 할 난제가 남아있기는 하지만 중립적 종교과목 개설 문제 는 그 모든 어려움을 돌파하고 구체화시킬만한 충분한 이유와 가치가 있다. 결국 객관적이고 중립적인 종교교육과정 개설의 필요성에 대한 교육계와 사회 전반의 인 식 변화와 함께, 과목을 개설하고 실행할 수 있는 구체적 여건 마련이 중요하다. 이렇게 하면 어떨까? 각 시도 교육청 차원에서 관할 고등학교에 공문을 보내, 비 종교계사립학교와 국공립학교에서도 종교과목을 개설할 수 있다는 것을 충분히 알 리고 15), 개설 방법에 대해 자세히 설명하며, 종교과목을 선택할 경우 교실 증설이 나 교사 채용에 필요한 재원을 지원하겠다는 의지를 보여 과목개설을 적극 권고하 는 것이다. 현실적으로 가장 어려운 문제는, 종교과목이 복수개설되어 종교과목을 선택하는 학생으로 학급을 이루는 학교가 나온다 하더라도, 한 학교에서 불과 한 두 개 학급 밖에 개설할 수 없는 경우가 발생할 수 있다는 점이다. 그 한 두 개 학급을 위해 단위학교에서 종교교사를 채용하기는 쉽지 않다. 하지만 교육청 차원에서 종교과목 교사를 직접 채용하여 관할 학교의 종교교육을 책임지면 이 문제는 어렵지 않게 해결할 수 있다. 예컨대, 해당 교육청 관할 학교에 서 종교과목 개설을 희망할 경우 5 10개 학급을 묶어 교육청 소속의 교사를 파견 하여 순회 교육하도록 하는 것이다. 14) 김재영, 시민교육으로서의 종교교육, 한국 종교교육 제도개선을 위한 세미나 (한국종교학회, 2011), 6쪽. 15) 제7차 교육과정에서는 <종교>를 복수선택과목으로 개설할 수 있도록 명시되어 있다. 104

113 공교육 안에서의 종교교육과 인권 柳 相 泰 이렇게 하여 종교가 갖는 순기능과 역기능을 중고등학생들이 충분히 이해하고 대 처할 수 있도록 교육하면, 우리 사회는 훨씬 합리적인 사회가 될 것이며, 종교로 인 한 갈등도 줄어들 뿐 아니라 갈등이 발생하더라도 적절히 대처할 수 있는 능력을 갖게 될 것이다. 105

114 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 참고문헌 김재영, 시민교육으로서의 종교교육, 한국 종교교육 제도개선을 위한 세미나 (한 국종교학회, 2011). 박영대, 학교 안 종교교육과 종교간 대화와 협력, 학교 종교교육 어떻게 할 것인 가? (서울: 종교자유정책연구원, 2007). 윤남진, 종교와 종교자유에 관한 법학자 의견조사 보고서, 08 종교자유와 정교 분리의 현주소 (서울: 종교자유정책연구원, 2008). 이상수, 종교사학의 자율과 관용의 원칙 에 대한 토론문, 08 종교자유와 정교분 리의 현주소 (서울: 종교자유정책연구원, 2008). 임지봉, 사립고등학교에서의 종교교육과 학생의 인권, 청소년 종교인권, 어떻게 지킬 것인가? (서울: 종교자유정책연구원, 2011). 한미라, 공교육에서의 개신교학교 종교교육의 희생, 공교육에서의 종교교육 이대 로 좋은가? (한국기독교교육정보학회, 2011). 106

115 공교육 안에서의 종교교육과 인권-강제 종교교육을 고수하는 개신교 사립학교를 중심으로 논평 고병철 *16) 1. 이번 학술대회의 주제는 종교교육과 인권 이다. 학교의 종교교육에 관해 관심 을 가지고 있었던 필자에게는 매우 반가운 주제였다. 인권 이라는 개념과 범주로 학교의 종교교육에 대해 새로운 이야기가 나올 수 있지 않을까라는 막연한 기대감 이 있었기 때문이다. 특히 이 논문과 관련해서는, 발표자만의 경험이 인권 차원에서 어떻게 해석될 수 있고, 그런 해석이 학교의 종교교육에 대해 새로운 안목을 제공 하는 실마리로 이어지지 않을까라는 기대감이 있었다. 2. 이 논문에 실린 내용과 발표자의 주장은 비교적 명확한 편이다. 따라서 별도로 그 내용을 요약하기보다, 아래의 목차를 일별( 一 瞥 )해보면 논문의 내용과 발표자의 주장을 짐작할 수 있다. Ⅰ. 사립학교의 종교교육으로 인한 학생인권 침해 Ⅱ. 강의석의 저항 1. 강의석 사건 개요 2. 강의석, 손해배상청구소송 제기 3. 법원의 판결 Ⅲ. 대광고등학교의 입장과 그에 대한 비판 1. 기독교학교는 학생의 종교자유와 인권을 침해한 가해자가 아니라 국가 주 * 한국학중앙연구원 선임연구원 107

116 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 도의 획일적 교육제도의 의한 피해자 라는 주장에 대하여 2. 대광고는 종교교육을 전체 학생에게 강제하는 것 을 종교교육을 할 권리 로 착각하거나 왜곡하고 있다. 3. 선교가 교육에 우선한다. 는 대광고의 신념에 대하여 Ⅳ. 개신교 사립학교를 위한 제안 1. 강제 종교교육은 학교 자체에도 유익하지 않을 뿐 아니라 개신교 전체의 위기를 초래할 수 있다는 사실을 인식해야 한다. 2. 개신교계 사립대학의 채플이수의무제도에 대하여 3. 제도로 강제하지 말고 내용으로 승부하라 Ⅴ. 종교조직으로부터 자유로운 중립적 종교교육과정이 개설되어야 한다. 발표자에 따르면, 이 논문의 목적은 강제 종교교육으로 청소년 인권을 침해하는 개신교 사립학교 문제의 궁극적 해결을 위해 두 가지 방안을 제시하는 데 있다. 첫 번째 방안은 개신교 내에서 깨어있는 지식인들의 자성운동을 통해 개신교 주류 세 력이 배타적 교리에서 벗어나 창시자가 가르친 인류애 정신을 회복하는 것이다. 두 번째 방안은 종교의 순기능과 역기능을 중고등학생들이 충분히 배울 수 있도록 종 교계와 교육계에 종사하는 분들이 뜻을 모아 객관적이고 중립적인 종교교육과정을 마련하는 것이다. 이 논문의 내용과 주장은 기존의 연구에서 다루어졌기 때문에 새로운 것이라고 보기 어렵다. 다만, 발표자가 제시한 첫 번째 방안은 기존의 논문에서 보기 드문 주 장이 아닐까 생각한다. 3. 외부인의 입장에서 본다면, 논평자는 특정 종교계 사립학교에 대한 발표자의 주장에 대해 특별히 동조하거나 반론할 근거가 없다. 발표자의 주장에는 발표자가 제시한 첫 번째 방안에서 짐작할 수 있듯이, 해당 종교를 아끼려는 내부자의 시선 이 담겨 있고, 그것이 논평자의 시선과 엇갈리고 있기 때문이다. 그럼에도 불구하 고, 이 논문을 읽으면서 생긴 고민거리들을 공유하는 차원에서 네 가지 정도만 언 급하고자 한다. 첫째, 공교육의 범주 안에 포함된 사립학교(종립학교)에서 종교교육을 강제할 수 없다. 는 입장을 취하려면, 사립학교(종립학교)의 자율성 실현 부분에 대해서도 어느 정도의 고려가 필요하지 않을까? 국가에서 전교생을 대상으로 종교교육(신앙교육) 을 하기 위해 설립된 종립학교에 교육을 위탁 하면서(공교육), 희망자에게만 종교교 108

117 <공교육 안에서의 종교교육과 인권-강제 종교교육을 고수하는 개신교 사립학교를 중심으로> 논평 고병철 육(신앙교육)을 진행하라는 등의 규제를 가했을 때 종교교육을 통한 자율성 이라는 설립 당시의 취지는 어떻게 실현될 수 있을까? 둘째, Ⅳ-1장과 관련하여, 종교의 자유 가운데 종교를 강요받지 않을 자유가 절 대적 기본권이기 때문에 학생에게 선택권을 주어야 한다면, 제도적으로 어떤 방법 과 조치가 필요할 것인가? 물론 발표자는 Ⅴ장에서 학생의 의사 파악과 학급 편성 등에 따르는 행정적ㆍ재정적 어려움을 해소하기 위한 교육청 차원의 역할을 서술하 고 있다. 그런데 그와 관련하여 교육청 차원에서 종교교사를 채용한다고 했을 때 채용에 따른 기준과 방법은 무엇일까? 또한 교육청이 채용할 수 있는, 특히 발표자 가 말하는 객관적ㆍ중립적 종교교육을 담당할 수 있는 종교교사의 수는 어느 정도 가 될까? 셋째, Ⅳ-2장, Ⅳ-3장에서 발표자는 신에 대한 경배의식이 빠진 채플, 예배의 중심내용을 희생해가면서까지 예배 형태를 변형시키는 것 을 비판하고 있다. 그런데 대학교의 경우, 졸업에 도움이 되고(pass 또는 학점 이수), 재미까지 있다면 좋다는 학생의 의견도 만만치 않다. 물론 해당 대학교의 종교와 무관한 학생들의 의견이다. 그에 대해 어떻게 평가할 수 있을까? 넷째, Ⅴ장과 관련하여, 발표자는 종교의 순기능과 역기능을 제대로 가르치는 객 관적이고 중립적인 종교교육, 또는 종교조직으로부터 자유로운 객관적이고 중립적 인 시민교육으로서의 종교교육 이 이루어지고 확산될 필요가 있다는 입장을 취한다. 이런 입장에 대해 여러 생각이 든다. 1기존의 연구자들이 이런 당위적인 주장을 제시한 바 있다는 점을 감안하면, 이제는 당위적인 주장보다 실천에 필요한 구체적 인 방법이 필요하지 않을까? 물론 논문의 끝에 실천적인 부분이 일부 서술되어 있 다. 2발표자가 종교의 순기능과 역기능을 제대로 가르치는 것을 강조하면서 이를 객관적이고 중립적인 종교교육과 연결시키고 있는데, 양자 사이에는 어떤 연관성이 있을까? 이런 부분은 오히려 사회교육이나 도덕교육에서 종교현상을 주제로 삼았을 때 중점적으로 다루어질 수 있는 것이 아닐까? 3시민교육으로서 종교교육이라고 했을 때 그 교육목적은 무엇일까? 이 자리에 있는 분들 가운데 시민교육으로서 종 교교육을 받지 못한 경우도 많을 텐데, 이분들은 어떻게 시민 이 되었을까? 혹시 아직 시민 이 되지 못한 것일까? 전반적으로 시민교육에 대한 개념 정리, 그리고 시민교육과 종교교육의 연관성에 대한 고민이 선행되어야 하지 않을까? 이상은 논평자가 발표자의 옥고를 읽으면서 들었던 고민거리들이다. 발표자와 참 석자들과 공유했으면 하는 차원에서 적은 것이다. 끝으로 종교교과교육에서 인권 감수성 이 하나의 주제가 될 수 있다는 생각을 하면서 논평을 마치고자 한다. 109

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119 한국 근ㆍ현대 샤머니즘과 인권 I -구한말 개항기와 일제 강점기의 샤머니즘과 인권- 박일영 *17) Ⅰ. 서론 본고는 한국의 근ㆍ현대화 과정 중 그 전반기에 해당하는 구한말 개항기와 일제 강점기 동안 샤머니즘이 인권에 미친 영향을 탐구한 것이다. 필자는 우선 한국 근ㆍ 현대사를 큰 변동요인이 있었던 변곡점을 기준으로 4시기로 구분하였다. 그 기간 중에 각각 특징을 달리 하는 샤머니즘과 인권의 상호 관계를 살펴보고자 한다. 첫 번째 시기는 구한말 개항기이다. 샤머니즘이 조선 성리학의 중압으로부터 벗 어나 근대로 이행하는 과정에서 정체성을 찾고자 노력하던 시기였다. 서구에서 전 래된 그리스도교의 영향 등 근대화 사조와 더불어서, 민중에게도 인권 의식이 출발 하는 시점이라는 특징을 갖는 시기라고 할 수 있다. 구한말 개항기는 한국의 전통 사회가 해체되면서 내부적으로 봉건체제에 대한 반감이 심화되고 서세동점에 의한 타율적 개항과 근대 문물이 가져다준 충격으로 엄청난 변화를 겪고 있던 시기였다. 19세기 이후 주자학의 절대성이 무너지면서 새로운 사조에 대한 모색이 시도되고 있었다. 기존 성리학 일변도의 유교에 염증을 느낀 이들을 중심으로 양명학, 실학 및 서학 등 새로운 사상을 수용하는 흐름이 대두되었다. 유교적 질서의 붕괴는 지 배자 계급의 몰락을 의미하였다. 민중에게는 동학과 증산 계열을 비롯하여 정감록 신앙이나 미륵신앙, 남조선 신앙 등의 민간신앙 내지 민중종교가 확산되었다. * 가톨릭대학교 종교학과 교수 111

120 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 특히 갑오경장을 기점으로 하여 유교 사회는 실질적으로 해체기로 들어가게 된 다. 조선은 일견 성리학이 통치이념이 된 유교 사회처럼 보였으나, 이는 지배자 계 층에 국한되는 현상이었다. 이 시기에도 민중에게는 샤머니즘으로 대표되는 민중종 교가 더 호소력 있게 다가왔다고 할 수 있다. 또한 샤머니즘은 남성 중심사회 안에 서 여성들에게 독립적인 공간을 인정해 주는 역할을 제공하기도 하였다. 무당이 주 관하는 굿이 일반 민중은 물론이고, 사대부 집안이나 궁중에서도 여인들을 중심으 로 공공연히 행해졌던 것이다. 두 번째 시기는 일제 강점기( )이다. 일제가 조선의 전통문화를 말살시 키려는 과정에서 샤머니즘이 겪었던 혹독한 핍박과 그에 맞서 끈질긴 생명력을 보 여주던 시기였다. 민족 말살의 위기 앞에서 개인의 인권보다는 민족의 생존과 정체 성 보존이 중요한 시기였다. 효과적인 식민지 통치를 위해 일본 제국주의는 한반도 에서 종교가 민중 결집의 구심점으로 작용하는 것을 방지하는 데 온 힘을 기울였 다. 일제는 1915년에 소위 공인 종교 의 범위를 정하였는바 신도, 불교, 기독교로 한정하였다. 샤머니즘을 위시하여 60여개의 종교는 유사종교 단체로 분류하여, 보 안법의 적용과 경찰의 강력한 단속을 받게 만들었다. 1919년 3.1운동 이후 일제는 통치 방식을 달리한다. 1920년대에 들어서서는 무당 을 통제하는 단체들이 등장하면서 새로운 국면을 맞이하게 된다. 이 시기 샤머니즘의 실상은 일제의 교묘한 종교정책에 한없이 무력한 모습과 동시에 그 속에서나마 살아 남으려는 몸부림을 볼 수 있다. 특히 3.1 독립운동을 계기로 하여 군중이 모이는 것 을 싫어한 일제는 산신제, 기우제, 별신제 같은 민족전래의 제의를 위생 또는 치안을 이유로 금압하고, 미신이라 해서 집회를 불허하고, 강제로 해산시키기도 했다. 과학사 상, 기계문명의 영향과 더불어서 일제의 문화말살정책은 샤머니즘을 쇠퇴케 하는데 결정적으로 작용하였다. 일제는 한반도를 영구히 식민지화하기 위하여 한국 전통문화 와 역사의 연구에 본격적으로 착수하고, 실상을 왜곡 조작하는 작태를 벌였다. 이리 하여 식민지 시기 내내 샤머니즘을 날조하고 폄하하는 태도를 보이게 된다. 본고에서는 이상의 두 시기에 국한하여 샤머니즘과 인권의 문제를 다루고자 한 다. 본고에서 미처 못 다룬 해방 이후 시기의 샤머니즘과 인권은 후속 연구에서 다 룰 예정이다. 해방 이후 시기 중 전반기는 미군정 시기와 새마을운동 시기로 대표 되는 경제개발 위주의 산업화 시대이다. 샤머니즘으로서는 미신타파와 전통문화 보 호라는 이율배반적인 정책 사이에서 기로에 서 있었던 시기였다. 후반기는 민주화 가 시대의 화두가 되면서, 민족 문화의 고유 가치를 되찾고자 하는 맥락에서 샤머 니즘이 전통문화로서 재조명되는 시기이다. 해방 이후에도 이웃종교의 인권에 대한 공헌 못지 않게 샤머니즘 고유의 역할과 공헌이 있었을 것으로 사료된다. 112

121 한국 근ㆍ현대 샤머니즘과 인권 I 박일영 Ⅱ. 구한말 개항기 외세에 의해 타율적으로 이루어진 근대화는 민중의 고뇌와 아픔을 치유해 주었던 샤머니즘과 민간신앙을 미신으로 치부하며 대척점에 서게 되었다. 특히 서구 제국 주의 세력에 의한 사회구조의 강제적 변혁과 서양 의술의 발달로 샤머니즘의 영향 력은 점차 감퇴되기 시작했다. 샤머니즘이 이제 서구의 근대화 및 기술문명, 서양 종교의 도전을 받아 생존을 모색해야 했던 새로운 변혁기였다. 1. 구한말 개항기 샤머니즘의 동향 조선시대에는 샤머니즘과 관련하여 공식적이고 조직적인 단체의 결성은 불가능하 였던 것으로 보인다. 소규모로 친목의 성격을 갖는 계모임 등은 있었을 것으로 추 정된다. 함경북도에 조선조 말엽까지 30여명의 남무들이 관의 허가를 얻어 양씨를 계장으로 하여 무계( 巫 契 )를 조직하였는데 친목, 권업, 장학, 상부상조를 위해 만들 었다고 한다. 제주도에는 신방청 이라는 무당 조직이 있었다. 경기 재인청( 京 畿 才 人 廳 )에 봉안된 선생안은 건륭( 乾 隆 ) 49년(서기 1784년)에 작성되었으며, 전라남도 나 주 신청에 봉안된 선생안이 가경( 嘉 慶 ) 5년(서기 1800년)에 작성된 것으로 확인되 고 있다. 1). 조선시대 무격( 巫 覡 )의 수는 정확한 통계가 없어 알 수 없다. 다만 순조 재위 시 ( ) 무세 통계에서 유추해 보면 전국의 무당 수는 1,517명이다. 여기에서 황해도, 함경도, 평안도는 빠져있다. 그렇다면 실제로 전국의 무당 수는 대략 2천 명 정도이었을 것이다. 여기에 또 화랭이, 양중, 박수, 법사 등으로 불린 남자 무당 과 무부( 巫 )는 가산하지 않았다. 남녀 무당의 현재 비례에 비추어보아, 남자의 비 율을 3할 정도로 보면 당시 무격의 전체 숫자는 2,700명 정도이다. 무세를 내지 않 았던 조무( 助 巫 )와 무적에 올리지 않고 탈세한 무당이 상당수 있었다고 가정하면, 그 수는 4-5천명으로 추정이 되기도 한다. 2) 1897년 서울 지역의 무당의 숫자는 약 1,000명으로 보고된 기록이 있기도 하다. 당시 서울 인구가 20만 명 정도임을 감안하면, 인구 200명당 한 명꼴로 무당이 있었다고 볼 수 있다. 3) 서양 선교사들의 샤머니즘에 대한 민속지적 보고서가 이 시기를 전후해서 나타나 기 시작했다. 선교사들은 서구문화의 색안경을 끼고 그리스도교의 교세 확장이란 1) 아키바 타카시, 최길성 역, 조선 무속의 현지 연구, 계명대학교 출판부, 1987, ) 한국문화사 대계(Ⅵ), 고려대학교 민족문화연구소, 1978, 93 참조. 3) 독립신문, 1897년 1월 7일자 논설. 113

122 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 선교목적에 따라 연구를 진행하였다. 이에 따라 샤머니즘에 대한 연구는 호교론의 수준을 벗어나지 못하였다. 그리하여 샤머니즘을 처음부터 빨리 청산되어야 할 미 개적인 종교나 원시적 미신이라고 폄하하였다. 그러나 이 시기에도 예외는 있었다. 한국 최초의 샤머니즘 연구가라 할 수 있는 난곡은 민족주의적 색채를 띠고 연구를 하여 대조를 이루고 있다. 한말 지식인으로 만 알려진 난곡의 저서 무당내력 4) 은 굿의 제차를 묘사한 채색화와 이에 대한 설 명을 붙인 필사본으로 한국 샤머니즘에 대한 최초의 본격적인 민족지(ethnography) 자료라고 평가할 수 있다. 난곡은 샤머니즘의 기원이 하늘의 신인 환인과 환웅, 그 리고 시조인 단군을 모시는 신교( 神 敎 )에 있다고 주장한다. 5) 이러한 연구 노선은 일제 강점기 샤머니즘 연구자들인 이능화, 최남선에게서도 그 맥이 발견되고 있다. 헐버트(Homer. B. Hulbert)가 지은 The Korean Mudang and Pansu (1903) 는 당시 서울에서 발간된 서양인 선교사들의 기관지 Korea Review 에 연재했던 내용을 묶어서 발간한 것이다. 거기에서 그는 한국에서 무당과 판수는 민간신앙 내지 원시종교의 대표적인 두 유형이며 무속은 주로 하층민과 여성들에게 지배적이 며 상류층 사람들은 무당과 관계를 맺으려 하지 않는다. 6) 는 말을 하고 있다. 언 더우드(Horace G. Underwood)는 그의 책 The Call of Korea (1908)에서 한국 인들의 종교생활 일반을 소개하면서 샤머니즘에 대해서도 함께 다루었다. 무당이 황홀경 상태에 빠져 인격전환을 하는 요소 등을 강조하고 있다. 그러나 샤머니즘을 확대 해석하여 무당뿐만 아니라 천제단, 고인돌, 미륵신앙 등 원시종교 내지 민간신 앙 현상 모두를 샤머니즘에 포함시키는 혼선을 빚고 있다. 7) 헐버트나 언더우드가 처음으로 한국 샤머니즘을 학문적인 대상으로 선정하여 체 계적인 기술을 한 공로는 인정이 되나, 그리스도교적인 시각에서 샤머니즘에 접근 하여 적지 않은 편견을 남기기도 하였다. 이처럼 서양 선교사의 눈에는 샤머니즘이 그리스도교 선교를 위해 한국에서 하루 바삐 청산해야 할 미신과 우상숭배로만 비 쳐졌다. 이러한 태도는 오늘날까지도 그리스도교계에 대부분 그대로 남아있다. 2. 이중구조 속에 생존하는 샤머니즘 조선은 유교주의 국가를 표방하였다. 갑오경장 이전에는 샤머니즘에 대한 지배층 의 탄압이 지속되었다. 금무( 禁 巫 )의 법령을 정하고 무당을 성 밖으로 추방하는가 4) 연대 미상. 1885년에 간행된 것으로 추정. 5) 김성례 외, 한국종교문화연구 100년, 1999, ) 박일영, 그리스도교에서 본 무속신앙, 종교신학연구, 서강대학교 종교신학연구소, ) 위의 글,

123 한국 근ㆍ현대 샤머니즘과 인권 I 박일영 하면, 무당들을 민중으로부터 고립시키기 위한 조치들이 시행되었다. 사대문 안에서 의 모든 무당 의식을 금하였다. 무당들을 도성 밖으로 내쫓았으며, 이러한 지시를 따르지 않는 무당들을 벌하였다. 무속과 관련된 서적들을 소각하기도 하였다 8). 무 당들은 사회계급 중 최하위인 팔 천민 중의 하나로 전락하여, 비천한 사회적 신분 은 능력을 발휘하지 못하게 되는 족쇄로 작용하였다. 그러나 그러한 모습은 일부에 국한된 표피적 현상이었다. 그 이면에는 유교뿐만 아니라 무, 불, 선으로 불리는 재 래종교들도 엄연히 자리를 함께 하고 있었다. 갑오경장 이후에는 과학기술문명과 그리스도교의 전파로 샤머니즘은 그 맥이 끊 기는 듯하였다. 근대화를 외치던 당시 지식인들은 민중을 대상으로 대대적인 미신척 결운동을 전개하였다. 근대화의 사상을 적극적으로 전파했던 주체는 당시의 언론이 었다. 미국에서 유학하고 돌아 온 서재필 등은 대한제국의 근대화 기수로 자처하면 서 독립신문을 발간하여 민중들을 계몽해 나갔다. 독립신문에 나타난 샤머니즘 관련 기사는 1896년부터 1899년 동안 독립신문의 총 발간 횟수 776회 중 62회나 되었 다. 샤머니즘은 무식한 사람이 이치 없는 일을 바라는 것이며, 사람에게 피해를 주고 있다고 비난하였다. 무당은 백성을 속여 재물을 뺏는 사악한 존재로 묘사되고 있다. 샤머니즘 의례는 사람 속이는 일로 비하하고 있다. 또한 경무청의 미신타파, 구습타 파 활동에 관한 기사를 지속적으로 실어서 부정적인 견해를 더욱 확산시키고 있다. 9) 그럼에도 불구하고 샤머니즘은 민중들 사이에서 여전히 성행하였다. 이 시기에도 샤머니즘은 강인한 생명력을 보여 주고 있다. 1897년 당시 독립신문의 보도에 의하 면, 백성들이 극성스러워서 공무원들도 모르는 체하는가 하면, 당굿에 추렴을 하지 않은 기독교 신자 가구를 마을에서 쫒아내려 하였다는 기사가 남아 있다. 또 1898 년에는 경 읽는 것을 고발한 시민에 대하여 무당들이 오히려 책망한 일도 있었다. 공무원이 무당을 집안에 불러 놓고 기도하다가 파면당한 사실도 있다. 심지어는 무 당을 데리고 사는 경찰관이 다른 무당은 굿을 못하게 하고 자기가 데리고 사는 무 당만 의례를 하게 한다 10) 고 고발하기도 한다. 이처럼 샤머니즘은 전국 각지에서 성 행하고 있었다. 궁중의 무의( 巫 醫 )는 고종 시대에도 존속되었다. 명성황후는 굿을 좋아하여 진령 군, 현령군이라는 무당을 우두머리로 하여 전국의 무당들을 조직하고자 시도하였었 다. 황후는 고종과 세자 순종의 장수와 축복을 팔도명산에 빌기 위해 대원군이 십 년간 쌓아 놓은 국고를 1년도 채 못 되어 비게 할 정도였다고 한다. 명성황후가 죽 8) 유동식, 한국 무교의 역사와 구조, 연세대학교 출판부, 1981, ) 아키바 타카시, 앞의 책, ) 한성각, 무속에 관한 독립신문의 사회교육적 견해에 대한 연구, 연세대학교 교육대학원, 1990, 에서 재인용. 115

124 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 은 후에 무당들은 그녀를 무신( 巫 神 )으로 받들게 되었다. 지금도 인왕산 국사당에는 그녀의 신상을 걸어 놓고 있다. 11) 1898년 10월 18일자에는 함경도 무녀가 궁중에 천거되어 기도소를 배설하고 관의 인사작업까지도 영향을 미쳤으며, 영남 출신의 어느 무당은 궐내에 무단으로 출입하다가 체포되었는데, 군부위관의 첩이라는 사실 이 밝혀졌다고 한다. 12) 이와 같이 샤머니즘이 비공식적으로는 지배계층에서까지 성 행했음을 보여주고 있다. 3. 인권 의식의 출발점 샤머니즘은 한 편으로 민중의 가슴 속에 오래도록 그 생명력을 유지하면서, 다른 한 편으로는 뿌리 깊은 저항의식의 기저를 형성하고 있었다. 기득권 세력에 대하여 저항하고, 무력한 이들의 목소리를 대변해 온 민중종교가 바로 샤머니즘이다. 예를 들면 음력 5월 5일(단오)을 전후해서 벌어지는 강릉 단오제에서 연희되는 가면극이 있다. 원래 탈춤이 없는 것을 관가에서 애석히 여겨, 관노들을 시켜 연희하게 하였 다. 이를 관노 가면극 이라 한다. 이 가면극은 대사가 없는 무언극이 특징인데, 민 중의 자발적 필요에 의해서가 아니라 지배자의 강요에 의하여 마지못해 하는 시늉 을 내었기 때문이라는 것이 일반적인 해석이다. 그러나 그 속내를 들여다보면, 다른 해 석이 가능하다. 즉, 허울 좋은 유교사회의 지배자들에게 억울한 설움을 당하고 있던 자 들이 내어놓고 말을 하지 않으면서도 무형의 저항을 하고 있다는 해석이 가능하다. 13) 한국의 신종교는 해원사상을 토대로 한다. 신종교는 지배계급으로부터 억눌려온 민중의 한과 외세열강으로부터 짓밟혀 온 민족의 한을 해원시키고자 노력한다. 한 국 신종교의 공통사상인 개벽사상과 지상천국 신앙, 그리고 구세주 신앙과 선민사 상은 맺힌 한을 풀려는 해원의식의 표출이라고 할 수도 있다. 14) 한국의 대표적인 신종교는 동학(후에 천도교로 개명)과 증산계열의 종교이다. 동학 천도교는 인내천 을 대표적인 교리로 하고 있고, 증산사상은 해원상생과 천지공사를 통한 후천선경 을 핵심교리로 삼고 있다. 동학의 창시자인 최제우는 이른바 접신( 接 神 )의 경험을 하였고, 증산은 민중의 염원인 해원을 통해 그의 이상을 전개하고자 하였다. 최제우가 겪은 강렬한 종교체험 15) 이 논학문에 이렇게 나와 있다. 몸이 몹시 떨 11) 유동식, 한국 무교의 역사와 구조, 연세대학교 출판부, 1981, 220 참조. 12) 한성각, 앞의 논문, 103에서 재인용. 13) 박일영, 종교 간의 갈등과 대화, 종교신학연구, 서강대학교 종교신학연구소, 1989, ) 노길명, 한국 신흥종교 연구, 경세원, 1996, ) 최제우의 종교체험은 그 기본구조상 샤머니즘의 그것과 다른 것이 있는데 그것은 무당은 신이 내릴 때 자기 인격을 잃어버리고 신과 하나가 되어 신의 말을 전해주는 반면 최제우는 자신의 116

125 한국 근ㆍ현대 샤머니즘과 인권 I 박일영 리면서 밖으로 접령하는 기운이 있고 안으로 강화의 가르침이 있으되, 보였는데 보 이지 아니하고 들렸는데 들리지 아니하므로 마음이 오히려 이상해서 수심정기하고 묻기를 어찌 하여 이렇습니까? 대답하기를 내 마음이 네 마음이니라. 사람이 이를 어찌 알리요. 사람이 이를 어찌 알리요... 너에게 무궁무궁한 도를 미치게 하노니 이 를 닦고 다듬어서 그 글을 지어 사람을 가르치고 그 법을 바르게 하여 덕을 펴면 너로 하여금 장생하여 천하에 빛나게 하리라. 이를 보면, 최제우가 접신경험을 한 후에 하느님에게 받은 내용이 바로 내 마음이 네 마음이라는 메시지이다. 동학 시 대에는 인간이 하느님을 모시고 하느님을 기른다는 사상으로, 그리고 천도교 시대 에는 인내천 사상으로 발전하여 인간존중의 표현을 극대화하고 있다. 샤머니즘의 종교체험 형태가 최제우를 통해 근대 인권사상의 발단을 제공한데 일조를 하였다. 증산의 경우에도 샤머니즘적 요소가 잘 드러난다. 그의 사상의 핵심은 해원사상 과 천지공사이다. 한국인의 무의식 세계에는 해원사상이 잠재되어 있는 것으로 알 려져 있다. 즉 한국인의 의식, 윤리, 종교 심성 등에는 해원사상이 밑바탕을 이루고 있다. 한국의 샤머니즘도 해원을 주요기능으로 삼는 것으로 평가된다. 16) 증산의 행 적이 기록되어 있는 대순전경에는 해원상생에 대해 선천에는 상극지리가 인물, 사 물을 지배하므로 모든 인사가 도의에 어그러져 원한이 쌓이고 삼계에 충일하여... 만고의 원을 풀고 상생의 도로써 선경을 열고 조화도량을 세워... 라고 기록되어 있 다. 그런데 이 해원에 참여하는 대상은 천지와 신명은 물론이고 여성해방문제까지 도 거론이 되고 있다. 17) 샤머니즘 사상은 증산에 의해 새롭게 해석되고 있다고 볼 수 있다. 여기에서는 인간존중이라는 상대적으로 좁은 범위가 아닌 인간과 인간, 인 간과 신령, 신령과 신령, 또 천지만물의 해원을 염두에 두고 있는 것이다. 샤머니즘은 여성과 밀접한 관계에 있다. 전체 무당 가운데 여자 무당의 비율이 7 할 정도이며, 신도인 단골도 대부분이 여성이다. 대부분의 종교에서 남성들이 지도 자 역할을 하며 종교의례를 주관하는 것도 남성인 데 반해, 굿판에서는 종교적 사 제 역할을 여성인 무당이 주관하고 있다. 또 여자 무당이 굿을 할 때 갓을 쓴다는 사실 18) 도 주목할 만하다. 전통사회에서 여성에게는 착용이 금지된 갓을 종교의례를 빌미로 하여 파격적으로 씀으로써 남성 지배 사회에 대한 여성들의 도전과 반항의 의미가 들어 있다고 보인다. 19) 인격을 유지한 채 상제라고 불리는 존재와 대화를 나눈다는 점이라고 주장하는 학자도 있다. 16) 김열규, 원한의식과 원령신앙, 증산사상연구 5, 증산사상연구회, ) 배용덕, 증산신학개론, 증산사상연구회, 1982, 참조. 18) 전통사회에서 갓을 쓴다는 것은 엄격한 사회적 지위와 체제의 상징이다. 그것은 기혼, 양반, 남 자라는 삼중의 자격을 갖춘 인물이 사용하는, 권위를 상징하는 물건이다. 19) 박일영, 한국 무교의 이해, 분도출판사, 1999,

126 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 전통적으로 여성은 모든 것을 인내하면서 살아야 하였는데 신병에 걸리고 무당이 되면, 신이 들렸다는 이유로 남자는 물론이고 신분이 높은 사람에게도 큰 소리나 반말을 마음대로 할 수가 있다. 무당들뿐만 아니라, 무의( 巫 儀 )를 진행하는 동안 집 안의 여성들도 주인공이 된다. 굿이 열리면 집안의 남정네가 참여하지 않는 것은 아니나, 대개 뒤로 물러나 소극적으로 임한다. 즉 샤머니즘의 의례를 통하여 여성들 은 가부장적인 사회구조 속에서 여성 주관으로 치루는 해원을 실현했던 것이다. Ⅲ. 일제 강점기 일본 제국주의자들은 일본인 학자들을 동원하여 식민지 정책의 효과적 수행을 위 하여 민간종교 연구의 일환으로 샤머니즘을 연구하였다. 한반도의 샤머니즘을 원시 적이고 속된 미신이라는 뜻을 내포하는 무속 으로 규정하였으며, 민간신앙 내지 민 중종교를 통한 피지배자들의 결속을 두려워 한 나머지 혹세무민의 유사종교로 몰고 가는 이론을 개발하였다. 1. 일제 강점기 샤머니즘의 동향 전국적인 조직망을 가진 무당 조합이 1920년 6월 1일 김재현 등에 의해 숭신인 조합( 崇 神 人 組 合 )이라는 명칭으로 발족되었다. 경성에 본부를 두고, 각 지역에 80여 개의 지부를 두어 소속 회원들에게 금품을 강요하였다. 20) 그러나 이 조합은 운영의 미숙으로 얼마 못 가서 해체되고 말았다. 21) 1922년에는 신리종교( 神 理 宗 敎 )라는 단 체가 설립되어 단군과 천조대신을 숭배했다. 이후에도 교정회( 矯 正 會 ), 성화교( 聖 化 敎 ), 영신회(0 神 會 ), 서선신도동지회( 西 鮮 神 道 同 志 會 ) 등의 단체조직이 생겨났다. 22) 일제가 1930년에 경찰을 통해서 실시한 통계 23) 를 보면 전국의 무당 수는 12,000여 명으로 나타난다. 그러나 이 자료에는 13개 군의 통계가 빠져 있으므로, 무당의 수는 더 늘어날 것이다. 조선조 순조 때의 5천명보다 2배 이상으로 무당의 숫자가 늘어났다. 이러한 사실이 보여주는 바는, 무당의 실제 숫자가 그만큼 급속하 게 증가했다기보다는 일제의 경찰조사가 그만큼 철저하였던 것으로 생각된다. 성별 20) <동아일보>, 1922년 4월 18일자. 21) <동아일보>, 1927년 6월 5일자. 22) 김태곤, 한국 무속의 연구, 집문당, 1991, ) 村 山 智 順, 朝 鮮 の 巫 覡, 朝 鮮 總 督, 1932,

127 한국 근ㆍ현대 샤머니즘과 인권 I 박일영 로 보면 여자 무당이 전체의 67%, 남자 박수가 33%를 차지하고 있어서 무당이 압 도적으로 많은 수를 차지한다. 24) 도 명 무격수(명) 인구 10만에 대한 비율(명) 도 명 무격수(명) 인구 10만에 대한 비율(명) 경 기 도 1, 강 원 도 충 청 북 도 홍 해 도 1, 충 청 남 도 1, 평 안 북 도 1, 전 라 북 도 평 안 남 도 전 라 남 도 1, 함 경 북 도 경 상 북 도 함 경 남 도 경 상 남 도 합 계 12, 조선 총독부는 통치 정책의 참고자료를 얻기 위하여 조선총독부의 지원 아래, 관 의 촉탁 형식으로 각 방면의 조사 사업을 진행하였다. 그 중 샤머니즘 분야에 관한 자료는 주로 무라야마 지준( 村 山 智 順 )에 의해 수집. 출판되었다. 그의 대표적인 업 적으로는 조선의 귀신 (1929), 조선의 무격 (1932), 조선의 점복과 예언 (1933), 조선의 부락제 (1937) 등이 있다. 그 외에도 경성제국대학[서울대학교의 전신] 인 류학 교수였던 아키바 타카시( 秋 葉 隆 )를 들 수 있다. 그는 인류학적 현지조사 방법 론을 바탕으로 샤머니즘을 연구하였다. 아카마츠 지조( 赤 松 智 城 )와 공저로 조선무 속의 연구 (1937/1938)를 상하권으로 출판하였다. 일본인의 식민주의적 샤머니즘 연구의 특징 중 하나는 민간전승인 무조( 巫 祖 ) 전 설을 중심으로 논하고 있다는 점이다. 샤머니즘의 기원을 단군신화를 중심으로 탐 구하고자 했던 민족주의 진영의 한국인 학자들과는 노선을 달리하고 있다. 또한 아 키바의 연구에서는 한국 샤머니즘의 특징으로 여성성, 농촌성, 평화주의, 가족주의 를 말하면서 25) 그 후진성을 강변하고 있다. 이러한 연구 자세는 일본인들의 왜곡된 연구를 해방 이후까지 무비판적으로 받아들인 많은 한국인 연구자에게 지배적으로 영향을 끼쳤다. 한 편, 한국인 학자들 중 일부는 민족주의적 관점에 입각하여 샤머니즘의 기원이 한민족의 시조인 단군에게까지 거슬러 올라간다고 주장하기도 하였다. 일제의 강점 이후 항일 독립운동에 헌신했던 김교헌, 박은식, 신채호 등 근대 민족주의 지식인들 은 문헌 고증학적인 방법론을 통하여 샤머니즘에 대한 연구를 심화시켰다. 그들은 샤 머니즘의 기원을 한민족의 신화적 조상인 삼신(환인, 환웅, 단군)의 숭배에서 찾는 24) 한국문화사 대계(Ⅵ), ) 김성례 외, 앞의 책,

128 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 다. 26) 또한 3.1운동 실패 후 이능화와 최남선이 주도한 1920년대 샤머니즘 연구는 일제의 새로운 식민정책인 문화 동화정책에 맞선 문화적 민족주의 운동의 성격을 갖 는다. 여전히 샤머니즘의 신화적 기원을 단군에서 찾고 있는 것은 이전의 연구자들과 공통된다. 하지만 중국, 일본, 만주를 비롯한 아시아 전역의 샤머니즘과 비교를 통해 서 한국 샤머니즘의 지정학적 위치와 세계사적 위상을 규명하는데 주력하였다. 27) 최남선은 살만교 답기 (1927), 불함문화론 (1928) 등 일련의 연구 성과를 통해 단군신화 및 고대 샤머니즘에 나타난 민족정신의 원류를 발견하고자 하였으며, 주 변 민족들의 원시종교와 비교연구를 통해 한국 샤머니즘의 성격과 위치를 밝히려 하였다. 이능화는 조선 무속고 (1927), 조선 신교 원류고 (1922) 등에서 한국 샤 머니즘에 관한 문헌자료를 모으고 본인의 의견을 첨가하여 정리하였다. 신채호는 그의 주저 조선상고사 (1931) 중에서 고대 샤머니즘의 연원과 그 역사적 변천 과 정 등을 문헌 고증학적 방법으로 해석하여 한국사에서의 고대 샤머니즘의 의미와 역할을 밝혔다. 손진태는 조선 상고문화의 연구 (1927)외 수 편의 저서. 논문 및 자료집을 통하 여 종교민속학적 토대 위에서 샤머니즘과 관련되는 신앙. 풍속을 연구 발표하였다. 특히 그는 연구방법론에 다양한 학설들을 도입함으로서 민속 및 샤머니즘 연구에 현대 학문의 과학적 방법론을 본격적으로 도입한 인물이다. 송석하도 손진태와 함 께 샤머니즘 연구에 쌍벽을 이룬 인물이다. 이미 1920년대 초반부터 현지답사에 임 함으로써 한국 민속학자로서 최초로 본격적인 현장조사를 시작한 그는 현지조사와 자료발굴 내지 보존에 중점을 두는 학문적 공헌을 하여 연구 및 분석에 비중을 두 었던 손진태와 그 당시 민속학 정립에서 상보적인 역할을 하였다. 28) 동 시기 샤머니즘 연구에서 한 가지 간과하지 말아야 할 사실이 하나 있다. 한국 민속과 일본 민속의 공통점을 강조하는 이능화의 입장에 대하여서는 일제가 주장한 문화 동화정책과의 연관성을 살펴볼 필요가 있다. 반면에 최남선의 경우는 일제의 문화적 식민화에 대응하는 새로운 민족종교론을 주장하고 있다. 더 나아가 단군과 무당을 역사적으로 연결시켜 무당을 조선 문화의 상징으로 삼고, 단군신앙의 광명 사상을 고신도 라고 부르기도 했다. 그는 단군을 한민족 천신 신앙의 교조로 부각 시킴으로써 일본에 의한 조선의 식민지 지배를 정당화하는 일선 동조론을 반박하였 을 뿐만 아니라, 조선 문화가 일본보다 우세함을 증명하는 반식민적 민족주의의 논 리적 근거로 보았다. 29) 26) 김성례 외, 한국 종교문화 연구 100년, 청년사, 1999, ) 위의 책, ) 김인회 외, 한국 무속의 종합적 고찰, 고려대학교 민족문화연구소, ) 김성례 외, 앞의 책,

129 한국 근ㆍ현대 샤머니즘과 인권 I 박일영 개신교 선교사 클라크(C. A. Clark)는 그의 책 Shamanism, Religion of Old Korea (1929)에서 한국 샤머니즘에 관한 민족학적 방법론을 원용한 연구 결과를 내어 놓 았다. 그의 한국 샤머니즘 연구는 그 동기가 종교적으로 미개한 한국문화에 기독교 를 전파하기 위해서는 이 땅에 가장 오랫동안 뿌리박아 온 원시종교를 없애버리겠 다는 태도에서 나왔다. 30) 결론적으로, 한국의 샤머니즘에는 지고신의 개념이 없으 며, 윤리의식과 죄의 개념이 빠져 있다. 그러면서도 영혼의 불멸성은 믿고 있다는 것이다. 이러한 특징을 지니는 한국 샤머니즘은 좀처럼 소멸되지 않을 것이나 이 은자의 나라를 위하여서는 가능한 한 그 시간이 빨리 오기를 희망한다. 31) 고 말한 다. 이렇게 그는 그리스도교적 관점에서 샤머니즘을 비판하면서 샤머니즘은 이 땅 에서 하루 빨리 사라져야할 부정적 전통으로 이해하고 있다. 2. 일제의 샤머니즘 말살정책 일제는 샤머니즘의 말살을 위해 전 방위적 탄압을 가해왔다. 샤머니즘 활동을 경 찰법에 의해 통제했고, 민간단체의 설립을 통해 무격들의 동태파악 및 감시를 하였 으며, 굿판 현장에 경찰이 들이닥쳐 굿상을 장화로 짓밟고 무당들을 체포해 가는 일도 수시로 자행하였던 것이다. 샤머니즘 말살정책을 단적으로 보여주는 일은 남 산에 있던 국사당을 인왕산으로 옮기고, 그 자리에 그들의 조선신궁을 세웠던 사건 이다. 일제가 남산에 조선신궁을 세우면서, 샤머니즘의 총본산 격이었던 국사당은 강제로 현재의 인왕산으로 옮겨졌다. 32) 이처럼 일본의 신도와 조선의 샤머니즘은 근본적으로 양립할 수가 없었다. 일제의 샤머니즘 탄압은 일본 신도와의 경쟁 양상 을 띤 것이었다. 샤머니즘은 1910년대의 구관( 舊 慣 ) 조사에서는 음사로 규정되어 경찰법 처벌규칙(1912년)에 의하여 단속을 받고 있었다. 조선시대에 존재하던 스승 청, 슨방청, 신청, 재인청 등 조선의 샤머니즘 조직들은 일본 천리교 등의 조선 포 교에 의해서도 와해되어 갔다. 33) 이처럼 일제는 샤머니즘의 잠재력을 파악하고 근 본적으로 말살하려 했으며, 더 나아가 개종의 대상으로 파악하고 있었다. 1910년대 일제가 자행한 샤머니즘 통제에는 자국 내에서 전개한 미신타파운동의 연장이라는 면과 식민지 지배의 논리가 동시에 작용하고 있었다. 조선총독부는 1912년 3월 25일 경찰법 처벌규칙을 정해 조선의 유사종교 를 단속하였다. 실제로 그 규칙은 명치시기 일본 내의 유사종교로 규정된 종교 형태들을 단속하였던 법령을 30) 김인회 외, 앞의 책, ) 박일영, 그리스도교에서 본 무속신앙, 서강대학교 종교신학연구소, 1989, ) 유동식 외, 한국종교사상사, 연세대학교 출판부, 1998, ) 최석영, 일제하 무속론과 식민지 권력, 서경문화사, 1999,

130 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 조선 식민지에 적용시킨 것이었다. 유사종교와 관련된 항목은 제1조의 제22항과 제 23항이다. 즉 감히 길흉화복을 말하고 또는 기도, 부주 등을 하고 혹은 수찰류( 守 札 類 )를 수여하여 사람을 현혹케 할 만한 행위를 한 자 (제 22항)와 병자에 대하여 금압( 禁 壓 ), 기도, 부도 혹은 정신요법 등을 행하거나 또는 신부( 神 符 ), 신수( 神 水 ) 등으로써 의료를 방해한 자 (제23항)는 구류 또는 과태료에 처하도록 되어 있었다. 조선총독부는 조선에 있어서도 신도, 불교, 그리스도교만을 종교로 규정하고 그것 들을 학무국의 종교과 관할 하에 두었으나, 유사종교는 경찰국의 관할 하에 두었다. 이 규칙을 한 조항이라도 범한 자는 구류 또는 과태료에 처하였다. 1912년까지의 약 1년간의 처벌 건수를 보면 일본인이 2,188건, 조선인이 2,783건, 중국인이 79건 으로 총계 5,050건이었다. 34) 또한 그 법률에 의하여 1918년 8월까지 경찰에 의하 여 단속 받은 매복업자의 수는 579명으로 나타났다. 35) 이처럼 샤머니즘을 유사종 교로 분류함으로써 수시로 통제가 가능한 경찰국의 관리 하에 두어 견제를 하였던 것이다. 3. 한민족의 정체성 수호 일제는 무당이 굿을 할 때 등록증을 장구통에 달아 놓고서야 굿판을 벌일 수 있 게 하였다. 아울러 무당의 신당에는 신도의 천조대신을 샤머니즘의 신령들보다 윗 자리에 모셔 놓고서야 무업을 하도록 하였다. 이것은 일제가 한국 샤머니즘의 전통 성과 그 신령을 인정하면서도, 신도의 지배 아래 두려고 시도하였음을 보여준다. 샤 머니즘은 이런 치욕적인 상태로나마 신앙의 뿌리를 지켜왔다. 36) 당시 동아일보의 관련기사를 살펴보면, 평양경찰서에서는 시내에서 굿이나 경을 읽는 행위에 대해서는 엄중히 단속을 하고 있지만, 인가가 없는 시외의 일정한 장 소에서 밤 12시 이전까지 굿을 하는 것에 대해서는 허용하고 있다. 37) 함흥의 시내 거리 한 가운데에 숭신조합 지부의 간판을 걸고 무녀들이 활보하고 있어도 경찰이 묵인하고 있었다. 38) 1927년 6월 10일 경상남도 개천 군우리에서는 단오에 당굿의 개최를 청년들이 중지해 달라는 진정서를 경찰 당국에 제출했으나 당국에서는 어찌 할 수 없다는 답변이어서 그날 밤 굿 장소로 청년들이 몰려가는 것을 경관들이 제 지시켰다는 기사도 있다. 39) 34) 조선총독부, 시정연보, 194년 3월, ) 조선총독부, 통계연보, 1918년, ) 유동식 외, 앞의 책(1998), ) <동아일보>, 1922년 8월 19일자. 38) <동아일보>, 1925년 2월 25일자. 122

131 한국 근ㆍ현대 샤머니즘과 인권 I 박일영 오랜 전통이 있는 마을굿은 여전히 거행되었다. 1931년에 조사한 부락제 의 통 계는 다음과 같다. 504개 지방의 부락제 를 다시 분류해 보면 산신제계 176, 동신 제계 126, 성황제계 79로 된다. 이것으로 1930년대의 마을굿의 상황을 짐작할 수 있다. 각종 제사가 500여 개 소에서 지역공동체를 중심으로 거행되고 있었다는 사 실은 샤머니즘 신앙이 표면상으로는 쇠퇴하고 있었으나, 실제 내용상으로는 건재하 였다는 점을 알 수 있다. 40) 경기도 충청 충청 전라 전라 경상 경상 평안 평안 함경 함경 강원도 황해도 북도 남도 북도 남도 북도 남도 북도 남도 북도 남도 합계 년대 일제의 한국에 대한 식민지통치 방침이 1919년 3월 1일 독립만세운동 의 발생을 계기로 새로운 전기를 맞이하게 되었다. 일본군부의 무단통치에 대해 일 본 내의 비판과 함께 1920년대 이후 일제는 조선통치의 방침은 일본의 제도 등을 조선에 적용하려는 방향으로 나갔다. 그에 따라 다시 조선의 구관 조사를 진행하였 는데 1923년에는 소위 무속 도 조사의 대상에 포함되었다. 1925년 조선 신궁의 건립은 일제의 신도가 조선으로 침투했음을 의미한다. 신궁 이 설치되었던 초기에는 총독을 비롯한 관료들의 관심이 낮았다. 1930년대에 들어 서서는 황민화 정책이 구체적인 양상을 띠기 시작하면서, 신사 정책의 현실적인 중 요성이 강조되었다. 조선의 샤머니즘이 조사 과정에서 고유 신앙으로 주목받게 된 것은 조선총독부 촉탁들의 인식과 결코 무관하지 않다. 조선의 샤머니즘이 일본의 원시신도의 잔존이라는 가설은 1910년 이전부터 일본 내의 학계로부터 제기된 일 선동조론을 뒷받침해 주는 문화의 진화이론이다. 또한 1920년대 무속 의 위치 규정에 관여하였던 조선총독부의 촉탁과 경성제국대 학 교수들이 1930년대 심전개발 정책을 추진하는데 무속신앙 을 충분히 이용할 것을 제안하였다. 41) 특히 조선총독부가 일본 내의 학자를 통해 조선의 무속을 조사시키게 했다. 그 조사의 목적은 조선의 샤머니즘 가운데서 일본의 원시신도와 유사점을 발견 하여 일본의 신도와 조선의 무격을 정책적으로 관련시키려는데 있었다. 42) 일제의 종 교정책이 바뀔 때마다 샤머니즘을 활용하려는 시도가 있어 왔으며, 이는 조선의 샤머 니즘을 빼 놓고는 식민지 통치가 어려움을 역설적으로 나타내고 있기도 하다. 39) <동아일보>, 1927년 6월 14일자. 40) 한국문화사 대계(Ⅵ), ) 최석영, 앞의 책, ) 위의 책,

132 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 일제의 강점 이후 한민족의 염원은 바로 민족의 정통성을 찾는 것이었으며, 이는 곧 빼앗긴 나라를 되찾는 일이었다. 1936년 8월 5일에 미나미 지로우가 총독으로 취임한 후 착수한 것은 신사에 관한 법률의 개정 및 공포였다. 그 중 1938년 9월 에 개최된 시국대책 조사회의 <자문답신안시안>( 諮 問 答 申 案 試 案 )에는 18항목에 걸 친 대책안이 제시되어 있다. 여기에는 조선통치에 공로가 있을 뿐만 아니라 조선 에서 국난 시에 순사한 사람을 제신으로 하는 초혼사 또는 신사를 국비로써 창립하 여 충군애국의 의표로 삼을 것 이라고 하여 제신의 대상이 충군애국까지 확대되고 있었다. 또한 조선 샤머니즘과 일본 신도의 관련성은 1930년대 후반에 보다 강조되 었다. 종교에 있어서도 지도 통제를 도모하기 위하여 불교, 기독교, 유교 이외에 유 사종교를 일본종교에 합치시킬 것을 제시하였다. 43) 그것은 앞에서도 살펴본 바와 같이, 조선 샤머니즘이 민중의 염원을 간직한 종교 임을 누구보다 잘 인지하면서도 애써 종교의 테두리에조차 넣지 않았던 초기의 식 민지 정책에서도 잘 드러난다. 또한 민족독립을 위해 저항하였던 가장 큰 종교 세 력은 바로 증산계열 종교, 천도교, 대종교 등이었다. 그러한 저항의 근저에 바로 한 민족의 심성을 형성하였던 해원사상과 단군에 대한 숭배사상이 있었음은 주지의 사 실이다. 동시기에 있어 조선 샤머니즘은 일본의 국가종교인 신도와 일본종교들의 침투에 대한 민족 정체성 확보를 위한 방파제 구실을 하였다고 할 수 있다. 일제 강점기는 국호도 상실된 상태에서 망국민의 설움을 안고 지내야 하는 시기 였다. 당연히 한민족의 뿌리를 형성하고 있던 샤머니즘은 식민정책의 틀 안에서 억 압과 말살의 대상이 되기도 하고, 일제의 황국신민화를 위한 심전개발 정책에 활용 하기 위한 유화책의 대상이 되기도 하였다. 일제 치하에 전국 각지에서 무당들이 활동하고 있는 상황과 한 해에만 500여 회의 마을굿이 열린 이유는 무엇이었을까? 나라를 잃은 설움을 종교의례로 달래었을 것이고, 굿을 통하여 민족이 하나임을 재 확인했을 터이다. 남녀노소가 풍악에 맞추어 무감을 섰을 것이고, 무가의 가사에서 한 맺힌 설움을 토해내었을 것이다. 제의가 끝날 때쯤이면 나라를 되찾는 꿈을 꾸 었을 것이다. 일제 강점기 샤머니즘은 민족자존의 담지자로서 한민족의 인권을 위 하여 시련을 겪은 열사의 종교였다고 할 수 있다. Ⅳ. 결론 지금까지 한국 근ㆍ현대사 중에서 그 전반기에 해당하는 구한말과 일제 강점기 43) 위의 책,

133 한국 근ㆍ현대 샤머니즘과 인권 I 박일영 동안에 샤머니즘과 인권의 관계를 살펴보았다. 샤머니즘과 인권은 어쩌면 서로 생 소하게 보일 수 있는 주제이다. 샤머니즘은 대체로 서구식 인권 개념과 무관한 문 화적 요소로 인식되어 왔다. 샤머니즘이 조선 시대에는 유교에 의해 핍박을 받고, 일제 시대에는 식민지 지배논리로 왜곡되어 왔으며, 해방 후에는 기독교의 우상타 파와 정부의 미신타파라는 이중의 굴레 속에서 제대로 조명을 받아 본 적이 없다는 의미도 되겠다. 그럼 샤머니즘이 근ㆍ현대사 안에서 인권에 미친 영향과 향후의 과 제는 무엇인가? 첫째, 샤머니즘 현상을 지칭하는 통일된 용어가 정립되어야 한다. 샤머니즘을 지 칭하는 용어에 따라서 샤머니즘이 처한 현실과 위상이 드러나기 때문이다. 무속 이 라는 명칭은 구한말 이능화에 의하여 민간의 풍속이라는 의미로 사용되었다. 44) 일제 시대 일인학자들에 의해서는 원시 농촌사회의 미신이라는 왜곡된 의미로 무속, 무속신앙 으로 불리어졌다. 그리스도교 신학자인 유동식은 샤머니즘을 한 민족의 뿌리 깊은 민중종교로 타종교와 동격으로 인정하고 존중한다는 의미에서 무교 라는 용어를 최초로 사용하였다. 45) 조흥윤은 무당들 스스로가 신앙현장에서 부르는 명칭을 존중한다는 의미에서 무 라고 부를 것을 주장하고 있다. 46) 샤머니즘 을 지칭하는 용어가 어떻게 정립되는가에 따라 샤머니즘과 관련되는 구성원들에 대 한 대우와 조직의 위상도 달라질 것이다. 둘째, 샤머니즘이 지니고 있는 유기체적인 세계관을 재조명하는 과제이다. 샤머니 즘에서는 신령들이 인간과 멀리 떨어져 있는 존재가 아니다. 신령은 인간과 대화하 고 인간의 고민을 해결해 주는 친근한 존재로서 다가온다. 또한 이들 신령은 인간 에 비하여 월등히 뛰어난 존재로 나타나기보다는 지극히 인간적인 모습으로 나타난 다. 신령들은 선신과 악신이라는 명확한 구분보다는 인간의 대우 여하에 따라 선하 게도 혹은 악하게도 작용이 된다. 신령은 자연물의 모습으로도 나타나기 때문에 생 태환경도 파괴나 개발의 대상이라기보다는 더불어 사는 존재의 하나로 파악된다. 47) 인간에서 있어 신령은 달래거나 부리거나 떼를 쓸 수 있는 친근한 존재로, 자연은 인간이 돌아가야 할 고향으로 인식된다. 인간 본위의 무한개발로 생태환경이 무참 히 파괴되는 세계 속에서 더불어 살아가는 지혜의 전승 이라는 측면에서 접근해야 할 것이다. 48) 44) 이능화, 서영대 역주, 조선무속고. 역사로 본 한국 무속, 창비, 2008, ) 유동식, 한국 무교의 역사와 구조, 연세대학교 출판부, 1975, 표지. 46) 조흥윤, 무-한국 무의 역사와 현상, 민족사, 1997, ) 박일영, 생태환경에 대한 샤머니즘 신봉자들의 인식에 대한 연구, 종교교육학연구 25, 2007, 참조. 48) 박일영, 지혜의 체험과 전승, 한국무속학 9, 2005,

134 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 셋째, 샤머니즘의 해원사상이 다문화, 다종교의 한국 사회에서 각 종교문화 간의 대화와 협력을 촉진시키는데 이바지하는 점을 인식하여야 한다. 동학의 창시자인 최제우는 강신무의 접신경험과 흡사한 종교체험을 함으로써 인내천의 기본사상을 제창하였다. 강증산은 해원상생을 통하여 남녀평등사상, 삼계(신, 인간, 자연)의 조 화를 위한 인간의 중요성을 강조하였다. 이처럼 샤머니즘의 해원사상은 종교백화점 인 한국에서 종교 간의 갈등을 방지하는 데 상당한 공헌을 했다. 앞으로는 다문화, 다종교의 한국 사회에서 각 종교문화 간의 대화와 협력을 촉진시키는데 큰 기여를 해야 할 것이다. 넷째, 샤머니즘이 지닌 여성에 대한 배려를 현대적 가치로 재평가하여야 한다. 일 제시대에는 샤머니즘의 후진성을 말하기 위해 여성과 하층민의 종교라고 폄하하였 다. 그러나 실상을 보면 다르다. 대다수의 종교는 남성 성직자와 남성 위주의 종교 의례라는 형태를 띠고 있다. 그러나 샤머니즘에서는 사제자의 대부분이 여성인 무 당이고, 오늘날에 이르기까지 무당과 단골 관계를 맺고 있는 것은 집안의 여성들이 다. 이처럼 샤머니즘에서는 타종교의 남성 위주 모습과 달리 여성이 주도하고 있다 는 점은 여성 존중과 인권이라는 측면에서 시사하는 바 크다. 다섯째, 기득권에 저항하는 샤머니즘의 민중적 성향에 대한 연구이다. 조선시대 기혼, 남성, 양반 이라는 삼중 권위의 상징이었던 갓을 여자 무당이 쓰고 굿을 함으 로써 양반 위주의 남성 중심 사회에 대해 비판의 메시지를 전하였다. 일제시대에는 일본의 신도에 대응하는 조선의 전통문화담지자로서의 역할을 담당하였다. 샤머니 즘은 각 시기마다 미신과 우상타파의 대상으로, 전근대의 상징으로 치부되면서 기 성체제로부터 탄압을 받아왔다. 그러나 샤머니즘은 어느 틈엔가 기성체제에 저항하 는 중심에 우뚝 서 있었다. 예를 들면 유교나 그리스도교가 샤머니즘을 미신으로 여겨 우상 타파의 대상으로 여겼지만, 오히려 유교의 몰락과 그리스도교의 무속화 는 중요한 연구 주제가 되고 있다. 여섯째, 샤머니즘이 지닌 공동체 윤리의 활성화이다. 샤머니즘의 핵심은 굿이라고 말한다. 특히 마을굿은 축제와 화합의 장으로서 신령과 인간과 중개자인 무당을 하 나로 엮는 역할을 한다. 지역 공동체의 구성원들 사이에 벌어지는 파벌과 계층에 따른 소외와 분열을 굿을 통해 해소하고 대동의 축제로 어우러지게 만드는 것이다. 고삐 풀린 개인주의와 무한정한 욕망의 분출만이 능사인 듯이 보이는 후기 현대, 신자유주의의 광풍 속에서 샤머니즘의 원초적 종교성이 보여주는 세계윤리로서의 가능성을 열어가야 할 시점에 서 있다고 보인다. 49) 다종교, 다문화 시대인 오늘날 샤머니즘에 대해서 기성 체제나 기존의 연구가 지녔던 자기 본위의 선입관과 편견 49) 박일영, 샤머니즘에서 본 욕망의 맞이와 풀이, 종교교육학연구 31, 2009, 참조. 126

135 한국 근ㆍ현대 샤머니즘과 인권 I 박일영 을 버리고 현대인이 잃어버린 원초적 영성을 간직한 종교로서 재조명 하게 되면, 샤머니즘이 지닌 풍부한 문화적 가치를 메마른 현대의 대지 위에 양분으로 제공할 수 있을 것이다. 본 연구에서 미처 다루지 못한 해방 이후 산업화 시기와 민주화 시기의 샤머니즘 과 인권의 관계에 대한 각각의 특징에 대한 연구는 다음 기회로 미루어 둔다. 후속 연구에서는 산업화와 전통문화의 갈등, 인권유린에 대한 집단 기억으로서 샤머니즘 의례의 기능, 민주화와 세속화 과정 속에서 반독재 민족 자주의 중심에 서게 되는 샤머니즘의 모습 등을 다룰 예정이다. 127

136 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 참고문헌 김성례 외, 한국종교문화연구 100년, 청년사, 김열규, 원한의식과 원령신앙, 증산사상연구 제 5집, 증산사상연구회, 김인회, 한국무속의 종합적 고찰, 고려대학교 민족문화연구소, 김태곤, 한국무속연구, 한국무속총서 Ⅶ, 집문당, 노길명, 한국신흥종교연구, 경세원, 무라야마 지쥰, 최길성/장상언 공역, 조선의 유사종교, 계명대학교 출판부, 무라야마 지쥰, 최석영 해제, 조선의 무격, 민속원, 박일영, 종교 간의 갈등과 대화. 무속과 그리스도교, 종교신학연구 2, 서강대 종 교신학연구소, 박일영, 그리스도교에서 본 무속신앙, 종교신학연구 6, 서강대 종교신학연구소, 박일영, 한국 무교의 이해, 분도출판사, 박일영, 한국 무교와 그리스도교, 분도출판사, 박일영, 지혜의 체험과 전승, 한국무속학 9, 박일영, 생태환경에 대한 샤머니즘 신봉자들의 인식에 대한 연구, 종교교육학연 구 25, 박일영, 한국의 종교와 현대의 선교, 가톨릭출판사, 박일영, 샤머니즘에서 본 욕망의 맞이와 풀이, 종교교육학연구 31, 2009 박일영, 한국 샤머니즘에 대한 외국인 선교사들의 대응태도 비교연구, 한국무속 학 21, 배용덕, 증산신학개론, 증산사상연구회, 아키바 타카시, 최길성 역, 조선무속의 현지연구, 계명대학교 출판부, 유동식 외, 한국종교사상사, 연세대학교출판부, 유동식, 한국 무교의 역사와 구조, 연세대학교 출판부, 유동식, 한국종교와 기독교, 대한기독교서회, 유병덕 편저, 한국 민중종교 사상론, 시인사, 이능화, 서영대 역주, 조선무속고. 역사로 본 한국 무속, 창비, 이상호, 대순전경, 증산교본부, 단기 이은봉 외, 한국종교연구사, 도서출판창, 정진홍, 종교문화의 이해, 청년사, 조흥윤, 무와 민족문화, 민족문화사, 조흥윤, 무-한국 무의 역사와 현상, 민족사,

137 한국 근ㆍ현대 샤머니즘과 인권 I 박일영 천도교중앙총부, 천도교 경전, 천도교 중앙총부 출판부, 포덕 129. 최길성, 새로 쓴 한국무속, 아세아문화사, 최길성, 한국의 무당, 열화당, 최동희 역, 한국의 민속종교 사상, 삼성출판사, 최석영, 일제하 무속론과 식민지 권력, 서경문화사, 한국갤럽, 한국인의 종교와 종교의식, 한국무속박물관, 한국무속연구 문헌목록, 한국무속박물관 출판부, 한국문화사대계 Ⅵ, 고려대학교 민족문화연구소, 한국종교사회연구소, 한국종교연감, 고려한림원, 한국종교사회연구소, 한국종교의 성찰과 전망, 민족문화사, 한국종교연구회, 한국종교문화사 강의, 청년사, 한성각, 무속에 관한 독립신문의 사회교육적 견해에 대한 연구, 연세대학교 교육 대학원, 현승용, 현대 한국종교문화의 이해, 한울, 황선명, 종교사회사 연구, 일지사,

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139 한국 근-현대 샤머니즘과 인권 에 대한 논평 조응태 *50) 다문화-다원주의 사회체계로 변화하는 현대사회에서 종교간의 상호 이해와 상호 존중의 분위기가 무르익고 있고 있으며, 이런 변화는 여러 종교인들의 인권 존중과 신장에 크게 기여할 것이며, 매우 바람직한 현상으로 보입니다. 그러나 아직도 세계 도처에서 편견과 오해로 인한 인권 침해 사건이 일어나고 있는 것은 불행한 일이 아닐 수 없습니다. 세상 사람들 모두를 행복과 기쁨(구원, 천국, 등)의 세계로 초청 하는 사명을 갖고 그런 역할을 하기 위해 최선을 다하는 종교이기에, 특히 종교계 가 종교인의 인권 문제를 비롯하여 종교적 시각에서 비종교인들의 인권까지 확대하 여 새로운 인권 문화 창출을 고민해 보는 것은 매우 뜻 깊은 일이라 아니할 수 없 습니다. 그런 맥락에서 먼저 샤머니즘에 속한 이들(무당, 박수, 단골 등)의 인권이 어떤 상황에 있었고, 한국 역사에서 인권 신장에 기여한 것이 무엇인지를 고찰한 것은 의미가 크지 않을 수 없습니다. 1. 본 고찰에서는 한국 근ㆍ현대 시대 변화에 따른 샤머니즘의 종교사적 위상과 생존과 적응을 위한 내적 변화 를 기술하는 것에 주안점을 주는 것 같습니다만, 논 지로 볼 때 무당과 박수와 단골과 여성과 그들의 가족을 중심한 인권, 인권 침해, 한국 인권 신장 역사에 기여 에 강조점을 두는 것이 낫지 않을까 생각합니다. 즉 샤 머니즘에서의 인권 개념, 샤머니즘에 속한 이들이 당한 인권 침해, 샤머니즘이 한국 인권 신장 역사에 미친 영향과 역할 등이 언급되어야 독자가 보다 명확한 이해를 * 선문대학교 131

140 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 할 수 있을 것으로 보입니다. 사전적 정의에 의하면 인권( 人 權, human right)에 대한 정의는 다음과 같습니다. 인간이 태어나면서부터 당연히 가지는 기본 권리로서 자유와 평등을 의미한다. 사람 은 이성을 가지므로 자유와 평등을 이해하고 존중히 여길 줄 알기 때문에 인권을 갖는 다. 인권의 유래에 대하여 두 가지 이론이 있다. 하나는 자연법학자들이 오랜 역사에 걸쳐서 주장해 온 천부인권( 天 賦 人 權 )으로서 천성 및 자연적 성품에 의하여 필연적으로 이루어진 권리이다. 두 번째는 법이 창조하여 부여한 권리이다. 민주주의가 발달한 현 대에서는 개개인의 인간성의 존귀함이 인정되어 인권을 소중히 여기게 되었다. 1) 샤머니즘의 인권은 위의 사전적 정의에서 천부인권과 관련해 보면, 신으로부터 비롯된 인권(from god) 2), 신을 위한 인권(for god) 3), 신 안에서 상호 존중하는 인권(in god) 4) 들의 개념으로 정리가 될 수 있을 것입니다. 결론부분에서 샤머니즘이 지니고 있는 유기체적인 세계관-신령과 인간이 친근 한 관계 라는 점을 좀 더 부각시켜서 샤머니즘의 인권은 흔히 인문학적 개념으로 보는 인-인권( 人 - 人 權 ) 5) 을 바탕으로 하지 않고 신-인권( 神 - 人 權 ) 6) 에서부터 비롯되 기에 인권은 신권과 같이 종합적으로 인식되어야 하고 존중받는 것이 진정한 인권 문화 라는 점을 강조한다면 좋을 듯 합니다. 신권을 위한 인권 7), 인권을 위한 신 권 8) 을 같이 강조하는 것이 샤머니즘 인권의 출발점이고 본질이고 새로운 인권 문 화가 꽃피게 하는 개념으로 환영받을 것입니다. 2. 인권 침해도 두 범주로 분류해 본다면 거시적-제도적-공적( 公 的 ) 인권 9) 차 원에서 심리적-정신적-제도적 인권 침해, 그리고 미시적-비제도적-사적( 私 的 ) 인 권 10) 차원에서 물리적-비제도적 침해 로 구분해 볼 수 있을 것입니다. 본 논문에서 는 거시적 인권 차원과 미시적 인권 차원이 혼용되어 있어서 조금 난해한 것처럼 보입니다. 즉 언급된 내용들이 무엇이 샤머니즘의 인권인지? 누구의 인권인지? 11) 1) 세계백과대사전 (서울: 서문당, 1978), p ) 인권의 유래, 기원 3) 인권의 종적 관계와 역할 4) 인권의 횡적 관계와 역할 5) 인간 대 인간을 중심한 횡적 인권 사상 6) 신으로부터 주어진 인권, 신과 함께 하는 인권, 신권을 위한 인권, 인권을 위한 신권, 신권처럼 존중받는 인권 7) 신의 명령을 거부하는 무당이나 박수는 큰 고통을 받고, 신의 뜻을 몸을 갖고 실현하는 역할을 함. 8) 자기를 잘 섬기고 뜻을 실현하는 무당이나 박수에게 신이 복을 내림. 9) 단골, 공동체(마을), 일제 침략 앞에서의 민족, 세계화 흐름 앞에서의 국가적 차원의 인권 10) 개인, 가정적 차원의 인권 11) 무당이나 박수, 그들의 가족, 단골(신도), 여성 등 132

141 한국 근ㆍ현대 샤머니즘과 인권 I 박일영 누구를 위한 인권인지? 인권 침해의 범위 12), 인권 향상을 위한 샤머니즘의 역할 13) 등으로 보다 세분된다면 독자의 이해에 도움이 될 것으로 생각합니다. 3. 샤머니즘을 고수한 무당들의 인권 침탈의 구체적인 사례 에서 흔히 일제가 가한 투옥과 고문과 살해의 사례도 있었는지요? 신종교 창교자들은 일제로부터 투옥되고 혹독한 고문을 받아서 육신의 고통이 컸는데, 무당이나 박수 중에 그런 이가 있었는지 요? 신종교 창교자들의 고통 이전에 샤머니즘 리더들의 고통이 있었는지요? 그럴 때 에 샤머니즘의 인권 사상이 한국 신종교에 계승되었다고 자신있게 말할 수 있지 않을 까 합니다. 그렇지 않고 억압 상황에서 소극적이고 은둔적인 종교 역할만 했는지요? 논문에서 일제 강점기 샤머니즘은 민족자존의 담지자로서 한민족의 인권을 위하 여 시련을 겪은 열사의 종교였다고 할 수 있다. 고 강조하는 증거나 사례를 제시한 다면 독자가 이해하는 데 도움이 될 것입니다. 즉 무당이나 박수 개인이 당한 인권 침해, 그들의 가족이 당하는 인권 침해, 공동체(마을, 단골)주민의 인권 침해, 조선 왕조나 일제가 행하는 사회적 차원의 집단 인권 침해 등으로 구분되고 증거가 제시 되면 좋을 듯 합니다. 4. 샤머니즘이 무당, 단골, 민중, 민족, 무교공동체의 이성 확립과 자유와 평등을 보장하고 확대하는 데 기여한 공적( 功 績 )은 무엇인지? 즉 샤머니즘이 하층민과 여 성의 인권 신장에 기여한 내용 14) 에 어떤 것들이 있었는지, 그리고 인권 신장을 위 한 방법 15) 에 어떤 것들이 있었는지가 소개되어 있어서 이해에 도움이 되었지만 좀 더 세분되면 좋겠습니다. 무당이 갖는 종교지도자로서의 지위는 여성 인권 존중과 위상 강화에 기여하였는데, 이런 공적 영역 이외에 사적 영역 차원에서 무당 남편 (배우자)과 가족들의 인권 신장에도 어떤 효과가 있었는지, 민족적 인권 신장에 기 여한 내용도 추가되면 좋겠습니다. 본 논문에서는 조선 정부와 일제로부터 당한 인 권 침해 사례는 적절히 언급되지만, 좀 더 긍정적인 면에서 인권 신장에 공헌한 내 용이 강조될 필요가 있을 것으로 생각합니다. 긍정적인 내용이 많을수록 현대적인 인권 문화 정립에 샤머니즘 인권의 몫이 분병해질 것입니다. 5. 서론의 변곡점을 기준으로 4시기로 구분하였다. 는 2시기로 수정되어야 할 것입니다. 12) 심리적 압박, 물리적 박해, 체포와 고문 등 13) 여성 인권 신장, 여성에게 남녀평등 대열에 들어설 수 있는 기회, 침탈당한 국권 회복을 위한 샤머니즘의 리더십 등 14) 여성의 사회적 진출 기회 제공, 직업 창출 효과, 평등 의식 함양, 사회 개혁의 불씨 제공 등 15) 굿을 주관하는 지위 획득, 노래와 춤, 무당으로 변신, 민중의 리더, 133

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143 제 3 부 한국의 종교교육과 인권 Ⅰ 1분과 - 기성종교

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145 불교에서의 종교교육과 인권 박범석 *16) Ⅰ. 서론 서구에서 시작된 인권이라는 말은 인간의 권리 라는 보편적인 의미를 가지고 있 다. 때로는 그것이 주장되어온 사회적 맥락에 따라서 특수한 의미로 받아들이게 된 다. 개인의 기본권을 보장받기 위해 국왕의 전제적 권력에 저항하기도 하고, 자연권 적인 인간의 존엄성 회복을 위해 중세 성직자들의 지배에 대항하기도 하였다. 이러 한 과정들은 개인주의와 자유주의에 입각하여 인간의 권리 를 요구하는 서구 근대 의 시민의식을 반영한다. 그러나 맥락을 달리할 경우 이러한 서구적 인권 개념은 보편적이기 보다는 추상 적이고 소극적이라는 측면이 더 적절할 수 있다. 봉건적인 지배와 억압으로부터의 자유는 -로 부터 의 자유라는 소극성 때문에 -로의 자유 라는 방향성이 부재할 수 있기 때문이다. 나아가 -로부터 자유로운 근대의 인간은 마치 무한정의 자유 와 권리를 가진 존재로 착각하게 된다. 스스로가 이전의 왕이나 신이 누렸던 지배 권한을 소유한 것으로 오해하는 것이다. 이것은 인권 이야말로 인간이 가진 독점적 권한이라고 규정하는 오류를 범할 수 있다. 이러한 서구적 인권 개념은 불교의 인간관과 크게 대비된다. 불교에서는 인간이 가진 독점적인 권리로서의 인권을 인정하지 않는다. 인간에게 권리가 인정되려면 만물의 권리가 전제되어야 하고, 그 안에서의 인권이 부속될 뿐이다. 달리 말하면 * 서울대학교 강사 137

146 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 불교의 관점에서는 인권( 人 權 ) 이전에 만물의 생명권( 生 命 權 )이 우선적으로 존중되 어야 한다. 초목에도 불성이 있다고 말하는 불교의 생명관에서는 인간 중심주의적 인 윤리와 인간 우위의 논리가 개입될 여지가 없다. 물론 서구의 인권 개념이 여타 의 생명을 부정하거나 파괴하기 위한 것은 아니라고 항변할 수도 있다. 또한 기독 교의 인간 개념은 신의 형상을 닮은 것이라고 한 점에서 인간의 지위를 한층 격상 시킨 시도라고 해석할 수도 있다. 그러나 서구의 인권개념과 기독교의 인간관은 다 른 생명과는 차별화된 인간중심의 독점성을 내포하는 점을 부정할 수 없다. 최근 생태학적 관점에서 서구 윤리의 한계를 재해석하고 극복하려는 시도들이 증 가하고 있는 것은 고무적인 일이다. 이들 연구는 환경과 생태 문제의 근본적 원인 을 서구적 인간관의 한계에서 찾기도 하고, 기독교적 세계관에 대한 새로운 해석을 통해 문제해결의 실마리를 모색하기도 한다. 이러한 생태적 담론들은 이론적인 정 교화와 재해석뿐만이 아니라 구체적인 실천과 적용을 통해 입증되어야 할 것이다. 본 연구는 이러한 문제의식에서 출발하여 불교적 입장에서의 인권문제와 종교교 육적 과제를 살펴보려 한다. 불교적 관점을 분명히 하기 위해서 서구의 인권 개념 의 한계를 지적하고, 최근 논란이 되고 있는 학생 인권의 문제를 논의하고자 한다. Ⅱ. 인권 개념에 대한 불교적 쟁점 1. 인간중심적 인권 개념의 한계 서구의 인권의 개념은 인간만의 권리 라는 배타성을 가진 인간중심성에서 자유롭 지 못하다. 헤브라이즘과 헬레니즘은 서구 사상을 대표하는 두 줄기이지만 인간의 독점적 권한과 능력을 인정하는 점에서 상통한다. 인간과 동물을 생명을 가진 동등 한 존재로 보지 않고 인간이 아닌 동물은 어디까지나 인간생활의 편의를 위한 부산 물로 간주될 뿐이다. 인간은 인간생활에 필요한 목적으로 동물의 생명을 취할 뿐만 아니라, 사냥을 즐기거나 실험을 위해 동물을 살생한다. 아리스토텔레스로 대표되는 고대 그리스의 사상에서 식물이나 동물과는 다른 이 성적 능력을 가진 인간을 모든 생물의 우위에 두고 있다. 식물은 동물을 위해 존재하며, 짐승들은 인간을 위해 존재한다. 따라서 가축은 인 간이 사용하거나 음식으로 먹기 위해 존재하며, 야생동물들은 식용 및 의복이나 다 양한 도구와 같은 삶의 다른 부속품으로 사용되기 위해 존재한다. 138

147 불교에서의 종교교육과 인권ㆍ박범석 자연은 아무것도 아무 목적 없이, 또는 이유 없이 무엇인가를 만드는 법이 없다. 그러므로 자연이 인간을 위해 모든 동물을 만들었다는 것은 의심의 여지가 없다. 1) 이러한 관점을 그대로 이어받아 중세의 신학 논리로 전개한 토마스 아퀴나스 역 시 아리스토텔레스의 목적론적 세계관에 따라 생명의 위계를 정당화한다. 하위 존 재의 목적은 상위 존재를 위한 것이기 때문에 식물-동물-인간의 관계는 마치 먹 이 사슬과도 같이 인간을 지배의 최종 단계에 위치하게 한다. 2) 특히 이성을 인간만 이 가진 특성으로 간주하여 이성의 유무에 따라 인간과 만물을 차별하는 이분법적 인 사유는 위의 것이 아래의 것을 지배하고 통제하는 차별적ㆍ위계적 권위를 전제 하고 있다. 인간을 이성적 주체로 상정하였기 때문에 필연적으로 인간과 비인간이 구분될 수밖에 없으며, 그러한 인간을 규정하는 이성과 비이성, 합리와 비합리의 구 분이 정당화된다. 이는 서구의 고대로부터 이어지는 실체와 속성, 형상과 본질, 정 신과 물질, 영혼과 육체, 선과 악, 인간과 자연을 구분해온 이원적 흑백논리의 연장 선상에 놓여있음을 의미한다. 3) 인간을 만물의 우위에 두고 인간에게 만물을 마음대로 관장하고 이용할 수 있는 권한을 부여한 점에서 유대ㆍ기독교의 전통 역시 인간중심적이라고 할 수 있다. 창 조의 과정에서부터 인간과 다른 자연물들은 위계와 차별로서 가치를 부여받는다. 또한 신에게 제사를 드리는 과정에서는 가축을 희생 제물로서 바치는 것이 가장 중 요한 의례로서 받아들여진다. 하느님께서 노아와 그의 아들들에게 복을 내리시며 말씀하셨다. 많이 낳아 온 땅 에 가득히 불어 나거라. 들짐승과 공중의 새와 땅 위를 기어 다니는 길 짐승과 바닷 고기가 다 두려워 떨며 너희의 지배를 받으리라 4) 린 화이트는 기독교의 창조신앙은 인간을 신적 초월에 참여한 존귀한 존재로 파 악하는 반면, 여타의 모든 물리적 창조물들은 단지 인간의 의도에 봉사할 뿐 다른 목적은 없다 고 단언한다. 그는 이러한 인간중심적 인간관이 결국 서구 근대의 자연 과학과 산업사회를 탄생시킨 배경이 되었고 현대의 생태문제를 야기한 근원이 되었 1) Singer, P., 김성한 역, 동물해방 (인간사랑, 1999), 321쪽. 2) 아리스토텔레스와 같이 인간에게만 이성이 있고 다른 생명체에는 이성이 없다는 점에서 인간의 독점적 지위를 인정한 것은 토마스 아퀴나스의 분명한 입장이다. 그에 E따르면, 인간은 동물에 게 잘못을 범할 수 없으며 그럴 수 있다면 그것은 오직 도덕적으로 중요한 존재인 인간에게 간 접적으로 잘못을 범할 때뿐이라고 주장한다.(위의 책, 328쪽.) 3) 박범석, 교육의 종교성 회복을 위한 통합적 접근 (동국대학교 박사학위논문 2004), 54쪽. 4) 창세기 9:

148 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 다고 주장한다. 5) 물론 기독교의 창세기에 대한 해석은 다양할 수 있다. 그럼에도 자연을 지배해도 좋다는 인간 권리에 대한 창세기의 입장을 반박하기는 쉽지 않다. 이러한 배경에서의 서구 인권의 개념은 근대로 넘어오면서 개인주의적 주체로서 의 성향을 굳건하게 다진다. 6) 갈퉁(Galtung)은 서구 인권 개념의 속성으로 다음의 일곱 가지를 제시하고 있다. 1) 서구 중심적 인권. 2) 인권의 발전에 대한 낙관: 인권의 제도화와 인권규준의 확대적용. 3) 규준성취의 단위로서 개인 혹은 평가단위로서 단일한 인권규준. 4) 인종 중심적 인권: 인간은 목적이며 자연은 수단이라는 태도. 5) 서구인의 개인에 대한 인식이 전제된 인권개념. 6) 경쟁시스템내의 수직적 사회구조에 개인주의를 배합시킨 인권개념: 개인적 인 권(집단의 권리, 특히 소외집단의 권리무시) 7) 자비ㆍ전지ㆍ전능의 국왕 이미지 속에서 만들어진 국가개념의 구성에 기여: 국가는 국민에게 보호를 약속하고 국민은 국가의 권위에 서약. 7) 갈퉁이 지적하고 있는 서구 인권의 특징 1)과 2)에 의하면 인권 은 서구의 문화ㆍ 역사를 배경으로 한 서구인 중심적 개념이며, 그것은 좋은 것으로서 그 발전과 함 께 인류는 이상사회에 접근해 갈 수 있다는 신념을 전제하고 있다. 이러한 서구중 심적이며 인권 낙관적 입장의 문제점은 인권 이 서구 이외의 지역에 대해서 오용될 수 있다는 것이다. 예컨대 근ㆍ현대에 인권선진국이라고 간주되는 서구의 열강은 약소국을 힘으로 위협ㆍ침략하여 약소민족의 인권을 침탈해 왔으면서도 다른 한편 으로는 인권 이라는 이름으로 약소국에 간섭하여 그들의 자유를 침해하고 자국의 이익을 관철시켜 왔다. 이처럼 인간존중과 인간평등을 전제한 인권 이 서구 밖에서 는 서구이익을 관철시키는 비인권적 형태로 표현된 것은 그것이 본질적으로 도덕성 5) 린 화이트(Jr. Lynn White)는 생태환경의 위기를 서구의 기독교에서 비롯되었다고 주장한다. 독 일의 신학자 드레버만(E. Dreweman) 역시 유대-기독교는 자연을 인간에게 종속시켜야 할 대상 으로 본다고 지적하며 성서의 어디에도 인간중심적인 자연이해를 부정할 단서를 찾을 수 없다고 단언한다. 조용훈, 동서양의 자연관과 기독교 환경윤리 (대한기독교서회, 2002), 쪽. 6) 주체(subject)의 라틴어 어원인 subjectum 에서 sub 는 아래로, jectum 는 던지다 라는 의미로 해석될 수 있다. 즉, 주체는 자기 아닌 모든 것을 자기 아래로 던져두고, 자기 의지대로 조종하고 조절할 수 있다는 힘을 갖게 됨을 의미한다. 한번 주체가 설정되면, 다른 모든 것들은 대상화되고 주변화되며, 수단시되는 것이다. (박범석, 앞의 글, 56쪽.) 7) Galtung, Johan, Human Rights in Another Key(Cambridge: Polity Press, 1994, pp (안옥선, 개인주의적 인권 에 대한 불교적 비판, 춘계학술대회자료집(불교학연구회, 2002)에 서 재인용) 140

149 불교에서의 종교교육과 인권ㆍ박범석 을 결여한 개인주의적 인권 이기 때문이다. 인권이 상호적으로 추구되지 않고 실질 적으로는 약자의 입장을 대변하지 못하기 때문이다. 국가간에도 마찬가지이다. 갈퉁이 지적하고 있는 서구 인권의 나머지 특징(3-7)은 세 가지로 압축할 수 있 는데, 그 첫째는 서구적 인권 이 개인주의적 인권이라는 것이며(3, 5, 6), 그 둘째 는 인종중심적 인권으로서 타생명을 도구화한다(4)는 것이며, 그 셋째는 인권 이 국민과 국가의 관계를 서약과 보호로 규정 하는 국가개념의 구성에 기여한다(7)는 것이다. 8) 이와 같은 서구 인권의 인간중심적, 이성중심적, 개인주의적 특성들은 오랜 전통 속에서 정치ㆍ사회적인 지배와 억압의 도구로서 작용한 측면이 적지 않다. 근대 인 권의 긍정적이고 낙관적인 효과에 대해 부정할 수 없지만, 부정적인 측면에 대해 철저하게 반성하는 작업이 요구된다. 2. 인권에 대한 불교적 관점 불교에서는 인간의 독점적인 권한이나 권리를 인정하지 않는다. 불교의 핵심 개 념인 연기( 緣 起 ) 와 무아( 無 我 ) 에 의하면 이성중심, 개인주의 등과 같은 서구 중심 적 자아개념이 성립될 수 없다. 연기는 모든 것이 상호 의존적으로 생성되고 소멸 되는 점에서 모든 존재의 관계성을 극대화한 것이다. 연기적 관점에 의하면 관계를 떠난 독자적이고 독보적인 존재는 있을 수 없다. 또한 모든 것들이 관계로 얽혀 있 는 점에서 독점적이거나 배타적인 권한이 인간에게 주어질 수 없으며, 무차별한 평 등의 논리가 가능해진다. 무아는 모든 것에 불변의 동일성을 갖는 실체가 존재하지 않는다는 점을 드러낸 다. 불교에서는 인간을 비롯한 모든 존재에 대해 어떤 고정된 실체성이 있다고 보 지 않는다. 즉, 불교는 무실체(무자성)의 존재로서 인간을 규정함으로써 인간이라고 할 만한 어떠한 실체도 인정하지 않고 있다. 인간이란 단지 여러 요소의 인연화합 에 불과한 것으로 간주한다. 인간을 비롯한 일체의 존재를 地 ㆍ 水 ㆍ 火 ㆍ 風 이라는 사대( 四 大 )의 인연화합으로 보거나 色 ㆍ 受 ㆍ 想 ㆍ 行 ㆍ 識 의 오온( 五 蘊 )의 인연화합으 로 보는 경우가 그 대표적 일례이다. 이처럼 불교는 인간을 실체가 아닌 관계의 한 양상으로 파악하는 관계론적인 생명관에 토대하고 있다. 9) 생명은 관계에 따라 역동하는 과정 내지 흐름에 불과한 것이다. 따라서 실체론적 인 생명관은 자아의 실체가 불변하며, 다른 어느 것에 영향 받지 않고 불변적이며, 8) 안옥선, 위의 글. 9) 윤종갑, 불교의 연기론적 생명관, 제28회 춘계학술대회논문집(한국정신과학회, 2008), 91쪽. 141

150 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 타자와 서로 나눌 수 없는 최소한의 어떤 고유한 성질을 스스로 내포하는 그런 모 습이다. 반면 관계론적 생명관은 불변의 실체론적 자아를 거부하며 환경과의 섭 동을 통해서 자아의 변화가능성을 함의하는 생태론적 모습을 지닌다. 그렇다고 해 서 자아의 정체성이 없다고 하는 것이 아니라 단지 정체성의 의미가 실체적이지 않 다는 뜻을 담는다. 그러므로 관계론적인 생명관에 토대하는 불교의 입장은 실체론 적인 생명관과는 성격을 달리한다. 불교에서 말하는 인간의 생명이란 단지 현생에 국한되어 있는 것이 아니라 과거생ㆍ현생ㆍ내생을 포함한 3세 윤회 전체를 뜻하는 것으로 결국 특정한 어느 시점과 실체를 정하지 않은 순환적 관계의 연속적 과정이 다. 불교에서는 그러한 생명의 연속적 과정을 무아(비실체)의 윤회설로 설명한다. 10) 중생은 어떻게 생겨났으며 누가 만든 것인가. 중생은 어디서 생겨나서 어디로 다 시 돌아가는가.... 오직 오온이 모여 생긴 것이며 중생이라고 할 만한 것이 없다. 여러 재료들이 화합한 것을 세간에서 수레라고 이름하는 것처럼 오온이 인과 연에 따라 합한 것을 중생이라고 이름 붙인 것이다. 11) 인간이 인과 연에 의해 화합된 것이고, 모든 생명이 상호 의존적으로 관계되어 있다는 것은 결국 불교에서의 동체대비( 同 體 大 悲 )에 입각한 세계인식을 깨닫는 것 으로 나아간다. 모든 생명이 개별적으로 생멸하는 것이 아니라 유기체적 전체로서 연결되어 있으므로 자신과 타인의 구분이 없는 대자대비( 大 慈 大 悲 )의 마음이 가능 한 것이다. Ⅲ. 학생 인권에 대한 교육적 쟁점 1. 학생 인권을 둘러싼 논쟁 앞서 서구의 인권 개념과 불교의 인권 개념에 대한 논의는 일종의 세계관과 인간 관에 관련된 형이상학적 논의에 가깝다고 할 수 있다. 이러한 관점을 우리의 교육 현실로 돌렸을 때, 그 적용과 해석은 결코 쉽지 않다. 최근에는 포스트모던의 담론 10) 위의 글, 92쪽. 11) 雜 阿 含 經 卷 45( 大 正 藏 2, p.327 中 ). 衆 生 云 何 生 誰 爲 其 作 者. 衆 生 何 處 起 去 復 至 何 所. 尸 羅 比 丘 尼 作 是 念. 此 是 何 人 欲 恐 怖 我. 爲 人 爲 非 人. 爲 姦 狡 人. 作 是 思 惟 已 卽 生 知 覺. 此 是 惡 魔 欲 作 留 難. 卽 說 偈 言. 汝 謂 有 衆 生. 此 則 惡 魔 見. 唯 有 空 陰 聚 無 是 衆 生 者. 如 和 合 衆 材 世 名 之 爲 車 諸 陰 因 緣 合 假 名 爲 衆 生. 142

151 불교에서의 종교교육과 인권ㆍ박범석 이 이미 유행을 지나고 있지만, 우리의 교육 현실은 아직 모던적 세계에도 미치지 못하고 있다. 아직 전근대(pre-modern)에 머물고 있다는 표현이 적절하다. 즉, 우 리의 교육현실은 포스트모던이 아닌 프리모던에 가까움에도 이론상으로는 모던은 물론이고 포스트모던의 담론들이 혼재한다. 학생 인권과 관련한 근래의 논쟁들을 접하고 보면 이론과 현실의 괴리를 더욱더 체감하게 된다. 학생 인권의 현실에서는 교육적 이라는 개념과 인권적 이라는 개념이 결합되지 못하고 있는 것은 분명하다. 교육적 이라는 말에 내포된 의미로서 지식, 정보, 진로, 도덕, 훈육, 교훈 등과 같은 개념을 쉽게 떠올릴 수 있지만, 여전히 인권의 개념은 생소하다. 오히려 학생의 인권을 내세우는 것은 학교 교육에 방해나 장애가 되는 것으로 인식되기 쉽다. 무엇보다 입시 를 지상최대의 과제로 두고 있는 학교현장에 서 인권 이라는 용어는 학생, 교사, 학부모 모두가 꺼내서 다루기가 불편한 계륵과 같이 인식된다. 막상 꺼내 들었다 하더라도 어느 누구에게 크게 이득이 없을 것이 라는 계산 때문이다. 학교 현장에서 학교와 교사는 학생들의 학습권을 침해하는 통상적 이유를 다음과 같이 열거하고 있다. 첫째, 중등학교의 현실적 교육 목표는 상급 학교 진학이다. 둘 째, 입시 대비 수업은 학생 및 학부모가 원하는 수업 방식이다. 셋째, 학습 내용 및 수업 방법은 교사가 주도적으로 결정해야 한다. 넷째, 학습 효과를 극대화하기 위한 교사의 권력 행사(물리력 및 여타의 통제기제의 행사)는 정당하다. 다섯째, 정규 교 과 외 수업(보충 수업,자율 학습)은 현실 교육 세계에서 불가피한 선택이다 12) 이러한 입시현실에서 학생에게 책임과 의무가 아닌 권리가 있음을 알려주는 것은 여전히 불편하게 받아들여진다. 학교현장에서 학생인권과 관련한 논의들은 거창한 권리가 아니라 결국 협소한 몇 가지 사례들로 귀결된다. 머리 기르지 마라, 화장 하지 마라, 교복 제대로 갖춰 입어라, 악세사리 착용하지 마라 등과 같은 규제의 여부가 학생 인권을 재는 척도이다. 이러한 규제를 정당화하는 이유는 단지 공부에 방해가 되기 때문이다. 그러나 대학에 가기 위해서, 공부에 방해가 되기 때문에 학 습권이 침해되고 기본적인 권리가 억압된다는 것은 이유가 될 수 없다. 물론 학생 인권에 반대하는 입장이 반드시 반인권적이고 억압적이라고 말하기는 어렵다. 학생 시기는 아직 미성숙하고 판단력이 부족하기 때문에 보호받는 측면에 서 일부 권리가 제약될 수 있다는 주장이 가능하기 때문이다. 자유론을 쓴 밀(J.S. Mill)의 주장에도 미성년자의 권리가 제한 될 수 있다는 내용이 있다. 그들이 아직 미성년자일 때는 사회가 그들에게 절대적인 권한을 가진다. 사회는 그 12) 이수광, 학생인권 신장방안 연구 (강원대학교 박사학위논문, 2000), 87-94쪽. 143

152 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 들이 어린아이와 미성년인 동안 장차 합리적으로 자기 인생을 꾸려나갈 수 있도록 책 임을 져야 한다. 현 세대는 미래 세대의 훈육 선생이면서 동시에 그 토양이 된다. 13) 그러나 밀의 이러한 주장은 미성년일 경우 반드시 그 권한이 제한된다는 의미가 아니다. 오히려 미성년자 일수록 사회가 더 적극적으로 그들의 양육과 교육을 책임 져야 한다는 것으로 읽힌다. 밀은 관습적으로 기성 세대들이 다음 세대들에게 아무 런 성찰없이 진행하는 강요된 훈육을 경계해야 한다고 다음과 같이 주장한다. 한 시대나 사회가 내린 결정이 때로 다른 시대나 다른 사회의 사람들에게는 놀라 워 보이기도 한다. 그러나 그런 결정을 내린 특정 시대, 특정 국가의 사람들은 다른 사람들도 오래전부터 늘 자신들과 똑같은 생각을 해왔다고 믿으며 이에 대해 추호도 의심하지 않는다. 그들은 자신이 확립한 규칙이 자명하며 누가봐도 옳다고 여긴다. 거의 모든 사람들이 빠지기 쉬운 이런 착각은 관습이 빚어내는 가공할 만한 부작용 가운데 하나라고 할 수 있다. 14) 학생의 인권이 제한되어도 좋다는 것은 대부분 기성세대의 인습적 통념에 기반한 것일 수 있다. 기성세대가 요구하는 학생다움 의 개념에는 그들이 살아오면서 익숙 한 내용들이 포함되어 있다. 따라서 변화하는 시대를 살고 있는 다음 세대들이 어 떠한 마음가짐과 태도로 생활하는지를 먼저 읽어내지 않으면 소통과 전달이 불가능 하다. 15) 마찬가지로 입시위주의 교육현실이 잘못되었다는 것을 모두가 인정하면서 도 그러한 잘못된 현실에 기반하여 학생 인권을 억압하는 것을 정당화하거나 묵인 하고 있는 것은 부조리의 악순환을 반복하는 것이다. 불교의 측면에서 교육의 본질을 말한다면 그것은 자주적인 각성, 즉 자각에 있 다. 16) 학생 시기에 스스로 깨닫고 행동할 기회를 갖지 못한다면 성인이 되어서도 항상 규제와 통제 속에서 익숙한 채로 살아가기 쉽다. 학생들에게 자주적이고 적극 적으로 생활하기를 원하면서도 모든 중등학교 학교생활이 규제와 처벌일변도로 계 획되어 있다면 그것은 분명한 모순이다. 학습자 스스로 자신이 처한 상황을 돌아보 고 자기 책임하에 생활할 수 있는 교육문화와 인권환경을 조성하지 않으면 우리의 교육문제의 근원적인 문제를 해결할 길은 요원할 것이다. 13) J.S. Mill, 서병훈 역, 자유론 (책세상, 2005), 22쪽. 14) J.S. Mill, 위의 글, 26쪽. 15) 1970년대에 경찰들이 거리에서 장발을 단속하고 치마길이를 재고 다녔다는 것을 요즘 학생들 이 들으면 믿지 못하거나 실소를 금할 수 없을 것이다. 규제와 제한이 꼭 필요한지를 반성하지 않으면 뒤 늦게야 폭력이 행사되었다는 것을 자각할 수밖에 없다. 16) 박선영, 불교의 교육사상 (서울: 동화출판사, 1981), 72쪽. 144

153 불교에서의 종교교육과 인권ㆍ박범석 2. 교육권과 학생인권의 문제 흔히 교직 현장에서 뿐만 아니라 사회일반의 시민들도 교권이라는 말을 흔히 사 용하고 있다. 교권이란 말을 쓸 때 이는 교사의 권리 또는 권위를 둘다 포함하는 말로 사용하는 것이 일반적이며, 교사의 권리만을 특히 지칭할 때는 교육권이란 말 을 쓴다. 법적 차원에서의 교사의 교육권은 교육 내용과 교육방법에 대한 교원의 전문적이고 자주적인 선택 권한을 의미한다. 즉, 교사는 학생을 교육하는 사람으로 서 교육할 권리를 가지는데 이는 구체적으로 학교에서 학생을 대상으로 교사의 가 르칠 권리를 주로 지칭한다. 이때 교사의 교육권은 자연법적으로는 학부모에게 속 하는 자녀에 대한 교육권을 신탁 받은 것이고, 설정법적으로는 공교육의 책임이 있 는 국가의 위임에 의한 것으로 볼 수 있다. 17) 교사의 교육권은 구체적으로 교과교육에 대한 수업내용 편성권, 교재선택권, 수업 방법의 결정권, 성적평가권, 생활지도권, 학생징계권 등이다. 다시 말해 교사의 교육 권의 개념 속에는 학생들을 가르치기 위한 학습내용의 구성에 따른 권한과 가르친 내용에 대한 이해도를 다양한 평가방법을 통해 진단하고 측정하는 권한, 교수학습 방법의 선정과 적용의 권한, 학생의 인성교육과 진로에 대한 교육권, 학칙을 위반한 학생에 대한 징계권 등이 주로 들어가 있다고 볼 수 있다. 18) 이러한 교사의 교육권은 일상적으로는 큰 문제없이 받아들여지지만 학습권과 같 은 다른 권리들과 상충할 때 갈등이 야기된다. 학생의 기본권에는 교육을 받을 권 리(이른바 학습권)뿐만 아니라 생명, 신체, 사생활, 사상, 표현과 언론, 양심과 정치 활동의 자유 등이 있다. 나아가 정치나 종교로부터 중립적인 교육을 받을 권리, 적 정한 환경에서 교육받을 권리 등이 있다. 19) 원칙적인 측면에서 본다면 교사의 교육 권은 그 자체가 독립적이기 보다는 아동과 학생의 학습권을 보장하기 위한 것이다. 17) 교육권이란 말도 협의로 볼 때 교사의 권리, 권한이란 의미로 쓰이며, 광의로는 여기에 교사의 권위와 생활보장권, 신분보장권 및 자율적인 교원단체 활동권 등을 포함한다. 그러므로 포괄적인 개념상으로 볼 때 교권이란 학생교육을 위하여 법이 인정한 교사의 권리와 힘, 그리고 사회적, 윤리적으로 교사의 지위와 전문적인 능력에 기초한 권한과 권위라고 정의할 수 있다. 최인화, 교원의 교육권 보장과 그 한계, 미국헌법연구 제22권 제3호(미국헌법학회, 2011), 447쪽. 18) 같은 글. 19) 실제로 학교 현장에서 교사의 교육권 행사가 학생이 가지는 헌법적 권리와 갈등을 빚는다든가 (예. 체벌, 소지품 검사, 학생의 사적 편지 개봉과 수첩확인, 사물함과 가방의 수색, 용의 복장 및 두발 단속, 학생의 프라이버시권의 행사에 대한 억압 등) 및 학부모의 교육권과의 법적인 갈등 (예. 학교 사고에 대한 책임의 한계, 교육과정편성 및 참여권, 학교 선택권, 교육에 대한 전문적 지도조언 요구권, 성적 평가에 대한 이의신청권 등)이나 충돌을 예견할 수 있으므로 교원의 교 육자유권은 교육조리 및 교육본질에 근거한 법적 조화 보완적 관계를 항시 부단히 모색하여 가 야 한다는 과제가 주어져 있다. 최인화, 같은글, 쪽. 145

154 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 따라서 교권은 학생인권과 대립되는 것이 아니라 상보적인 것이며, 적어도 교권 이 학생인권보다 앞서지 않는다. 교육기본법에서도 학교 운영 규칙과 교사의 교육할 권리가 학생들의 기본적인 인권을 침해해서는 안된다고 규정하고 있다. 교사에게 부여된 교육의 자유, 수업의 자유 와 이로부터 도출되는 교사의 직권은 학생의 교육 받을 권리 를 보장해야 한다는 의무에 기초하여 규정되고 행사되어야 하는 것이다. 20) 이러한 교육권과 인권의 쟁점이 되는 문제 중의 하나가 체벌이다. 부모에 의한 가벼운 체벌까지 완전히 금지되는 나라가 2010년 3월 330일 현재 25 개국에 달하 고 교사에 의한 체벌이 완전히 금지되는 나라가 약 90여 개국에 이르고 있음에도 불구하고 아직까지 교육수단으로서의 체벌의 합법성 또는 교육에의 합목적성이 세 계적으로 논의되고 있다. 21) 우리나라에서도 최근까지 체벌에 대한 논의는 진행 중에 있으며, 체벌의 허용여부에 대해서도 학교나 행정당국에서 모호한 입장을 취하고 있다. 체벌을 교육권의 일부로 보는 시각 때문에 체벌의 금지가 교육권의 축소로 이어진다는 주장이 강하기 때문이다. 학생 인권의 관점에서 본다면 체벌이 교육적인 효과가 있느냐 없느냐의 문제는 더 이상 논의의 대상이 되지 않는다. 체벌이 비인권적이라면 그것이 아무리 교육적 일지라도 시행되어서는 안되기 때문이다. 22) 그렇다면 문제는 학생에게 어느 정도의 인권을 허용할 것인가에 대한 그 사회의 성숙도와 교육적 수준에 달려 있다. 체벌 이 반드시 필요하다는 주장이 우세한 사회적 분위기에서는 체벌 없이는 효과적인 교육방법을 찾을 수 없다는 한계인식이 작용한 것이다. 체벌이 교육적으로 필요한 가를 교육자의 입장에서 고민하기 보다는 학습자의 입장에서 어떻게 받아들이고 있 는지에 대해서 우선적으로 성찰해 보아야 한다. Ⅴ. 결론: 인권에 대한 불교교육적 전망 불교에서는 서구적 개념의 인권이 존재하지 않는다. 연기적 세계관과 무아의 존 재론에서 인간만이 누릴 수 있는 배타적이고 독점적인 권한은 인정될 수 없다. 특 히 이성이라는 추상적인 특정성에 기반하여 인권을 규정할 경우, 학생을 이성이 완 20) 유성상, 학생인권 담론과 주요 쟁점 분석, 교육정치학 제18집 2호(한국교육정치학회, 2011), 248쪽. 21) 이종근, 체벌의 허용범위에 대한 비교법적 연구, 동아법학 제52호(동아대학교 법학연구소, 2011), 191쪽. 22) 비인권적인 것이 어떻게 교육적일 수 있을까라는 상식적 의문이 들 수 있지만, 우리나라처럼 입시지상주의 상황에서는 비인권적이면서도 교육적이라고 간주되는 현실이 얼마든지 가능하다. 146

155 불교에서의 종교교육과 인권ㆍ박범석 성되지 않은 미성년자로서 간주하여 무비판적으로 인권을 제한할 가능성이 크다. 결국 인권 문제의 해결 방식은 인간을 어떠한 존재로 규정하고, 학생을 어떠한 존 재로 인식하느냐에 따라 달라질 수 있다. 본 연구는 이러한 관점에서 서구적 인권개념의 한계를 지적하고 우리의 교육현장 에서 문제가 되는 학생 인권의 문제를 살펴보고자 하였다. 대학입학이 공교육의 목 적으로 변질되어 있는 지금의 현실에서 학생 인권에 대한 분명한 선을 긋기는 쉽지 않다. 그러나 제도나 행정에 앞서 우리의 인식의 변화가 이루어진다면 관습적으로 진행되어 온 인권의 억압에 대해서 충분히 개선할 수 있는 여지가 있다고 기대된다. 인권문제에 대한 불교교육적 전망을 정리하면 다음과 같다. 첫째, 개인주의적 인권에서 생태적 인권 개념으로의 전환을 필요로 한다. 개체성 과 실체개념에 입각한 자아의 개념으로는 환경과 생태를 둘러싼 전지구적인 문제상 황을 이해하고 극복하기는 요원하다. 개인주의는 이미 자아의 독점성과 배타성을 전제하기 때문에 상호의존적이고 관계중심적으로 이루어진 세계에 대한 책임성을 갖기 어렵다. 화엄의 세계관에 의하면 한 생명 속에 무량한 세계가 있고 그 무량한 세계마다 생명이 자리잡고서 다른 생명을 살리는 삶을 살고 있다. 이와 같이 생명 과 세계는 차별이 없기 때문에 모든 생명 속에 세계가 있고, 모든 세계 안에 생명 이 들어있다. 나와 다른 생명의 차별이 없는 무아의 인간관과 나와 모든 것들이 관 계되어 있다는 연기의 세계관에서는 모든 생명들이 나와 같이 소중하게 느껴질 수 밖에 없다. 최근의 환경문제, 동물보호문제, 생태위기 등의 모든 담론들은 이와 같 은 불교의 생태적 인권 개념으로 통섭될 수 있을 것이다. 둘째, 미성숙한 학생관에서 구도자적 보살관으로의 전환이 요구된다. 불교에 있어 서 동자( 童 子 )와 동녀( 童 女 )라는 말은 아동기와 청소년기를 모두 포괄한다. 대승불 교에서는 이들이 보살로서, 현실에서 이상을 추구하면서도 다른 사람들도 함께 이 끌어가는 능동적인 구도자로 표현된다. 화엄경의 선재동자나 대보적경에 나오는 묘 혜동녀와 정신동녀가 대표적인 사례이다. 우리나라에서는 미래의 부처님이신 미륵 보살이 항상 동자의 모습으로 나타나는 신라 화랑도에서도 그 예를 찾을 수 있 다. 23) 이러한 관점에서 청소년은 더 이상 미성숙한 존재도 아니며 수동적인 학습자 도 아니다. 오히려 성인들에게 영감을 주고 그들을 일깨워주는 보살로서 인식된다. 모든 존재가 관계로서 규정지어 진다는 불교적 관점에서는 지금의 청소년들은 기 성 세대들이 대하는 방식에 따라 자의식이 변화될 수 있다고 본다. 청소년들을 주 체적이고 책임성이 있는 존재로 존중해주면 그들은 그렇게 관계맺는 방식대로 행동 하고 성장할 것이다. 반면 수동적이고 미성숙하다고 치부한다면 그들은 의존적이고 23) 박선영, 불교와 교육사회 (보림사, 1983), 쪽. 147

156 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 어리석은 존재로 남을 수밖에 없다. 24) 교육에서 흔히 문제 아동 은 없다고 한다. 다만 그들을 이해하고 도와주지 못하 는 문제 부모 와 문제 교사 만이 있다는 것이다. 향후 학생 스스로가 인권을 자 각하고 주체적인 책임의식을 가질 수 있도록 도울 수 있는 성숙한 부모와 교사의 노력을 기대해 본다. 24) 6,10 만세 사건, 광주학생운동, 2,28 대구학생 의거, 신의주 학생의거, 4,19혁명 등과 같은 한 국 현대사의 가장 큰 사건들의 주역은 중학생과 고등학생들이었다는 점을 상기할 필요가 있다. 3.1 운동으로 옥사한 유관순 열사는 18세의 이화학당 소녀였다. 시대적 위기가 학생들의 성숙 을 진작시켰다고도 할 수 있으나, 그들의 주체적인 판단과 책임을 가능하게 하는 사회적 인식 에도 관심을 가져야 할 것이다. 148

157 불교에서의 종교교육과 인권ㆍ박범석 참고문헌 雜 阿 含 經 卷 45 박범석, 교육의 종교성 회복을 위한 통합적 접근, (동국대학교 박사학위논문 2004) 박선영, 불교의 교육사상, 서울: 동화출판사, 1981., 불교와 교육사회, 보림사, 안옥선, 개인주의적 인권 에 대한 불교적 비판, 춘계학술대회자료집(불교학연구 회, 2002) 유성상, 학생인권 담론과 주요 쟁점 분석, 교육정치학 제18집 2호(한국교육정 치학회, 2011) 윤종갑, 불교의 연기론적 생명관, 제28회 춘계학술대회논문집(한국정신과학회, 2008) 이수광, 학생인권 신장방안 연구, (강원대학교 박사학위논문, 2000) 이종근, 체벌의 허용범위에 대한 비교법적 연구, 동아법학 제52호(동아대학교 법학연구소, 2011) 조용훈, 동서양의 자연관과 기독교 환경윤리, 대한기독교서회, 최인화, 교원의 교육권 보장과 그 한계, 미국헌법연구 제22권 제3호(미국헌법 학회, 2011) Galtung, Johan, Human Rights in Another Key, Cambridge: Polity Press, Mill, J.S., 서병훈 역, 자유론, 책세상, Singer, Peter, 김성한 역, 동물해방, 인간사랑,

158 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 불교에서의 종교교육과 인권 에 대한 논평 예철해 (경희대학교) 별쇄본 참고 150

159 프로테스탄트 교육은 인권의 파트너가 될 수 있는가? -개신교 종교 교육과 인권의 불화 혹은 연대의 맥락에 관한 성찰- 손성현 *25) Ⅰ. 들어가는 말 영화보다 재미있는 인권 이야기 라는 부제를 달고 있는 불편해도 괜찮아 는 국 가인권위원회가 기획하고 경북대학교 김두식 교수가 집필한 책이다. 저자는 간단한 에피소드를 하나 소개하며 책을 시작한다. 마지막 교정 작업 중인 저에게 아내가 물었습니다. 당신이 이 책에서 말하려는 인권은 도대체 뭐야? 제가 대답했습니다. 남에게 대접받고자 하는 대로 남을 대접하라는 거야. 예수님 흉내를 낸 대답인데, 인권의 정신을 이보다 멋지게 요약한 문장도 없는 것 같습니다. 1) 누가복음서 (6:31)와 마태복음서(7:12)에 실린 예수의 가르침, 기독교의 창시자인 예수의 가르 침이야말로 인권 정신의 알짬이라는 것이다. 2) 그러나 이 영화보다 재미있는 인권 이야기 속에 잠깐씩 소개되고 있는 주류 기독교/교인의 모습은 예수의 그 말씀, 혹 은 그 인권 정신을 구현하기보다는 그것을 가로막는 실체로서 부각되기도 한다. 대 표적인 예가 동성애와 종교의 자유에 대한 근본주의적 기독교/교인의 대응이다. 3) * 감리교신학대학교 1) 김두식, 불편해도 괜찮아 (창비: 서울, 2010), 4쪽. 2) 마태복음서의 예수는 그것이 율법과 예언서의 본뜻이다. 라는 말을 덧붙임으로써 유대 경전/ 유대교와의 연속성을 강조한다. 그렇게 본다면 예수의 그 인권 정신 은 다시 유대교로 거슬러 올라간다고 말할 수 있다. 3) 위의 책, 73 76, 참조. 151

160 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 그리고 그들 역시 자신들의 입장을 성서의 말씀으로 정당화할 수 있다. 예수에게서 출발한 기독교/교회이건만 역사적으로 볼 때 보편적 인권 주장과 불화하며 마찰을 일으킬 때가 많았던 것이다. 물론 기독교 신앙에 기초하며 나름 인권 신장에 기여 한 사례도 적지 않을 것이다. 4) 그러므로 우리는 기독교와 인권의 관계가 다분히 양 면적이라는 사실을 의식하지 않을 수 없다. 그리고 만일 인권과 기독교 간의 긍정 적 관계 설정, 혹은 적극적 파트너십을 추구하는 사람이라면 이렇게 물어야 할 것 이다. 과연 어떤 기독교 가 인권에 기여할 수 있는 기독교일까? 16세기 이후 그 기독교/교회의 또 하나의 흐름이 된 개신교(프로테스탄티즘)의 경우는 어떠한가? 가톨릭교회의 입장에 저항(Protest)하는 사람 이라는 의미에서 프로테스탄트라는 이름을 얻게 된 사람들과 인권의 관계는 과연 어떠한가? 개신교 는 오늘 우리 사회의 인권 문제에 어떠한 방식으로 개입하고 있는가? 내가 보기에 는 두 가지 흐름의 저항 이 두드러진다. 하나는 타자의 인권을 최대한 존중하고 우 리 사회 안으로 품어 안으려는 노력에 노골적으로 저항하는 개신교의 모습이다. 그 리고 다른 하나는 권력에 의한 인권 유린에 저항할 뿐 아니라 우리 시대에 새롭게 형성되고 있는 인권 유린의 장치를 예의주시하고 이 새로운 형태의 인권 유린이 은 폐되고 망각되는 것에 저항하는 흐름이다. 5) 요컨대 인권의 걸림돌이 되고 있는 개 신교가 있는가 하면, 더욱 철저한 인권 실현을 위해 신앙적ㆍ신학적 실천을 경주하 는 개신교도 있는 것이다. 그러므로 인권 문제와 관련하여 모든 개신교의 입장을 어떤 하나의 저항 으로 환원하여 평가하는 것은 생산적인 논의에 별로 도움이 되지 않는다. 여기서도 개신교와 인권의 관계에서 나타나는 이러한 양면성을 놓치지 않 는 것이 중요하다. 개신교에서의 종교교육과 인권 에 대한 나의 글도 우선적으로 그 양면적 관계를 조망하려고 한다. 개신교의 교육 안에서도 인권에 맞선(against) 저항이 있는가 하 면, 인권을 위한(for) 저항이 있다는 판단을 전제한다. 그러나 이러한 시도는 개신교 또는 개신교 (종교) 교육을 추상적으로 양분하여 이론화하는 데 목적이 있는 것이 아니라, 그 양면성의 맥락을 살피면서 바람직한 종교교육의 내용과 틀과 방식에 대한 4) 예컨대 1789년 8월 26일 발표된 인권과 시민권 선언 에 대한 가톨릭 교권의 반응을 보자. 교황 비오 6세는 1979년 3월 10일자 소교서(Quod aliquantum)에서 하느님의 계시를 내세우며 가증 스러운 인권의 철학 (종교ㆍ양심ㆍ출판의 자유와 모든 인간의 평등)을 비난했다. 자유ㆍ평등ㆍ형 제애 는 가톨릭교회에서 오랫동안 악마의 표어로 여겨졌다. 반면 프랑스의 가톨릭 사제였던 앙리 밥티스트 그레과르(H.-B. Grégoire) 는 하층계급의 동등권과 보편적 인권의 실현을 위해 앞장 서서 싸웠으며 다른 성직자들에게도 큰 영향을 끼쳤다. 제2차 바티칸공의회 이후에는 프랑스 인 권 선언이 추구했던 보편적 인권의 내용이 원( 原 )그리스도교의 이상과 연결됐다. Hans Küng, Das Christentum, 이종한 옮김, 그리스도교 (서울: 분도, 2010), 쪽 참조. 5) 제3시대그리스도교연구소, 차별금지법 국면에서 인권으로 신학하다 (서울: 평화나무, 2008), 7 59쪽. 152

161 프로테스탄트 교육은 인권의 파트너가 될 수 있는가? 손성현 논의에 기여하는 데 있다. 이를 위하여 어린이의 종교 권리, 나아가 인간의 종교 권 리를 적극적으로 교육의 영역에 포함시키는 것의 필요성을 논하고, 인간의 종교 권리 관점에서 개신교 종교교육을 전개할 수 있는 가능성에 대해서도 이야기하고자 한다. Ⅱ. 프로테스탄트 교육과 인권의 관계 나는 개신교 교육이 인권과 관련하여 어떤 형태의 저항 을 보이느냐에 따라 최소 한 네 가지 관계 영역을 설정할 수 있다고 본다. 먼저, 개신교 교육이 사회적 차원 의 인권 문제에 대해서 어떻게 반응하는지 살펴보자. (1) 사회적으로 어느 정도 공 감대를 형성하고 있는 인권, 혹은 새롭게 논의되고 있는 주요 인권 현안에 대해서 격렬하게 저항하는 개신교 교육이 눈에 들어온다. 그런가 하면 (2) 바로 그런 인권 이슈를 적극적으로 받아들이고, 명시적으로나 암묵적으로 인권이 억압되는 메커니 즘에 저항하는 개신교 교육이 있다. 이 두 가지의 영역은 주로 기독교 외부에서 이 미 형성된 인권 문제, 즉 인권의 내용 에 대해 개신교 종교교육이 어떤 방식으로 대응하느냐 하는 물음과 관계된다. 그런데 그 다음으로는 비교적 개신교 종교교육 내부에서 이루어지는 다양한 형태의 수업과 관련된 물음을 던져 보려고 한다. 우리 의 종교교육은 어린이(청소년과 어른의 경우도 마찬가지다)의 종교 권리를 충분하 게 고려한 교육인가? 이것은 교육의 내용 보다도 그 교육이 이루어지는 방식 과 관 계된 물음이다. 이 물음 앞에서 나는 (3) 교육을 받는 사람들의 종교적 발달과 종교 권리를 거스르는 교육과 (4) 그런 종교 권리의 망각을 거스르는 교육의 맥락을 제 시하려고 한다. 이 네 가지 형태의 관계 영역, 혹은 관계의 맥락은 아래와 같은 도 표로 정리할 수 있다. 1. 인권에 맞서 저항하는 개신교 사회적 차원의 인권 문제 종교교육 (내용)에 저항하는 형태 -타권을 무시한 선교 교육 -근본주의적 도덕주의 교육 2. 인권을 위하여 저항하는 개신교 종교교육 -타권을 존중하는 경청의 교육 -소수자와의 연대 지향적 교육 어린이의 종교 권리에 저항하는 형태 3. 종교 권리를 거스르는 개신교 종교교육 - 하나님 중독 -어른 위주의 일방적 교육 4. 종교 권리 망각을 거스르는 개신교 종교교육 - 카스파 하우저 신드롬 에 저항 -어린이와 대화하는 종교교육 153

162 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 1. 인권에 맞서 저항하는 종교교육 한국 사회에서 개신교 종교교육이 보편적 인권에 맞서 저항하는 모습이 단적으로 드러난 것은 2004년 서울 D고등학교의 강의석 학생이 학교의 예배 강요에 반대하 면서 학생의 종교 자유를 주장하는 1인 시위를 벌이다가 제적된 사건이었다. 이 사 건을 통해서 한국 사회는 수많은 종교계 학교가 별 문제 의식 없이 모든 재학생들 을 상대로 시행하고 있었던 종교 행사, 예배 등에 대해 관심을 갖게 됐다. 개신교 학교인 D고등학교의 극단적인 조치 이후, 강 군은 법원에 퇴학처분 무효소송을 제 기하여 결국 승소했다. 그러나 그 이후로도 종교계 학교의 종교 강요는 계속됐다. 6) 2011년 12월 19일 서울시 교육청은 서울특별시의회를 통과한 서울특별시 학생인 권 조례 (이하 조례 )를 2012년 1월 26일 공포했는데, 그 가운데 제5절 제16조( 양 심ㆍ종교의 자유 )에는 이런 종교 강요를 금지하는 내용들이 나열돼 있다. 이 조례 에 따르면 학생에게 예배ㆍ법회 등 종교적 행사의 참여나 기도ㆍ참선 등 종교적 행위를 강요하는 행위, 특정 종교과목의 수강을 강요하는 행위, 특정 종교를 비 방하거나 선전하여 학생에게 종교적 편견을 일으키는 행위 등은 학교에서 금지된 다. 조례 는 학생인권 을, 대한민국헌법 및 법률에서 보장하거나 유엔 아동의 권리에 관한 협약 등 대한민국이 가입ㆍ비준한 국제인권조약 및 국제관습법에서 인정하는 권리 중 학생에게 적용될 수 있는 모든 권리로 이해한다. 그렇다면 그 권 리 가운데 하나인 양심ㆍ종교의 자유 를 거부하는 것은 사회적ㆍ국제적으로 인정 된 인권의 실현에 저항하는 셈이다. 종교학자 이찬수의 주장에 의하면, 인권은 나의 권리[ 自 權 ]이기도 하지만, 동시 에 남의 권리[ 他 權 ]이고도 하다. [ ] 인권으로서의 종교의 자유는 자발적 선교의 자유는 물론 강제로 선교되지 않을 자유까지 포함한다. [ ] 강제적 선교는 인간의 존엄에 기반한 종교의 자유권을 박탈하는 셈이다. 그러나 안타깝게도 한국 개신 교 종교 교육의 현장은 선교되지 않을 자유를 원천적으로 박탈하는 경우가 빈번하 다. 7) 개신교의 종교 교육이 개신교의 경전, 상징, 예배를 매개로 다른 사람, 즉 개 신교에 속하지 않는 사람을 변화시켜 개신교의 일원이 되게 만드는 선교/개종 교육 6) 손원영, 한국문화와 영성의 기독교교육 (서울: 대한기독교서회, 2009), 쪽은 이 사 건이 야기한 갈등의 상황을 간략하게 설명하고 이 갈등의 해결 가능성을 종교 교육적 입장에서 고민하면서 구체적인 대안을 제시하고 있다. 7) 이찬수, 한국 그리스도교 비평 (서울: 이화여자대학교출판부, 2009), 쪽. 이찬수에 의 하면 이런 한국 개신교의 선교적 종교 교육은 일반적 인권을 무시하는 것이면서 동시에 그리스도 교적 인권이 추구해야 할 방향과는 정반대의 길을 가는 것이다. 왜냐하면 그리스도교적 인권은 남의 권리를 찾아주는 데서 시작되고, 나의 권리는 결과적으로 주어지는 것이다. 남의 권리는 적 극적 요청이며 나의 권리는 그로 인해 주어지는 결과적 선물 이기 때문이다. 같은 책, 225쪽. 154

163 프로테스탄트 교육은 인권의 파트너가 될 수 있는가? 손성현 을 고수한다면, 그것은 인권의 주요 내용 가운데 하나인 양심ㆍ종교의 자유 에 맞 서 저항하는 교육이 되는 것이다. 다른 한편 개신교 종교교육은 그 밖의 다른 인권에 대해서도 근본주의에 기초한 저항의 움직임을 보인다. 가장 대표적인 예는 여성의 인권, 동성애자의 인권과 관련 된 것이다. 개신교 기독교교육학자이자 여성신학자인 임희숙에 의하면 한국 교회에 서 큰 영향력을 발휘하는 근본주의는 [ ] 전통적인 가족의 해체, 가부장적 권위의 상실, 전통적인 성 역할의 동요, 성 윤리의 파탄, 동성애의 수용, 다양한 가족 형태 의 발달 등 가족을 둘러싼 변화의 소용돌이에 휩쓸린 사람들에게 혼란과 위기의식, 불안감을 극복할 수 있는 확고한 가족관을 제시ㆍ보급하면서 강력한 사회문화적 응 집력과 정치적 역량을 발휘하고 있다. 그러나 이로 인해 권위주의적 가부장제 가 족 전통 이 옹호되고, 이에 상응하지 않는 모든 것은 죄로 단정된다. 그리고 이런 근 본주의의 입장은 성서에 대한 문자적 해석에 의해서 지지된다. 결과적으로 근본주의 적 결혼관과 가족관은 특정 교리를 중심으로 현대 가족의 사회문화적 변동에 저항 함으로써 탈권위주의와 양성 평등을 지향하는 시대의 흐름에 역행하고 있는 것은 분 명하다. 8) 임희숙은 적어도 한국 개신교의 다수 분파들을 지배하는 신학 노선 인 근본주의를 확신의 근거를 찾으려는 강박 (Sicherheitszwang) 아래서 추구되는 종 교적 아이덴티티 형성의 한 시도 로 보려고 한다. 이렇게 해서 형성된 아이덴티티는 독특한 멘탈리티와 결합하는데, 그것은 권위에 대한 맹종, 담론 능력의 결여, 자기 가 믿는 진리의 절대화, 자기와 다른 의견에 대한 공격 등으로 표현 9) 된다. 이렇게 근본주의적 토대 위에서 형성된 아이덴티티와 멘탈리티를 가지고 여성의 평등권을 충분히 인정하지 않는다든지, 성소수자의 인권을 부정하는 입장을 가르치는 개신교 종교 교육이라면 인권에 맞서 저항하는 교육이라 할 수 있다. 8) 임희숙, 기독교 근본주의와 교육 (서울: 동연, 2010), 쪽. 9) 위의 책, 임희숙은 독일에서 이루어진 근본주의 연구의 동향을 소개하는데, 거기에 는 현대에 대한 저항으로서의 근본주의 (Th. Meyer), 극단성으로의 도피로서의 근본주 의 (S.H. Pfürstner), 저항운동으로서의 근본주의 (M. Riesebrodt), 사회적, 문화적, 정치적 긴장 속의 선교적 근본주의 (H. Schäfer), 언어와 상상력에 대한 지배로서의 근본주의 (E. Rohr)가 있다. 임희숙은 이렇게 다양한 종류의 근본주의에 맞설 수 있는 탈근본주의적 성인 교육 을 촉구하는데, 이것은 불확실성의 불안에서 벗어나 은총의 자유를 수용할 수 있도록 용 기를 북돋아 주는 교육적 대안 이며 권위에 맹종하는 태도에서 벗어나 자기 주체적인 참여로 변화될 수 있는 교육 내용과 교육 방법 을 발전시키는 것이고 다름을 무조건 배척하지 않고 다름을 다름으로서 받아들이고 존중하는 교육 을 추구하는 것이다. 155

164 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 2. 인권을 위하여 저항하는 교육 개신교 종교교육에는 인권의 억압에 맞서 저항하는, 즉 인권의 온전한 실현을 지 향하는 종교교육이 있다. 이런 교육은 기독교와 인권 사이의 근본적 조화를 전제하 고, 나아가 그 둘 사이의 연대를 추구하는 신학의 바탕 위에서 이루어진다. 내용적 차원에서 개신교 신학과 인권의 긍정적 관계를 단정하는 사람들은 현대 적인 의미의 인권의 정신은 세계 대종교 전통의 보편적 사랑과 자비의 정신과 본질 적으로 다르지 않다 고 보면서 다양한 종교들의 경전에 근대적 의미의 인권 이라 는 낱말은 등장하지 않지만, 그럼에도 근대적 인권의 기초가 되는 인간 존엄성에 대한 선포는 보편적으로 확인된다. 10) 는 사실을 강조한다. 개신교 신학자로서 <평 화인권기독교교육연구소> 소장인 이춘선은 인권과 깊은 연관이 있는 기독교의 신학 적 주제 여덟 가지를 부각시킨다. 이춘선에 의하면 하나님이 사람이 됨, 예수(하 나님)의 십자가에서의 죽음, 예수의 부활, 하나님의 형상, 십계명, 기독교의 황금률, 하나님 나라: 인권의 완전한 실현, 예수 그리스도의 삶 은 모두 인권과 긴밀한 연관성이 있다. 예컨대 하나님은 예수를 통해 인간이 되시면서 어른 인간 이 되신 것이 아니라 인간 중에 가장 힘없고, 가진 것 없고, 보잘 것 없고, 무시되 기 쉽고, 폭력에 그대로 희생될 수밖에 없는 어린이(아기)가 되셨다. 또 예수는 어 린이를 사람 수에 넣지도 않던 시대에 어린이의 존재의 중요성을 인정하고 다른 사 람들에게도 그것을 가르치신 예수의 언행은 과히 오늘날 <UN아동권리협약>의 시 초라고 볼 수 있다. 이춘선은 구약과 신약성서의 가르침이 <세계인권선언문>과 내 용적으로 얼마나 상통하는지를 보여주기 위해서 선언문의 내용과 성서의 구절을 일 대일 대응시켜 놓는다. 그 목록에 의하면 <세계인권선언문>의 내용 대부분은 성서 의 구절과 별 문제 없이 호응한다. 11) 이러한 신학적 관점에 기초한 교육은 성서가 옹호하고 있는 인권, 특히 타권( 他 權 )이 훼손되고 무시되고 억압되는 시대적 흐름을 비판하고 거기에 저항할 수 있는 능력을 키우는 교육이다. 그런데 기독교의 인권 담론에서는 단순히 천부인권( 天 賦 人 權 )에 대한 문제의식을 뛰어넘는 성찰이 시도되고 있다. <제3시대그리스도교연구소>에서 활동하는 개신교 신학자 김진호는 민중신학자 안병무( )의 인권론에 기초하여 기독교적 인권 담론의 새로운 문제 설정을 강조한다. 김진호에 의하면 인권의 문제는, 첫째 로 신이 부여한 것이 아니라 신과 인간 사이의 대화적이고 과정적인 소통을 통해 10) 이찬수, 위의 책, 쪽. 11) 이춘선, 기독교와 인권: <한국 그리스도교의 인권담론과 신학적 성찰>에 대하여 (국가인권위 원회, 제11차 인권교육포럼 자료집, 2010), 쪽. 156

165 프로테스탄트 교육은 인권의 파트너가 될 수 있는가? 손성현 이해되어야 하고, 둘째로 보편성을 기각하고 체제와 박탈 대중의 관계, 심지어 심미 화된 내면성의 서사까지 나아가는 반인권적 장치를 비판적으로 드러내는 것이어야 한다. 그리고 마지막으로 그러한 시민 중심적 인식틀에서 비시민 중심적 인식틀에 로의 전환을 지향해야 한다. 12) 김진호의 이런 문제의식은 국가가 반인권적 실체 로서 국민 의 인권을 탄압하는 주요 세력으로 인식되던 1970년대의 상황과는 다 른 상황, 즉 현대 소비사회의 주체인 시민 세력이 시민의 경계 밖으로 밀려난 비 ( 非 )시민의 인권을 침해하는 상황에 대한 인식에 기초하고 있다. 김진호는 탈주체화 된 존재에 대한 관심을 중심으로 인권 담론을 새롭게 할 수 있는 단초를 안병무의 민중론에서 발견한다. 이 새로운 인권 담론의 미덕은 민주화 이후 형성된 새로운 인권 유린의 장치, 즉 시민사회가 적극적으로 공모하여 만들어가는 은폐된 가학 성의 체계 를 폭로하고 일상의 여기저기에 숨겨져 있는 배제와 차별에 의해 비시민 화, 비인간화된 존재들과의 적극적인 연대를 가능하게 해준다는 것이다. 13) 나아가 한국 기독교의 인권 담론이 침묵해온 유일한 주제 인 성적소수자 인권 문제에도 다가서서 자신의 성적지향을 비하하는 내부의 도덕률로 인해 외부에 도움을 요청 하지 못하는 성적소수자들의 고통의 심연을 직시 하고 그들의 인권이 침해당하는 현실을 고발할 수 있게 된다. 14) 새로운 인권 담론은 타종교를 가진 사람이나 특정 종교를 고백하지 않는 사람을 염두에 둔 종교교육에도 적용될 수 있다. 김진호는 타종교와의 대화에 적극적이었 던 종교해방신학자 변선환( )의 타종교의 신학 을 들음의 신학 으로 명 명하며, 그 신학에 기초한 종교교육의 가능성을 제안한다. 15) 이 신학은 기독교의 정체성은 자기 자신의 신조와 전통에만 몰두하는 데 있는 게 아니라, 타종교의 진 리와 지혜에 귀 기울이는 데서 발견될 수 있다는 주장 이다. 변선환의 급진적 대화 주의에 기초하여 종교교육을 고민한다면 결국 종교교육은 종교적 담론이 누군가 를, 나아가 무엇인가를 비존재로 취급하고 일방적인 자신의 주장에 따라 그(녀/것) 를 마음대로 하려는 태도를 반성하고 지양하게 하는 것에 관한 교육이라고 할 수 있다. 이러한 종교교육은 모든 타자화된 것과의 관계 재설정 을 추구하면서 그 타자들에 대한 기다림과 들음을 교육적으로 제도화함으로써 구체화될 수 있다. 12) 김진호, 한국 그리스도교의 인권담론과 신학적 성찰: 안병무의 신학을 중심으로 (국가인권위원 회, 제11차 인권교육포럼 자료집, 2010), 41 57쪽. 13) 김진호, 국경들 너머의 짐승들 혹은 인간들 차별금지법 국면에서 인권으로 신학하다 (서울: 평화나무, 2008), 쪽. 14) 이숙진, 성에 관한 억압과 폭력, 그 침묵의 카르텔을 깨기 차별금지법 국면에서 인권으로 신 학하다 (서울: 평화나무, 2008), 쪽. 15) 김진호, 기다림과 들음, 종교교육의 공교육화를 향한 하나의 제안 교육, 환상과 두려움을 넘 어서 (서울: 희망제작소, 2007), 쪽. 157

166 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 요컨대 인권을 위해 저항하는 종교교육은 전통적ㆍ근대적 의미의 인권이 권력에 의해 억압당하는 데 저항할 뿐 아니라, 사회적ㆍ문화적ㆍ종교적 의미의 타자들에게 귀를 기울이고 그들과 연대할 것을 교육적으로 동기 부여하는 것이다. 3. 어린이의 종교 권리를 거스르는 교육 1924년 유럽연맹이 채택한 최초의 아동권리선언(제네바선언) 제1조는 다음과 같 다. 어린이에게는 물질적으로나 영적으로나 정상적인 발달을 위해 필요한 수단이 반드시 제공되어야 한다. 이 선언문은 어린이에게 영적인 차원이 있음을 명시한 다. 그리고 어린이가 영적으로 정상적인 발달 을 할 수 있도록 적극적인 노력을 기울여야 함을 강조한다. 이것은 어린이의 종교적 권리에 대한 진단이며 그 권리의 향상을 위한 요청이라고 할 수 있다. 지금부터 나는 어린이의 종교 권리의 입장에 서 종교교육의 양면적 저항 을 살펴보려고 한다. 미리 말하건대, 이것은 단순히 어 린이에게만 국한된 문제가 아니라 청소년과 성인의 종교 권리로도 확대시킬 수 있 는 문제다. 나는 종교교육이 오히려 어린이의 종교적 발달에 심각한 장애를 일으키고 두려움 과 강박증을 유발함으로써 자유로운 인격 형성을 방해한다면, 그것 역시 인권 침해 의 한 양상이 될 수 있다고 본다. 만일 개신교 종교교육이 이런 방식의 교육을 의 식적ㆍ무의식적으로 재생산하고 있다면, 그것은 어린이의 종교 권리를 심각하게 거 스르는 것이다. 독일 튀빙겐대학교 개신교 신학부의 프리드리히 슈바이처(Friedrich Schweitzer) 교수는 이렇게 어린이의 자유로운 자기 형성, 어린이의 건전한 종교적 발달을 가로 막고 어린이의 내면을 아프게 하는 교육을 하나님 중독 (Gottesvergiftung)이라는 개념으로 표현한다. 16) 원래 이 개념은 독일의 정신분석학자 틸만 모저(Tilmann Moser)가 쓴 책의 제목으로서 17) 종교 교육에 의해 야기된 정신적 피해의 맥락을 서술하고 있다. 슈바이처는 이 개념을 종교교육학의 관점에서 좀 더 섬세하게 규정 한다. 그에 의하면 하나님 중독이란 어린이를 교묘하게 통제하고 조종하기 위해서 하나님을 끌어들이는 교육, 어린이를 부자유하게 하는 교육을 말한다. 가장 대표적 인 것이 벌주는 하나님 이미지로 어린이에게 겁을 주는 것인데 [ ] 하나님 중독 이라는 상징적 표현은 정도의 차이는 있지만 결국 하나님을 어떤 전능한 감시자 혹 16) Friedrich Schweitzer, Das Recht des Kindes auf Religion, 손성현 옮김, 어린이의 다섯 가 지 중대한 질문 (서울: 샨티출판사, 2008), 쪽. 17) Tilmann Moser, Gottesvergiftung (Frankfurt a.m. 1976). 158

167 프로테스탄트 교육은 인권의 파트너가 될 수 있는가? 손성현 은 심판관으로 내세우는 종교 교육을 가리킨다. 이런 식의 종교교육은 어린이의 내면에 고통과 강박 등 부정적 영향을 끼치게 되고, 훗날 어른이 된 뒤에도 이런 영향에서 완전히 자유로워지지 못하는 경우도 있다. 그 결과 기독교라는 종교에 계 속 남아있긴 하지만 그 동기가 두려움과 양심의 가책인 바람직스럽지 못한 상황이 나타나고, 다른 한편으로는 그런 부정적인 경험과 인상 때문에 평생 종교에 거리를 두는 일도 생긴다. 슈바이처는 이처럼 인간을 부자유하고 병들게 만드는 교육 의 문제점으로 다음과 같은 것을 나열한다. 18) 두려움과 죄책감 : 사랑의 하나님은 모든 걸 보시고 모든 걸 심판하신다. 성의 억압 : 육체에 대한 적대감, 혼전 성관계 금지에서 억압이 느껴진다. 종교의 이름으로 생각의 자유 금지 : 의심을 겉으로 표출해서는 안 되고 질문 을 하는 것조차 수상하게 생각한다. 신뢰할 수 없는 교회 : 교회의 지도자들마저 교회의 가르침을 지키지 않는다. 실패에 대한 두려움, 자기 자신에 대한 지나친 요구 : 하나님이 특별한 과제를 위해 나를 선택하셨고, 내가 그 기대에 미치지 못하는 것 같아 절망스럽다. 슈바이처는 종교교육의 이런 어두운 이미지가 독일에서 주로 복종 을 교육의 목 표로 삼던 시대( 년대)의 소산이라고 지적한다. 하나님 중독 의 종교교육 방식은 복종 이라는 교육 목표와 밀접한 관계가 있는 것이다. 독일의 종교교육에서 는 이미 그런 치명적 공모 관계의 영향력이 사라졌다고 하는데 19) 오늘 한국 개신교 종교교육의 상황은 어떠한가? 만일 우리의 종교교육이 신학적으로 심각한 문제가 있는 하나님 이미지, 즉 인간 의 모든 것을 감시하고 정죄하고 심판하는 하나님 이미지, 큰 성과를 요구하는 하 나님 이미지를 학생들에게 일방적으로 선전하고 유포하며, 학생들의 의심과 질문을 별로 고려하지 않는 방식으로 학교의 종교수업, 교회학교의 성경공부, 예배, 설교 등을 진행한다면, 그것은 어린이의 종교적 발달에 저항하는 교육이요 그로 인해 어 린이의 종교 권리를 침해하는 교육이다. 4. 어린이의 종교 권리 망각을 거스르는 교육 하나님 중독 에 대한 반감, 즉 인간을 부자유하게 만드는 극단적인 종교교육에 18) Friedrich Schweitzer, 위의 책, 쪽. 19) 위의 책, 쪽. 159

168 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 대한 반감은 또 다른 극단적 태도를 초래하는데, 그것은 일체의 종교교육에 대한 거부, 나아가 종교 그 자체에 대한 무시와 경멸이다. 역시 어른이 먼저 갖게 되는 이런 극단적 종교(교육) 거부의 태도로 인해 어린이는 제대로 된 종교교육을 받지 못한 채, 종교적 물음에 관한 한 심각한 무지와 무관심, 편견과 반감을 벗어나지 못 하고 미성숙 상태에 머물게 되는데, 앞서 언급한 슈바이처는 이것을 종교적 카스 파 하우저 증후군(religiöses Kaspar-Hauser-Syndrom) 이라고 지칭한다. 카스파 하우저는 1828년 5월 26일 독일 뉘른베르크 거리에 나타난 한 청소년이다. 그는 10 12년간의 어린 시절 대부분을 좁은 방에 갇혀 지냈다고 하는데, 그래서 그의 몸은 십대 중반이었지만 정신 연령의 여섯 살 정도에 불과했다. 슈바이처가 말하는 종교적 카스파 하우저 증후군이란 종교적 질문에 관한 한 철저하게 혼자 내버려 진 어린이의 상황 을 말하며, 이런 어린이의 운명은 삶과 죽음에 관한 질문, 신앙 과 하나님에 관한 질문이 있어도 엄마 아빠나 다른 어른의 관심과 도움에 의지할 수 없는 어린이의 경험과 상응한다. 20) 결과적으로 어린이는 종교적 물음에 대해 자신이 느끼고 생각하는 바를 누군가와 나누지 못한 채, 비록 다른 영역에서는 꾸 준히 충분한 성장과 성숙의 단계를 밟아 나가지만 종교적 영역에서는 미숙아 단계 에 머무는 모습을 보이는 것이다. 이런 극단적 상황에 대처한다는 명분으로 또 다시 극단적, 공격적, 일방적 종교교 육( 하나님 중독 의 교육)으로 돌아가지 않고 다른 방식의 길, 제3의 종교교육의 길 을 닦아나가는 것은 결코 불가능한 일이 아니며, 또한 꼭 필요한 일이기도 하다. 이 새로운 종교교육은 어린이에게 반드시 필요한 종교적 배움의 가능성을 차단하고 어 린이의 삶의 경험과 결부된 종교적 물음을 진지하게 받아들이지 않음으로써 어린이 의 종교적 발달을 위축시키고 어린이의 종교 권리를 망각 속으로 빠뜨리는 세속주 의적 흐름에 저항하는 종교교육이다. 그런데 이런 종교교육은 도대체 어디서부터 어떻게 시작해야 하는가? 슈바이처는 어린이의 중대한 질문 에서 시작하는 대화의 종교교육을 제안한다. 그에 따르면 이 질문은 어린이가 직접 우리에게 던지는 질문일 수도 있고, 우리가 어린이를 교육하면서 맞닥뜨리게 되는 질문일 수도 있다. 이 질문이 명시적이건 암 시적이건 어떤 종교적인 대답을 요구하기 때문에 중대한 질문인 것이다. 어른은 어린이가 던지는 이런 중대한 질문을 놓고 어린이와 대화하면서 어린이를 종교적으 로 동반할 수 있다. 어른이 과거에 자기가 겪었던 부정적인 경험 때문에, 혹은 질문 그 자체의 모호함 때문에 그 질문을 회피하지 않고 기꺼이 대화의 교육 방식을 선 택할 때 새로운 종교교육의 길이 열린다. 슈바이처가 가려낸 어린이의 중대한 질문 20) 위의 책, 70쪽. 160

169 프로테스탄트 교육은 인권의 파트너가 될 수 있는가? 손성현 다섯 가지와 그 각각의 질문에 따른 (종교)교육적 함의를 간략하게 정리하면 다음 과 같다. 21) 어린이의 일상과 관계된 중대한/종교적인 물음들 1. 나는 누구지? -나 자신에 대한 물음 2. 왜 죽어야 하지? -죽음에 관한 물음 3. 내가 맘 놓고 기댈 수 있는 곳은 어디지? -하나님에 대한 물음 4. 왜 다른 사람에게 잘 해줘야 하지? -윤리적 행동의 근거에 대한 물음 5. 왜 어떤 아이는 다른 종교를 믿어요? -다른 종교에 대한 물음 어린이의 종교적 물음이 담고 있는 신학적/종교교육학적 함의 -인간의 정체성 형성에는 모든 인간적 경험을 초월하는 어떤 심층적 차원이 내포돼 있다. -죽음에 관한 물음은 상당히 일찍부터 시작된다. -죽음은 우리의 삶을 비추어보게 하는 문제다. -삶의 근원적 아늑함에 대한 경험과 물음이 적절한 종교 언어와 만나면서 인성이 발달된다. -도덕이나 정의의 문제를 설명하는 과정에서 어떤 씩으로든 종교적 물음과 맞닥뜨리게 된다. -낯선 종교가 편견의 대상이 돼선 안 된다. -타종교에 비추어 자기 종교를 성찰할 수 있다. 이런 중대한/종교적 질문에 대하여 어린이가 주체적으로, 자유롭게 자기의 답을 찾아나갈 수 있도록 옆에서 그의 질문을 지지해 주면서 종교교육의 여정을 함께해 주는 것이야말로 어린이의 종교 권리를 진지하게 받아들이는 것이다. 거꾸로 이런 종교적 동반이 없는 교육, 다시 말해 건전한 종교교육의 포기는 어린이의 삶을 구 성하는 중대한/종교적 차원을 무시함으로써 통전적 교육을 침해하는 행위가 된다. 종교적 동반이 없는 상태에서 어린이의 자율적 판단만 강조하게 되면 종교적 카스 파 하우저 신드롬 을 효과적으로 막을 수 없다. 그러나 어린이가 어른과의 대화를 디딤돌 삼아 종교 문제에 대해서 깊이 성찰하고 주체적인 응답을 모색할 수 있는 능력을 신장하는 종교교육은 우리의 일상 속에서 종교적 차원을 삭제, 왜곡, 배제시 키는 세속주의적 흐름에 저항할 수 있는 교육이 될 것이다. 이러한 교육의 목표는 종교적 성숙 이다. 그리고 여기서 말하는 성숙 (Mündigkeit)은 훗날 어린이가 어떤 특정한 신앙을 거부하거나, 나아가 모든 형태의 종교를 거부하는 것까지도 담 을 수 있는 성숙이어야 한다. 22) 이러한 종교교육은 어린이의 자기 결정 권리를 최 대한 존중하는 교육이기 때문이다. 이러한 종교교육이라면 어린이 교육에 꼭 필요한 부분이라고, 교육에서 없어서는 안 될 필요조건이라고 주장할 수 있지 않을까? 뒤집어 말하면, 이런 종교교육을 배제한 교육은 온전한 교육이 될 수 없다고 주장할 수 있지 않을까? 어린이의 종교 권리를 21) 위의 책, 쪽. 22) 위의 책, 쪽. 161

170 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 존중하며, 어린이의 종교적 질문에 기초하여 어린이의 종교적 발달을 동반하는 교육은 어른에게도 자신의 종교적 질문과 새롭게 마주할 수 있는 기회가 된다. 어쩌면 그것 은, 일체의 종교적 질문을 망각하게 만드는 소유 지향, 소비 지향의 강(레테)을 힘겹게 거슬러 올라가는 웅숭깊은 진리(알-레테-이아)의 여행이 될 수도 있을 것이다. Ⅲ. 인권교육과 종교교육의 맞물림을 위한 시도 모든 교육에 종교교육이 포함되어야 한다는 명제는 오늘날 우리 사회에서 당연한 것으로 받아들여지지 않는다. 굳이 종교라는 요소가 없어도 교육은 큰 문제없이 굴 러갈 수 있다는 통념이 있는 것 같다. 오히려 그 종교/종교교육 때문에 큰 논란이 벌어지는 현실을 생각하면 아예 종교교육, 혹은 종교에 대한 교육이 없다면 교육이 편안해질 것이라고 생각하는 사람들도 있을 것 같다. 인권에 대한 교육도 마찬가지 다. 비록 양심ㆍ종교의 자유 가 인권의 중요한 내용 가운데 하나지만, 그저 다른 사람의 종교에 참견하지 않는다, 정도의 합의만 있으면 충분하지 않을까? 결코 그렇지 않다. 일단 위에서 우리가 논의한 것을 근거로 하여, 어린이의 종교 적 질문을 무시하지 않고 진지하게 받아들이기 위해서라도 종교교육은 꼭 필요하다 고 말할 수 있다. 그런데 여기서 한 걸음 더 나아가, 다원화된 우리 시대의 갈등을 제대로 이해하고 적절하게 대처하기 위해서도 종교교육이 필요함을 보여주는 사례 들이 있다. 세계적인 가톨릭신학자 한스 큉은 최근 프랑스의 이슬람 여자 두건 논 쟁과 관련하여 한 가지 흥미로운 지적을 한다. 가톨릭교회와 정치적 긴장관계에 있 던 프랑스 정부는 제3공화국( ) 이래로 라이시테 (laïcite) 정신을 정착 시켰는데, 이슬람 여성 두건 문제와 같은 민감한 문제가 터지자 23) 그 정신의 문제 가 드러났던 것이다. 현재의 프랑스 시민들은-엘리트 계층까지 포함하여-여러 가지 면에서 종교 교 육을 제대로 받지 못하고 자란 사람들이며, 그래서 이슬람과 맞닥뜨릴 준비가 제대 로 돼있지 않은 상태다. 개인적인 차원의 그리스도교 신앙이 허용되고 있긴 하지만 23) 차병직, 인권 (서울: 살림출판사, 2006), 65쪽에 의하면 라이시테 정신은 비종교성 을 의미 하는데, 국가권력은 이 원리에 따라 종교에 관여하지 않으며, 사회적으로 특정 종교를 드러내 는 모든 일이 금지된다. 그런데 1989년 파리 교외 어느 중학교에 재학 중인 이슬람 여학생 세 명이 차도르를 쓰고 등교하기를 고집했는데, 학교는 이것이 특정 종교를 드러내는 행위로서 라 이시테 정신에 어긋난다면서 세 명 모두 퇴학시켜 버렸다. 그러자 종교의 자유와 소수 민족 인 권 문제를 제기하며 라이시테에 반대하는 쪽과, 여성 해방의 관점에서 라이시테를 강력 지지하 는 쪽이 팽팽하게 맞서며 격론을 벌였다. 162

171 프로테스탄트 교육은 인권의 파트너가 될 수 있는가? 손성현 [ ] 거의 사멸한 것이나 다름없으며, 자기 문화의 종교적 배경에 대한 지식도 많이 사라져 버렸다, 그래서 프랑스 대통령 시라크는 자신의 연설을 통해 공립학교에서도 종교 현상(fait religieux)에 대한 수업 을 전개해야 한다고 말했다. 프랑스 교육부도 공립학교 학생들에게 라이시테 체제의 틀 안에서 종교와 윤리에 대한 최소한의 정보 를 제공해 줄 수 있는 방안을 고민하기 시작했다. 24) 우리 세계의 다원화는 더 이상 거스를 수 없는 흐름이 돼버렸다. 그 흐름 속에서 종교적 다양성과 관련된 갈등이 불거질 때가 자주 있다. 큉이 지적한 프랑스의 상 황은 비종교성을 추구하며 종교교육을 배제한 프랑스 사회가 결국 민감한 종교적 갈등 상황에 제대로 대처하지 못하는 상황이다. 그리고 이런 무능력을 개선하기 위 해서 다시금 종교교육의 가능성을 타진하고 있는 모습을 보여준다. 다원화된 사회 에서 종교적 갈등을 무조건 부정적인 것으로 볼 필요는 없다. 각각의 종교와 문화 에 대한 충분한 상호이해를 바탕으로 대화와 타협이 이루어진다면 그 갈등은 오히 려 더욱 지속적이고 평화로운 공존의 실천적 지혜가 구축되는 데 기여할 수 있을 것이다. 위의 사례는, 다원화된 사회에서는 종교에 대한 방임보다는 종교로 인한 갈 등과 대립의 해결 능력이 더 중요하며, 그런 역할을 감당할 수 있는 잠재력이 종교 교육에 있음을 보여주는 것이라고 할 수 있다. 우리는 종교로 인한 갈등이 폭력적 대결로 번져나갔을 때 인류가 얼마나 큰 고통 과 불행을 겪게 되는지를 직간접적으로 잘 알고 있다. 내가 보기에 종교교육은 그 갈등을 미리 방지하거나, 혹은 그 갈등의 상황 속에서 상대방의 종교와 권리를 존 중하면서 공존할 수 있는 길을 가장 잘 학습할 수 있는 잠재력을 가진 교육의 현장 이다. 종교교육은 종교 간의 분쟁으로 말미암아 나의 인권이 침해당하고, 또한 남의 인권도 침해당하는 상황을 방지할 수 있는 교육, 그래서 궁극적으로 인권을 위해 기여할 수 있는 교육이다. 그렇다면 인권을 위한 교육은 종교 의 차원을 배제할 수 없다. 이는 종교교육이 내용적인 측면에서나 교육 방식의 측면에서 인권 문제 를 고려하지 않을 수 없는 것과 비슷하다. 인권교육 과 종교교육 은 서로 맞물리 며 협력할 수 있다. 나의 이런 진단을 좀 더 구체화하기 위해서 먼저 종교 를 적 극적으로 인권교육에 포함시킨 사례를 소개하고, 이어서 인권 에 기여하는 종교교 육의 모델을 제안해 보려고 한다. 24) Hans Küng, Der Isalm (München: Piper Verlag, 2006), S

172 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 1. 종교 를 끌어안은 인권교육 국제사면위원회 홍콩지부가 1998년 펴낸 인권을 위한 우리 모두, 우리 모두를 위한 인권(All for Human Rights, Human Rights for All: A Teacher s Resource Book) 의 1단원은 어린이들이 인권에 대한 기본적인 이해에 도달할 수 있게 도와 주는 학습 내용들이 소개돼 있다. 그런데 1단권의 제6과 아동에게 필요한 것 에서 는 인간의 영적/종교적 차원을 비중 있게 다루고 있다. 25) 이 수업의 목표는 아동의 권리에 대하여 구체적으로 토론해 봄으로써 인권과 인 간에게 필요한 것 사이의 관계를 강조하는 데에 있다. 수업이 시작되면 학생들은 약 3 4명 단위로 조를 만든다. 각 조마다 학생의 키만 한 종이와 필기도구를 나눠 준다. 각 조는 종이 위에 한 사람의 윤곽을 그린다. 그리고 그 윤곽에게 어떤 아동 의 이름을 붙여준다. 각 조의 학생들은 이 아동을 책임지고 돌보는 사람들이 된다. 그리고 아래의 <지시사항>을 따른다. 아동의 몸을 세 부분-머리 부분, 가슴 부분(여기에 심장 모양을 그려 넣어도 좋다), 신체의 나머지 부 분-으로 나눈다. 이 아동이 다 자랐을 때, 성격이 어떨지를 결정한다. 그 결정에는 반드시 다음과 같은 특성들이 포 함되어야 한다. 가. 정신적 특성(교육받았음 등)-이 특성을 머리 부분에 쓴다. 나. 영적 특성(종교 등)-이 특성을 가슴 부분에 쓴다. 다. 육체적 특성(건강 등)-이 특성을 신체의 나머지 부분에 쓴다. 위 2번 단계에서 결정한 특성들을 갖춘 사람이 되기 위하여 이 아동에게 필요한 자원들의 목록을 만 든다. 이 자원들에는 반드시 아래 세 가지 필요와 관련한 인간적ㆍ물질적 자원들이 포함되어야 한다. 가. 정신적 필요(도서 등)-여기에 포함되는 자원들은 머리 부분에 쓰거나 그린다. 나. 영적 필요(교회 등)-여기에 포함되는 자원들은 가슴 부분에 쓰거나 그린다. 다. 육체적 필요(음식 등)-여기에 포함되는 자원들은 나머지 신체 부분에 쓰거나 그린다. 각 조는 위의 <지시사항>에 따라서 조 안에서 함께 토론을 하면서 그 아동의 특 성을 써서 그림을 채우고 난 뒤 교실에 전시한다. 그리고 각 조는 그 조가 그린 아 이를 설명한다. 설명을 모두 마친 후에는 모두 모여 다음과 같은 질문에 대해 토론 한다. 가장 흔하게 나타난 필요는 무엇이었는가? 그 이유는 무엇인가?, 어떤 사 25) 유네스코한국위원회 엮음, 아시아의 인권교육: 호주ㆍ인도ㆍ홍콩 편 (서울: 도서출판 사람생 각, 1999), 쪽에 나와 있는 수업계획안을 약간 변형하여 여기에 소개한다. 164

173 프로테스탄트 교육은 인권의 파트너가 될 수 있는가? 손성현 람에게는 없는 필요가 다른 사람에게 있는 이유가 무엇인가? 이러한 필요는 모든 아동들에게 해당되는 필요라고 생각할 수 있을까?, 이와 같은 여러 가지 필요들 중에서 우리나라에서 무시되고 있는 것이 있는가? 위의 수업 계획안이 정확하게 어떤 연령대를 위한 것인지는 정확하게 나와 있지 않으나, 비교적 낮은 연령대의 어린이들을 위한 수업에 적합할 것이라고 추측할 수 있다. 이 수업에서는 인간의 영적 특성 (spiritual characteristics)이 정신적ㆍ육체 적 특성과 나란히 비중 있게 다루어지고 있다. <지시사항>을 보면 이 영적 특성 은 종교와 관련된 것임이 분명해진다. 영적 필요 를 채울 수 있는 것으로는 교회 등 의 종교공동체가 예시되기도 한다. 이 수업은 종교적 차원도 어린이/인간에게 반 드시 필요한 것이며, 그래서 인권과 관련된 것임을 학생들이 주지할 수 있도록 구 성돼 있다. 영적 특성 이 머리와 다른 신체 부위를 잇는 가슴에 위치한 것도 눈여 겨볼 필요가 있다. 또한 그 영적인 영역에 대한 다양한 표상과 견해가 교환되는 시 간을 통해서 학생들은 영적인 것의 너른 스펙트럼을 경험할 수 있다. 그리고 그것 이 별로 주목을 받지 못하고 있는 사회적 분위기가 그저 당연한 것이 아님을 감지 하는 낯설게 하기 효과도 가능할 것이다. 예컨대 오늘 한국 사회 속에서 자라나는 아이들에게 이런 인권 교육을 했을 때, 다음과 같은 질문이 떠오를 수 있지 않을 까? 우리나라에서는 어린이의 정신적/지적 필요와 육체적/영양적 필요는 넘치도록 공급되고 있는데, 영적/종교적 필요는 무시되고 있는 것 아닌가? 2. 인권 을 끌어안은 종교교육 이런 맥락에서 우리는 개신교 신학자요 종교교육학자인 손원영의 문제 제기에 주 목할 필요가 있다. 26) 그는, 한국의 국ㆍ공립학교에서 종교교육 자체가 시행되지 않 는 것은 헌법 제20조 제2항 종교와 정치는 분리된다. 라는 규정과, 교육기본법 제6조 2항 국가 및 지방자치단체가 설립한 학교에서는 특정한 종교를 위한 종교교 육을 하여서는 아니 된다. 라는 규정을 지나치게 소극적으로 해석한 결과라고 본 다. 그에 의하면, 이것은 오히려 헌법의 위배다. 헌법 제31조 제1항에 따라 모든 국 민이 교육을 받을 기본적인 권리를 가지고 있고, 그 권리 속에는 종교교육도 포함 되기 때문이다. 특정한 종교를 위한 종교교육 이 문제가 될 뿐이다. 그래서 한국 의 초ㆍ중등학교에서, 특히 국ㆍ공립학교에서는 반드시 중립적인 입장에서, 그리고 특정한 종교가 아닌 보편적 차원에서, 인류 공통의 정신적 유산인 종교를 가르치는 26) 손원영, 새 시대 새 포도주: 새로운 교회교육과 학교 종교교육 (서울: 도서출판 kmc, 2011), 쪽 165

174 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 종교교육이 요청된다. 한편 기독교학교의 종교교육의 경우는 그 학교의 모든 학생 들에게 기독교를 강요하는 형태의 교육이 지양되고 기독교 신앙에 관심을 가진 이 들을 위한 종교교육 이 추진돼야 한다는 것이다. 국공립학교에서 추진되는 보편적 종교교육 은 종교적 갈등을 최소화하고 인생의 궁극적인 질문에 해답을 제공할 수 있는 교육이어야 하며, 기독교학교에서 이루어지는 종교교육의 특수성 은 특 정 종교를 강요하는 차원의 교육이 아니라 신학적 성찰에 따른 가치 지향적 교육 이어야 한다. 나는 손원영의 주장에 전적으로 동의하면서, 이렇게 보편성(국공립 초중등학교)과 특수성(기독교학교)을 갖춘 종교교육 형태야말로 학생들의 인권에 최대한 기여하는 종교교육의 틀이라고 확신한다. 그것은 자라나는 모든 어린이의 종교적 권리에 합 당한 보편적 교육이며, 동시에 다른 신념을 가진 학생들의 권리를 존중하는 특수 교육이기 때문이다. 이런 종교교육의 틀 속에서 프로테스탄트 종교교육은 인권의 중요한 파트너가 될 수 있다. 문제 지향적 종교수업 (Problemorientierter Religionsunterricht)은 20세기 독일 개신교 종교교육이 발전시킨 여러 교수학 모델 가운데 하나다. 이 모델은 우리 시 대의 현안 문제에 무관심한, 성서 일변도의 종교 수업을 탈피하여 이 세상의 문제 를 향해 적극적으로 다가서려는 교수학 모델이다. 27) 당대가 고민하고 있는 정치적, 사회적, 경제적 문제를 종교 수업 안으로 끌어안으려 했던 문제 지향적 종교수업 은 이 세상의 문제를 성서 텍스트만큼이나 비중 있게 다루면서 콘텍스트와 텍스트 사이의 상호연관성을 추구했다. 좀 더 구체적으로는 콘텍스트 안에 있는 문제를 해 결할 수 있는 잠재력 을 성서 텍스트 안에서 찾으려고 했다. 세계적인 신약학자로서 종교교육에도 지대한 관심을 보이고 있는 게르트 타이쎈 (Gerd Theißen)은-비록 구체적인 수업 계획서를 제시하지는 않았지만-성서 안에 나타난 입장 바꾸기 (Positionswechsel) 모티브를 활용한 문제 지향적 모델 의 가 능성을 피력한다. 28) 너희 가운데서 누구든지 위대하게 되고자 하는 사람은 너희를 섬기는 사람이 되어야 하고, 너희 가운데서 누구든지 으뜸이 되고자 하는 사람은 모든 사람의 종이 되어야 한다. (마가복음서 10:43) 그는 하나님의 모습을 지니셨 으나, 하나님과 동등함을 당연하게 생각하지 않으시고, 오히려 자기를 비워서 종의 모습을 취하시고 사람과 같이 되셨습니다. 그는 사람의 모양으로 나타나셔서 자기 를 낮추시고, 죽기까지 순종하셨으니, 곧 십자가에 죽기까지 하셨습니다. (빌립보서 27) 손성현, 최근 독일의 종교교육학 스케치, 제3시대그리스도교연구소 엮음, 촛불과 광장, 정치 와 종교 (서울: 동연출판사, 2009), 쪽. 28) Gerd Theißen, Zur Bibel Motivieren, 고원석ㆍ손성현 옮김, 성서, 어떻게 가르칠 것인가 (서울: 동연출판사, 2010), ; 쪽. 166

175 프로테스탄트 교육은 인권의 파트너가 될 수 있는가? 손성현 2:6 7) 성서의 곳곳에서 발견되는 입장 바꾸기 모티브는 우리로 하여금 다른 사 람의 입장을 고려하여 자신의 특권까지 포기할 수 있는 가능성에 대해 생각해 보게 한다. 타이쎈은 말한다. 성서의 이야기와 이미지를 통해, 입장 바꾸기 모티브의 빛 에서 자기의 삶을 성찰하며 살아가고 싶다는 생각을 한 사람 - 그의 결단과 행동은 결코 약한 사람(예컨대 어린이)의 입장을 외면하지 않을 것이다. [ ] 입장 바꾸기 모티브를 예로 들어서 보여주려고 했던 것은, 성서의 감춰진 지혜 안에 문제 해결 의 잠재력 이 있다는 사실이다. 29) 타이쎈에 의하면 입장 바꾸기 모티브는 겸손 이 라는 덕목과도 통하는데, 이것은 약자를 통제하기 위한 수단으로 오용되는 이데올 로기가 아니라, 한 사람이 어떤 서열에 있건, 어떤 지위에 있건 상관없이 그 사람 의 가치를 인정해 주는 것이며, 높은 사람이건 낮은 사람이건 평등하게 대하는 것 30) 을 의미한다. 타이쎈이 제시하는 문제 지향적 성서 수업, 즉 입장 바꾸기 모티브 의 빛에서 오늘 우리의 삶을 되돌아보는 것은 인권 을 적극적으로 끌어안은 종교수업으로 발 전될 가능성이 충분하다. 소수자의 상황을 직접 체험해 봄으로써 그 사람의 입장이 되어 보는 훈련은 여러 인권 교재의 필수 코스이기도 하다. 31) 그만큼 입장 바꾸기 는 인권, 특히 차별을 당하는 사람, 비존재화된 약자, 다른 신념을 가진 소수자의 인권을 진지하게 생각해 볼 수 있는 종교수업의 주제가 될 수 있다. 이 논문의 들 머리에서 소개한 김두식 교수도 남에게 대접받고자 하는 대로 남을 대접하라 는 예 수의 말씀이 인권 정신의 총화라고 했는데, 이 가르침도 성서에 나타난 대표적인 입장 바꾸기 모티브일 것이다. Ⅳ. 나가는 글: 두 마리 늑대 이야기? 이 논문을 시작하면서 나는 어떤 기독교 가 인권에 기여할 수 있는 기독교인가를 묻지 않을 수 없는 처지를 이야기했다. 이 논문의 주된 질문, 즉 개신교 종교교육과 인권의 관계에 대한 질문 앞에서 나는 다시 어떤 개신교 종교교육 이 인권의 파트 너가 될 수 있는가 라는 자기 질문을 품고 글을 전개해 나갔다. 개신교 안에는, 개 신교 종교교육 안에는 하나의 단일한 흐름만이 있다고 생각하는 것은 대단히 유치 한 사고방식이다. 그러나 우리는 그 유치함이 놀라울 정도로 보편화되어 폭력적인 29) 위의 책, 쪽. 30) 위의 책, 210 쪽. 31) 예컨대 인권교육센터 들 에서 지은 인권교육, 날다 (수원: 도서출판 사람생각, 2008). 167

176 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 힘으로 위세를 떨칠 수 있다는 사실을 알고 있다. 기독교, 아니 개신교, 아니 개신 교 종교교육 안에 있는 다양성을 단일한 색깔 내지 진영으로 환원시켜 원색적으로 비난하는 여론이 있는가 하면, 거꾸로 그런 비난에 맞서는 단일한 이권 집단을 꿈 꾸며 자기 안의 소수의 목소리를 악마화하는 교권이 있다. 따라서 다양한 흐름의 맥락을 소개하는 것은 거기에 저항하는 의미 있는 작업이 될 수 있다. 내가 구분한 네 가지 형태의 개신교 종교교육은 정적인 구분이 아니라 동적인 구분의 시도다. 나누어 규정지으려는 구분이 아니라 자기 스스로를 돌아보며 긍정적인 변화를 추구 할 수 있게 하려는 구분인 것이다. 인권의 빛에서 개신교 종교교육의 미래는 어떤 종교교육이 더욱 활발해지느냐에 달려 있다. 인권을 위해 저항하는 프로테스탄트 종교교육, 인간의 종교 권리 망각에 저항하는 프로테탄트 종교교육이 더욱 활발해져서, 어린이의 종교 권리를 훼손하고 보편적 인권에 저항하는 종교교육의 위세를 자연스럽게 눌러 이기기 위해서는 안팎 의 관심과 지원이 절실히 요구된다. 그런 의미에서 이미 많은 사람들에게 잘 알려 진 <두 마리 늑대 이야기>로 글을 마무르려고 한다. 옛날에 한 인디언 노인이 어린 손자손녀에게 이런 이야기를 들려주었다. 어느 날 할아비 마음속에 사는 늑대들이 싸우기 시작했단다. 늑대 두 마리가 서로 싸우기 시작한 거야. 한 마리는 두려움과 분노와 시기심과 슬픔과 후회와 욕심과 오만함과 자기연민과 죄책감과 원한과 열등감과 거짓말과 자만심과 우쭐거림과 그리고 자존심이 하늘을 찌르는 녀석이었단다. 다른 한 녀석은 즐거움과 평화와 사랑과 희망과 나눔과 평온과 겸손함과 친절함과 자비심과 우정과 동정과 너그러움과 진실과 공감과 신념으로 가득한 놈이었다. 너희들도 언젠가 어른이 되면 마음속에 사는 이 늑대 두 마리가 싸울 때가 있을 거란다. 아이들은 잠시 이 말을 곰곰이 생각해보더니 한 아이가 할아버지에게 물었다. 어떤 늑대가 이겼나요? 노인의 대답은 간단했다. 그야, 이 할아비가 먹이를 주는 쪽이지. -조 비테일, 인생의 놓쳐버린 교훈 중에서- 168

177 프로테스탄트 교육은 인권의 파트너가 될 수 있는가? 손성현 참고문헌 김두식, 불편해도 괜찮아 (창비: 서울, 2010). 손원영, 한국문화와 영성의 기독교교육 (서울: 대한기독교서회, 2009). 손원영, 새 시대 새 포도주: 새로운 교회교육과 학교 종교교육 (서울: 도서출판 kmc, 2011). 유네스코한국위원회, 아시아의 인권교육: 호주ㆍ인도ㆍ홍콩 편 (서울: 도서출판 사 람생각, 1999). 이찬수, 한국 그리스도교 비평 (서울: 이화여자대학교출판부, 2009). 인권교육센터 들, 인권교육, 날다 (수원: 도서출판 사람생각, 2008). 임희숙, 기독교 근본주의와 교육 (서울: 동연, 2010). 제3시대그리스도교연구소, 차별금지법 국면에서 인권으로 신학하다 (서울: 평화나 무, 2008). 차병직, 인권 (서울: 살림출판사, 2006). Hans Küng, Das Christentum, 이종한 옮김, 그리스도교 (서울: 분도, 2010). Hans Küng, Der Isalm (München: Piper Verlag, 2006), Friedrich Schweitzer, Das Recht des Kindes auf Religion, 손성현 옮김, 어린 이의 다섯 가지 중대한 질문 (서울: 샨티출판사, 2008) Gerd Theißen, Zur Bibel Motivieren, 고원석ㆍ손성현 옮김, 성서, 어떻게 가르칠 것인가 (서울: 동연출판사, 2010) 김진호, 한국 그리스도교의 인권담론과 신학적 성찰: 안병무의 신학을 중심으로 제11차 인권교육포럼 자료집 (국가인권위원회, 2010), 41 57쪽. 김진호, 국경들 너머의 짐승들 혹은 인간들 차별금지법 국면에서 인권으로 신학 하다 (서울: 평화나무, 2008), 23 27쪽. 김진호, 기다림과 들음, 종교교육의 공교육화를 향한 하나의 제안 교육, 환상과 두려움을 넘어서 (서울: 희망제작소, 2007), 쪽. 손성현, 최근 독일의 종교교육학 스케치, 제3시대그리스도교연구소, 촛불과 광장, 정치와 종교 (서울: 동연출판사, 2009), 쪽 이숙진, 성에 관한 억압과 폭력, 그 침묵의 카르텔을 깨기 차별금지법 국면에서 인권으로 신학하다 (서울: 평화나무, 2008), 28 42쪽. 이춘선, 기독교와 인권: <한국 그리스도교의 인권담론과 신학적 성찰>에 대하여 제11차 인권교육포럼 자료집 (국가인권위원회, 2010), 66 80쪽. 169

178 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 프로테스탄트 교육은 인권의 파트너가 될 수 있는가? 에 대한 논평 김진호 (제3시대그리스도교연구소) 별쇄본 참고 170

179 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 *32) Ⅰ. 서론 최근 들어 몇몇 시ㆍ도교육청을 중심으로 학생인권조례 1) 가 제정되면서 학생인 권 2) 은 학생, 학부모, 교육자, 인권 운동가들뿐 아니라 일반 시민들에게도 관심의 대 * 가톨릭대학교 1) 본 연구가 진행되고 있는 2012년 4월 현재 학생인권조례 를 제정한 시ㆍ도교육청은 16곳 중 경기도 교육청(경기도 조례 제4085호, 공포), 광주광역시 교육청(광주광역시 조례 제4017호, 공포), 서울특별시 교육청(서울특별시 조례 5027호, 공포) 등 세 곳이었다. 그 외 전북, 전남, 강원, 충북, 충남, 경남 등 다른 시ㆍ도교육청에서도 조례 제정을 추진 중에 있다. 2) 국내에서 학생인권에 관한 연구가 활발해 진 것은 2001년 국가인권위원회의 출범과 2004년 학내 종교 자유의 문제가 사회적 이슈가 된 이후로서 비교적 최근의 일이다. 학생인권과 관련 한 최근 10년간의 연구를 분석해본 결과 인권교육 관련 내용과 학생인권조례 관련 내용이 두드러졌다. 인권교육 과 관련된 내용으로는 다음을 참조: 구정화, 유엔아동권리협약을 고려한 학교 인권 교육의 방향, 사회과교육 48(서울: 한국사회과교육연구학회, 2009), 1-12쪽; 구정화, 인권 교육 연구학교 운영에 나타난 인권교육 의 실천적 특성과 한계, 사회과교육 49(서울: 한국 사회과교육연구학회, 2010), 1-16쪽; 구정화 외, 교사를 위한 학교인권교육의 이해 (서울: 국 가인권위원회, 2005); 박상준, 인권 교육의 통합적 접근에 대한 이론적 연구, 시민교육연구 35(서울: 한국사회과교육학회, 2003), 쪽; 이대성, 중등학교에서 법과 인권교육의 현 황과 과제, 법과인권교육연구 1(서울: 한국법과인권교육학회, 2008), 71-90쪽; 이종태 외, 인권교육 개념 및 방향 정립 모색 연구 (서울: 국가인권위원회, 2005); 전경옥, 학교 인권교 육 정책과 인권교육을 위한 대학-중학교 파트너십에 관한 연구, 한국정치학회보 42(서울: 한국정치학회, 2008), 쪽; 조태원, 비제도권 인권교육 현황분석을 통한 학교인권교육 의 가능성과 한계, 사회과교육연구 17(서울: 한국사회교과교육학회, 2010), 쪽 등. 171

180 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 상이 되었다. 이미 시행중에 있거나 제정 과정 중에 있는 학생인권조례는 그 취지 와 달리 교육관계자들을 양분시키는 결과로 나타났다. 학생인권조례 제정을 주장하 는 입장에서는 학생이라는 특수한 상황 때문에 그동안 책임과 의무를 강조해왔던 것에서 앞으로는 권리에 강조점을 두어야한다는 입장이다. 반면 조례를 반대하는 입장에서는 학생의 인권에 대한 법적 보장이 교사와 학생 간의 갈등을 야기해서 교 육을 올바로 수행할 수 없을 정도의 문제를 일으킬 수 있다는 점을 강조한다. 이들 을 대립시킨 주요 쟁점 사항에는 체벌금지 등의 학생인권 보장이 교권침해로 이어 질 수 있다는 우려, 미성숙한 학생들의 권리에 대한 지나친 배려라는 입장, 학생인 권이 순진한 학생들을 정치 의식화할 수 있다는 우려 등이 있다. 3) 학생인권조례에서 규정한 학생의 개별 권리와 자유는 모든 학교와 관련되지만, 그 중에서 특별히 양심과 종교의 자유 는 일반 학교 보다는 종교계 사립학교와 관 련된 내용으로 보인다. 실제로 2004년에 있었던 대광고 사건은 종립학교의 종교교 육 자유 와 학생의 종교 자유 사이의 갈등을 촉발시킨 주된 원인이 되었다. 종교의 자유를 침해받았다며 소송을 제기한 이 사건은 2010년 4월 22일에 대법원의 최종 판단을 받았다. 대법원의 판결은 학생의 종교 자유가 종립학교의 종교교육의 자유 보다 우선한다는 점을 지적하여 종교교육의 한계점을 제시했다고 할 수 있다. 4) 종교계 사립학교는 설립 이념에 따라 교육을 실시한다. 건학 혹은 교육이념은 대 부분 각 종교의 그것과 크게 다르지 않다. 올바른 종교의 이념이 각 사람의 인간성 을 실현하는 방향으로 정향되어 있다면 종교계 사학에서 설립한 학교들의 이념도 그곳에서 교육받는 학생들의 인간성을 실현하는 방향으로 제정ㆍ실천되어야 할 것 이다. 따라서 인간 존엄성 실현의 핵심인 인간의 기본적 권리의 보장 및 신장은 종 교재단이 세운 사립학교의 교육과정과 문화 안에서 더욱 드러나고 발전되어야 한 다. 이러한 논리에서 볼 때 종립학교는 기본권에 속하는 종교의 자유를 포함하여 학생들의 권리를 보장해야 할 뿐만 아니라 인권 신장에서 다른 학교들의 모범적인 역할을 해 나가야 한다. 학생인권조례와 관련된 내용으로는 다음을 참조: 오동석, 학생인권조례에 관한 몇 가지 법적 쟁점, 교육법학연구 22(서울: 대한교육법학회, 2010), 쪽; 오동석, 학생인권조례의 현황과 쟁점, 월간복지동향 157(서울: 참여연대사회복지위원회, 2011), 42-46쪽; 전누리, 학생인권조례 통과와 전망, 진보평론 46(서울: 진보평론, 2010), 쪽; 정연부, 학 생인권 조례에 대한 공법적 검토, 토지공법연구 52(서울: 한국토지공법학회, 2011), 쪽; 최형찬, 인권, 학생인권, 학생인권조례-학생인권조례는 학생인권을 보장하는가, 범 한철학 61(서울: 범한철학회, 2011), 쪽 등. 3) 유성상, 학생인권 담론과 주요 쟁점 분석, 교육정치학연구 18(서울: 한국교육정치학회, 2011), 쪽. 4) 임지봉, 사립고등학교에서의 종교교육과 학생의 인권, 세계헌법연구 17(서울: 국제헌법학회 한국학회, 2011), 쪽. 172

181 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 그러나 일반학교들과 마찬가지로 아직까지는 다수의 종립학교들이 학생인권의 신 장을 위해 필수적인 요소라 할 수 있는 학생인권의 개념 을 명확히 규정하지는 못 한 것 같다. 종립학교에서 학생인권을 신장하기 위해서는 우선 학생인권에 대한 명 확한 개념을 가질 필요가 있다. 그 개념은 근거, 목적, 시각, 내용 등에서 신학적ㆍ 철학적ㆍ가치적ㆍ관계적ㆍ윤리적ㆍ실천적인 기반을 갖춘 내용으로 구성되어야 할 것이다. 학생인권의 개념이 분명해질 때 종립학교는 그 개념을 학교의 구조적ㆍ문 화적 영역에 스며들게 하여 인권을 알고 실천하는 인격인을 양성함으로써 학생인권 이 추구하는 목적을 구현할 수 있을 것이다. 본 연구는 학생인권과 가톨릭 인권 개념의 고찰을 통해 가톨릭 학교에 적합한 학 생인권의 개념 모형을 제시하고, 그러한 모형을 구현하기 위한 실천 방향을 모색하 는 것을 목적으로 한다. 이러한 목적을 달성하기 위해 우선 인권과 학생인권에 대해 논의하고(II장), 가톨 릭에서 말하는 인권을 고찰할 것이다(III장). 이러한 논의를 통해 가톨릭 학교의 학 생인권에 포함되어야 할 개념요소들을 정의하고, 이러한 요소들을 바탕으로 가톨릭 적 학생인권 개념 모형을 제시할 것이다(IV장). 마지막으로 그러한 개념 모형의 실 천 방향을 논의(V장)하면서 연구를 마무리 할 것이다. II. 인권과 학생인권 1. 인권의 개관 인권은 흔히 인간의 기본적 권리, 모든 사람이 가지고 있다고 추정되는 권리, 인간으로서 인간이기 때문에 누리는 권리, 인간의 본성에 내재된 권리 로 정의된 다. 5) 인권 개념은 크게 사상적 측면과 법적 측면에서 서로 영향을 주고받으면서 역 사적으로 발전해 왔다. 6) 우선 사상적 측면에서 볼 때, 인권은 고대에서 중세에 이 르기까지는 자연법사상에, 중세후기에서 근대에 이르면서는 천부인권 및 자연권사 상에 기반을 두고 인간 존엄성을 실현시키는 이념이나 가치로 발전해왔다. 즉, 사상 5) 최현, 인권 (서울: 책세상, 2008), 10쪽; 이종태 외, 앞의 글, 22쪽; 유네스코한국위원회, 인 권교육 어떻게 할 것인가 (서울: 도서출판 오름, 2000), 11쪽. 6) 인권의 역사와 관련해서는 다음을 참조: 이봉철, 현대인권사상 (서울: 아카넷, 2003), 쪽; 차병직, 인권 (경기도 파주: 살림출판사, 2007), 10-44쪽; 최현, 인권 (서울: 책세상, 2008), 쪽; 스기하라 야스오, 인권의 역사, 석인선 옮김(서울: 도서출판 한울, 1995), 쪽; M. Freeman, Human Rights(CB, UK: Polity Press, 2011), pp

182 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 적 발전은 인권 개념의 근원과 근거를 마련해 주었다. 이상적ㆍ도덕적ㆍ당위적 개 념이었던 인권 사상이 구체적ㆍ제도적ㆍ법적인 개념으로 역사 안에서 현실화된 것 은 근대시민혁명 이후 시민권 제도를 통해 국가 정치공동체의 법적인 보장을 받게 되면서부터이다. 인권은 시민권의 사상적 토대를 이루며 근대 입헌국가와 시민법 형성에 영향을 주었고, 근ㆍ현대 시민권 제도와 법이 발전하면서 인권 이해의 폭이 넓어지고 깊어지게 되었다. 7) 이처럼 인권의 역사는 인간 권리의 외연 을 확장시키고 내용 을 심화시켜온 과정 이라 볼 수 있다. 외연의 확장은 인권이 소수 재산가나 부르주아에게 국한되었던 것에서 노동자계급에 이르기까지, 남성에게 제한되었던 것에서 여성을 포함한 모든 성인에 이르기까지 확대되었다는 것을 의미한다. 내용의 심화는 근대 초기 국가권 력으로부터의 자유라는 시민적 영역의 권리에서 정치적 영역, 경제ㆍ사회ㆍ문화적 영역의 권리에 이르기까지 권리의 내용이 보다 넓어졌음을 의미한다. 8) 현대에 와서 서구 법학계에서는 기존의 인권범위를 확장한 제3세대 인권 개념이 활발히 논의되고 있다. 제3세대 인권은 프랑스 법률가인 카렐 바사크(Karel Vasak) 가 1972년에 제시한 인권의 세대 개념이다. 그는 프랑스 혁명의 세 가지 구호인 자 유, 평등, 박애를 근거로 인권을 3세대 혹은 단계로 설정하였다. 그에 의하면, 1세 대는 자유 라고 하는 시민적ㆍ정치적 권리(17-18세기), 2세대는 평등 에 근거한 경제ㆍ사회ㆍ문화적 권리(19-20세기 전후), 3세대는 박애(우애) 라고 하는 연대를 위한 권리(20세기)를 말한다. 1,2세대 인권에서 국가와 개인의 관계에서 나오는 권 리가 핵심이었다면 3세대 인권에서는 집단적이고 연대적인 권리가 핵심이라는 점에 서 차이가 있다. 9) 이렇게 볼 때 인권은 인류 역사의 전개 과정에서 확장되어 온 것 으로 현재도 권리의 외연의 확장과 내용의 심화가 진행 중인 개념이라 할 수 있다. 인권의 성격은 인권의 개념을 좀 더 명확히 하는 데 도움을 줄 수 있다. 구정화 등은 인권의 성격을 다음과 같이 표현하였다. 10) 인권은 인간이 갖는 기본적 권리이다. 인권은 인간이 갖는 보편적 권리이다. 인권은 약자를 위한 권리이다. 인권은 책임을 동반한 권리이다. 인권은 개인과 집단을 포괄한 권리이다. 7) 스기하라 야스오, 앞의 책, 쪽. 8) 이수광, 학생인권론의 타당성과 내용, 교육연구 9(춘천: 강원대학교 교육연구소, 1999), 쪽. 9) 구정화 외, 앞의 책, 15-16쪽. 10) 위의 책, 12-14쪽. 174

183 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 인권은 정당성의 기준으로서 국가권력을 제어한다. 인권은 사회변화를 요구한다. 이러한 성격을 기반으로 인권을 정의해 본다면, 인권은 모든 인간이 존엄한 삶을 살기 위해 평등하게 보장받고 누려야 할 기본적 권리 라 할 수 있다. 인권은 개념 자체에 권리 행사에 따르는 자유가 전제되어 있고, 존엄성ㆍ보편성ㆍ평등성ㆍ책임 성ㆍ상호의존성 등이 담겨 있는 개념이라 할 수 있다. 2. 한국의 학생인권 1) 학생인권 논의 한국에서의 학생인권 논의는 1996년 체벌금지 법률제정 논의, 2001년 교육행정 정보시스템(NEIS) 문제와 국가인권위원회의 출범, 2004년 학내 종교 자유의 문제, 2006년 초ㆍ중등교육법 개정시 학생인권법안 발의와 국가인권위원회의 학생인권 침해실태 조사, 년까지 시ㆍ도교육청 세 곳(경기, 광주, 서울)의 학생 인권조례 제정 등을 거치면서 전개ㆍ발전하였다. 11) 현재 통용되는 한국의 학생인권 논의는 세계인권선언 (The Universal Declaration of Human Rights, )의 교육받을 권리(제26조), 아동권리협약 (The Convention on the Rights of the Child, ) 12), 대한민국 헌법 제31조, 교육기본 법 제12조 및 제13조, 초ㆍ중등교육법 제18조의 4, 시ㆍ도교육청의 학생인권조 례 등과 관련된다. 이러한 선언과 법에서 말하는 학생인권 보장의 목적은 모든 학 생이 인간으로서의 존엄과 가치를 실현하며 자유롭고 행복한 삶을 이루어 나가는 데 있다. 한국의 학생인권 담론은 정치적ㆍ사회적 관점과 맞물려 몇 가지 사항이 쟁점으로 부각되었다. 그 중 핵심 쟁점으로는 1)학생인권과 교권의 대립, 2)학생을 미성숙자 11) 유성상, 앞의 글, 쪽. 12) 아동권리협약 은 이전까지의 국제문서에 포함된 아동의 권리 내용을 체계적ㆍ총체적으로 통합 한 문서로 아동을 보호의 대상에서 권리의 주체로 보는 인식의 확산에 기여했다고 평가된다. 전문, 제1부(제1조-제41조) 아동 권리의 내용, 제2부(제42조-제45조) 아동권리위원회의 설치 와 권한 및 당사국의 협력, 제3부(제46조-제54조) 협약의 발표 및 관리로 구성되어 있다. 협 약과는 달리 실행구속력은 없지만 아동의 권리에 대한 선언과 같은 권리 규범 등은 이전에도 있었다. 한국 최초의 아동 권리 선언인 소파 방정환의 아동의 권리 공약 3장 (1923)과 어린 이 헌장 (1975), 국제연맹에 의해 채택된 아동의 권리에 관한 제네바 선언 (1924), UN의 아 동의 권리 선언 (1959) 등이 그것이다. 그러나 권리선언이나 헌장은 구속력과 강제성이 미약하 고 상징적인 의미를 주는 경우가 대부분이라는 점에서 구속력을 갖는 협약과는 차이가 있다. 김 혜숙, 학생의 인권에 관한 연구 (서울: 한국교육개발원, 1999), 78-83쪽; 강민지 외, 아동권 리협약 이행사항에 나타난 아동권리 내용 분석, 초등교육학연구 16(서울: 초등교육학회, 2009), 6쪽. 175

184 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 로 보는 관점과 자율적 주체로 보는 관점의 대립, 3)학생의 정치 의식화에 관한 논 쟁 등이 있다. 13) 2) 학생인권의 개념: 정의, 속성, 범주 및 내용 학생인권이란 간단히 정의하여 인간이 가진 기본권으로서의 인권을 학생이라는 특수한 상황과 관련하여 보장하고자 하는 권리라 할 수 있다. 14) 이는 학생 또한 인 간의 존엄, 자유, 평등을 근간으로 하는 기본적 인권을 가진 권리주체임을 인정하는 것을 의미한다. 15) 그러나 한국적 상황에서 학생인권이 아동 인권이나 청소년 인권 의 일부로 기술되고 있다는 점은 아직까지 학생인권이 법적ㆍ제도적으로 명확하게 개념화되지 않고 있음을 보여준다. 16) 학생이 갖는 권리의 속성은 인권의 기본적 속성에서 유래한다. 인권의 기본적 속 성은 천부성 과 보편성 이다. 천부성은 인권이 양도할 수 없는 천부적인 권리를 갖 고 태어난 인간의 본성에서 나오는 권리임을 의미하고, 보편성은 그렇기에 예외나 정도의 차이를 인정하지 않음을 의미한다. 이 두 속성이 실제로 보장되기 위해 요 구되는 속성들로는 불가분성 (indivisibility), 양도불가성 (inalienability), 불가침성 (inviolability) 등이 있다. 17) 인권은 보편적이기 때문에 누구나 예외 없이 향유할 수 있다 는 보편성에 따라 위의 세 가지 속성들은 학생의 경우에도 예외 없이 적용 된다. 이러한 속성 외에도 학생이라는 특수한 상황 일체에 따라 향유하는 권리들이 나오는데 이러한 성격을 특수성 이라 한다. 18) 학생인권의 범주와 내용은 학자들에 따라 조금씩 다르다. 이수광은 학생인권을 광의와 협의의 의미로 구분하고, 광의의 의미에서는 학생이 개인적 영역과 사회적 영역에서 누려야 할 기본적 인권 으로, 협의의 의미에서는 학생이 학교사회에서 누 려야 할 자유권, 행복권(복지권) 및 사회적 위치로 인해 부과된 위치권 으로 정의하 였다. 즉, 그는 학생인권을 크게 기본적 인권 으로서의 자유권 과 행복권, 그리고 학생이라는 특수한 사회적 위치에 따라 사회에서 부과하는 사회제도적 권리 인 사 회적 위치권 으로 구분하였다. 19) 13) 유성상, 앞의 글, 쪽. 14) 최형찬, 앞의 글, 418쪽. 15) 이수광, 앞의 글, 263쪽. 16) 유성상, 앞의 글, 쪽. 17) 김혜숙, 앞의 글, 10-12쪽. 18) 김혜숙은 학생의 특수성에서 기인하는 권리로서 집안 여건이 넉넉지 못한 학생의 무료급식 문 제, 특수아에 대한 특별한 관심과 지원, 의무교육의 무상화 확대 등을 예로 들고 있다. 위의 글, 20쪽. 19) 이수광, 앞의 글, 쪽. 176

185 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 김혜숙은 학생의 권리를 자유권 (적극적, 소극적), 평등권, 생명권, 복지권, 참여권, 교육권 등으로 범주화시켰다. 20) 그는 교육권을 교육받을 권리 로 해석하 였고, 이러한 해석에 따라 교육권이 현대적 의미의 복지권에 속하며 보편적 인권의 성격을 갖는다고 설명하였다. 21) 사회복지의 입장에서 학생인권을 바라본 조미숙은 인간의 기본권을 존엄권, 자 유권, 복지권 으로 구분한 후 이에 기반을 두어 학생인권에 포함되는 구체적 권리 의 범주를 크게 자유권 과 복지권 으로 구분하였다. 이에 덧붙여 학생이 사회적 간섭 을 받는 존재이기 때문에 학생에 관해 그 사회의 규율과 제도가 정한 범위 내 에서 권리의 내용이 결정된다고 보았다. 22) 이상의 내용을 참고할 때 학생인권은 <표 1>과 같이 몇 가지 범주와 내용으로 구분할 수 있다. 2012년 현재 한국에서 학생인권과 관련하여 구체적으로 권리를 제 시한 대표적인 것으로는 경기도 학생인권 조례 (제4084호, 공포), 광주 광역시 학생인권 보장 및 증진에 관한 조례 (제4017호, 공포), 서울특 별시 학생인권 조례 (제5247호, 공포)가 있다. 아래 제시하는 학생 권리 의 내용은 이 세 가지 조례에 나오는 학생의 권리를 바탕으로 작성하였다. <표 1> 학생인권의 범주와 권리 내용 권리 범주 설명 권리 내용 온갖 폭력, 체벌, 방임, 학대, 위험으로부터 보호되 는 권리 소극적 자유권 신체의 자유 타인으로부터 침해받지 않을 권 사생활의 자유 리 혹은 보호되는 권리(보호권). 사상ㆍ양심ㆍ종교의 자유 모든 권리의 향유와 행사의 초석 개인정보를 보호받을 권리 징계 등 절차에서의 권리 권리침해로부터 보호받을 권리 두발과 복장의 자유화 등 개성을 실현할 권리 등 적극적 자유권 개인정보를 열람할 권리 학생이 능동적으로 행사하는 권리, 표현의 자유 즉 자율적으로 판단하여 스스로 적극적 행동의 자유 선택 계획할 권리의 총칭(선택권) 집회 및 결사의 자유 상담 및 조사 등 청구권 20) 김혜숙, 앞의 글, 20-27쪽. 21) 위의 글, 30-36쪽. 22) 조미숙, 학교현장에서의 학생인권과 복지 (한국청소년복지학회 추계학술대회, 2003), 70-71쪽. 177

186 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 평등권 복지권 교육권 행복 추구권 성별, 종교, 나이, 사회적 신분, 출신지역, 출신국가, 출신민족, 언 동등한 교육을 받을 권리 어, 장애, 용모 등 신체조건, 임신 교육상 동등한 대우를 받을 권리 또는 출산, 가족형태, 가족 상황, 성으로 인해 차별을 받지 않을 권리 인종, 경제적 지위, 피부색, 사상 신체적 사유로 인한 차별을 받지 않을 권리 적ㆍ정치적 의견, 성적 지향, 성 학업부진으로 인한 교육기회를 박탈당하지 않을 권리 별 정체성, 병력, 징계, 성적 등을 소수자 학생의 권리 보장 등 이유로 차별받지 않을 권리 학교복지에 관한 권리 기본적 생계를 유지할 수 없는 결 교육환경에 대한 권리 핍으로부터 벗어날 수 있는 권리 급식에 대한 권리 건강과 안전에 관한 권리 학습할 권리 정규교육과정 이외의 교육활동의 자유 교육받을 권리 휴식권 문화활동을 향유할 권리 자치활동의 권리 요체는 자기 결정권 으로 참여권 학교규정의 제ㆍ개정에 참여할 권리 적 선택권 학교 정책 결정에 참여할 권리 Ⅲ. 가톨릭과 인권 19세기 말부터 현재까지 가톨릭 교회는 인권에 대한 지대한 관심 속에서 인간의 기본 권리가 최대한 실현될 수 있도록 노력을 기울여 왔다. 그것은 교회가 교도권 의 가르침으로 반포한 문헌들의 숫자만 보더라도 알 수 있다. 23) 가톨릭의 사회 교 리 전체는 침해할 수 없는 인간 존엄을 천명하는 원칙에서 발전해 왔다. 24) 이 부분 23) 19세기 말부터 지난 백여 년간 가톨릭 교회 교도권의 가르침으로 반포한 사회 교리 관련 문헌 들 중 대표적인 것으로는 새로운 사태 (Rerum Novarum, ), 사십주년 (Quadragesimo Anno, ), 하느님이신 구세주 (Divini Redemptoris, ), 어머니요 스승 (Mater et Magistra, ), 지상의 평화 (Pacem in Terris, 1963.), 현대 세계의 교회 에 관한 사목 헌장 (Gaudium et Spes, ), 민족들의 발전 (Populorum Progressio, ), 팔십주년 (Octogesima Adveniens, ), 세계 정의 (Convenientes ex Universo, ), 교회와 인권 (The Church and Human Rights, ), 현대 의 복음 선교 (Evangelii Nuntiandi, ), 노동하는 인간 (Laborem Exercens, ), 자유의 전갈 (Libertatis Nuntius, ), 자유의 자각 (Libertatis Conscientia, ), 사회적 관심 (Sollicitudo Rei Socialis, ), 백주년 (Centesimus Annus, ), 간추린 사회 교리 (Compendium of the Social Doctrine of the Church, ) 등이 있 다. 그 외에도 다양한 권고, 연설, 회람 등이 있다. 24) 간추린 사회 교리, 107항. 178

187 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 에서는 인권에 대한 가톨릭 교회의 가르침을 근ㆍ현대 역사, 개념, 근거, 특징 등을 중심으로 살펴보도록 하겠다. 1. 인권 가르침의 근ㆍ현대 역사 인권은 가톨릭 교회의 역사 안에서 초창기부터 중요한 주제였다. 초대교회 때부 터 모든 사람은 하느님 안에서 형제ㆍ자매라는 동등한 존엄성을 강조하였고, 신앙 의 자유를 옹호함으로써 인간의 권리와 자유 보호의 기초를 놓았다. 중세 가톨릭 신학자들의 인간의 인격과 인격적 존엄성에 대한 연구는 중세와 근대를 거치면서 서구 사회의 인간에 대한 관점 형성의 근거를 마련했다고 볼 수 있다. 그러나 근대 인권 개념이 형성되는 과정만을 놓고 본다면 교회가 직접적으로 기여했다고 보기는 어렵다. 18세기에 시작된 근ㆍ현대 보편적 인권 운동과 관련하여 교회의 입장 변화는 크 게 세 단계로 구분할 수 있다. 첫째, 거부의 시기 로 1789년 프랑스 혁명에서부터 19세기 후반기까지의 약 100 년간이다. 교회는 이 시기에 사상과 행동에 있어서 인간의 인격적 권리들을 만족할 만큼 명료하게 신장하거나 옹호하지 못했다. 오히려 인권 운동에 대한 경계, 이의제 기, 거부, 단죄의 태도를 보였다. 25) 이러한 교회의 입장은 당시의 시대적 상황에 따 른 태도였다. 계몽주의 사상과 프랑스 혁명은 반 교회적 운동을 야기했고, 그 결과 혁명가들이 주장한 인권과 시민권은 가톨릭의 입장에서 볼 때 교회에 대항하기 위한 것으로 간주되었기 때문이다. 이 시기에 교황들이 발표한 문헌들은 거부의 입장에서 신앙과 양심의 자유, 의사표현의 자유, 언론의 자유, 정치적 자유를 비판하였다. 26) 둘째, 수용과 전환의 시기 로 교황 레오 13세 때부터 비오 12세까지의 약 70년 간이다. 인권 운동에 대한 교회의 거부 태도는 레오 13세에 이르러 작은 전환점을 맞게 되고, 20세기에 발발한 두 번의 세계 대전의 경험을 통해 근본적으로 변화되 기 시작한다. 27) 이 시기에는 주로 인간의 인격적 존엄성에 대한 재발견을 통해 서 서히 인권을 강조하기 시작하였다. 인권 운동에 부정적 입장을 보였던 교황 레오 13세는 태도를 긍정적으로 바꾸고, 일련의 회칙들을 통해 처음으로 기본 인권과 정 치적 활동에 참여할 시민 권리를 공개적으로 거론하기 시작하였다. 28) 그는 특히 사 25) 교황청 정의평화평의회, 교회와 인권 (The Church and Human Rights, ), 김윤 주 옮김(왜관: 분도출판사, 1977), 17-18항. 26) 유경촌, 인권 문제에 관한 가톨릭 교회의 가르침, 누리와 말씀 12(인천: 인천가톨릭대학교 출판부, 2002), 151쪽. 27) 김창락, 인권 운동과 그리스도교, 신학사상 29(서울: 한국신학연구소, 1980), 쪽. 179

188 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 회교리에 관한 첫 번째 교회문헌으로 불리는 새로운 사태 에서 인권의 사회적 상 황에 특별한 역점을 두고, 노동자들의 권리를 적극적으로 강조하였다. 뒤를 이은 교 황 비오 11세는 인권의 실제적 현실화를 위한 선결조건으로 사회적ㆍ경제적 상황의 발전을 보장할 공권력의 의무와 공동선을 위해 요구되는 일들, 양심의 자유 등 인 간의 천부적 기본권을 강조하였고, 29) 교황 비오 12세는 인간 존엄성을 인간의 권리 와 명시적으로 연결시키며 인간의 사회적ㆍ문화적ㆍ정치적 권리를 새로이 분석하고 제시하였다. 30) 셋째는 적극적 협력의 시기 로 교황 요한 23세와 제2차 바티칸공의회를 기점으 로 현재까지 이어지는 시기를 말한다. 약 70년간의 수용의 시기 이후 가톨릭 교회 가 인권을 적극적으로 옹호하고 신장을 위해 노력하게 된 시기이다. 그 변화의 시 작은 교황 요한 23세였다. 회칙 지상의 평화 에서 교황은 인간 인격의 중추적 지 위와 존엄성을 강조하였고, 인간의 권리와 의무를 명백하게 제시하였는데, 이 문헌 이 교회 최초의 공식적 인권 선언으로 평가된다. 인권에 대해 교회의 변화된 시각 은 제2차 바티칸공의회에서도 분명하게 드러났다. 종교 자유에 관한 선언 (Dignitatis Humanae, )과 사목 헌장 은 인권 보호와 촉진이 국가의 중심 과제이며 동시에 교회의 정치적 태도를 결정짓는 기준이 됨을 강조하였다. 특히 이 헌장은 하느님의 모상, 계약, 하느님 나라, 인류의 연대성과 같은 개념을 통해 이후에 인권 에 대한 성서적-신학적 토대를 구축하기 위해 시도했던 다양한 접근방법들의 중요 한 원천의 역할을 하였다. 31) 공의회 이후 교회는 인권의 신장이 복음의 요구이며 그래서 교회의 임무에서 중심적인 자리를 차지해야 한다고 천명한 뒤 인권에 대한 연구, 문헌발표, 공식적인 표명, 지지, 협력, 실천 등의 다양한 방식을 통해 인권 수 호와 증진을 위해 노력하였다. 특히 교황 바오로 6세와 요한 바오로 2세는 인권을 평화 와 연결시켜 인권이 인간의 평화롭고 연대적인 공동생활을 위한 공동의 규범 적 토대임을 강조하였다. 32) 28) 교회와 인권, 20항. 29) 교회와 인권, 23항. 30) 교회와 인권, 24항; 유경촌, 앞의 글, 153쪽. 31) E. Hamel, 현대세계의 사목 헌장 안에서 인간권리의 성서적 신학적 토대 (Fonfamenti Biblico- Teologici Dei Diritti Umani nella Gaudium et Spes), 신학전망 93(광주: 광주가톨릭대학 교 신학연구소, 1991), 40-56쪽. 32) 유경촌, 앞의 글, 쪽; 장 루이 토랑 대주교, 인권은 인류 공동의 유산입니다, 한국 천주교주교회의 회보 77(서울: 한국천주교중앙협의회, 1993), 14-16쪽. 180

189 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 2. 인권 개념과 근거 가톨릭 교회의 인권 역사는 거부 에서 수용과 전환, 적극적 협력 으로의 큰 변 화를 보여주었다. 입장이 이렇게 변화될 수 있었던 이유는 무엇이었을까? 오해 와 이해 이라는 두 용어는 이러한 변화를 설명해 줄 수 있을 것이다. 근대적 인권 운 동의 초창기에 가톨릭 교회는 시민사회의 인권 주장(특히 종교적 자유)이 진리이신 하느님과 진리 수호의 사명을 맡은 교회를 거부하는 것으로 오해 했었다. 그러나 시대가 흐르면서 그것이 교회에 대한 반대가 아니라 인간 본성 자체의 존엄성에 대 한 주장이라는 것을 이해 하게 되었고, 그것이 전통적으로 가톨릭이 주장ㆍ수호해 온 성경이나 신학적 관심사와 본질적으로 일치한다는 인식을 갖게 되었다. 가톨릭 의 전통적인 인간관은 인격적 존엄성을 지닌 존재 였고, 인권은 바로 그 존엄성에 서 유래한다는 점을 인식하게 된 것이다. 이처럼 가톨릭의 인권은 인간의 인격적 존엄성 의 맥락에서 이해된다. 인권은 인 간 인격의 존엄성 자체에서 나오는 기본적 권리로, 존엄성을 실현하기 위한 필요조 건이라는 것이다. 즉, 인간의 존엄성은 인권의 토대가 된다. 그렇다면 인간 존엄성 의 근거는 무엇인가? 오늘날 인간 존엄성 개념은 모든 국제적 인권 선언의 출발점이며 토대가 되고 있 다. 33) 인권 선언들은 인간 존엄성이 이성과 자유를 통해 그 자체로 존엄성을 갖는 인격에서 나오는 것으로, 이는 자연 질서와 도덕률의 요청이라고 주장한다. 즉, 인 간 존엄성과 인권은 자연법의 요청이며 그 자체로 자연적 명확성을 갖는다는 것이 다. 그러나 자연적 명확성은 존엄성의 근원에 대한 근거로는 빈약하다. 존엄성 (라 틴어 dignitas, 희랍어 α ξιά 혹은 α ξιώμα)은 유럽 전통 안에서 볼 때 위계나 높은 지위의 존귀함 을 말한다. 34) 따라서 세상에서 인간이 존엄하다는 것은 다른 생물에 비해 인간이 특별한 지위에 있음을 의미한다. 그것은 스스로 지위가 높다거나 존엄 하다고 주장한다고 해서 인정받을 수 있는 것이 아니다. 그 질서를 부여한 누군가 에 의해 질서 지워질 때 가능한 것이다. 가톨릭은 바로 이 입장에 주목한다. 세상을 창조하고 질서를 부여하신 분과의 연관성 속에서 인간의 특별한 지위와 존엄성, 그 리고 거기에서 나오는 권리와 의무를 제시한다. 인간 존엄성과 인권에 대한 가톨릭 교회의 가르침의 핵심은 인간의 존엄성은 하 느님의 모상(imago Dei)으로서의 존엄성 이라는 점에 있다. 35) 즉, 가톨릭의 인권 33) 구병진, 종교자유와 인권, 가톨릭사상 2(대구: 대구가톨릭대학교 가톨릭사상연구소, 1988), 17쪽. 34) 김용해, 인간존엄성과 인권을 근거 짓는 작업에서의 문제들, 사회와 철학 6(서울: 사회와 철학 연구회, 2003), 220쪽. 35) AAS, XXXVII, 1945, 15항. 교회와 인권, 40항에서 재인용. 181

190 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 사상은 인간의 본질에 관한 창조신학적인 이해에 기반을 두고 있다. 인간은 하느님 의 모상으로 창조되었고 그렇기에 존엄성을 지닌다는 것이 핵심이다. 36) 그리고 이 존엄성에서부터 인간의 기본적 권리가 유래된다는 것이다. 37) 하느님의 모상으로서의 존엄성은 공의회를 거치면서 그리스도 중심적 시각, 즉 구원신학적 이해를 통해 더욱 심화된다. 이성과 자유를 지닌 인간은 역설적이게도 이성과 자유의지를 통해 하느님께 도전하고 자신의 한계를 뛰어 넘고자 하는 유혹 에 빠진다. 의무와 책임을 소홀히 한 결과는 죄 로 나타났다. 창세기는 죄가 하느님 과 타인과의 관계를 단절시켰고, 스스로를 소외시켰으며, 결국에는 인간의 존엄과 가치를 심각하게 침해했음을 전해주고 있다. 38) 죄에 의한 인간 존엄성의 훼손은 예수 그리스도를 통해 회복된다. 하느님의 완전 한 모상이신 그리스도의 육화와 희생을 통해 인간은 하느님의 자녀로서 하느님의 생명에 참여하게 되었다. 39) 즉, 그리스도의 강생구속을 통해 인간의 가치와 존엄성 이 명백한 방식으로 드러난 것이다. 요컨대, 가톨릭에서 말하는 인권의 근거인 인간 존엄성은 인간이 하느님의 모상으로 창조되었다는 사실과 예수 그리스도를 통하여 다시 하느님과 결합되었다는 점에 근거를 두고 있다. 40) 인권의 궁극적 원천이 인간 자체와 창조주 하느님이시기에 인권은 보편적이고 침해할 수 없고 양도할 수 없는 것이다. 41) 이렇게 볼 때, 가톨릭의 신학적 인권 이해는 인본주의적 인권 이해가 설명하지 못 했던 핵심적인 부분을 결정적으로 보완해 준다고 볼 수 있다. 인본주의적 인권 이해 는 윤리적 인격주의의 입장에서 인권의 근거를 인간 존엄성에 두고 인간 존엄성을 통 해 인권의 합법성을 설명하지만 인간 존엄성의 최종 근거를 제시하지는 못했다. 이러 한 근거를 설명하는 것이 신학적 인간 이해이며, 신학적 논증을 통해 하느님과의 연 관성 속에서 인간의 존엄성을 논증함으로써 인권이해를 더욱 풍요롭게 해 준다. 3. 인권의 특징 가톨릭의 인권 개념에서 드러나는 고유한 특징을 살펴보는 것은 가톨릭의 인권 개념을 이해하는 데 도움이 될 것이다. 고유한 특징은 다음과 같이 세 가지로 요약 할 수 있다. 36) 사목 헌장, 12항; 간추린 사회 교리, 108항. 37) 유경촌, 앞의 글; E. Hamel, 앞의 글, 45쪽. 38) 창세기 3-4장; 사목 헌장, 13항; 간추린 사회 교리, 항. 39) 지상의 평화, 10항; 간추린 사회 교리, 항. 40) 유경촌, 앞의 글, 2002, 165쪽; E. Hamel, 앞의 글, 46-48쪽; 구병진, 앞의 글, 17-18쪽. 41) 간추린 사회 교리, 153항. 182

191 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 1) 인격의 존엄성 중심 가톨릭의 인권 개념은 인간의 기본적 권리를 제시하는데 핵심이 있지 않다. 오히 려 권리가 출발하는 그 근원인 인격과 그 존엄성에 중심이 있다. 그것은 인격 이 가톨릭의 신학적 인간관의 핵심을 이루고 있기 때문이다. 오늘날 인격의 개념은 근 대를 거치면서 철학적으로 정립된 개념으로 알려져 있다. 그러나 그 근원을 거슬러 올라가면, 인격은 그리스도교 신학이 전개되는 과정에서 형성된 개념이다. 어원상으로 볼 때 인격은 희랍어 프로소폰(προ σωπον), 그리고 라틴어 번역인 페 르소나(persona)에서 유래한 단어로서 주로 가면이나 배우의 역할을 지칭하는 용어 로 쓰였다. 42) 현대적 의미의 인격 개념의 기원은 성경에 나타난 인격적 인간 이다. 초기 그리스도교 신학자들은 당시의 신학적 논쟁의 핵심 주제였던 신론과 그리스도 론을 정립해나가는 과정에서 삼위일체 교리와 예수 그리스도의 신성과 인성의 결합 을 설명하기 위해 신적 위격 (persona) 개념을 사용하였는데, 이것이 후에 인간론 을 전개하는 과정에서 수용되어 인간 인격 에 유비적으로 적용되었다. 43) 그리스도교 신학자들의 인격 개념 논의 역사에서 발견된 인격은 두 가지의 중요 한 특징을 갖는다. 44) 첫째, 인격은 개별성(독자성)과 공동체성을 동시에 드러낸다. 이성적 존재로서 자유와 책임을 가진 인간은 삶의 주체로서의 개별성과 독자성을 갖는다. 이와 동시에 닫힌 존재가 아닌 열린 존재로서 타자와 관계를 맺으며 살아 가는 존재이다. 인격은 관계 안에 놓여 있는 개별 주체인 인간을 가장 잘 표현하는 용어이다. 둘째, 인격은 이성적 본성, 자유, 관계성, 초월성 등의 모든 특성이 통합된 완전한 전체를 말한다. 완전한 전체로서의 인격은 인간이 하느님의 모상으로 창조되었음을 드러내는 데, 이 모상성으로 인해 인격은 존엄성을 갖는다. 45) 이런 의미에서 볼 때, 훌륭한 인격을 형성해 나가는 것은 인간의 존엄성을 드러내는 것이 되며, 인격의 완성은 인간이 하느님의 모상임을 완전히 드러내는 것이 된다. 인격적 존엄성의 강조는 인권이라는 용어가 갖는 한계를 극복하도록 도와준다. 인권은 일반적으로 인간의 기본적 권리라는 의미로 인식되기 때문에 권리에 강조점 을 두게 된다. 그렇게 될 때 권리 주장은 인격적 존엄성을 드러내는 표현 방식이라 기보다는 이익을 위한 행동으로 오해받을 여지가 크다. 그 결과 자신의 권리 주장 42) 한스 롯터, 인격과 윤리, 안명옥 옮김(서울: 성바오로출판사, 2000), 16쪽. 43) 그리스도교의 인격 개념의 형성 과정과 관련해서는 다음을 참조: 구본만, 가톨릭 학교의 전인 교육 사명에 대한 고찰, 가톨릭철학 17(서울: 한국가톨릭철학회, 2011), 쪽. 44) 위의 글, 107쪽. 45) 김용해, 그리스도교 사상 안에서의 인간존엄성 근거, 철학연구 96(서울: 대한철학회, 2005), 쪽. 183

192 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 이 타인의 권리 침해라는 논리로 이어질 가능성이 많다. 현재 보이는 다양한 인권 대립 현상은 이러한 논리를 보여준다. 그러나 권리에 앞서는 인격적 존엄성의 강조 는 시각을 돌리도록 이끌어서 인권 문제의 핵심이 사익의 주장이 아니라 모든 인간 이 갖는 동등한 존엄성에 핵심이 있음을 인식하도록 이끌 수 있다. 이러한 인식은 인권의 핵심 가치가 평등, 존중, 관용, 연대, 일치 등에 있음을 드러내준다. 2) 권리/의무와 자유/책임의 동시 강조 가톨릭의 인권 개념의 두 번째 특징은 권리/의무와 자유/책임을 항상 동시에 강 조하고 있다는 점이다. 이는 가톨릭의 인권 주장이 권리가 아닌 인간의 인격적 존 엄성에 초점을 맞추기 때문이다. 인간은 하느님 앞에서 동등한 존엄성을 지니므로 모든 사람은 하느님의 모상을 마땅히 존경해야 한다. 46) 하느님 모상에 대한 존경은 바꿔 말하면 다른 사람의 권리를 존중해야 할 의무를 말한다. 어떤 개인의 존엄할 권리의 인정은 다른 사람들에게는 의무와 책임에 해당하기 때문이다. 47) 이처럼 권 리들과 의무들은 분리될 수 없게 연결되어 있고, 같은 자연법에서 그 기원, 양식, 불멸성이 유래한다. 48) 그래서 가톨릭은 권리에 수반되는 책임은 인정하지 않으면 서 권리를 주장하는 것은 근본적으로 모순 이라고 강조한다. 49) 가톨릭의 권리-의 무, 자유-책임의 동시 강조는 권리와 자유 강조에 따른 의무와 책임의 경시 혹은 거부 현상에 대한 위험을 경계하려는 의도이기도 하다. 가톨릭의 이러한 입장은 인간의 본성에 대한 통찰에서 나온다. 가톨릭은 인간의 사회적 본성에 주목한다. 50) 인간은 날 때부터 사회적 존재로서 공동으로 살아가기 때문에 자기 권리를 행사할 때는 다른 사람의 권리와 다른 사람에 대한 자기 의무, 그리고 모든 이의 공동선을 지향해야 한다는 것이다. 51) 권리-의무, 자유-책임의 불가분성과 공동선의 강조는 도덕률에서 나오는 것으로, 모든 인간이 타고난 존엄 성 때문에 평등 하고 서로를 존중 해야 함을 드러낸다. 52) 모든 인간의 동등한 존엄성과 공동선 지향성은 서로를 존중하는 사회를 건설하기 위한 협력 의 기초가 된다. 협력이 둘 이상의 사람이 목적을 달성하기 위해 책임을 46) 교황 요한 바오로 2세, 가톨릭 교회 교리서 (Catechismus Catholicae Ecclesiae, )(서울: 한국천주교중앙협의회, 2011), 1934항; 간추린 사회 교리, 144항; E. Hamel, 앞 의 글, 54쪽. 47) 지상의 평화, 44항. 48) 지상의 평화, 28-29항. 49) 간추린 사회 교리, 156항. 50) 사목 헌장, 12항; 간추린 사회 교리, 149항. 51) 종교 자유 선언, 7항; 지상의 평화, 31항. 52) 지상의 평화, 44항; 교회와 인권, 43항. 184

193 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 의미 있게 공유할 때 발생하는 것이라면 53), 공동의 목표와 상호간의 평등과 존중은 협력의 기반이 되기 때문이다. 협력은 인류가 공동선을 위해 연대할 수 있는 가능 성을 보여 준다. 이처럼 인간이 자신과 타인의 권리를 동시에 인정하는 것은 인간 사회에 만연한 온갖 종류의 차별을 제거하고, 대신 인간 존엄성의 실현을 위한 핵 심 가치들, 즉 평등, 존중, 협동, 연대 등을 가능하도록 이끌어 주어 인권이 실현될 수 있는 기틀을 마련해 준다. 3) 평화 실현의 실천적 토대로서의 인권 가톨릭적 인권의 또 다른 특징은 인간 존중과 인권 실현이 세계가 추구하는 핵심 가치들의 실천적 토대가 된다는 점이다. 20세기에 들어서 두 번의 세계 대전을 거 치면서 인류는 전쟁으로 인해 멸망에 이를 수 있다는 위기감을 갖게 되었고, 세계 평화라는 공동선의 실현을 위해 1945년 6월 26일에 유엔을 결성하였다. 앞서 설명 했듯이 유엔의 중요한 결실 중의 하나는 1948년 12월 10일에 채택한 세계인권선 언 이다. 이 선언은 인류가 기원하는 평화가 인권과 분리되어서는 실현될 수 없다 는 신념에서 나온 것으로 볼 수 있다. 마찬가지로 가톨릭에서도 평화를 인권의 맥 락에서 바라보고 있다. 인권에 대한 교회의 첫 공식문헌으로 불리는 교황 요한 23세의 회칙인 지상의 평화 는 인권과 평화를 직접적으로 연결시켜 논의하였다. 회칙에 따르면 참된 평화 는 사회적 존재인 인간의 다양한 관계 안에서 이루어지는데, 이 때 하느님께서 인 간의 마음 안에 새겨주신 질서 곧 도덕률에 따르는 것이 중요하다는 것이다. 54) 이 질서의 핵심은 인간 존엄성을 실현하는 공동선으로서의 인권 증진이다. 곧 인권의 증진 없이는 참된 평화의 실현도 없다는 것이다. 교황 바오로 6세와 요한 바오로 2 세도 요한 23세의 관점을 계승하여 인권을 평화의 논리에서 바라보았다. 55) 따라서 인류의 참된 평화를 실현하기 위해서는 하느님께서 원하신 질서인 인간 존중과 인권 신장이 바탕이 되어야 한다. 인권 존중은 사회생활의 상호 관계, 즉 개인들, 가정들, 종교 단체들, 국가들, 세계 공동체들 간 상호 관계가 도덕률에서 나오는 진리, 정의, 사랑, 자유에 입각해서 재구성될 때 가능해진다. 56) 회칙은 진리, 정의, 사랑, 자유를 평화 건설을 위한 네 가지 가치로 제시하고, 각각의 상호 관계에서 이 가치들이 토 53) Cf. R. Martin, The responsibility virus: How control freaks, shrinking violets-and the rest of us-can harness the power of true partnership(new York: Basic Books, 2002), p ) 지상의 평화, 5항. 55) 교황 요한 바오로 2세, 평화를 수호하고 인권을 하라, 사목 68(서울: 한국천주교중앙협의 회, 1980), 125쪽. 56) 지상의 평화, 7.37항. 185

194 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 대가 될 때 인간 존엄과 인권이 증진되고, 평화가 실현될 수 있음을 강조하였다. 이처럼 가톨릭적 인권 개념은 이성과 신앙의 영역에서 나오는 당위적 개념이라기 보다는 인류의 공동선인 정의와 평화를 실현하기 위한 실천적 개념이며 정의와 평 화를 통해 증진시키고자 하는 목적이기도 하다. 따라서 인권의 실현은 실천적인 맥 락에서 이루어져야 하고, 특히 구체적인 용어로 번역될 필요가 있다. 가톨릭에서 제 시하는 네 가지 가치 진리, 정의, 사랑, 자유 는 구체적인 상황에서 인권을 실천할 때 방향을 잡아주는 준거로서 인권 실현의 기둥이 된다. Ⅳ. 가톨릭적 학생인권 개념 가톨릭 학교는 종교계 사립학교이긴 하지만 대한민국의 상황에서 볼 때 공교육의 테두리 안에 있다. 따라서 한국 가톨릭 학교의 학생인권 개념은 가톨릭적 성격과 학교적 성격 둘 다를 고려한 개념이 되어야 한다. 앞에서 살펴봤듯이 일반적으로 논의되는 학생인권 개념은 학생의 권리에 대한 성 격과 내용을 제공해준다. 이러한 부분은 가톨릭 학교에서 학생인권 개념을 정립할 때에도 충분히 고려해야 할 내용이 된다고 본다. 그러나 학생인권이 학생들로 하여 금 자신의 권리를 알고 주창하도록 만드는 데 핵심이 있는 것이 아니라 학생 자신 을 포함한 모든 사람이 인격적으로 존엄하게 살아갈 권리와 자유, 그리고 그에 따 르는 의무와 책임이 있음을 인식하고 인권의 주체로서 자신의 삶의 현장에서 인간 존중을 실천하며 살아가도록 만들어주는 데 목적이 있다면, 앞에서 살펴본 학생인 권의 개념에는 몇 가지 부족한 점이 있다. 첫째 인권의 근거 에 대한 설명이 미약 하고, 둘째 학생인권이 실제로 적용될 때 기준이 될 준거 가 없으며, 셋째 학생인권 과 관련한 근본적인 시각 이 전제되지 않았고, 넷째 권리와 자유에 수반하는 의무 와 책임을 함께 강조하는 내용 으로 구성되지 않았다는 점이다. 근거, 준거, 시각, 내용은 학생인권의 개념을 형성하는 중요한 요소들인데, 앞에서 고찰한 가톨릭의 인권 개념은 이러한 부족한 점을 보완하여 개념을 풍성하게 하는 데 기여할 수 있다. 우선 근거 와 관련하여 가톨릭의 인권 개념은 권리 중심 에서 주체의 인격적 존 엄성 중심 의 패러다임을 견지해 줄 수 있다. 둘째, 준거 와 관련해서 가톨릭의 인 권은 권리의 제시 에 그치는 것이 아니라 그것이 실현될 때 기준이 될 네 가지 준 거 를 제시해준다. 셋째, 시각 과 관련해서는, 권리와 관련하여 한국 사회에 만연한 결핍의 가치관 (승/패 패러다임) 대신 풍요의 가치관 (승/승 패러다임)이 전제가 됨 을 밝혀준다. 넷째, 내용 과 관련해서는 학생이 자신뿐 아니라 타인도 똑같은 인권 186

195 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 을 갖고 있음을 이해할 수 있도록 권리와 자유 강조 에서 권리/의무, 자유/책임의 동시 강조 로 패러다임을 전환시켜준다. 이렇게 볼 때, 가톨릭 학생인권 개념은 기존의 개념 패러다임에서는 한정되어 있 었거나 부각되지 않았던 내용들을 패러다임의 전환을 통해 새로운 관점에서 확대하 고 부각시키며 명료화하는 방식을 통해 정립해 볼 수 있다. 네 가지 패러다임의 전 환을 좀 더 자세히 고찰해 보자. 1. 가톨릭 학생인권의 네 가지 개념요소: 근거, 준거, 시각, 내용 1) 근거 패러다임: 학생의 권리 중심 에서 학생의 인격적 존엄성 중심 으로 가톨릭 학생인권의 첫 번째 패러다임 전환은 학생의 권리 중심에서 그 권리를 갖 는 주체인 학생의 인격적 존엄성 중심으로의 전환이다. 이는 가톨릭 학생인권의 근 거 를 형성한다. 이러한 패러다임의 전환이 필요한 이유는 기존의 학생인권 개념이 권리를 강조하 는 데 중점을 두고 있어서 권리와 자유의 목록 제시라는 학생인권의 형식적 차원을 강조하는 것에 머무를 가능성이 높다는 점 때문이다. 이는 곧 인권의 폭넓은 의미 나 그것이 지향하는 바를 약화시킬 수 있다. 예를 들면, 학생인권의 토대로 거론되 는 유엔의 아동권리협약 이나 학생인권을 직접적으로 제시하고 있는 학생인권조 례 등은 대부분 학생의 자유와 권리를 나열하는 내용으로 구성되어 있다. 인권의 토대와 근거가 되는 인간의 인격적 존엄성과 그 존엄성에서 나오는 권리라는 인권 의 풍부한 내용은 전문이나 총칙 등에 간단히 언급하는 정도에 그치고 있다. 인권 은 인격의 연장선상에 있으며 따라서 인격에 대한 자각에서부터 시작된다. 57) 인권 이 인간의 인격적 존엄성을 실현하기 위한 것이라면, 학생인권 개념은 무엇보다도 인격적 존엄성에 초점을 맞출 필요가 있다. 인권의 토대에 대한 명확한 설명과 이 해가 선행될 때 인권의 풍부한 의미와 그것이 지향하는 바가 드러나며, 이러한 기 반 위에 학생들은 자신들의 권리/의무와 자유/책임을 올바른 방법으로 행사할 수 있을 것이다. 이러한 이유 외에도 학생인권의 근거를 강조하는 패러다임의 확립이 중요한 것은 그것이 교육목적 달성에 기여하고 인권 개념의 공통된 이해 형성에 기여할 수 있다 는 점 때문이기도 하다. 인격적 존엄성 중심의 학생인권 개념은 학교의 일반적 사명인 전인교육과도 상통 한다. 전인교육은 지ㆍ정ㆍ의가 통합된 완전한 인간을 양성하는 것을 말한다. 지ㆍ 57) 유네스코한국위원회, 앞의 책, 20쪽. 187

196 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 정ㆍ의는 인격의 중요한 기능이기 때문에 전인교육은 다른 말로 인격의 모든 기능 이 온전히 실현된 인간, 즉 인간의 인격적 존엄성을 실현하는 인간을 양성한다는 말과 상통할 수 있다. 이렇게 볼 때 전인교육과 학생인권 개념을 통해 도달하고자 하는 목표가 일치한다. 그렇다면 학생인권 개념에서 인격적 존엄성을 강조하는 것 은 기본권을 알려주는 것을 넘어서서 학생들의 전인적 성장에 직접적으로 기여할 수 있는 방법이 될 수 있다. 또한 인간 존엄성의 근거에 대한 공통된 이해를 통해 인권을 실현할 수 있는 토 대를 마련할 수 있다는 점도 이 패러다임의 중요성을 보여준다. 각 국의 헌법과 기 본법, 국제적 인권 선언과 국제법 등에서 인간 존엄성에 관한 규정이나 선언은 그 근본 취지에 있어서만큼은 논란의 여지가 없다. 논란은 인간 존엄성의 구체적 적용, 즉 권리에 관한 문제가 현실적으로 드러날 때이다. 58) 그 가능한 이유 중의 하나는 인권과 인간 존엄성의 근거인 인격 에 대한 관점이 서로 다르기 때문이다. 이는 인 간 인격에 대한 상이한 이해에서 나오는 데, 각자의 이해에 따라 같은 인간 존엄성 이라는 용어를 사용하지만, 존엄성을 현실화하는 인권 적용에 있어서 상이할 수 있 다. 인권을 처음 접하는 학생들이 인권 개념에서부터 인간의 존엄성에 대한 근거와 근원을 찾아가려는 노력은 성인이 되었을 때 인권의 상이한 입장과 적용의 차이를 줄일 수 있는 효과적인 방법이 될 것이다. 2) 준거 패러다임: 자유와 권리 제시 에서 네 가지 실천 기준 제시 로 또 하나의 패러다임 전환은 학생인권이 가톨릭 학교 현장에서 실현되기 위한 기 본적 준거를 제시하는 것과 관련된다. 학생인권이 권리의 내용을 제시하는 것도 중 요하겠지만 그것으로 끝나서는 안 된다. 중요한 것은 그런 권리가 실천 가능한 것 으로 이끌어 주는 명확한 준거 를 마련하는 일이다. 이 때 준거는 학생인권이 실현 되는 방향의 역할을 하기 때문에 어디에 초점을 맞춰서 학생인권을 실천해 나가야 할지, 그리고 학생인권 실천이 제대로 되고 있는지를 가늠하는 기준이 될 수 있다. 학생권리의 범주나 내용과 관련해서는 아동권리협약, 학생인권조례, 가톨릭 사회 교리에서 강조한 권리 목록 등을 기초로 삼을 수 있다. 그러나 그러한 권리 목록에 들어가 있지 않은 내용이 요청될 때나 권리 목록에 들어 있어도 딜레마 상황에서 판단을 내리기 어려울 때도 있다. 이 때 중요한 것은 어떤 요청이 인권으로서의 가 치를 갖는가 아닌가 하는 실제적인 기준이다. 따라서 가톨릭 학교에서는 학생인권 의 목록을 제시하는 것만이 아니라 다양한 상황에서 인권이 보장받을 수 있는 기준 을 학생들에게 제공해줄 필요가 있다. 58) 김용해, 인간존엄성과 인권을 근거 짓는 작업에서의 문제들, 217쪽. 188

197 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 앞서 살펴봤던 교황 요한 23세의 회칙 지상의 평화 에서 제시한 평화 실현을 위 한 네 가지 기둥 진리, 정의, 사랑, 자유 는 인권과 평화 실현의 중요한 준거 역할 을 할 수 있을 것이다. 이 준거들은 사회생활의 근본 규범 곧 하느님께서 인간의 마음 안에 새겨주신 보편적이고 절대적이며 불변적인 도덕률의 바탕이며(진리), 실 천 원리이고(정의), 완성으로 이끌어 주며(사랑), 항상 새롭고 더 바람직한 균형을 갖도록(자유) 이끌어 준다. 59) 따라서 이 네 가지는 가톨릭 학교에서 인간 존엄성과 인권을 실천해 나가는 준거틀로 기능할 수 있을 것이다. 이 네 가지 준거는 하느님께서 인간의 본성 안에 새겨주신 법에서 나오는 것들이 다. 이 법은 인간의 양심을 일깨우며 이성적 판단과 자유 행사의 기준이 되는 것으 로, 인간 상호간의 관계, 국가 구성원과 국가의 관계, 국가들의 관계, 세계 공동체의 관계를 결정짓는 요소이다. 60) 즉, 이 질서는 관계 를 규정짓는 준거라 할 수 있다. 이 질서에 충실할 때 그것은 하느님의 뜻에 일치하는 것이 되며 인류의 공동선인 인권과 평화도 실현될 수 있다. 이 중에서 진리의 질서는 인간 사이의 상호관계가 그 존엄성으로 인해 본성상 동 등하고 평등하다는 점을 드러내준다. 정의의 질서는 인간 상호간의 권리들을 인정ㆍ 존중하고 각각의 의무들을 완성해 나가는 것을 의미한다. 사랑의 질서는 본성상 사 회적 존재인 인간이 다른 이의 요구와 필요에 민감하며 자신의 것을 나누어 상호 선익을 도모하는 것을 말한다. 자유의 질서는 모든 인간이 고유한 존엄성에 따라 자기 주도권을 갖고 자유롭게 그러나 책임감을 갖고 행동하는 것을 말한다. 61) 이 네 가지 준거가 인간 마음속에 있는 도덕률에서 유래하는 것이라면, 도덕률을 명확히 인식할 수 있도록 양심을 일깨우고 닦아 나가는 것 과 양심에 민감한 삶을 습성화하는 것 은 학생인권을 구현하는 실천적 방향이 될 수 있다. 3) 시각 패러다임: 결핍의 가치관 에서 풍요의 가치관 으로 학생이 자신과 타인의 인격을 존중하고 인권을 실현하는 존재로 성장하도록 돕는 다는 것은 올바른 삶의 가치관을 형성하도록 돕는 노력이기도 하다. 2012년 현재의 한국 교육 안에 담겨 있는 가치를 한마디로 표현한다면 경쟁 이 아닐까 싶다. 급속 한 경제화 속에서 한국은 경쟁의 기치를 내 걸었고, 이 기치는 경제뿐만 아니라 정 치, 사회, 문화 급기야는 교육에서까지 핵심적인 가치 중 하나로 자리 잡은 듯하다. 어쩌면 경쟁은 한국만이 아니라 전 세계적으로, 현대만이 아니라 역사가 시작된 이 59) 지상의 평화, 37-38항. 60) 지상의 평화, 5-7항. 61) 지상의 평화, 30-35항. 189

198 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 래로 인간이 살아가는 하나의 삶의 양식일지도 모르겠다. 그렇게 본다면 경쟁이란 용어 자체를 탓하기는 어려울 것 같다. 그러나 경쟁이란 가치 자체를 탓하기 어렵 다는 것이 오늘날의 편향된 경쟁 이해까지 받아들여야 한다는 것을 의미하는 것은 아니다. 경쟁이라는 외재적 가치 이면에 내포되어 있는 내재적 가치는 서로 다를 수 있기 때문이다. 현대를 무한 자유 경쟁 시대라고 부른다. 무언가를 차지하기 위해서 여러 명이 함께 경쟁을 벌이는 것이다. 주로 물질적인 가치들이 여기에 포함되는 데, 예를 들 면 자원, 에너지, 재화 등이 그것이다. 한쪽이 차지하면 다른 쪽이 얻지 못하게 된 다. 이때의 경쟁에 내포된 가치관은 무엇일까? 그것은 승/패 패러다임(zero-sum paradigm) 곧 결핍 에 기초한 가치관이다. 이 패러다임에서는 내 것이 곧 네 것이 될 수 없다. 내가 얻은 것은 네가 잃는 것이 된다. 내가 갖던지 네가 갖던지 둘 중 하나로 생각하게 된다. 즉, 전형적인 이분법적 사고를 그 안에 내포하고 있는 것이 다. 이러한 사고방식에서는 타협은 있을 수 있지만 협력은 어렵다. 그러나 이와 다른 경쟁도 있다. 무언가를 얻기 위해 여러 명이 함께 노력해도 모 두가 그것을 얻는 경우이다. 주로 정신적ㆍ영적 가치들이 여기에 포함된다. 예를 들 면, 지식, 사상, 신념, 신앙 등이 그것이다. 한쪽이 차지해도 다른 쪽도 얻을 수 있 다. 오히려 여럿이 함께 추구할수록 그것의 가치가 더 커지고 의미는 완전해진다. 이때의 경쟁에 내포된 가치관은 무엇일까? 그것은 승/승 패러다임 (win/win paradigm) 곧 풍요 에 기초한 가치관이다. 이 패러다임에서는 내 것이 곧 네 것도 되고, 네가 얻은 것을 나도 얻을 수 있게 된다. 즉 경쟁으로 인해 무언가를 빼앗긴 다기보다 서로가 더 풍요로워진다는 풍요의 시각이 작용한다. 함께 나눌수록 더 풍 요로워지기 때문에 협력 이 중요한 가치가 되고, 연대성 을 발휘할 수 있게 된다. 이렇게 될 때 승/승 은 시너지 효과를 발휘하여 덧셈을 넘어서서 곱셈의 패러다임 으로까지 확장될 수 있다. 정신적 가치인 인간 존엄성과 학생인권은 풍요의 가치관 에서 교육되고 실천되어야 한다. 학생인권이 풍요의 가치관을 통해 개념 정립될 때 중요한 변화들이 가능해진다. 첫째, 풍요의 가치관 은 자신과 타인 모두가 승자이기에 삶의 풍요와 만족을 가 져온다. 이 패러다임에서는 타인의 존엄성과 기본 권리를 존중하는 것이 곧 자신의 존엄성과 권리를 존중하는 것이기 때문이다. 모든 사람의 존엄성, 권리, 자유가 존 중 받을 때 협력과 연대가 가능해지고, 이를 통해 세상은 더욱 풍요로워지며 인류 의 공동선인 평화도 가능하게 된다. 둘째, 풍요의 가치관 은 중요한 다른 가치들을 인식시키고 가치 위계질서를 수립 하도록 도와준다. 즉, 승/패 패러다임에서는 크게 주목받지 못했던 사랑, 존중, 나 190

199 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 눔, 배려, 공정, 평등, 헌신, 동료애, 협동, 연대 등의 중요한 정신적ㆍ영적 가치들을 새롭게 인식하도록 도울 수 있다. 이러한 새로운 인식은 물질적 가치와 정신적 가 치의 위계질서를 분명하게 인식하도록 이끌어주어 가치의 올바른 위계질서를 바탕 으로 수립된 가치관 형성을 도울 수 있다. 이러한 가치관은 인간 존엄성과 인권에 대한 이해의 폭을 훨씬 넓혀 줄 수 있을 것이다. 가톨릭 학교에서의 학생인권 개념과 교육실천이 풍요의 가치관 과 연결되어 정립 된다면 가치관과 인격 교육에도 기여할 수 있을 것으로 보인다. 4) 내용 패러다임: 권리와 자유 강조 에서 권리/의무, 자유/책임의 동시 강조 로 가톨릭 교회는 인권을 강조했던 초창기부터 항상 인간 권리와 의무 사이의 근본 적인 중요성과 불가분의 상호관계를 강조해왔다. 62) 그것은 교회의 공동선에 대한 인식에서 나온다. 교회는 인권이 평화 실현을 위한 인류 전체의 공동선을 의미한다 면, 같은 권리에서 나오는 두 가지 국면인 능력 (facultas)과 의무 (obligatio) 곧 권리의 실존과 거기서 생기는 책임 사이의 논리적이고 실재적인 상관관계를 사람들 이 명확히 인식할 때 실천될 수 있기 때문이라고 강조한다. 63) 오늘날 드러난 다양한 인권 침해 사례들은 소수자나 사회적 약자들의 권리와 자 유를 인정ㆍ존중해야 할 의무 와 책임 을 망각하는 데서 시작된다. 인권이 인간의 인격적 존엄성에서 나오는 것으로 모든 사람들에게 동등한 기본적 권리라면 다른 사람의 권리를 인정ㆍ존중해야 할 의무는 자신의 권리를 주장하기에 앞서는 전제이 며 권리 주장에 따르는 필연적인 책임이다. 인권침해는 동전의 양면과도 같은 권리 와 의무, 자유와 책임 중에서 권리와 자유만을 바라보려 하거나 강조할 때 생긴다. 실제로 오늘날 활발히 논의되고 있는 인권교육은 권리/의무와 자유/책임을 균형 잡 힌 시각으로 바라보도록 이끌어주기 보다는 자신의 권리와 자유를 주장하는 데에 주로 강조점이 있는 듯하다. 이러한 권리 강조는 시각을 편협하게 만들어 두 주체 의 권리를 상호대립적인 것으로 이해하도록 만들 위험을 내포하고 있다. 오늘날 학 생인권조례 의 핵심 쟁점으로서 학생권리의 일부 내용이 교권을 위태롭게 하는 것 으로 인식되고 있는 점 64) 은 권리를 강조한 인권 개념의 사례 중 하나가 아닐까 싶 다. 교육의 두 주체인 학생과 교사가 권리를 주장하기에 앞서 서로의 권리에 대해 존중해야 할 의무와 책임을 먼저 실천하는 패러다임을 가진다면 학교교육을 통해 추 62) 교회와 인권, 3항. 63) 교황 바오로 6세, 세계 인권 선언 25주년에 즈음하여 유엔에 보낸 메시지 ( ), L Osservatore Romano; AAS, LXV(1973), p.677; 교회와 인권, 4항. 64) 설규주, 한국 시민사회의 성장과 학교 인권교육의 과제, 사회과교육 44(서울: 한국사회과교 육연구학회, 2005), 27-56쪽. 191

200 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 구하고자 하는 이상의 실현은 교사와 학생의 관계에서부터 시작될 수 있을 것이다. 따라서 가톨릭 학교에서 정립해야 할 학생인권의 개념 모형과 실천 방향은 이러 한 점을 고려해야 한다. 자신의 권리와 자유는 타인의 의무와 책임 아래 누릴 수 있으며, 자신의 의무와 책임을 통해 타인의 권리와 자유가 실행될 수 있다. 권리와 의무, 자유와 책임이 항상 동시에 강조될 때 인권은 올바른 의미로 이해될 수 있으 며 그것이 인권을 통해 강조하려는 핵심, 즉 인간의 인격적 존엄성을 드러내는 것 임을 기억할 필요가 있다. (1) 가톨릭 학생인권의 개념 모형: 학생인권 3H1C 인격적 존엄성 중심, 네 가지 준거 마련, 풍요의 가치관 정립, 권리/의무와 자유/ 책임의 동시 강조 등은 가톨릭 학교 학생인권 개념의 근거, 준거, 시각, 내용을 구 성한다. 이 네 가지 구성요소들은 유기적으로 연결되어 가톨릭 학생인권의 특성을 드러낸다. 첫째, 근거 인 인간의 인격적 존엄성 의 강조는 학생인권의 확실한 근거와 근원 을 드러내려는 것으로 학생인권의 철학적ㆍ신학적 기반이 된다. 철학적ㆍ신학적 기 반은 인권의 근거이며 목적과 관련되기 때문에 학생인권의 마음 혹은 심장 (Heart) 의 역할을 한다고 볼 수 있다. 둘째, 준거 로서 제시하는 진리, 정의, 사랑, 자유 는 학생들이 속한 가정, 학교, 사회에서 행하거나 요구되는 행동이 인간 존엄성을 드러내는 가를 가늠하는 기준이 나 척도의 역할을 함으로써 학생인권이 추구하는 가치의 기반이 된다. 셋째, 시각 인 풍요의 가치관 은 사회의 경쟁 논리를 풍요의 심리로 바꿔줌으로써 사회화 과정 에 있는 학생들이 지녀야 할 핵심 가치의 정립에 영향을 주는 관계적ㆍ심리적 기반 을 형성할 수 있다. 이 두 구성요소는 학생인권의 기본 가치와 기본 시각을 제시해 주기 때문에 학생인권의 머리 (Head) 역할을 한다고 볼 수 있다. 넷째, 내용 으로 권리/의무, 자유/책임의 동시 강조 는 권리 행사가 사회의 윤리 질서 안에서 실천적으로 이루어지기 때문에 실천윤리의 양면을 동시에 강조함으로써 학생인권의 윤리적ㆍ실천적 기반을 드러낸다. 이 기반은 학생인권의 구체적이고 개별 적인 내용을 제시해 주기 때문에 학생인권의 손 (Hand) 역할을 한다고 볼 수 있다. 이처럼 학생인권의 네 가지 개념요소는 각각의 다른 중요성을 갖고 있는데, 이들 의 관계와 중요성을 비유적으로 표현한 것이 마음(심장)-머리-손이다. 이 세 용어 는 모두 알파벳 첫 글자가 H 로 시작되기 때문에 줄여서 가톨릭 학생인권 3H 로 부를 수 있을 것 같다. 마음(심장), 머리, 손 중에서 외적으로 보이는 것이 손뿐이라고 해서 마음이나 머리 192

201 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 가 존재하지 않는다고 말하지 않는 것처럼, 학생인권 3H 중에서 hand, 즉 개별 권리/ 의무와 자유/책임이 구체적으로 접할 수 있는 내용이라고 해서 근거인 heart와 준거 와 시각인 head가 무시되어서는 안 된다. 마음(심장)과 머리의 의도와 지시에 따라 손이 기능 하듯이, 학생인권 3H에서도 heart와 head는 hand가 제 기능을 발휘하도 록 하는 지시자이다. 그러한 관계가 되기 위해서는 마음(심장)-머리-손이 한 사람 안에 유기적으로 연결되어 있는 것처럼 학생인권 3H도 유기적으로 연결되어야 한다. 학생인권 3H를 유기적으로 통합하는 단일성의 원리는 무엇일까? 인권과 인간 존 엄성이 하느님께서 마음 깊은 곳에 새겨주신 법을 통해 인식할 수 있다면, 이 법에 충실하도록 이끄는 양심 (Conscience)은 인간 존엄과 인권에 대한 신념(마음)이 이 해와 동의(머리)로, 그리고 실천(손)으로 이어지도록 통합하는 원리가 될 수 있다. 양심에 의한 통합성은 또 다른 중요성도 부각시킨다. 대한민국 헌법은 국민의 자 유와 권리는 헌법에 열거되지 아니한 이유로 경시되지 아니한다. (제37조 제1항)라 고 명시하며 실정법상 명문화되지 않은 권리들(도덕권)이 존재함을 말하고 있다. 65) 학생의 존엄과 권리가 법으로 모두 열거할 수 없더라도 존중받아야 한다면 그것을 파악하고 지키도록 이끌어 주는 양심의 역할은 더욱 중요하다. 양심은 개별 권리와 의무들이 파악되며 근거를 두는 보루이기 때문이다. 따라서 인권에 민감한 양심을 형성 하는 것은 가톨릭 학교에서 학생인권 개념이 그 충만한 의미로 실현될 수 있 도록 이끌어 주는 실천 방향이라 할 수 있다. 이 부분과 관련해서는 다음 절에 자 세하게 다룰 것이다. 학생인권의 마음, 머리, 손을 의미하는 3H와 그것을 통합하는 하나의 원리인 양 심의 첫 글자로 가톨릭 학생인권 개념을 3H1C로 표현해 볼 수 있다. 가톨릭 학생 인권 3H1C 는 가톨릭 학교에서 학생인권의 개념을 이해하기 위한 하나의 모형이 될 수 있을 것이다. <표 2>은 가톨릭 학생인권 3H1C 모형 의 핵심 내용을 설명한 것이고, <그림 1>은 그 개념도이다. <표 2> 가톨릭 학생인권 3H1C 개념 모형 개념요소 핵심 내용 강조 기반 3H 통합원리(1C) 근거 인간 인격의 존엄성 강조 철학적ㆍ신학적 기반 마음(심장)(heart) 준거 네 가지 실천 준거: 진리, 정의, 사랑, 자유 가치 기반 양심 머리(head) 시각 풍요의 가치관 관계적ㆍ심리적 기반 (conscience) 내용 권리/의무, 자유/책임의 동시 강조 윤리적ㆍ실천적 기반 손(hand) 65) 김혜숙, 앞의 글, 15쪽. 193

202 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 <그림 1> 가톨릭 학생인권 3H1C 개념도 이상의 내용을 종합 정리하면 다음과 같이 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형을 정립해 볼 수 있다. 가톨릭 학생인권이란 학생이 [인격적 존엄성을 가진 주체적 존재로서] 개인적ㆍ 사회적ㆍ학교 영역에서 [하느님께서 마음에 새겨주신 양심으로 식별할 수 있는 진 리, 정의, 사랑, 자유의 네 가지 척도와 법에 따라] 향유할 수 있는 권리와 자유, [그리고 이에 수반하는 의무와 책임을 포함하는] 총체적 개념 이라 할 수 있다. 66) 가톨릭 학생인권의 목적은 학생 개개인이 자신뿐 아니라 모든 사람이 인격적으 로 존엄하게 살아갈 권리와 자유, 그리고 그에 따르는 의무와 책임이 있음을 인 식하고, 양심에 따라 인권을 실현하는 인격적 존재로서 성장하도록 돕는데 있다. 가톨릭 학생인권은 네 가지 개념요소로 구성된다. 첫째는 인격적으로 존엄한 주체의 강조 로서 이는 학생인권의 근거 가 되며 심장 역할을 한다. 둘째는 진리, 정의, 사랑, 자유 의 네 가지 척도 확립으로 이는 학생인권의 준 거 가 되며 머리 역할을 한다. 셋째는 풍요의 가치관 확립으로 이는 학생인권의 시각 을 구성하며 머리 역할 을 한다. 넷째는 권리/의무, 자유/책임의 동시 강조 로서 이는 학생인권의 내용 이 되며 손 의 역할을 한다. 66) 이 정의에서 [ ] 안의 내용은 학생인권을 정의할 때 자주 생략되는 부분으로, 가톨릭 학생인 권 3H1C 의 고유한 부분이라 할 수 있다. 이 부분은 학생인권의 근거, 준거, 내용을 제시하며 풍요의 가치관 은 이 세 가지 개념요소 안에 포함된 근본 시각이라 할 수 있다. 194

203 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 가톨릭 학생인권의 목적에 도달하기 위해서는 각각의 개념요소가 통합적으로 구현되어야 하는데, 이를 통합하는 원리가 양심 이다. 양심은 학생을 존중하고 인격적으로 대하도록 촉구하며, 진리ㆍ정의ㆍ사랑ㆍ자 유를 실현하는 선 을 행하도록 요구하고, 풍요의 시각에서 상호 신뢰ㆍ존중ㆍ 협력이 가능하도록 하며, 자신뿐 아니라 타인의 권리도 똑같이 존중하고 권리 행사에 따르는 의무와 책임까지도 갖도록 만들기 때문이다. 양심은 인간이 홀로 하느님을 만나고 그분의 목소리를 듣는 가장 깊은 내면이 다. 양심에 충실한 삶은 하느님께서 원하시는 인격적으로 성숙한 존재가 되도록 이끌어주어 가톨릭 학생인권을 실현하는 실천적 방향이 된다. 양심에 충실한 삶 이라는 가톨릭 학생인권의 실천 방향을 좀 더 구체적으로 살펴 볼 필요가 있다. 이어지는 내용은 이에 초점을 맞출 것이다. Ⅴ. 가톨릭 학생인권 3H1C 의 실천 방향: 양심 형성 인권을 알고 향유하며 존중하는 태도를 기르도록 돕는 일련의 교육적 노력을 인 권교육 이라고 한다면 67), 학생인권의 실현은 일차적으로 인권교육을 통해 이루어질 수 있다. 인권교육이라는 동일한 용어를 사용한다 하더라도 교육 방향에 따라 구성 과 내용이 달라진다면 가톨릭 학교에서는 어떠한 방향으로 인권교육을 실천해 나가 야 할까? 앞의 개념 모형에서 양심에 충실한 삶 이 가톨릭 학생인권 구현의 실천 방향이라면 가톨릭 학교의 인권교육은 우선 양심의 형성 에, 좀 더 구체적으로 말 하면 인권에 민감한 양심을 형성 하는 데 초점을 맞출 필요가 있다. 1. 인권에 민감한 양심 형성 가톨릭 교회는 하느님께서 인간의 마음속에 법 을 새겨주셨는데, 이 법은 인간이 복종해야 할 법으로 선을 사랑하고 실천하며 악을 피하도록 인도한다고 가르친 다. 68) 양심은 우선 이러한 법에 대한 의식이며 행위의 도덕적 가치를 알게 하는 이 성의 판단이라 할 수 있다. 69) 이러한 정의는 일반적으로 정의되는 양심의 개념이기 도 하다. 가톨릭의 양심 개념은 여기서 더 나아간다. 양심은 인간이 하느님을 만나 67) 구정화 외, 앞의 글, 17쪽. 68) 사목 헌장, 16항. 69) 가톨릭 교회 교리서, 1778항. 195

204 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 친교 안에서 하느님의 목소리를 듣는 인간 실존의 가장 깊은 내면, 즉 인격 의 핵 심이라는 것이다. 따라서 양심은 단순히 의식이나 원리, 느낌이 아니라 하느님과 깊 은 인격적 친교를 맺는 장소이며 이를 바탕으로 이웃과의 친교 안에서 자신의 윤리 적 의무를 식별하는 내면이라 할 수 있다. 70) 또한 양심에의 충실성, 곧 인간 마음 에 각인된 법에 충실하고 하느님과 이웃과의 친교 안에서 선을 충실히 추구할 때 윤리적 진리를 발견할 수 있기 때문에 양심은 윤리적 진리 발견의 원리이기도 하 다. 71) 양심의 기능은 다양한데, 그 중에는 도덕적 원칙들을 인지하는 일, 이 원칙들 을 주어진 상황에 적용하는 일, 윤리적 선을 구체적으로 식별하는 일, 행위에 대해 판단을 내리는 일 뿐만 아니라 자신이 행한 행위들에 대해 책임질 수 있게 한다. 72) 따라서 올바른 양심을 형성하고 계발하는 것은 매우 중요하다. 양심형성의 중요성 은 양심교육의 중요성으로 이어지는 데 양심교육은 도덕적 양심으로 깨닫게 된 내 적인 법을 인정하고 실천하여 습성화하는 것을 말한다. 73) 요약하자면, 가톨릭 교회의 양심 논의는 인격 과 친교 에 토대를 두고 있다. 즉, 양심은 단순히 객관적인 윤리법을 구체적인 상황에 적용하는 법의식을 넘어서서 하 느님과 이웃과의 깊은 인격적 친교 안에서 윤리적 진리를 식별하는 인격적 자아의 핵심인 것이다. 74) 가톨릭 교회의 이러한 양심 개념은 인권 실현과 직접적으로 연관되어 있다. 타인 과의 인격적 친교와 진리에 충실하도록 이끄는 양심은 상호간에 인격적인 관계를 맺도록 이끌어 주어 학생인권을 실현하는 토대가 되기 때문이다. 이러한 관계적 측 면과 함께 개인적인 측면에서도 양심은 인권교육에 기여하는 바가 크다. 인권교육 은 인권에 대한 지식(지적인 앎)을 넘어서서 삶의 현장에서 직접적인 행동으로 이 어지고(실천적인 앎) 그러한 행동들이 하나의 습성으로 자리 잡도록(존재적인 앎) 만들어 주어야 한다. 지적인 앎 실천적인 앎 존재적인 앎 으로의 확장은 그것을 연결해주는 강한 실천의지가 수반되어야 하는데, 양심이 바로 결정적인 동력의 역 할을 할 수 있기 때문이다. 따라서 가톨릭 학교에서 인권교육의 방향을 설정할 때 학생들이 인권에 민감한 양심을 형성 하도록 만드는 데 초점을 맞춘다면 인권교육 의 목적을 달성하는 효과적인 길이 될 수 있다. 75) 70) 양심 (유영도), 한국가톨릭대사전 9(양심법-입회 허가), 한국가톨릭대사전 편찬위원회 (서울: 한국교회사연구소, 2005, 5942쪽. 71) 같은 책. 72) 가톨릭 교회 교리서, 항. 73) 가톨릭 교회 교리서, 1784항. 74) 양심, 앞의 책, 5943쪽. 75) 이러한 인권교육의 한 가지 방법은 인권교육 과 양심교육 을 통합하여 구성하는 것이다. 이종 태 등은 인권교육의 개념을 명료화하기 위해 인권교육의 인접 개념들, 즉 평화교육, 다문화교육, 196

205 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 인권에 민감한 양심 이란 인권 관련 문제 상황에서 어떤 행위ㆍ의도ㆍ태도에 대 해 옳고 그름의 명확한 구별이 습성화된 인격의 도덕적 의식이나 판단이라 할 수 있다. 이 양심은 인권의식과 유사하지만 강한 실천의지를 포함한다는 점에서 차이 를 갖는다. 인권의식은 흔히 사회 내의 인권침해 상황에 대한 비판 정신이나 시각 으로 볼 수 있다. 76) 인권의식의 형성은 인권교육이 지향해야 할 방향 중의 하나임 은 분명하다. 그러나 인권교육의 목적을 인권을 이해하고 인식할 뿐 아니라 이를 실천하는 사람을 양성하는 것이라고 한다면 77), 인권의식의 형성만으로는 부족하다. 인권의식화가 자동적으로 인권 실천으로 연결되지는 않기 때문이다. 인권의식을 갖 고 있다고 하더라도 인권에 민감한 양심이 형성되지 않은 사람은 상황에 따라 다른 잣대를 제시할 수 있다. 인권 문제 상황에서 선을 행하고 악을 피하라는 명확한 판 단 기준 을 습성화해 나가는 것은 인권의식이 실천으로 이어질 수 있도록 이끌어 주는 가장 강력한 원동력이 될 수 있다. 세계인권선언 이 제시한 교육의 목적인 인격의 발전, 인권과 기본적 자유에 대 한 존경의 강화 (제26조 2항)를 실현하기 위해서도 인권에 민감한 양심 형성은 중 요하다. 인권이 모든 인간의 존엄성을 존중하고 실현하는 데 목적이 있다면 인권 침해 문제는 인간의 존엄성 침해와 관련된 도덕적 딜레마의 상황에 속한다. 인권의 역사에서 나타난 인권 침해와 권리 획득 과정은 이러한 점을 명확히 보여준다. 도 덕적 선택에 직면하여 양심이 이성과 하느님의 법에 부합하는 올바른 판단을 내릴 수도 있고, 반대로 그릇된 판단을 내릴 수도 있다면, 올바른 양심 형성은 인권 실현 을 통해 교육의 목적을 달성하는 핵심 방법이 된다. 양심 형성이 일상생활에서의 인권의식 실천과 도덕적 딜레마 상황에서의 인권 실 현의 원동력이 될 수 있다는 점은 학교에서의 학생인권교육 방향이 인권에 민감한 양심을 형성하는 교육, 즉 양심 형성 교육 으로 진행될 필요성을 보여준다. 세계화 교육, 지속가능한 개발을 위한 교육, 인성교육, 도덕교육, 법교육, 시민교육과 인권교육 을 비교 한 후 유사점과 차이점을 제시하였다(이종태 외, 앞의 글, 78-93쪽). 이 교육들은 개 념상으로는 구별되지만 인권교육을 보완하며 현실에서 인권을 구현하는 데에 나름대로의 기여 점이 있다. 따라서 학교에서의 인권교육은 독립된 교과로 구성하기 보다는 인접 개념들과 연관 된 통합교육 형태로 구성하는 것이 효과적일 것으로 보인다. 76) 이종태 외, 앞의 글, 94쪽. 77) 이종태 등은 인권교육이 지향하는 바를 각 개인이 자신의 인간으로서의 존엄성을 인식하고, 개인의 권리에 대한 지식을 습득하고 인권감수성을 높여, 자신뿐만 아니라 타인의 권리를 존중 하고 민주적 사회의 일원으로 참여하면서 좀 더 나은 사회를 만들기 위해 노력하는, 비판적 의 식을 지닌 사람으로 자라나게 하는 것 으로 제시하였다(이종태 외, 앞의 글, 95쪽). 구정화 등 은 인권교육의 목표를 1)인권과 기본적 자유에 대한 존중 강화, 2)인간의 존엄성에 대한 이해 와 감수성의 최대한 발현, 3)다양한 인간과 집단에 대한 이해와 관용, 평등과 우정의 증진, 4) 모든 사람들의 자유로운 사회적 참여 보장 등으로 제시하였다(구정화 외, 앞의 글, 22-23쪽). 197

206 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 인권에 민감한 양심 형성은 두 가지 방향으로 진행될 수 있다. 첫째는 인권에 대 한 양심의 민감성을 일깨우는 것 이다. 이는 각성을 통해 양심을 계발 하는 것을 의 미하는 데, 이 방향은 주로 인지적(지성) 차원과 관련된다. 인권의 중요성 인식, 인 권 개념ㆍ준거ㆍ시각ㆍ내용ㆍ역사ㆍ선언ㆍ협약 등을 배우는 것, 인권의 경험, 인권 경험의 토론 등이 여기에 속한다. 둘째는 일깨워진 양심에 충실한 삶을 살아가는 것 이다. 이는 각성을 통해 형성된 양심이 삶에서 구현되도록 습성화 하는 것을 의 미하는 데, 이 방향은 실천적(덕성) 차원과 연관된다. 가정ㆍ학교ㆍ사회의 일상생활 에서 인권을 적용하는 것, 사회의 다양한 문제를 인권적인 시각으로 바라보며 해결 책을 모색하는 것, 학교생활에서 다양한 참여를 실천하는 것 등이 여기에 속한다. 양심 형성 교육은 이 두 방향을 통합하는 방식으로 이루어져야 한다. 지금까지 가톨릭의 양심 개념, 양심과 인권 실천과의 연관성, 인권에 민감한 양심 의 의미와 필요성, 양심 형성 교육의 두 방향 등을 논의하였다. 마지막으로 한 가지 더 살펴볼 것이 있는데 그것은 양심 형성 교육의 적합성 및 타당성에 대한 논의이 다. 이론상 학생 인권교육이 양심 형성에 초점을 둘 필요가 있다고 하더라도 그것 이 실천되는 맥락인 학교교육에 적합하고 타당할 때 실현 가능성이 있기 때문이다. 이와 관련하여 두 가지를 논의하고자 한다. 하나는 양심 형성 교육의 가톨릭 학교 교육에의 적합성 여부이다. 다른 하나는 양심 형성 교육의 인권교육 방법으로서의 타당성 여부이다. 우선, 양심 형성 교육은 가톨릭 학교교육에 적합하다. 그 이유는 양심 계발과 습 성화가 가톨릭 학교의 고유 사명을 실천하는 중요한 방법이 될 수 있기 때문이다. 가톨릭 학교의 고유 사명인 복음화 는 신앙의 빛으로 문화 속에 담긴 절대 진리를 깨닫는 복음적 깨달음 과 신앙과 생활의 통합 안에서 그리스도인 덕목을 함양해 나 가는 복음적 실천 으로 구체화된다. 78) 이 중 복음적 깨달음은 복음 중심적 가치관 을 형성하는 것인데, 이는 양심성찰을 통해 일상생활에서 드러난 생각, 태도, 행동 이 복음적이었는지를 살피고 복음적 가치에 충실할 것을 결심함으로써 정립해 나갈 수 있다. 복음적 실천은 덕성 함양을 의미하는 데, 덕은 선을 사랑하는 습성을 지닌 인간의 지성과 의지의 능력이 온전히 발전된 상태로서 적극적으로 올바른 것을 행 할 수 있는 힘과 능력을 의미한다. 79) 따라서 선과 악의 근본적 판단기준인 양심에 따르는 삶을 습성화 하는 것은 곧 덕성을 함양해 나가는 가장 확실한 길이 될 수 있다. 이런 점에서 양심 계발과 습성화는 가톨릭 학교의 사명을 구현하는 하나의 78) 구본만, 앞의 글, 89-91쪽. 79) 덕 (심종혁), 한국가톨릭대사전 3권(한국가톨릭대사전 편찬위원회, 서울: 한국교회사연구소, 2006), 쪽. 198

207 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 방법이 될 수 있고, 따라서 양심 형성 교육은 가톨릭 학교 인권교육의 실천 방향으 로서 적합성을 갖는다고 할 수 있다. 둘째, 양심 계발과 습성화가 현재 논의되는 미래 지향적 인권교육의 중요한 방법 이 될 수 있다는 점에서 양심 형성 교육은 방법적으로도 타당성을 갖는다. 현재 학 교에서의 인권교육은 주로 사회과와 도덕과 등 특정 교과를 중심으로 이루어지고 있고, 방법적인 측면에서는 인지적 영역에 제한되어 있으며, 장소적으로는 교실이나 학교에 한정되어 있다. 80) 인권교육은 인간이 자신의 보편적 권리를 알고, 인권을 존중하고 보호하는 행동양식, 기술, 태도를 형성하도록 돕는 일체의 교육적 노력으 로 정의될 수 있다. 81) 이러한 정의에 따른다면 학교에서의 인권교육은 특정교과가 아니라 독립교과나 통합교과로, 인지적 차원에 그치는 것이 아니라 실천적 차원으 로 이어지도록, 학교현장에 한정된 것이 아니라 학생이 접촉하는 모든 상황에서 이 루어질 필요가 있다. 이러한 내용은 행위성향 중심의 인권교육 82), 인권 문해력 및 감수성 신장 83), 인권에 대한 교육ㆍ인권을 위한 교육ㆍ인권을 통한 교육 84) 등 비록 용어적 표현에서는 차이가 있지만 학자들에게서 공통으로 나타난다. 이렇 게 볼 때, 학교 인권교육이 지향해야 할 방향은 인권에 대한 지식 과 실천 을 통합 하여 인권을 습성화 하는 것이다. 양심 형성 교육은 이러한 통합과 습성화에 기여할 수 있다. 인권에 대한 앎을 통 해 인권중심적인 시각을 형성하고 판단력을 길러나가는 것은 올바른 양심의 계발 없이는 불가능하다. 죄 등으로 양심이 어두워지거나 무질서에 놓여 있을 때 올바른 도덕적 판단을 하기가 어렵기 때문이다. 또한 일상생활에서 모든 사람이 인간답게 살아가도록 최우선적인 노력을 기울이는 것도 올바로 형성된 양심을 따르는 삶이 습성화되지 않고서는 가능하지 않다. 이런 의미에서 볼 때, 양심 형성 교육은 인권 교육의 핵심 방법으로서 타당성을 지닌다고 볼 수 있다. 80) 설규주, 앞의 글, 44-45쪽. 81) 구정화 외, 앞의 글, 17쪽. 82) 박상준은 행위성향 중심의 인권교육을 인권친화적 행위성향 과 반성적 사고력 을 통합하는 것 으로 설명한다. 주된 내용은 인권의 중요성 인식, 인권의 경험, 인권경험의 토론, 인권 친화적 행위 실천, 인권친화적 행위 평가로 구성된다. 박상준, 앞의 글, 쪽. 83) 구정화는 인권 문해력 을 지적으로 알게 된 인권을 일상생활에서 적용하며 살아가는 능력으로, 인권 감수성 을 일상생활에서 만나는 다양한 사건에 대해 인권적인 요소를 발견하고 적용하면 서 인권적 시각을 견지하는 것이라고 설명한다. 그는 인권 문해력과 감수성의 신장을 위해 인 권 친화적 교육환경 구성을 강조한다. 구정화, 유엔아동권리협약을 고려한 학교 인권교육의 방향, 6-10쪽. 84) 리스터(Lister)는 인권의 특징 때문에 인권교육이 단순히 인권의 내용을 강조하는 인권에 대한 교육(지식) 에 그쳐서는 안 되며 인권을 위한 교육(기술과 능력 습성화), 인권을 통한 교육(환 경 조성) 까지 이어져야 한다고 주장한다. 구정화 외, 앞의 글, 17-18쪽. 199

208 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 2. 양심 형성 교육의 두 가지 방식 양심 계발과 습성화가 가톨릭 학교의 사명과 연관되고 인권을 실천하는 학생의 양성과 연관된다면 그것은 한 두 교과목을 통해 실천될 수 있는 성격이 아니다. 오 히려 가톨릭 학교의 교육과정 전체와 학교문화 전체에서 고려해야 할 내용이다. 지 면 관계상 본 연구에서는 명시적 교육과정(manifested curriculum)으로서 학교 교 육과정 접근 방식 과 잠재적 교육과정(latent curriculum)에 속하는 문화적 접근 방 식 으로 구분하여 실천 방향만을 간략하게 제시하도록 하겠다. 1) 학교 교육과정 접근 방식 양심 계발과 습성화는 우선 학교의 교육과정 안에 구체적이고 의도적으로 구성되 어야 한다. 교육과정의 구성과 관련해서 방식은 독립교과보다는 통합교과 형식이 나을 듯하다. 85) 그 이유는 첫째, 많은 교과로 인해 과중한 학습 부담을 안고 있는 한국의 교육현실에서 별도의 교과를 추가하는 일이 부담스러울 수 있다. 둘째, 인권 이 독립교과가 된다면 인권은 인권담당 교사가 가르치는 것으로 인식되어 다른 교 사들은 관심을 두지 않을 수 있다. 셋째, 여러 교과에서 가르친다면 교사들의 인권에 대한 관심이 높아질 수 있고, 이는 잠재적 교육과정에 영향을 줄 가능성이 있다. 86) 통합교과 접근 방식의 실천과 관련해서 다시 두 가지 방식이 가능하다. 첫째 방 식은 관련 교과 시간에 가르치는 통합교과 형식이다. 이 형식은 우선 양심 교육의 내용을 정한 후에 학년과 교과별로 연관된 내용을 선정하고 선정된 내용을 관련 교 과 교사들이 교과 수업시간에 가르치는 것을 말한다. 87) 둘째 방식은 연구자가 이전 연구에서 제시했던 것처럼 학교 교육과정을 그리스 도교적 전인 교육과정 형태로 변화시키고, 영성 통합과정 의 한 과정으로 양심 형 성 교육을 편성하는 것이다. 88) 통합과정 방식은 통합교과 방식과는 달리 각 교과 수업시간이 아니라 한 학기가 끝나는 마지막 한 주(17째주, 대략 25-30시간)를 학생인권 교육주간 등으로 명명하여 한 주간 동안 교육을 실시하는 방식이다. 89) 85) 한 연구조사 결과에 따르면, 시민단체의 경우 인권교육을 독립교과로 해야 한다는 의견(76%) 이 우세했으나, 교사들의 경우 독립교과보다는 기존 교과목에서 가르치고(79%) 기존 단원에 통합 편성하자는 의견(65%)이 우세했다. 문용린 외, 유ㆍ초ㆍ중ㆍ고 인권교육과정 개발 연구 (서울: 국가인권위원회, 2003), 55-56쪽. 86) 이종태 외, 앞의 글, 97쪽. 87) 위의 글, 97-99쪽. 88) 구본만, 공교육에서 가톨릭 학교의 종교교육 방향 모색, 기독교교육정보 30(서울: 한국기독 교교육정보학회, 2011), 83-86쪽. 89) 이 시간은 2009 개정 교육과정에 따라 새롭게 시행된 창의적 체험활동 시간에서 활용할 수 200

209 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 교육내용은 기존의 인권교육 관련 내용과 함께 인권 능력을 습성화하는 다양한 내 용들로 구성하고, 교육방법으로는 토론, 경험, 활동, 영상물 시청, 역할극, 팀 작업 등 모든 학생이 능동적으로 참여할 수 있는 방식을 활용한다. 경험+지식+실천을 통합하는 방식으로 양심 교육을 실시하는 것이 바람직하다면 한 주간을 집중 할애 하는 이 방식은 학생들이 학교뿐 아니라 외부에서 직접 체험, 실천하는 내용까지 포함할 수 있다는 장점을 갖는다. 이 과정의 담당교사는 그 학기에 수업을 진행한 교사들이 맡는다. 따라서 준비 과정에서 교사들도 학생인권 개념을 명료하게 이해 하게 되고, 습성화 할 수 있는 기회를 얻게 되는 장점이 있다. 2) 문화적 접근 방식 이 방식은 학교의 문화를 인권 친화적으로 변화시키는 것과 관련된다. 인권의식 과 인권에 민감한 양심은 교육뿐 아니라 인권 친화적 환경을 통해서 더욱 고양될 수 있다. 90) 인권을 가르치고 강조한다고 하더라도 학교의 환경이나 문화가 인권 친 화적이지 않다면 그 안에서 교육받은 학생들의 인권 역량을 기대하기는 어렵다. 특 히 학생인권 실현이 실천적인 개념이라면 문화의 중요성은 더욱 두드러진다. 학교 의 문화와 환경을 인권 친화적으로 변화시키는 것은 인권의 가치가 학생들의 생각 과 행동에 스며들게 하는 기반이 될 수 있다. 학교에 인권 문화를 형성하기 위해서 는 다양한 노력이 필요하지만 여기서는 핵심이 되는 두 가지만 제시한다. 첫째, 교장을 비롯한 교사들이 본보기 역할을 해야 한다. 교장과 교사들의 말과 행동 은 학생들이 부지불식간에 닮게 하는 가장 강력한 교육내용에 속한다. 한국의 학생들 은 하루 생활의 대부분을 학교에서 보내고, 학교생활의 대부분을 교사들과의 만남으로 보내기 때문에 교사들의 인격과 가치관은 무엇보다 중요하다. 91) 교사들이 우선 학생을 존엄한 인격적 존재로 바라보고 그들의 권리를 존중하며 윤리적 모범을 보여줄 때 학 생들은 동일시(identification)를 통해 교사의 인격과 가치관을 닮아 나가게 될 것이다. 둘째, 학교 안에 경쟁이 아닌 협동과 연대의 가치를 높이는 활동을 지속적으로 확충시켜 나가는 것이다. 학교 안에 경쟁이 없을 수는 없지만, 경쟁의 가치 기반은 있다. 새 개정 교육과정은 1)교과와 창의적 체험활동을 통합운영 할 수 있도록 하였고(교육과 학기술부, 창의적 체험활동 교육과정, 2009, 8쪽(4.의 나)), 2) 인권교육 을 비롯한 범교과 학 습 주제가 관련 교과와 창의적 체험활동 등 교육 활동 전반에 걸쳐 통합적으로 다루어지도록 하고 지역 사회 및 가정과의 연계 지도에 힘쓰도록 권장하고 있다(교육과학기술부, 2009 개 정 교육과정. 초ㆍ중등학교 교육과정 총론 (교육과학기술부 고시 제 호, ), 에서 2011, 5, 1 인출). 본 연구의 통합과정 방 식은 1)의 통합운영과 2)의 통합과정을 모두 활용하는 방식이다. 90) 이종태 외, 앞의 글, 102쪽. 91) 구본만, 공교육에서 가톨릭 학교의 종교교육 방향 모색, 90쪽. 201

210 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 승/패가 아닌 승/승 패러다임으로 전환시킬 수 있다. 즉, 협동과 연대가 기반이 된 상생의 경쟁이 되도록 이끌어 주는 것이다. 이 때 경쟁은 타인을 누르고 이기려는 경쟁이 아닌 서로의 성장을 키워주는 긍정적인 경쟁이 된다. 협력에 기반을 둔 경 쟁 문화는 교과나 창의적 체험활동 시간에 학생들이 자주 협력할 수 있는 구조적인 시간을 제공해 주면서 시작될 수 있다. 또한 학교 행사나 일상의 다양한 활동에서 도 협력하지 않으면 성취할 수 없는 내용을 자주 제시하여 협력이 학교에서의 주된 생활방식이 되도록 이끌어 줄 필요가 있다. 협력과 연대 활동을 통해 학생들은 협 력에 기반을 둔 경쟁의 가치를 몸으로 익히게 되고, 이를 통해 서로가 신뢰, 존중, 배려에 기반을 둔 동료라는 인식을 차츰 형성해 나가게 될 것이다. Ⅵ. 결론 본 연구는 가톨릭 학교의 학생인권 개념으로 정립 가능한 한 가지 모형을 탐색하 고, 그러한 모형의 실천 방향을 제시하는 데 목적이 있었다. 본문에서 다뤘던 주요 내용은 다음과 같다. 우선 인권과 학생인권, 가톨릭 인권의 역사ㆍ개념ㆍ특징을 고 찰하였다. 가톨릭 인권 개념의 특징은 근거, 준거, 시각, 내용과 관련하여 기존의 학 생인권 패러다임을 전환할 필요가 있음을 보여주었다. 이러한 필요성에 따라 제시 했던 네 가지 새 패러다임은 가톨릭 학생인권의 고유한 개념을 형성하는 요소들로 기능하였다. 이어서 이 개념요소들이 가톨릭 학생인권의 실현을 위해 어떤 역할을 하는지를 설명하기 위해 마음(심장)-머리-손(3H)으로 비유하여 설명하였고, 이를 통합하는 원리로 양심(1C)을 제시하였다. 이러한 설명을 요약하여 가톨릭 학생인권 3H1C 라는 학생인권 개념 모형을 제시했다. 이 모형이 가톨릭 학교에서 실천되기 위한 인권교육의 방향으로 양심 형성 교육 을 제시했는데, 이 방향은 인권에 민감 한 양심 계발 과 계발된 양심의 습성화 라는 인지적(지성)ㆍ실천적(덕성)인 두 차원 의 통합으로 이루어진다. 가톨릭 학교의 학생인권 개념과 관련하여 학문분야의 선행연구가 거의 없었다는 점은 연구를 시작하면서 접했던 어려움이었다. 그러나 연구를 진행하면서 느꼈던 더 큰 어려움은 가톨릭 교회 안에서 이 천년의 역사 동안 발전해 온 인권 개념의 풍부함을 이 짧은 글 안에 담아내야 한다는 것이었다. 이 연구는 그 중 아주 작은 부분만을 담고 있다. 가톨릭 학교에서의 학생인권 개념 및 실천과 관련한 연구가 앞으로도 많은 학자들에 의해 다양한 관점에서 지속되어 그 풍부한 의미가 더욱 심 화되기를 희망한다. 202

211 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 참고문헌 강민지 외. 아동권리협약 이행사항에 나타난 아동권리 내용 분석 초등교육학연 구 16. 서울: 초등교육학회 경기도교육청. 경기도 학생인권 조례 (경기도 조례 제4085호, 제정). 광주광역시 교육청. 광주광역시 학생인권 보장 및 증진에 관한 조례 (광주광역시 조례 제4017호, 공포). 교육과학기술부. 창의적 체험활동 교육과정 개정 교육과정. 초ㆍ중등학교 교육과정 총론 (교육과학기술 부 고시 제 호, ). idx= 에서 인출. 교황 요한 23세. 지상의 평화 (Pacem in Terris, ). 한국천주교중앙협 의회. 교회와 사회(사회 교리에 관한 교회 문헌). 서울: 한국천주교중앙협 의회 교황 요한 바오로 2세. 평화를 수호하고 인권을 하라 사목 68. 서울: 한국천주교 중앙협의회 가톨릭 교회 교리서 (Catechismus Catholicae Ecclesiae, ). 서울: 한국천주교중앙협의회 교황청 정의평화평의회. 교회와 인권 (The Church and Human Rights, ). 김윤주 옮김. 왜관: 분도출판사 간추린 사회 교리 (Compendium of the Social Doctrine of the Church, ). 서울: 한국천주교중앙협의회 구병진. 종교자유와 인권 가톨릭사상 2. 대구: 대구가톨릭대학교 가톨릭사상연구 소 구본만. 공교육에서 가톨릭 학교의 종교교육 방향 모색 기독교교육정보 30. 서울: 한국기독교교육정보학회 가톨릭 학교의 전인교육 사명에 대한 고찰 가톨릭철학 17. 서울: 한국가 톨릭철학회 구정화. 유엔아동권리협약을 고려한 학교 인권교육의 방향 사회과교육 48. 서울: 한국사회과교육연구학회 인권교육 연구학교 운영에 나타난 인권교육 의 실천적 특성과 한계 사회 과교육 49권. 서울: 한국사회과교육연구학회 구정화 외. 교사를 위한 학교인권교육의 이해. 서울: 국가인권위원회

212 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 김용해. 인간존엄성과 인권을 근거 짓는 작업에서의 문제들 사회와 철학 6. 서울: 사회와 철학 연구회 그리스도교 사상 안에서의 인간존엄성 근거 철학연구 96. 서울: 대한철학 회 김창락. 인권 운동과 그리스도교 신학사상 29. 서울: 한국신학연구소 김혜숙. 학생의 인권에 관한 연구. 서울: 한국교육개발원 덕 ( 沈 鍾 赫 ). 한국가톨릭대사전 3권. 한국가톨릭대사전 편찬위원회. 서울: 한국교 회사연구소 문용린 외. 유ㆍ초ㆍ중ㆍ고 인권교육과정 개발 연구. 서울: 국가인권위원회 박상준. 인권 교육의 통합적 접근에 대한 이론적 연구 시민교육연구 35. 서울: 한 국사회과교육연구회 서울특별시 교육청. 서울특별시 학생인권 조례 (서울특별시 조례 5247호, 공포). 설규주. 한국 시민사회의 성장과 학교 인권교육의 과제 사회과교육 44. 서울: 한 국사회과교육연구학회 스기하라 야스오. 인권의 역사. 석인선 옮김. 서울: 도서출판 한울 오동석. 학생인권조례에 관한 몇 가지 법적 쟁점 교육법학연구 22. 서울: 대한교 육법학회 학생인권조례의 현황과 쟁점 월간복지동향 157. 서울: 참여연대사회복지 위원회 유경촌. 인권 문제에 관한 가톨릭 교회의 가르침 누리와 말씀 12. 인천: 인천가톨 릭대학교 출판부 유네스코한국위원회. 인권교육 어떻게 할 것인가. 서울: 도서출판 오름 유성상. 학생인권 담론과 주요 쟁점 분석 교육정치학연구 18. 서울: 한국교육정치 학회 이대성. 중등학교에서 법과 인권교육의 현황과 과제 법과인권교육연구 1. 서울: 한국법과인권교육학회 이봉철. 현대인권사상. 서울: 아카넷 이수광. 학생인권론의 타당성과 내용 교육연구 9. 춘천: 강원대학교 교육연구소. 1999쪽. 이종태 외. 인권교육 개념 및 방향 정립 모색 연구. 서울: 국가인권위원회 임지봉. 사립고등학교에서의 종교교육과 학생의 인권 세계헌법연구 17. 서울: 국 제헌법학회 한국학회 장 루이 토랑 대주교. 인권은 인류 공동의 유산입니다 한국천주교주교회의 회보 77. 서울: 한국천주교중앙협의회

213 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 제2차 바티칸 공의회. 현대 세계의 교회에 관한 사목 헌장 (Gaudium et Spes, ) 제2차 바티칸 공의회 문헌. 서울: 한국천주교중앙협의회 종교 자유에 관한 선언 (Dignitatis Humanae, ) 제2차 바티칸 공의회 문헌. 서울: 한국천주교중앙협의회 전누리. 학생인권조례 통과와 전망 진보평론 46. 서울: 진보평론 전경옥. 학교 인권교육 정책과 인권교육을 위한 대학-중학교 파트너십에 관한 연 구 한국정치학회보 42. 서울: 한국정치학회 정연부. 학생인권 조례에 대한 공법적 검토 토지공법연구 52. 서울: 한국토지공법 학회 조미숙. 학교현장에서의 학생인권과 복지. 한국청소년복지학회 추계학술대회 조태원. 비제도권 인권교육 현황분석을 통한 학교인권교육의 가능성과 한계 사회 과교육연구 17권. 서울: 한국사회교과교육학회 차병직. 인권. 경기도 파주: 살림출판사 최현. 인권. 서울: 책세상 최형찬. 인권, 학생인권, 학생인권조례-학생인권조례는 학생인권을 보장하는가 범한철학 61. 서울: 범한철학회 한스 롯터. 인격과 윤리. 안명옥 옮김. 서울: 성바오로출판사 Freeman, M., Human Rights, CB, UK: Polity Press, Hamel, E., 현대세계의 사목헌장 안에서 인간권리의 성서적 신학적 토대 (Fonfamenti Biblico-Teologici Dei Diritti Umani nella Gaudium et Spes) 신학전망 93. 광주: 광주가톨릭대학교 신학연구소 Martin, R., The responsibility virus: How control freaks, shrinking violetsand the rest of us-can harness the power of true partnership, New York: Basic Books,

214

215 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 에 대한 논평 김경이 *92) 여러 시ㆍ도 교육청에서 제정한 학생인권조례와 관련하여 견해를 달리 하는 입장 들 간의 논쟁이 뜨겁다. 교육청의 학생인권조례 관련 사이트에는 자신들의 학교에 서 학생인권이 침해되고 있으니 시정조치 해 달라는 학생들의 글이 이어지고 있고 1) 정상적인 수업운영과 학생 지도를 위해 교사의 권리를 보장하라는 의견이 조례 제 정 때부터 강하게 제기 되고 있다. 학교는 특정 종교과목의 수강을 강요할 수 없 다 는 조항은 종립 학교로부터 건학이념을 침해하는 사항이라는 지적을 받고 있다. 이와 같은 입장의 차이와 논쟁들은 인권이란 무엇인지, 학생인권조례가 어떤 내 용으로 구성되었는지, 조례의 어떤 부분들이 교권과 학교 설립이념과 상충되는지 등에 대해 학습할 필요성을 갖게 한다. 조례 제정에 직접 참여한 교육청과 관련 인 사들은 공청회와 부장 교사 연수를 포함한 다양한 교사 연수와 언론 보도를 통해 그 내용과 취지가 홍보되고 있다고 하지만 막상 학교 현장의 교사들과 대화하다보 면 부분적, 피상적으로 알고 있을 뿐이고 교사나 학생 모두 구체적인 사례가 발생 하면 그 때 가서 관련 내용을 찾아보게 된다고 말하고 있다. 이런 논쟁과 실천과정 에서의 모호함에도 불구하고 학생인권조례가 제정되고 발표되면서 보다 많은 사람 들이 학생의 인권이라는 주제에 대해 관심을 갖게 되고 교육현장에서의 인권에 대 해 성찰하게 되는 계기를 갖게 된 것은 매우 의미 있는 일이라 할 수 있다. * 가톨릭대학교 1)

216 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 오늘날 학생인권과 관련한 논쟁과 혼동은 인권에 대한 인식과 현실 또는 기대와 현실 간에 드러난 차이를 목격한 데서 비롯된 것이라 할 수 있다. 즉 교육현장은 그 어느 곳 보다 인권이 존중되고 있고, 존중하는 태도를 길러 주고 있을 것이라고 기대되어 진다. 특히 종교교육을 실천하고 있는 종립학교에서는 그 어떤 학교보다 인권의식이 투철하고 모범적으로 가르치고 있을 것이라고 기대한다. 그런데 교육현 장을 다시 들여다보면 그러한 일반적인 기대가 충족되고 있지 않음을 발견하게 되 고 또한 인권에 대해 구체적으로 아는 것이 없다는 것을 깨닫게 된다. 인권의 의미 가 무엇인지, 아는 것 같기는 한데 정확히 무슨 말인지 모르고, 가르치고 있는 것 같지만 누구도 구체적으로 배웠다고 기억하지 못한다는 것이다. 이런 상황에서 본 연구가 학생인권조례가 초래한 현상들을 서술하고 쟁점들을 분 석하여 그에 대한 대안을 제시하기보다 먼저 인권의 개념에 대해 깊이 있게 다루고 가톨릭학교에서의 개념 모형의 실천 방향을 논의하는 것은 관련 선행연구가 별로 없는 상황에서 인권이라는 주제를 다루는 적절한 시도라고 여겨진다. 연구자는 종립학교는 교육과정과 문화에서 인간 존엄성 실현의 핵심인 인간의 기 본적 권리 보장 및 신장이 다른 일반학교에 모범이 되어야 한다는 입장을 취하고 있다. 그러나 일반학교와 마찬가지로 가톨릭학교도 학생 인권에 대한 개념을 명확 히 갖고 있지 못하다고 보고 연구의 방향을 가톨릭 학교의 학생인권 개념을 명료화 하고 학교 현장에서의 실천방안을 모색하는데 두고 있다. 연구는 인권과 학생인권 에 대한 개념적 고찰, 가톨릭의 인권에 대한 이해와 입장에 대한 고찰, 가톨릭 학교 의 학생 인권에 포함되어야 할 개념 요소와 개념 모형 그리고 개념 모형의 실천 방 향으로서 인권에 민감한 양심 형성 교육 에 대해 다루고 있다. 이러한 연구자의 문제의식과 전개 방식에 공감한다. 가톨릭학교에서 학생의 인권 존중과 인권교육은 진리, 자유, 정의, 사랑을 가르치고자 하는 가톨릭학교의 근본 목적과 관련되므로 가톨릭학교는 이 주제에 대해 지속적인 공동 성찰의 과정을 갖 는 것이 필요하기 때문이다. 뿐만 아니라 가톨릭학교의 교육이념과 관련해 볼 때 인권에 대한 논의의 출발을 신학적, 철학적, 가치적, 관계적, 윤리적, 실천적인 측면 에서 고찰하는 것이 타당하기 때문이다. 논문을 읽으면서 새롭게 배운 것이 많지만 그 가운데서 몇 가지와 그로부터 야기된 궁금함을 질문하는 것으로 논평에 대신하 고자 한다. 우선 배운 점 가운데 다음 세 가지에 대해 함께 생각해보고자 한다. 첫째, 발표자는 인권에 대한 논의에서 인격적 존엄성에 대한 강조가 부각되어야 한다고 밝히고 있다. 즉 인격적 존엄성의 강조는 인권이라는 용어가 갖는 한계를 극복하도록 돕는다는 것이다. 인권은 일반적으로 인간의 기본적 권리라는 의미로 인식되므로 권리에 강조점을 둔다. 그렇게 될 때 권리 주장은 인격적 존엄성을 드 208

217 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 러내는 표현 방식이라기보다는 이익을 위한 행동으로 오해받을 여지가 크고 그 결 과 자신의 권리 주장이 타인의 권리 침해라는 논리로 이어질 가능성이 많다. 현재 보이는 다양한 인권 대립 현상은 이러한 논리를 보여준다. 그러나 권리에 앞서 인 격적 존엄성의 강조는 시각을 돌리도록 이끌어서 인권 문제의 핵심이 사익의 주장 이 아니라 모든 인간이 갖는 동등한 존엄성에 핵심이 있음을 인식하도록 이끌 수 있다. 이러한 인식은 인권의 핵심 가치가 평등, 존중, 관용, 연대, 일치 등에 있음을 드러내 준다. 이 부분이 중요하다고 여기는 것은 인권 존중이라는 지극히 당연한 명제가 오늘날 교육 현장에서 대립적인 접근으로 쟁점이 되고 있는 것은 지적한 바 와 같이 용어가 갖는 한계 에서 비롯된 측면도 있다고 보기 때문이다. 때로 용어 는 사고를 제한하고 정서는 지성의 활동에 영향을 미쳐 결과적으로 의식과 삶의 거 듭남을 가로 막는다. 그동안 우리 사회에서 인권에 대한 논의는 인권이 탄압되고 문제가 되는 사례들 속에서 주로 거론되어 왔다. 인권이 존중받고 실천되는 사례는 이야기 되지 않는다. 인권은 어떤 상황에서든 보호받고 존중되는 것이 당연한 것이 기에 그것이 실천되는 상황은 이슈가 되지 않는다. 이러한 점을 고려할 때 학생인 권을 교사의 권리와 대립적으로 보는 시각에 대한 대안으로 학생의 인권을 학생의 인격적 존엄성의 강조로 보자는 것은 학생과 교사의 대립적 구도 속에서 학생 인권 을 바라보는 관점을 극복할 수 있을 것이라고 본다. 둘째, 가톨릭적 학생인권 개념을 이해하기 위해 인권의 근거, 준거, 시각, 내용의 패러다임에 변화가 필요하다고 밝히면서 기존의 패러다임에서 어떤 입장을 취하고 있는지 비교하여 제시하고 있다. 이는 인권 개념을 분석적으로 이해하게 함으로써 궁극적으로 인권 개념을 보다 구체적으로 이해하는 것을 돕는다. 또한 학생인권에 대해 서로 다른 입장에서 논쟁하는 이들에게 그들 사이에 어떤 차이가 있는지 그 차이가 어디에서 비롯되었는지를 알려 줄 수 있을 것이기 때문이다. 단지 시각 의 패러다임에서 결핍의 가치관 과 풍요의 가치관 을 비교하여 설명하고 있는데 풍요 의 가치관 이란 표현을 다른 표현으로 대체할 수는 없을까 싶었다. 그리고 그 내용 으로 보아 상생의 가치관 이라고 표현 할 수 있을 것 같았다. 셋째, 양심 형성 교육과 관련하여 양심을 인권 실현의 원동력으로 설명하고 있다. 양심 형성이 일상생활에서 인권 의식 실천과 딜레마 상황에서의 인권 실현의 원동 력이 된다. 이러한 점은 학교에서 학생 인권 교육 방향이 인권에 민감한 양심을 형 성하는 교육, 즉 양심 형성 교육으로 진행될 필요성을 보여 준다 에 동의한다. 인권 존중은 인지적으로 아는 것이 중요한 것이 아니라 실천적이 될 때 참되게 아는 것 이라 할 수 있기 때문이다. 앎은 언제나 실천적 차원을 포함하는 것이어야 하기 때 문이다. 그리고 이러한 인식은 인권교육의 방향을 설정하는 데 도움을 주고 인권교 209

218 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 육 필요성의 구체적 근거가 된다고 보기 때문이다. 이러한 점을 정리하면서 갖게 된 궁금함은 다음과 같다. 첫째, 인권과 학생인권에 대한 개념적 이해를 시도할 때 그리고 학생인권 교육을 한다고 할 때 학생인권 과 학생의 권리 를 구분해서 접근해야 하지 않을까 하는 점 이다. 이런 질문을 하면서도 이 두 개념이 완전히 배타적으로 구분되어지기는 어렵 겠다고 본다. 학생인권을 설명하다 보면 학생의 권리를 다루지 않을 수 없을 것이 라 여겨지기 때문이다. 그러나 인권개념의 천부성과 보편성을 고려할 때 인권은 법 과 제도로 제한을 둘 수 있는 것이 아니고, 권리는 법과 제도에 의해 제한을 둘 수 있는 법적ㆍ제도적 개념이라 여겨지기 때문이다. 이런 생각을 하게 된 이유는 현재 학생인권과 상충되는 이해는 교권이다. 교권이란 교사의 권리 또는 교사의 수업권 을 의미한다. 그러므로 교권은 학생의 권리 또는 학생의 학습권과 대응하여 논의되 어야 하고 그렇게 될 때 교육현장에서 빚어지는 갈등적 상황에서 해답을 찾을 수 있게 될 것이라 여겨지기 때문이다. 그리고 학생의 인권은 교사의 인권과 대응하여 논의될 때 상호간의 권리와 의무, 자유와 책임을 동시에 강조하게 될 것이라고 보 기 때문이다. 둘째, 본 연구에서는 가톨릭적 인권 개념은 실천적 개념이어야 하므로 학생을 대 상으로 하는 양심형성교육이 필요하다고 한다. 연구자도 언급했듯이 학생인권 존중 은 학생인권조례 제정만으로 달성되는 것이 아니라 인권이 존중되는 교실 문화와 교사와 학생의 상호관계, 학생과 학생의 상호 관계 속에서 경험되고 체득된다. 즉 문화로서 자리 잡을 때 가능하다는 것이다. 강압적, 지시적, 판단적, 차별적인 언어 들이 일상적으로 오고 가는 교실 상황에서, 복장 검사를 위해 감시자의 눈으로 학 생을 맞이하는 교문을 들어서면서 시작하는 학교의 일상은 인권 존중의 분위기와 거리가 있다고 보기 때문이다. 그렇기 때문에 인권 개념의 실천성을 확보하기 위해 서는 교사를 대상으로 하는 인권교육이 학생 대상 인권 교육에 선행되어야 할 것이 라 보여지는데 본문에서 제안한 가톨릭 학생 인권의 개념모형인 3H1C가 교사들에 게도 적용될 수 있는지 그리고 그러한 개념적 요소 외에 더 추가적으로 포함 될 수 있는 것이 무엇이 있는지 궁금하다. 셋째, 가톨릭학교에서 인권교육의 개념적 모형을 실천하는데 예상되는 어려움이 무엇인지 궁금하다. 특히 가톨릭의 인권과 양심에 대한 이해는 가톨릭 신앙공동체 안의 교사들에게는 인권 이해에 대한 분명한 근거를 제시함으로써 이를 실천하는 교사들을 격려하게 되지만 가톨릭신앙을 갖지 않은 다른 교사들과 하느님과의 관계 안에서 정의 내려지는 인권과 양심의 개념을 공유하는 것은 쉽지 않을 것이라고 생 각되기 때문이다. 210

219 가톨릭 학교의 학생인권 개념 모형과 실천 방향 모색 구본만 마지막으로 인권교육은 학교 내에서 뿐 아니라 학교 밖, 지역사회와 협력적으로 그리고 문화적으로 접근되어져야 그 실천성을 확보할 수 있다고 했다. 그렇다면 가 톨릭학교에서의 인권교육을 위해 가톨릭학교의 문화와 환경이라 할 수 있는 가톨릭 교회가 지원할 수 있는 것 또는 이미 실천하고 있는 것은 무엇인지 궁금하다. 211

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221 제 3 부 한국의 종교교육과 인권 Ⅱ 2분과 - 신종교

222

223 대순진리회에서의 종교교육과 인권 윤재근 (대진대학교) 별쇄본 참고

224 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 대순진리회에서의 종교교육과 인권 에 대한 논평 윤기봉 (대진대학교) 별쇄본 참고 216

225 통일교에서의 종교교육과 인권 김항제 *2) Ⅰ. 시작하며 인권이란 인간이기 때문에 자명하게 주어지는 권리, 천부인권, 양도하지 못하 는 권리, 자연권, 그 어떤 경우에도 침해될 수 없는 인간의 존엄성 등으로 설명 된다. 1) 그러나 이와 같이 인권을 선험적이며 절대적인 최고선으로 설명하는 인권담 론은 인권이 수단인지 목적인지 또는 인권이 이기적인지 이타적인지의 논란을 야기 한다. 나아가 인권이 법을 중심으로 이해된다면 오직 인권을 법적 권리로 한정할 수 있는가의 문제 그리고 인권이 교조적이며 엘리트의 특권일수 있을 뿐만 아니라 위선적일 수도 있다는 딜레마를 갖고 있다. 2) 그럼에도 불구하고 인권담론의 공통점 은 인권 개념의 패러다임이 변화되고 있다는 점이며 3) 따라서 인권을 발전시키기 위해서라도 인권 개념 자체를 비판적으로 성찰해야 한다는 점이다. 이러한 인권 담론은 종교에서도 마찬가지다. 결국 종교도 인간이 꾸려가는 문화 의 하나라고 할 수 있기 때문이다. 따라서 종교에서의 인권은 종교 내에서 있을 수 있는 신앙적 차별 때문에 빚어지는 인권문제가 있을 수 있고 종교 간 혹은 종교와 사회와의 관계에서 차별과 탄압으로서의 인권문제가 있을 수 있을 것이다. 따라서 * 선문대학교 1) 조효제, 인권의 문법 (서울: 후마니타스, 2007), 21쪽. 2) 위의 책, 23-27쪽. 3) 오늘날 인권은 과거의 탄압 패러다임 에서 웰빙 패러다임 으로 그 외연이 넓어지고 있다.(위의 책, 30쪽.) 217

226 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 종교교육에서도 종교가 담지하고 있는 인권 담론과 자신이 행하고 있는 혹은 당하 고 있는 차별과 탄압을 극복하기 위한 인권을 가르치고 지켜낼 필요가 있다. 본 논 문에서는 인권과 종교교육의 관계를 일별한 후 통일교 종교교육 현장에서의 인권문 제를 조사 분석해보고 그를 통해 나타난 통일교에서의 종교교육과 인권의 문제를 살피고자 한다. 물론 본 논문에서 조사 분석을 위해 사용한 설문의 적합성이나 심 층적 조사를 위한 설문의 다양성에서 제한적이기는 하지만 통일교의 종교교육 현장 에서 종교교육의 자유와 인권 문제를 어느 정도라도 짐작할 수 있다는 점에서 본 논문의 의의를 찾을 수 있으리라고 본다. Ⅱ. 인권으로 보는 종교교육, 종교교육으로 보는 인권 1. 인권으로 보는 종교교육 1948년 선포된 세계인권선언 제18조에는 종교의 자유를 누릴 수 있는 권리를 명 시하면서 종교의 자유에 따른 인권을 말하고 있다. 다시 말하면 모든 사람은 사상 의 자유, 양심의 자유 그리고 종교의 자유를 누릴 권리가 있다. 이러한 권리에는 자 신의 종교 또는 신념을 바꿀 자유도 포함된다. 또한 이러한 권리에는 가르침, 실천, 예배 의식을 행함에 있어서, 혼자 또는 다른 사람과 함께 공개적으로 또는 개인적 으로 자신의 종교나 신념을 겉으로 드러낼 수 있는 자유가 포함된다. 4) 이와 같은 종교 관련 인권이 포함된 세계인권선언에서 알 수 있는 것은 보편적 인권에 종교 관련 인권이 포함되어 있다는 점이며 인권의 여러 차원 중 하나가 종교 관련 인권 이라는 점이라고 할 수 있다. 세계인권선언의 종교 관련 인권은 먼저 종교의 자유를 누릴 권리가 있음을 의미 한다. 종교의 자유란 종교적 가르침, 실천, 예배 의식을 행함에 있어서, 혼자 또는 다른 사람과 함께 공개적으로 또는 개인적으로 자신의 종교나 신념을 겉으로 드러 낼 수 있는 자유가 포함된다. 다시 말하면 자신의 종교나 신념을 다른 사람의 종교 나 신념에 관계없이 표명하고 그 종교나 신념에 따른 의식과 실천을 행할 수 있다 는 것을 말한다. 나아가 종교 관련 인권은 자신의 종교나 신념을 바꿀 수 있는 자 유도 포함된다고 천명하고 있다. 이러한 유엔의 세계인권선언 곧 인권에 대한 보편적 선언 과 그에 대한 합의에 4) 미셀린 이샤이, The History of Human Rights, 조효제 옮김, 세계인권사상사 (서울: 도서출 판 길, 2005), 690쪽. 218

227 통일교에서의 종교교육과 인권 김항제 의해 존엄한 존재로서의 인간이 인권의 주체라는 관념이 강화되었다고 할 수 있다. 그럼에도 불구하고 이러한 인권은 법으로 강제될 수 있는 인간의 보편적 권리인가 에 대해서는 의문이 따른다. 왜냐하면 인권은 많은 나라에서 법으로 확립되어 있지 않기 때문이다. 따라서 인권은 법적 의미에서 법적 실체로는 여겨질 수 없다. 인권 은 모든 인간을 어떤 종류로 다루느냐에 대한 도덕적 요구이며 그러한 요구는 법으 로 만들어지지 않는 이상 인간의 양심에 의해서만 강제 될 뿐이기 때문이다. 5) 하여튼 인권으로 보는 종교는 종교나 신념에 관한 신앙의 자유와 그러한 자유를 누릴 수 있는 권리이며 종교에 대한 차별 금지에 관한 인권이라고 할 수 있다. 따 라서 인권으로 보는 종교는 모든 인간은 평등하며 자유롭다는 자연법적 원칙에 따 라 일체의 사회적 차별과 불평등에 대항하여 인간 본연의 존엄성을 지켜야 한다는 보편적인 인권의 하나이다. 이러한 종교 관련 인권은 어떠한 형태의 국가적 주권보 다도 우선하며 어떤 형태의 위기상황에서도 유보되거나 침해받지 않는 고귀한 천부 적 권리를 담지한 것이라고 할 수 있다. 이러한 종교 관련 인권에 비추어 종교교육 에 있어서의 인권은 종립학교의 종교교육의 자유와 학생의 신앙의 자유 그리고 종 교적 차별 금지를 말하는 것이 된다. 세계인권선언이 있은 후 인권보장을 위한 국제선언은 유엔을 중심으로 이루어졌 다고 볼 수 있는데 그 중에서도 특히 청소년, 학생의 인권에 대한 선언은 1989년 어린이 청소년 권리에 관한 국제협약 에서 잘 나타나 있다. 6) 이 협약은 유엔이 세 계인권선언과 국제인권조약에서 모든 사람은 인종, 피부색, 성별, 언어, 종교, 정치 적 또는 기타의 의견, 민족적 혹은 사회적 출신, 재산, 출생 또는 기타의 신분 등 어떠한 종류의 구분에 의한 차별 없이 동 선언 및 조약에 규정된 모든 권리와 자유 를 누릴 자격이 있음을 선언하였음을 상기한다고 전제하면서 그중에서 14조는 사 상, 양심, 종교의 자유에 관한 것이다. 7) 이 역시 세계인권선언에 기초한 종교의 자 유와 차별금지에 관한 인권협약이라고 할 수 있다. 우리나라의 경우 1998년 발표된 새 청소년 헌장 에서 청소년의 권리로 청소년 은 출신, 성별, 종교, 학력, 연령, 지역 등의 차이와 신체적, 정신적 장애 등을 이유 로 차별받지 않을 권리를 가진다. 라고 천명하고 있다. 이 또한 세계인권선언이나 어린이 청소년 권리에 관한 국제협약과 다르지 않은 차별금지로서의 인권을 반영하 고 있다. 특히 2011년 제정된 서울특별시 학생인권조례 8) 제2장 제1절 차별받지 않 5) 이종은, 평등, 자유, 권리 (서울: 책세상, 2011), 쪽. 6) 아동의 권리에 관한 국제협약에서 명시된 내용 중 하나이다.(김성재 외, 인권시대를 향하여 (서울: 나남출판, 2002), 26쪽.; John Witte, Jr and M. Christian Green ed., Religion and Human Rights(New York: Oxford University Press, 2012), 쪽.) 7) 앞의 책, 224쪽. 219

228 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 을 권리 제5조 1항에는 학생은 성별, 종교, 나이, 사회적 신분, 출신지역, 출신국 가, 출신민족, 언어, 장애, 용모 등 신체조건, 임신 또는 출산, 가족형태 또는 가족 상황, 인종, 경제적 지위, 피부색, 사상 또는 정치적 의견, 성적 지향, 성별 정체성, 병력, 징계, 성적 등을 이유로 차별받지 않을 권리를 가진다. 라고 명시하고 있다. 나아가 2항에서는 학교의 설립자ㆍ경영자, 학교의 장 및 교직원은 제1항에 예시한 사유로 어려움을 겪는 학생의 인권을 보장하기 위하여 적극적으로 노력하여야 한 다. 는 권고를 덧붙여 인권보장의 태도를 분명히 하고 있다. 이렇게 보면 종교는 인권 보장에서 결코 빠뜨릴 수 없는 내용이며 종교교육에서 도 결코 간과되어서는 안 되는 내용이다. 일상적 삶을 인권존중의 가치로 전환시 킴으로써 내가 존중되고 그럼으로써 남도 존중하며 사회적으로 신뢰감이 형성될 수 있도록 하는 인권교육의 기본방향 9) 은 인권에 대한 종교교육의 기본방향이 된다고 할 수 있다. 2. 종교교육으로 보는 인권 종교는 보편적으로 인권을 담지하고 있다. 인권이 인간에 대한 존엄성의 권리라 면 어느 종교에서든지 인권은 천부적인 혹은 유아독존의 권리로 담지하고 있다고 볼 수 있기 때문이다. 그러나 주지하다시피 역사적 종교는 인권을 신적 권리나 존 재 자체의 권리로 여겨오지 않았다고 할 수 있다. 역사적 종교는 신앙의 자유는 물 론 그러한 자유를 누릴 수 있는 권리를 허용해오지 않았으며 종교적 차별을 서슴없 이 자행해왔다고 할 수 있다. 다시 말하면 종교의 자유는 종교적 가르침이나 실천 그리고 자신의 종교적 의식을 행할 수 있는 자유를 말한다. 또한 다른 사람과 함께 혹은 단독으로 자신의 종교나 신념을 공개적이며 개인적으로 표방할 수 있는 자유 가 포함된다. 나아가 종교의 자유는 자신의 종교나 신념을 바꿀 수 있는 자유도 포 함된다. 이러한 종교의 자유를 역사적 종교는 억압해왔고 신앙의 자유라고 하는 인 권을 종교적 차별을 통해 탄압해왔다. 이러한 종교적 차별은 종교교육에서도 마찬가지였다. 그 중 하나가 우리나라에서 많은 종립 사립학교에서 이루어지는 최근 종교교육의 현실에서 찾아볼 수 있다. 학 생들이 자발적으로 선택해서 간 학교가 아니라 평준화정책에 따른 강제배정에 의해 입학한 이들 종립 사립학교에서 이루어지고 있는 종교교육이나 종교행사의 참여가 강제되고 있기 때문이다. 10) 종교교육의 자유를 학생의 신앙의 자유보다 더 우선시 8) 서울특별시조례 제5247호( 9) 앞의 책, 19-20쪽. 220

229 통일교에서의 종교교육과 인권 김항제 하면서 일어나는 종교적 차별과 인권의 침해였다. 11) 이러한 종교적 차별과 인권의 침해는 종교교육에 있어 법적으로 허용되는 것과 허용되지 않는 것의 경계 설정을 하면 이렇다. 법적으로 허용되는 경우에는 종립학교가 자발적이고 명시적인 동의의 사를 표시한 학생들에게 특정 종교에 대한 종교교육을 시킬 수 있고 각종 학교행사 에서 종교의식을 행하는 것이 있다. 또한 종교과목 수업에 참석을 강요하지 않고 대체과목을 선택할 수 있게 하는 것과 종교행사 불참 시 교실에 남아 자습을 할 수 있게 한다면 학생들의 자율적 선택권이 보장된 것이기 때문에 허용된다. 12) 그러나 허용되지 않는 것은 순종서약서를 받거나 가정통신문을 발송하여 학부형 에게 권유한다거나 종교과목을 대체과목보다 특혜를 준다거나 하는 것은 허용되지 않는 종교교육의 자유다. 교사의 개인적인 성향에 의한 특정 종교적 언행과 그로 인한 종교의 자유를 침해하는 경우나 학교장의 종교적 신념과 학교운영상의 문제로 인한 학생의 신앙의 자유 침해 등은 허용되지 않는 종교교육의 자유다. 13) 다시 말 하면 종교교육의 현장에서 이루어지는 반 인권의 현실은 주로 종립학교의 교사와 학교 당국에 의한 직간접적인 종교적 차별이며 인권침해로 이루어져 있다. 이러한 종교교육의 현장에서 이루어지고 있는 종립 사립학교가 추구하는 종교교 육의 자유와 학생의 신앙의 자유를 조화하기 위한 노력은 이렇게 경주되어야 한다 고 본다. 종립학교와 학생의 인권이 빚은 갈등을 해소하기 위한 교육적 노력은 학 교법인의 종교의 자유를 실현하기 위한 모든 형태의 종교교육은 허용되어야 한다는 전제에서 출발되어야 할 것이다. 하지만 그럴 경우 학생에게 보장되어야 하는 신앙 의 자유가 침해될 수 있다. 이러한 이율배반을 조화롭게 그리고 균형 있게 실현하 는 방법으로 먼저 학생의 학교선택권이 보장되어야 한다. 이는 한국의 현실로 볼 때 당분간 이루어지기 힘든 것이나 장래 실현되어야 할 당위성을 갖는다. 다음 학 생에게 학교 선택권이 부여된다고 해도 학교는 지원 또는 입학 이전에 학생에게 종 교교육에 관한 충분한 설명을 제공해야 한다. 또한 학교가 미리 종교교육에 대한 정보를 학생에게 주었다하더라도 대체과목의 개설이 가능한 경우 개설되어야 한다. 나아가 종교교육을 실시하는 경우에도 그 내용은 학생의 종교의 자유를 침해하지 10) 종교교육의 자유와 학생의 인권에 관한 유명한 사건은 강의석 사건이었다. 그에 대한 자신의 주장을 담은 글은 강의석, 학교 내 종교의 자유와 학생의 인권, 민주법학 제26호(서울: 민 주주의법학연구회, 2004), 쪽 참조. 11) 임지봉, 사립고등학교에서의 종교교육과 학생의 인권, 세계헌법연구 제17권 2호(서울: 국 제헌법학회 한국학회, 2010), 112쪽. 12) 앞의 글, 124쪽. 13) 종교 침해의 사례는 학내 종교자유를 위한 학부모 울타리 (학자울)(cafe.naver.com/hakjawool) 에서 자세히 볼 수 있다. 또한 일반적인 종교자유의 침해 사례는 종교자유정책연구원 ( 에서 찾아 볼 수 있다. 221

230 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 않는 범위에서 진행되어야 할 것이다. 14) 종교교육의 자유가 종교의 자유에서 도출되는 것이지만 학교 또는 학원의 성격을 띠는 교육기관에서 행해지는 것을 전제로 할 때 교육관계법령의 규율을 받으면서 학생의 신앙의 자유 등 다른 기본권의 본질을 침해하지 않아야 하는 것이다. 15) 또 한 종립학교의 종교교육의 방향도 진화되어야 한다. 오랫동안 개별 종교적 전통 아 래에서 실시되어온 종교교육은 궁극적으로 종교성교육에 의한 대안을 마련하고 실 천할 수 있는 비판적 성찰이 요구되고 있다. 16) 이 때 종교성교육은 특정 종교의 종 교로서의 본래성 17) 을 의미하는 것은 물론 종교의 보편적 종교체험을 통해서 획득할 수 있는 종교 일반에 관한 인식이 포함되는 교육을 말한다. 18) Ⅲ. 통일교 종교교육 현장에서의 인권 문제 통일교는 창시자의 뜻에 따라 육영사업에도 힘쓰고 있다. 한국에서는 선문학원을 설립하고 선문대학교와 청심신학대학원대학교를 비롯 선화예술학교(중등과정), 선화 예술고등학교를 세우고 선정중학교, 선정고등학교 그리고 선정관광고등학교를 인수 운영하고 있으며 경복초등학교 등을 설립하여 운영하고 있다. 19) 모든 학교가 애천 ( 愛 天 ) 애인( 愛 人 ) 애국( 愛 國 ) 을 교훈으로 삼고 종립 사립학교로서의 정체성은 물론 인성을 포함한 지혜의 함양을 위한 교육에 매진하고 있다. 이러한 통일교 학교교육 의 현장에서는 법이 정한 테두리 안에서 종교교육을 실시하고 있으며 특히 중학교 와 고등학교의 과정에서는 자체 재단에서 출판한 종교교과서 20) 를 중심으로 종교교 14) 이준일, 인권법: 사회적 이슈와 인권 (서울 : 홍문사, 2010), 쪽. 15) 황준성 외, 종교교육의 자유 의 법리 및 관련 법령 판례 분석, 교육법학연구, 제19권 2호 (서울: 대한교육법학회, 2007), 204쪽. 그 외에도 종립학교의 종교교육의 문제와 그 해결 방향 과 방안을 알아볼 수 있는 논문으로는 김유환, 초중등학교 종교교육의 문제점과 해결방안, 공법학연구 제9권 1호(서울: 한국비교공법학회, 2008), 쪽.; 이승진 외, 종립학교 내 학생의 종교의 자유, 법교육연구 제2권 제2호(서울: 한국법교육학회, 2007), 75-97쪽. 16) 고진호, 종교교육의 실천적 대안을 위한 방향 탐색, 종교교육학연구 제23권(서울: 한국종교 교육학회, 2006), 18-19쪽. 17) 미래사회와 종교성연구원 엮음, 종교성, 미래교육의 새로운 패러다임 (서울: 학지사, 2007), 10-11쪽. 18) 앞의 글, 21쪽. 19) 통일교는 국제교육재단(IEF)을 1990년 설립하고 세계적인 육영사업을 펼치고 있으며 세계평화교 수협의회(PWPA)와 세계대학연맹(WUF) 등도 결성하여 세계고등교육기관의 연합적인 교육운동도 벌이고 있다.(김항제, 통일교의학연구 II (아산: 선문대출판부, 2002), 95-97쪽, 쪽. 20) 통일교의 종교교과서는 6차 교육과정기인 1996년 처음 발행( 중학교 종교 1,2,3, 고등학교 종교 1,2)하였고 2010년에 개정판을 발행( 중학교 생활과 종교 1,2,3, 고등학교 생활과 종 222

231 통일교에서의 종교교육과 인권 김항제 육이 실시되고 있다. 통일교 종교교육 현장에서의 인권문제는 중고등학교의 종교교육 현장에서 발생하 는 신앙의 자유와 차별의 문제가 인권의 문제라고 할 수 있다. 여기서는 그에 대한 설문을 통해 여론을 조사하고 분석함으로써 통일교 종교교육 현장에서의 인권문제 를 살펴보고자 한다. 첫째, 응답자의 종교를 살피고, 응답자가 다니는 학교가 종립 학교인지를 알고 있는지 알아봄으로써 통일교 종교교육 현장에서의 인권문제를 알 아 볼 수 있는 기초 조사를 수행했다. 둘째, 응답자에게 종교교육의 현장에서 친구 나 교사 그리고 학교당국에 의해 종교적 차별을 받았는지를 물음으로써 인권문제의 현주소를 파악하고자 했다. 셋째, 평준화에 의해 강제 배정된 학교에서 종교교육의 차별을 억제하고 학생의 신앙의 자유를 신장하기 위해 채택한 의무사항은 대체과목 의 개설이라고 할 수 있다. 여기서는 종교교과목에 대한 대체과목의 인지 여부를 조사함으로써 대체과목의 고지 수행여부를 알아보고자 했다. 또한 종교수업의 내용 이 한 종교에 치중되어 있는가를 묻고 일부이기는 하나 중요하다고 생각하는 종교 교과서로서의 교육과정 개정에 관한 적합성 여부를 살피고자 했다. 21) 1. 응답자의 종교분포와 종립학교 인지 여부 조사 1) 응답자의 종교분포 * 당신의 종교는 무엇입니까? 불교 기독교 기타 종교 없음 선화예술학교 선화예술고등학교 선정중학교 선정고등학교 선정관광고등학교 평균 통일교 종교교육 현장에서의 종교분포는 불교 8.7%, 기독교 38.9%. 기타 8.0% 그리고 종교 없음이 44.4%였다. 통일교 학생은 적은 인원으로 기타에 속하고 있음 교 )하였다. 21) 설문조사의 대상은 각 중고등학교 2학년 전학생을 대상으로 하여 선화예술학교(중학교과정)(교 사 강순미) 310명, 선화예술고등학교(교사 김현준) 327명, 선정중학교(교사 문혜림, 박지인) 198명, 선정고등학교(교사 김용규) 520명, 선정관광고등학교(교사 장지영) 115명을 설문조사 했다.(2012년 3월, 4월) 223

232 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 을 알 수 있으며, 종교인과 비종교인의 비율이 거의 비슷하다고 하는 설문 결과는 현재 한국 사회의 청소년들의 종교분포를 말하고 있어 관심을 끈다. 특히 불교가 낮게 나온 것과 종교 없음이 거의 절반이 된다고 하는 사실이 흥미롭다. 2) 응답자의 종립학교 인지 여부 * 당신이 다니는 학교가 종교단체에서 설립한 학교인 것을 알고 있습니까? 잘 알고 있다 알고는 있다 잘 모르겠다 전혀 몰랐다 선화예술학교 선화예술고등학교 선정중학교 선정고등학교 선정관광고등학교 평균 응답자가 다니는 학교가 종립 사립학교인 것을 알고 있는지에 대한 설문 조사는 알고 있다 의 경우 다시 말하면 잘 알고 있다 (45.6)와 알고는 있다 (45.0)를 합쳐 90.6%로 나타났다. 이것은 곧 대부분 무작위 배정을 받았으면서도 1년 정도 학교 를 다니면서 자신의 학교가 종립 사립학교인 것을 인지하게 되었다는 것을 말한다. 개별 학교의 종립학교 인지도의 차이도 평균에서 크게 벗어나지 않고 있는 것을 보면 자신이 다니는 학교가 종립학교인 것을 크게 저항 없이 알게 되었다고 할 수 있다. 2. 종교적 차별 정도에 따른 종교교육 현장에서의 인권문제 1) 친구들에 의한 종교적 차별 * 당신은 종교수업 시간에 당신의 종교 때문에 친구들에 의해 차별을 받아본 적이 있습니까? 많이 있다 조금 있다 없다 모르겠다 선화예술학교 선화예술고등학교 선정중학교 선정고등학교 선정관광고등학교 평균

233 통일교에서의 종교교육과 인권 김항제 응답자의 대부분(92.5%)이 종교 교육에서 종교적 이유로 친구들에 의해 차별을 받아 본적이 없다고 조사되었다. 다시 말하면 종교시간에 친구들에 의해 종교적으 로 차별을 받은 경우가 약 2%에 머물고 있는 것을 보면 친구 간에 자신의 종교적 배타성을 나타냈다든가 혹은 종교 문제로 다툼이 거의 없다는 것을 알 수 있다. 이 는 학교생활에서 종교적인 문제가 우선하는 경우가 거의 없다는 반증이라고도 할 수 있을 것이다. 2) 교사에 의한 종교적 차별 * 당신은 종교수업 시간에 당신의 종교 때문에 교사에 의해 차별을 받아본 적이 있습니까? 많이 있다 조금 있다 없다 모르겠다 선화예술학교 선화예고 선정중학교 선정고등학교 선정관광고 평균 종교교육의 현장에서 종교교사에 의해 종교적 차별을 받아본 적이 없다고 설문에 응한 응답자가 대부분(93.3%)이었다. 이는 비록 종교교사들이 통일교인이라 할지라 도 통일교를 직간접적으로 강요했다거나 우월성을 제고하지 않았다고 볼 수 있는 설문 조사라고 할 수 있다. 그럼에도 불구하고 차별을 많이 받았다고 하는 경우 0.5%, 조금 있다고 하는 경우 1.8%가 조사된 것을 보면 간혹 종교적 갈등 혹은 차 별로 느껴지는 경우가 있다고 보아야 한다. 이는 향후 통일교의 종교교육에 있어 인권교육의 차원이 보다 강조되어야 할 사안으로 대두되었다고 보아야 할 것이다. 3) 학교 당국에 의한 종교적 차별 * 당신은 현재 학교에서 당신의 종교 때문에 차별을 받아본 적이 있습니까? 많이 있다 조금 있다 없다 모르겠다 선화예술학교 ,9 선화예술고등학교 선정중학교 선정고등학교 선정관광고등학교 평균

234 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 학교 당국에 의해 종교적 차별을 받았는지를 묻는 설문에서는 친구들이나 교사에 의해 종교적 차별을 받았는가에 대한 설문 조사와 같은 수준의 응답이 나왔다. 다 시 말하면 학교당국에 의해 종교적 차별을 받은 적이 없다는 경우가 대부분(94.1%) 이어서 학교 당국이 종교교과의 운영에 무리하지 않는다는 것을 알 수 있다. 그러 나 이 경우도 많이 있다 (0.6%)와 조금 있다 (1.5%)의 응답이 약 2%를 상회하는 것으로 나타난 것에 주의를 요한다. 학교 당국의 의도와 다르게 응답자의 종교적 차별이 약간이라도 있는 것을 결코 간과해서는 안 되기 때문이다. 학교 당국에 의 해 종교적 차별을 받는다고 하는 인식 자체를 불식시키기 위해 종교교육에 있어서 의 인권을 보호하는 노력이 필요로 될 것이다. 3. 종교 대체과목 고지의 인지 여부와 종교교과서의 교육과정 개정에 대한 적 합성여부 1) 종교 대체과목 고지의 인지 여부 * 당신은 종교과목을 대체하는 다른 과목이 있는 것을 알고 있습니까? 잘 알고 있다 알고는 있다 잘 모르겠다 전혀 몰랐다 선화예술학교 선화예술고등학교 선정중학교 선정고등학교 선정관광고등학교 평균 종교교육에 있어 종교적 차별을 막기 위한 정부당국의 종립학교에 대한 제안은 종교과목을 대체할 수 있는 다른 과목을 신설 운영하라는 것이었다. 그럼에도 불구 하고 현재의 종립학교에서는 대부분 종교 대체과목을 신설 운영하는 경우는 많지 않다. 22) 또한 종립학교는 종교교과를 대체할 수 있는 대체과목을 학생들에게 고지 할 의무가 있다. 종교과목을 대체하는 다른 과목이 있는 것을 알고 있는가에 대한 조사에서 응답자 대부분(84.8%)이 잘 모르겠다 거나 전혀 몰랐다 라고 응답함으로 써 통일교의 학교 당국은 대체과목의 고지 의무를 철저히 수행하지 않았다고 할 수 있다. 그러나 잘 알고 있다 (3.6%)와 알고는 있다 (11.6%)가 약 15%에 달하는 것 22) 고병철, 한국의 종교교육: 중등 종립학교를 중심으로 종교연구 제46집(서울: 한국종교학회, 2007), 9쪽. 226

235 통일교에서의 종교교육과 인권 김항제 을 보면 대체과목의 고지를 도외시 한 것은 아니라고 할 수 있으며 대체과목을 알 고 있는 응답자를 위한 대체과목의 종류와 편성 등에 관해서 통일교 종교교육의 현 장은 인권 신장의 차원에서 고려해야 할 것으로 보인다. 2) 종교교과서의 교육과정 개정에 대한 적합성 여부 * 현재 종교수업 시간의 종교수업 내용이 한 종교에 편중되어 있다고 생각하십니까? 많이 그렇다 조금 그렇다 그렇지 않다 전혀 그렇지 않다 선화예술학교 선화예술고등학교 선정중학교 선정고등학교 선정관광고등학교 평균 통일교 종교교과서의 내용 중 어느 한 종교에 편중되어 있는가를 묻는 설문은 기 실 2010년 개정된 통일교 종교교과서의 적합성 곧 교육과학기술부가 제정한 제7차 교육과정의 개정에 얼마나 적합한가를 묻는 것이었다. 설문 조사 결과 현재 종교시 간의 종교수업 내용이 어느 한 종교에 편중되어 있다고 생각하지 않는다는 경우가 그렇지 않다 (53.4%), 전혀 그렇지 않다 (28.9%), 합계 82.4%로 나타났다. 따라서 통일교의 종교교과서는 적어도 교육과정의 개정에 적합하다고 평가할 수 있다. 물 론 종교교과서의 내용이 어느 한 종교에 편중되지 않았다고 하는 것이 교육과정의 개정에 적합한지를 다 나타내는 것은 아닐 것이다. 다만 한 종교에 편중되지 않고 서술되어 있다는 점은 매우 중요한 적합성의 정도를 나타낸다고 할 수 있다. 그러 나 통일교에서는 종교교육의 현장에서 설문 조사된 한 종교에 대한 편중성이 많이 그렇다 (3.2%), 조금 그렇다 (14.5%)로 거의 15%를 상회하고 있는 점을 신중히 고 려해야할 사안으로 받아 들여야 할 것이다. 이는 추후 통일교의 종교교과서의 개정 방향으로 삼아야 할 것이며 나아가 종교교과서의 내용 중 종교 관련 인권교육도 과 감히 수용해야 한다는 점을 시사한다고 할 수 있다. Ⅳ. 통일교에서의 종교교육과 인권 통일교의 종교교육의 자유를 말하기 전 통일교가 갖고 있는 종교에 대한 견해와 227

236 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 종교의 자유에 대한 견해를 살펴보면 이렇다. 통일교는 종교를 내적인 무지에서 내적인 지에로 극복하기 위하여 내적인 진리를 찾아 나온 것 23) 이라고 본다. 다시 말하면 인간의 타락을 무지에 떨어진 것으로 보며 이를 지적인 면에서 본다면 인간 이 마음과 몸의 내외 양면인 것처럼 무지에도 내외 양면의 무지를 가지게 되었다고 말한다. 24) 하나님의 구원섭리는 창조본연의 세계를 회복하는 복귀섭리이기 때문에 인간의 내외 양면의 무지를 회복하는 것이며 이를 담당해온 것이 내적인 진리로서 종교요 외적인 진리가 과학이라는 견해다. 따라서 종교란 하나님의 복귀섭리를 위 한 수단이며 종말론적 희망은 하나님의 창조이상과 목적이 이루어진 종교 없는 세 상이 되는 것이라고 할 수 있다. 그렇기 때문에 통일교는 종교 없는 세상이라는 종 말론적 희망이 이루어지기까지 종교의 자유는 보전되며 종교로서의 사명을 다 해야 하는 것으로 본다. 따라서 통일교에서 종교의 자유는 물론 종립학교의 종교교육의 자유와 더불어 종교교육을 받는 학생의 신앙의 자유는 보장되어야 하며 그에 따른 인권도 보장되어야 한다고 할 수 있다. 그와 같은 점은 먼저 통일교의 종교교과서를 살펴보면 짐작할 수 있다. 설문 조 사를 통해 종교교과서의 내용이 어느 한 종교에 편중되어 있다고 대부분은 생각하 지 않는 것(82.3%)으로 밝혀졌기 때문이다. 2010년 개정되어 2011년부터 사용되고 있는 통일교 종교교과서의 중학교(전체분량의 약 35.2%), 고등학교(전체분량의 약 24.5%)에서 특정종교(통일교)의 전통과 사상을 다루고 있다. 그럼에도 불구하고 어 느 한 종교에 편중되어 있지 않다고 대부분 생각하는 것은 교과서의 내용이 국가의 종교 교육과정에 맞추어 균형 있게 기술되어 있음을 의미한다고 볼 수 있다. 25) 그 러나 종교교과가 다양한 세계관을 이해하도록 돕는 것은 물론 학생의 사회화를 돕 는 것을 목표로 해야 한다면 종교교과의 내용 중 어디에선가는 종교의 사회적 역할 을 말해야 할 것이다. 그와 같은 맥락에서 보면 종교의 사회적 역할이 사회의 갈등 을 극복하고 통합하는 기능이기 때문에 종교의 자유와 종교 관련 인권을 가르치는 내용도 있어야 할 것이다. 통일교 종교교과서에도 그와 같은 내용이 없는 것을 보 면 종교교과서의 내용이 어느 한 종교에 편중되어 있다고 말한 학생의 의견(17.7%) 이 간과됨으로써 종교 관련 인권 교육에 소홀할 수 있게 된다. 종교과목 대신 개설하는 대체과목의 인지가 잘 되어 있지 않았다고 볼 수밖에 없 는 설문 조사 결과(84.8%)는 종교 수업의 자유를 위한 대체과목을 잘 설명하지 않 고 있다고도 할 수 있다. 따라서 대체과목의 개설 이전에 대체과목의 인지를 위한 23) 세계평화통일가정연합, 원리강론 (서울: 성화출판사, 2003), 4쪽. 24) 앞의 책, 3쪽. 25) 통일교 종교교과서의 평가는 이재일, 통일교 중등학교 교과서 개발 종교교육학연구 제38권 (서울: 한국종교교육학회, 2012), 쪽 참조. 228

237 통일교에서의 종교교육과 인권 김항제 여러 가지 방법을 모색하고 실천해야할 것으로 보인다. 그렇게 함으로써 학생의 신 앙의 자유를 보장하며 종교 관련 인권을 보전하는 길을 열 수 있어 오히려 종립학 교로서의 종교교육의 자유를 신장할 수 있을 것이다. 자신이 다니는 학교가 통일교 가 세운 종립학교임을 잘 아는 학생들(90.6%)로서 이미 조사 발표된 것처럼 종교적 차별이 거의 없는 것 곧 학생의 인권이 보장되고 있음을 보면 통일교에서의 종교교 육은 별다른 인권교육이 없이도 비교적 무리 없이 수행되고 있다고 볼 수 있다. 이를 위해 종교교사를 통한 몇 가지의 설문을 조사한 결과 먼저 다른 기독교 학 교들과는 달리 채플(학교예배)을 전혀 보지 않고 있으며 종교적인 특별집회나 모임 을 거의 갖고 있지 않은 것으로 조사되었다. 26) 다음 종교교육의 자유를 보장받기 위한 순종서약서나 가정통신문을 거의 보내지 않고 있다. 27) 마지막으로 종교적 차 별이 학생 중 극소수 있는 것으로 조사되었기 때문에 그에 따른 예가 어떤 것이 있 는지를 살폈다. 그에 대한 대답은 최근 기독교인 학생이 자신의 신앙과 맞지 않는 학교에 다니는 것이 괴로워 스스로 자퇴한 경우가 있다고 했다. 또한 학교 당국에 의한 차별이나 통일교 학생이 많지도 않지만 통일교 학생으로서 역차별을 받는 경 우도 없다는 조사가 있었다. Ⅴ. 끝내며 그럼에도 불구하고 통일교에서의 종교교육과 인권에 관한 개선사항이 있다면 먼 저 이미 학생들의 설문 조사에서 나온 것처럼 미미한 종교적 차별을 마저 없애도록 하는 종교교육적 노력이 요청된다고 할 수 있다. 그렇게 하면서 통일교의 종립학교 는 평준화에 따른 강제배정의 시기가 지나고 종립학교로서의 위상이 찾아지는 때를 대비하여 학교의 종교교육의 자유와 학생의 인권이 조화를 이루는 종립학교로서의 정체성 정립을 연구하고 비전을 세워나가야 할 것으로 본다. 또한 추후 종교교과서 를 개편할 때 종교 관련 인권에 관한 내용을 과감히 담아내야 할 것이며 종교 관련 인권교육도 소홀히 하지 말아야 할 것이다. 종교성 교육을 위한 미래의 종교교육이 야 말로 종립학교의 사회적 역할이 될 것이며 비전이 될 것이라는 전망은 종립학교 만의 희망이 아니기 때문이다. 26) 한 학교에서 교사들의 수요 정기 예배나 교회행사에 희망자에 한해 학생들의 자율적 참여를 권 장하고 있기는 하나 많은 수가 참여하지 않고 있다는 조사가 있었다. 27) 가정통신문의 경우도 한 학교에서 학기 초나 신입생 오리엔테이션 때 여러 가지 사항 중 하나 로 언급되어 보내고 있다고 한다. 229

238 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 참고문헌 강의석. 학교 내 종교의 자유와 학생의 인권 민주법학 제26호. 서울: 민주주의 법학연구회 고병철. 한국의 종교교육: 중등 종립학교를 중심으로 종교연구 제46집. 서울: 한국종교학회, 고진호. 종교교육의 실천적 대안을 위한 방향 탐색 종교교육학연구 제23권. 서울: 한국종교교육학회 김성재 외. 인권시대를 향하여. 서울: 나남출판 김유환. 초중등학교 종교교육의 문제점과 해결방안 공법학연구 제9권 1호. 서 울: 한국비교공법학회 김항제. 통일교의학연구 II. 아산: 선문대출판부 미래사회와 종교성연구원 엮음. 종교성, 미래교육의 새로운 패러다임. 서울: 학지사, 미셀린 이샤이. The History of Human Rights. 조효제 옮김. 세계인권사상사. 서울: 도서출판 길 세계기독교통일신령협회. 중학교 생활과 종교 1,2,3. 서울: 성화출판사 세계기독교통일신령협회. 고등학교 생활과 종교. 서울: 성화출판사 세계평화통일가정연합. 원리강론. 서울: 성화출판사 이승진 외. 종립학교 내 학생의 종교의 자유 법교육연구 제2권 제2호. 서울: 한 국법교육학회 이재일. 통일교 중등학교 교과서 개발 종교교육학연구 제38권. 서울: 한국종교 교육학회 이종은. 평등, 자유, 권리. 서울: 책세상 이준일. 인권법: 사회적 이슈와 인권. 서울 : 홍문사 임지봉. 사립고등학교에서의 종교교육과 학생의 인권 세계헌법연구 제17권 2 호. 서울: 국제헌법학회 한국학회 조효제. 인권의 문법. 서울: 후마니타스 황준성 외. 종교교육의 자유 의 법리 및 관련 법령 판례 분석 교육법학연구 제 19권 2호. 서울: 대한교육법학회 John Witte, Jr and M. Christian Green ed. Religion and Human Rights. New York: Oxford University Press cafe.naver.com/hakjawool

239 통일교에서의 종교교육과 인권 논평 이재일 *28) 인권이란 인간답게 살기 위해 인간으로서 당연히 지니는 기본적 권리입니다. 오 늘날 인권이 주목 받는 것은 인간답게 살고자 하는 의욕이 높아졌기 때문일 것입니 다. 세상에는 인간다움에 관심을 두는 다양한 영역이 있습니다. 그 중에서도 종교는 여느 영역보다 인간다움을 깊게 그리고 오랫동안 추구해왔다고 할 수 있습니다. 그 런데 역설적이게도 종교계가 인권을 경시하는 사례들이 적지 않은 듯합니다. 오늘 우리가 관심을 두는 종교교육의 영역에서도 인권의 문제가 심심치 않게 나타나고 있습니다. 김항제 교수님의 논문은 통일교의 종교교육 영역에서 인권을 논의하였습니다. 인 권의 측면에서 종교와 종교교육의 의미를 논의하고, 통일교계 중등학교의 현장에 있는 학생들에게 종교와 관련되어 그들이 느끼고 경험하는 인권문제를 묻고 그 응 답을 분석하였습니다. 즉, 종교교육에서의 인권을 종립학교의 종교교육의 자유와 학 생의 신앙의 자유 그리고 종교적 차별 금지에 초점을 두고, 통일교계 중등학교의 현실이 어떠한지를 진단하였습니다. 종단이 주도하는 종교교육은 해당 종교의 교당( 敎 堂 )에서 이루어집니다. 그리고 신도의 가정과 종단이 운영하는 학교에서 이루어집니다. 그런데 저자는 종교교육의 범위를 학교로 한정하고, 학교 종교교육에서 나타날 수 있는 인권의 문제를 다루었 습니다. 논지가 분명한 이 논문을 읽으면서 제가 가지는 아쉬움이 몇 가지 있습니다. 첫 * 선문대학교

240 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 째, 학교의 구성원은 학생과 교사입니다. 교육의 측면에서 보면, 교사는 가르치는 자이고 학생은 배우는 자입니다. 학교교육 현장의 인권문제는 학생의 인권문제가 주가 되겠지만 교사의 인권문제도 있다고 봅니다. 그렇다면 학생의 인권뿐만 아니 라 교사의 인권도 연구의 대상이 될 수 있을 것입니다. 둘째, IV장에는 통일교의 종교에 대한 견해와 종교의 자유에 대한 견해를 다루었 습니다. 그런데 이를 통해 논평자는 저자가 통일교의 인권 인식을 종교의 자유에 한정한 것같은 느낌을 받게 됩니다. 특히 IV장의 첫 문단 후반부에는 종교의 자유 는 보장되며...종교교육의 자유와 더불어... 학생의 신앙의 자유도 보장되어야 하 며 그에 따른 인권도 보장되어야 한다... 고 서술하셨습니다. 통일교의 인권에 대한 인식이 어떠한지를 알 수 있는 문구입니다만, 너무 간략한 서술이라고 봅니다. 논문의 서론 다음에 인권에 대한 통일교의 견해를 포괄적으로 서술하는 것이 필 요하다고 봅니다. 즉, 인권이 인간다움을 향한 인간의 존엄성, 자유, 평등, 박애 등 인간의 가치를 향유할 권리라고 볼 때, 이러한 인간의 본질적 가치를 어떻게 설명 하는지 그리고 이러한 가치를 신장하고 향유하는 방안은 무엇인지에 대해 통일교의 입장을 밝혀주시기 바랍니다. 넷째, 이 논문 II-2의 첫 문단에는 매우 의미 깊은 내용이 있습니다. 종교는 보 편적으로 인권을 담지하고 있다. 그러나 역사적 종교는 인권을 신적 권리나 존재 자체의 권리로 여겨오지 않았 고 종교의 자유를 억압하고 종교를 차별해왔다는 것 입니다. 이는 종교가 지닌 장점과 단점입니다. 이 중 단점은 종교의 집단이기주의적 성격이 나타난 것이라고 봅니다. 종교적 집단이기주의를 극복할 수 있는 방안은 무 엇인지, 이에 대해 김 교수님의 의견이 궁금합니다. 232

241 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 *29) Ⅰ. 이끄는 말 오늘날 인권 이라는 말은 우리 사회에서 쉽게 접하는 용어중 하나이다. 쉽게라는 표현은 인권에 대한 인식이 특별한 것이 아니라 모든 사람이 인권을 중요시 하는 성숙한 사회로 발전 되어가고 있다는 뜻이기도 하다. 법률적 의미에서 인권은 사람이라면 누구나 태어나면서부터 당연히 가지는 기본 적 권리 1) 를 말한다. 우리의 삶속에서 인권이 강조된다는 것은 현실상 인권의 차별 이 있다는 것이며, 인권을 보장받지 못하는 사회적 약자가 있다는 말도 된다. 인권 이라는 단어에는 인간의 존엄성과 근대정신의 큰 축이었던 자유 와 평등 의 정신 등이 함축되어 있다. 최근 교육현장에서는 학생인권조례 2) 의 제정으로 학생의 인권과 학교의 교육권 이 상호 큰 마찰을 일으키고 있다. 학생인권을 어디까지 보장해주느냐에 따라 교사 의 교육권과 학교의 교육방향이 크게 달라지기 때문이다. 특히 종교교육은 학생의 종교의 자유 에 관한 논쟁의 중심에 서있고, 교육현장에서는 쉽게 다룰 수 없는 미 묘한 부분이기도 하다. 종립사학에서 행해지고 있는 종교교육의 목적이 특정 종단 의 교화를 위해서인가, 아니면 교육적 목적을 띤 종교교육인지가 이 문제의 핵심이 * 원불교대학원대학교 1) Daum 국어사전. 2) 서울특별시 학생인권조례가 2012년 1월 26일에 공포됨. 233

242 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 다. 이 논란은 바로 종교교육의 성격, 그리고 학생의 인권과 관련된 중요한 문제 중 의 하나이다. 종교의 자유에는 종교 신앙의 자유와 종교 활동의 자유가 있다. 종교 신앙의 자 유가 절대적 자유라면 종교 활동의 자유는 상대적 자유권에 속한다. 여기서 문제가 되는 것은 학생의 신앙의 자유와 학교의 종교 활동의 자유간의 충돌이다. 이미 알 려진 바와 같이 학생의 종교자유에 관한 논쟁은 2004년 대광고 강의석군 사례를 통해 이슈화된 문제이다. 그 논쟁의 핵심은 학생의 신앙의 자유 침해 주장과 헌법 에 보장된 종교사학의 종교교육의 자유와의 충돌로 요약될 수 있다. 이런 기본권이 서로 충돌할 때 해결방법은 현실적으로 조화를 모색하는 방법 외에는 달리 길이 없 다. 그러나 최근 추세는 학생의 인권을 우선 고려하는 방향으로 진행되고 있다. 말 하자면 학교의 종교자유권보다는 학생의 인권차원에서 종교자유가 우선시된다는 말 이다. 3) 강의석 사건의 경우 학교의 종교수업 강요에 대해 학교는 배상해야 한다고 2010년 대법원에서 최종 판결했다. 학생의 종교자유권에 손을 들어준 것이다. 종립사학의 경우 건학이념의 구현이라는 목적아래 종교교육이 필수과목으로 책정 되어 있지만 학생들 입장에서는 선택권을 보장해주지 못하는 문제가 있다. 종교사 학의 입장에서는 한국의 다종교 상황 아래서 어떻게 하면 설립취지나 건학이념에 충실하면서 보편교육으로써 종교교육의 욕구를 충족시킬 것인가가 과제인 것이다. 원불교가 설립한 교립학교 4) 또한 이러한 고민을 안고 있다. 본 연구의 목적은 원불교에서 세운 교립학교에서 어떻게 하면 바람직한 종교교육 을 실현할 것인가를 전제하고 있다. 이 말은 종교교육은 필요하다 에서 논의의 출 발점을 삼는다는 것이다. 이에 대한 논증으로 원불교 교리에서 바라본 인권의 의미 를 살펴보고, 왜 종교교육이 필요한지를 궁구할 것이다. 다음에 교립학교에서 이루 어지고 있는 종교교육의 현황에 대해 알아보고, 이에 따라 학생인권을 고려한 바람 직한 종교교육의 내용과 방법에 대해 모색해볼 것이다. 3) 김귀성, 공교육에서 종교교육의 과제와 전망, 기독교교육정보 제30집, 한국기독교교육정보학 회, 2011, 17쪽 참고. 4) 원불교에서는 종립학교라는 표현대신 교립학교 라는 표현을 쓰기 때문에 이후는 교립학교 로 쓰기로 한다. 234

243 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 Ⅱ. 원불교 교리사상과 인권 1. 인권에 대한 개념적 이해 인권( 人 權, human rights)은 인간이 인간답게 존재하기 위한 보편적인 인간의 모든 정치ㆍ경제ㆍ사회ㆍ문화적 권리 및 지위와 자격을 총칭하는 개념이다. 5) 즉, 인권은 사람은 사람답게 살 수 있는 권리가 있다는 생각이며, 법의 관할 지역이나 그 밖의 지역적인 변수 - 민족이나 국적 등에 관계없이 적용되는 것으로 정의된다. 세계 인권선언 제1조는 모든 사람은 태어날 때부터 자유롭고, 존엄성과 권리에 있어서 평등하다 고 선언하였고, 제7조는 모든 사람은 법 앞에 평등하고, 어떠한 차별도 없이 법의 평등한 보호를 받을 권리를 가진다. 고 규정하고 있다. 주권 국가 에 있어서 인권은 정부의 일방적 권력 남용과 억압에 대항하여 인간이 요구할 수 있고 보호, 보장을 받을 수 있는 보편적 권리를 일컫는다. 이는 사람이 사람답게 존 엄한 생활을 영위할 수 있는 권리, 개인의 자유와 평등, 독립성의 보장, 또 인류의 이익에 정부의 권한 행사가 부합할 책무 등을 뜻한다. 6) 인권의 출발은 인간의 존엄성과 가치성에 있다. 왜 인간이 존엄하고 가치 있는 존재여야 하는지는 종교 철학 등 다양한 견해가 있을 수 있으나 존엄과 가치는 보 편적으로 합의된 바이다. 인간이 존엄하고 가치 있는 존재가 되기 위한 필수적인 조건이 자유와 평등이다. 역으로 인간은 자유롭고 평등한 존재일 때에만 존엄하고 가치 있는 존재가 될 수 있다는 말이다. 평등권이란 국가로부터 차별대우를 받지 않고 또 국가에 대하여 평등한 처우를 요구할 수 있는 헌법상의 기본권을 말한다. 대한민국 헌법은 평등권(equality under the law)을 모든 국민은 법 앞에 평등하다. (제11조 1항)라고 표현하고 있다. 자유 권(right to freedom)은 개인이 그 자유로운 영역에 관해 국가권력의 간섭 내지 침 해를 받지 않을 권리로, 이는 국가로부터의 자유이고, 국가권력에 대한 방어적ㆍ소 극적 권리인 동시에 초국가적 권리 내지 인간의 권리이며, 또한 포괄적 권리이면서 직접적 효력을 갖는 권리라고 할 수 있다. 인권담론에서 어려운 점은 인권보호를 요구하는 권리들이 서로 충돌하며 우선순 위를 다투기 때문이다. 자유와 평등은 적정한 조화점을 찾지 못하면 그 실행에서 상호 가치상쇄를 일으킨다. 자유는 본질적으로 수직적 추진력을 갖는 반면에 평등 은 수평적 추진력을 갖는다. 이는 집단적 상황에서 정책적 성격으로 표출될 때 더 5) 국가인권위 역 사회복지와 인권 인간과 복지, 14쪽. 인간답게 살 권리가 헌법 34조에 규정. 6) 위키 백과사전. 235

244 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 욱 뚜렷이 대비되어 나타난다. 따라서 자유가 지나치게 강조되면 천부적 태생과 능 력 위주의 자연적 귀족주의로 흐를 위험이 크고, 평등이 지나치게 강조되면 억압적 획일주의로 흐를 위험이 있다. 그렇다면 이 두 가치의 실행을 위한 적정한 조화점 은 어디에 있는가? 두 가치의 적정 조화를 모색할 때 우선 고려되어야 하는 것은 자유의 실현이 앞서야 한다는 것이고, 평등은 자유의 극단화로 인한 불평등의 폐해 를 견제하는 방향에서 고려되어야 한다는 것이다. 그 이유는 평등 속의 자유는 커 나갈 수 없지만 자유 속의 평등은 자유의 신장에 따라 커나갈 수 있기 때문이다. 7) 우리나라의 경우 헌법 10조와 민법 752조 그리고 형법 250조 이하 및 269조 이 하에 근거하여, 인간의 생명은 최고의 가치로서 향수되어야 한다. 는 내용을 법률적 으로 보호하고 있다. 이와 같은 법률적 장치에 의한 인간 존엄성은 인간은 신분ㆍ 지위ㆍ능력 등의 여부를 불문하고 인간이라는 그 자체로서 존중받을 가치를 지닌 다. 다른 사람에게 예속되거나 다른 사람을 위한 수단으로 간주되어서는 안 되며, 인간은 그 자체로서 목적적 존재이다. 인간 존엄성은 민주주의 근본이념으로서 기 본권 보장의 핵심적인 가치이다. 8) 인권, 즉 인간의 권리는 도덕적 권리와는 별도는 법적 권리를 필요로 한다. 도덕 적 권리의 내용이 아무리 훌륭해도 법적 권리가 아니라면 현실적인 힘을 발휘하지 못하기 때문이다. 따라서 인권은 도덕적 책무뿐만 아니라 법적 장치를 통해서 보호 받을 수 있고, 신장될 수 있다. 2. 원불교 교리와 인권 본장에서 다루고자 하는 원불교 교리사상과 인권 에 대한 접근법은 일반적 전개 를 택하고자 한다. 일반적 전개라 함은 원불교의 최고 종지인 일원상의 진리와 그 에 바탕한 기본교리인 인생의 요도 사은ㆍ사요와 공부의 요도 삼학ㆍ팔조를 통해 인권을 설명하는 방식이다. 소태산 대종사( 少 太 山 朴 重 彬 : ) 9) 는 미래시 대는 천권( 天 權 )보다 인권( 人 權 )을 더 존중할 것 10) 이라고 했다. 과거 종교가 하늘 을 숭배하는 천권시대였다면, 미래시대의 종교가 지향해야 할 바는 인간이 주체가 되는 인권시대로 전망한 것이다. 7) 국가인권위원회, 인권의 해설, 2011, 1부 인권이란 무엇인가 참조. 8) 김도공, 인간 존엄성에 대한 교리적 근거, 원불교사상 26집, 원불교사상연구원, 2002, 278쪽. 9) 이하 소태산 이라 칭함. 10) 대종경, 불지품 13장. 236

245 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 1) 일원상( 一 圓 相 )의 진리와 인권 일원상은 원불교의 최고 종지로서 신앙의 대상과 수행의 표본이며, 모든 교리사 상의 출발점이 된다. 이러한 일원상의 진리를 원불교 정전, 일원상장 에서는 다음 과 같이 교설하고 있다. 일원( 一 圓 )은 우주 만유의 본원이며, 제불 제성의 심인이며, 일체 중생의 본성이 며, 대소 유무( 大 小 有 無 )에 분별이 없는 자리며, 생멸 거래에 변함이 없는 자리며, 선악 업보가 끊어진 자리며, 언어 명상( 言 語 名 相 )이 돈공( 頓 空 )한 자리로서 공적 영 지( 空 寂 靈 知 )의 광명을 따라 대소 유무에 분별이 나타나서 선악 업보에 차별이 생 겨나며, 언어 명상이 완연하여 시방 삼계( 十 方 三 界 )가 장중( 掌 中 )에 한 구슬같이 드 러나고, 진공 묘유의 조화는 우주 만유를 통하여 무시광겁( 無 始 曠 劫 )에 은현 자재 ( 隱 顯 自 在 )하는 것이 곧 일원상의 진리니라. 11) 먼저, 일원은 우주 만유의 본원이며, 제불제성의 심인이며, 일체 중생의 본성 이 라고 밝히고 있다. 이를 간략히 설명하면, 일원상의 진리는 우주와 인간을 통관( 通 貫 )하는 궁극적 진리이며, 모든 부처와 성자들이 깨달은 진리이며, 모든 중생의 본 래 마음자리라는 것이다. 이와 같은 설명은 하나의 진리인 일원을 우주적 관점에서, 깨달음을 얻은 성인의 관점에서, 우리의 본성적 측면에서 설명한 것이다. 일원상 진 리에 근거할 때 이 세상 모든 만물은 제 각각 그 자체가 바로 법신불로서 절대적 위상을 갖는다. 만물은 서로 차별적 존재가 아니라 법신불과 동격( 同 格 )으로 부처로 서의 소중함과 가치를 지니게 된다. 일원상의 진리는 진공묘유 로 설명될 수 있다. 모든 분별과 차별이 끊어진 세계 를 진공으로, 공적영지의 광명을 따라 분별과 차별이 생겨나는 현상의 세계를 묘유 로 설명한다. 일체 중생 가운데 한 존재인 인간도 이 분류의 범주로 구분해 볼 수 있다. 일체 중생의 본성에서 본 인간은 누구나 똑같은 법신불로서 존재한다. 남녀노 소 선악귀천, 국가와 인종을 막론하고 모든 인간은 불성의 관점에서 평등하다. 그 평등성은 불성의 평등성, 즉 모든 인간을 바로 법신불(부처)로 본다는 점에서 인간 평등의 최고를 보여준다. 인간을 부처로 본다는 것은 인간 존엄성의 극치로 볼 수 있다. 일원상의 진리관 에 의하면 인간, 더 나아가 천지만물까지도 부처이다. 소태산은 천지만물 허공법계 가 다 부처 아님이 없나니, 우리는 어느 때 어느 곳이든지 항상 경외심을 놓지 말 고 존엄하신 부처님을 대하는 청정한 마음과 경건한 태도로 천만 사물에 응할 것이 며, 천만 사물의 당처에 직접 불공하기를 힘써서 현실적으로 복락을 장만하라. 12) 11) 정전, 제2 교의편, 제1장 일원상, 1.일원상의 진리. 12) 대종경, 교의품 4장. 237

246 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 고 한다. 이 법문에 의하면 인간의 존엄성과 그 존엄한 인간을 대하는 바람직한 태 도가 무엇인지 명확히 알 수 있다. 천지만물 가운데 인간은 최령의 존재이다. 그러 나 최령의 존재임에도 불구하고 현실세계에서는 차별이 존재한다. 인간이 갖는 현 실적 차별성을 넘어 부처라는 절대평등의 견지에서 모든 사람에게 불공하는 것, 이 것이야 말로 원불교가 이상적으로 바라보는 인권의 모습이다. 원불교의 처처불상의 진리관에 의하면 가장 가까이에 있는 모든 사람들이 바로 존엄하신 부처님이다. 그 러한 부처님을 대하는 불공의 자세는 청정한 마음과 경건한 태도이다. 소태산은 이 와 같이 인간존엄의 가치를 만물의 영장을 넘어 부처의 실상으로 끌어올렸으며, 더 나아가 천하만물의 존귀함을 책임지는 존재로 본 것이다. 2) 사은( 四 恩 )과 인권 소태산은 사은의 교리를 통해 우리들에게 없어서는 살 수 없는 은혜 13) 를 발견 하여 감사 보은하는 생활을 하라고 가르치고 있다. 네 가지 은혜인 사은은 천지은, 부모은, 동포은, 법률은으로 원불교에서 사은은 신앙의 대상인 법신불 일원상의 진 리가 현실적으로 화현한 은혜불로 자리한다. 사은의 은혜는 상대와 상황에 따라 변 하는 은혜가 아니라 언제 어디서나 항상 은혜가 나타나는 근원적 은혜, 절대적 은 혜, 전체적 은혜를 말한다. 사은이 절대적 은혜라고 하는 이유는 천지, 부모, 동포, 법률이 없이는 인간은 한 순간도 존재할 수 없기 때문이다. 사은을 간략하게 살펴보면, 천지은은 우주 대자연이 질서 정연하게 운행하는 가 운데 모든 존재가 생명을 유지하며 살게 되는 은혜이다. 부모은은 부모가 나를 낳 아서 길러 주시고 사람의 도리를 가르쳐 주신 은혜이다. 동포은은 각각의 생업에 종사하면서 그 산물을 나에게 공급하여 살게 하며, 동ㆍ식물까지도 나의 생존에 없 어서는 안 될 관계로 맺어진 은혜이다. 법률은은 성문법 불문법을 비롯한 모든 법 과 규범들이 있어서 사회의 안녕과 질서가 유지되고 그 안에서 우리가 보호받으며 살게 되는 은혜를 말한다. 사은의 교리 가운데 인권과 밀접한 관련성을 갖는 것은 동포은과 법률은이다. 먼 저 동포은과 인권과의 관계를 살펴보자. 원불교에서 밝히고 있는 동포는 금수 초목 이라는 일체생령까지도 포함되긴 하나 동포 라는 단어가 의미하듯 모든 인간들이 직접적인 대상이 된다. 사ㆍ농ㆍ공ㆍ상( 士 農 工 商 )이라는 직업적 분류를 통해 서로 서로 도움이 되고, 의지가 되고, 공급처가 되어 상부상조의 관계를 형성하는 것이 13) 없어서는 살지 못할 관계가 있다면 그 같이 큰 은혜가 또 어디 있으리요. - 정전, 제2 교의 편, 제2장 사은 제1절 천지은, 1. 천지 피은의 강령. - 부모피은, 동포피은, 법률피은의 강령에 서도 같은 의미의 표현이 나타난다. 238

247 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 동포와 동포사이의 관계이다. 소태산은 사ㆍ농ㆍ공ㆍ상을 각자 상하관계나 차별적 요소로 보지 않고 서로 도움의 관계로 설명한다. 그는 이를 네 가지 생활 강령이라 고 설명하고 있으며, 각자 주체적이고 독립적인 인격체로 바라본다. 주지하듯이 과거 조선사회는 반상( 班 常 )이라는 신분적 차별 질서로 유지된 국가 였고, 그로 인해 신분의 세습과 공부와 생활 등 모든 방면에서 인권의 불평등 구조 가 있었던 사회였다. 그런데 소태산은 모든 인간이 동등한 권리로서 각자의 직업을 통해 서로 도움이 되는 관계로 바라본다는 것이다. 따라서 동포보은의 강령도 누군 가는 이익이 되고 다른 누군가는 손해를 보는 불평등 구조가 아니라 서로 서로 이 익이 되는 자리이타( 自 利 利 他 )의 도 의 실천이 보은의 강령이 된다. 이와 같이 동포 은의 평등구조에서 그 도를 실천할 경우 소태산은 동포 보은의 결과로 개인과 개 인끼리 사랑할 것이요, 가정과 가정끼리 친목할 것이요, 사회와 사회끼리 상통할 것 이요, 국가와 국가끼리 평화하여 결국 상상하지 못할 이상의 세계가 될 것 14) 이라 고 전망하고 있다. 동포은에서는 자유와 평등의 보장을 통해 서로에게 도움이 됨으 로써 평화안락한 낙원을 건설하는 길을 제시하고 있는 것이다. 다음은 법률은에서 인권의 의미를 살펴보자. 소태산이 정의한 법률은 인도정의 의 공정한 법칙 15) 이다. 인간사회에서 법률의 필요성은 법 자체에 있는 것이 아니 라 인간을 위한 법이어야 한다. 개인ㆍ가정ㆍ사회ㆍ국가ㆍ세계에 필요한 법은 그러 한 법의 보호를 통해 안녕과 질서가 보장되고 유지되어 개인의 행복과 사회 국가 세계의 평화가 보장될 수 있다. 이런 이유로 소태산은 법률은을 은혜로 규정한 것 이다. 그 법률의 범주에는 성문법과 불문법을 포함하고, 사회에 필요한 법률뿐만 아 니라 종교의 도덕의 법까지도 포함된다. 그런데 소태산이 규정한 바와 같이 법률의 핵심은 인도정의의 공정한 법칙 이라는 법의 공정성에 있다. 공정성이란 법에 있 어서 만민 평등 의 원칙이다. 그리고 그 공정성의 표준은 정의 에 있다. 따라서 법 률보은의 도는 불의를 제거하고 정의를 세우는 도 가 된다. 법률은과 인권을 연결시켜 보면 인권의 보호와 보장의 측면에서 그 의미가 있다 할 것이다. 법률의 기본원칙은 누구를 막론하고 인권을 보호하는 것이며, 인간은 누 구나 법의 준수를 통해 그 인권을 보장받는 것이다. 따라서 법에 금지하는 법과 권 장하는 법을 잘 알아서 그 도에 순응하는 것이 바로 법률보은의 강령이 된다. 소태 산은 법률보은에 대한 해석을 법을 어기지 말라 는 소극적 자세가 아니라 각각 개 인ㆍ가정ㆍ사회ㆍ국가ㆍ세계에 해당하는 법률을 배워 행하라는 적극적 실천을 강조 하고 있다. 14) 정전, 제2 교의편, 제2장 사은, 제3절 동포은, 6. 동포 보은의 결과. 15) 정전, 제2 교의편, 제2장 사은, 제4절 법률은, 1. 법률 피은의 강령. 239

248 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 3) 사요( 四 要 )와 인권 사요는 사은과 함께 신앙문에 속한 교리로서 자력양성, 지자본위, 타자녀교육, 공 도자숭배를 말한다. 사요의 교리는 일원상 진리의 평등원리에 입각해서 우리가 사는 세상을 차별세계에서 벗어나 누구나 평등하게 잘 사는 낙원세계를 만들자는 것이다. 원불교에서는 절대적 평등을 말하진 않는다. 민족, 인종, 부의 정도, 책임과 의무 등 현실의 세계는 다양성이 존재한다. 그러나 인간은 불성을 가진 인격적 존재로서 누구나 똑같은 평등의 권리를 갖는다. 차별이 아닌 구별의 대상일 뿐이다. 이렇기 때문에 이 사요를 통해서 개인의 자유가 신장되고, 사회의 평등을 가져올 수 있다. 사요의 정신은 사회개조의 원리요 평등세계 건설의 지름길이다. 자력양성으로 인 권평등세계, 지자본위로 지식평등세계, 타자녀 교육으로 교육평등세계, 공도자 숭배 로 생활평등세계를 건설하려는 것이다. 따라서 사요의 실천은 평화적 사회혁명의 길이라 말할 수 있다. 이러한 사요의 실천은 개인의 의무와 책임을 다하는 자각적 노력과 더불어 평등세계를 구현할 수 있도록 사회제도의 개혁이 뒷받침 될 때 이룩 될 수 있다. 사요중 인권과 가장 밀접한 관계를 갖는 것은 자력양성 이다. 자력양성은 평등세 계 구현을 목적하는 사요중 첫 번째로 타력생활을 자력생활로 돌려 개인의 인권을 신장함은 물론 전 인류가 인권평등을 이루어 평화 안락한 낙원세상을 만들자는 것 이다. 교리형성사에 의하면, 최초에 부부권리동일 남녀권리동일 자력양성의 변천 과정을 겪게 되는데, 이를 통해서도 알 수 있듯이 자력양성은 권리동일, 즉 인권평 등이 강조되고 있다. 소태산은 어리고 늙고 병든 사람을 제외하고는 의뢰생활을 하지 말고, 여자도 평 등하게 교육을 받아야 하며, 남녀가 동등하게 직업을 갖고 가정, 국가에 대한 의무 와 책임을 동등하게 이행하고, 차자도 부모 모시기를 장자처럼 해야 할 것이라고 하였다. 16) 이와 같은 소태산의 가르침에 의하면 완전한 인권평등은 자력양성 이 실 현될 때 가능하다. 그런데 인간의 삶은 자력만으로 살아가기는 어렵다. 반드시 타력 의 힘을 필요로 한다. 따라서 자력양성은 자력과 타력을 병행하되 자력을 본위로 하자는 것이 그 주지( 主 旨 ) 17) 이다. 자력양성은 자력과 타력 두 가지 측면에서 이해되어야 한다. 물론 소태산이 강조 하는 것은 자력의 양성이다. 스스로의 힘으로 인권을 신장하는 것이 1차적 목표라 면 그 다음은 자력 없는 사람들을 보호하는 타력의 힘이다. 어린이, 늙은이, 병든이 는 사회적 약자로서 보호받아야할 대상이다. 사회문제로 대두되는 인권의 문제는 16) 정전, 제2 교의편, 제3장 사요, 제1절 자력양성, 4.자력양성의 조목. 17) 정산종사법어, 경의편 9장. 240

249 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 사실 자력이 없는 약자에 해당된다. 육신적ㆍ정신적ㆍ물질적으로 약자인 사람들에 게 법의 제도와 보호를 통해 인간다움을 보장하는 것이 인권을 주장하는 사람들의 입장이다. 대체적으로 국가 사회에서 논의되는 인권은 인권의 신장이라는 적극적인 측면보다는 단지 인권보호에 머물고 있는 듯하다. 정산( 鼎 山 宋 奎, ) 18) 은 자력양성에 대해 먼저 생활방면에 자력을 본 위 하여 사람으로서 면할 수 없는 의무와 책임을 같이 지키자는 것이요, 정신방면 에 있어서도 자력신앙을 근본 하여 모든 신앙을 자기가 주인이 되어 믿자는 것이 며, 모든 공부를 자기가 주인이 되어 수행하자는 것이며, 모든 사업을 자기가 주인 이 되어 정성을 바쳐서 모든 일에 자타력을 병진하되 자력을 근본으로 실행하자는 것이다 19) 라고 밝히고 있다. 모든 방면에 자력이 주가 되어야 한다는 것이다. 대 산( 大 山 金 大 擧 : ) 20) 또한 정신의 자주력, 육신의 자활력, 경제의 자립 력을 강조하였다. 사람답게 사는 길, 행복한 삶을 살기 위해서는 정신ㆍ육신ㆍ경제 등 세 방면에 먼저 자력을 양성하도록 강조한다. 자력양성에 있어 또 하나 주요한 의미는 나의 자력생활은 물론 힘 미치는 대로 자력 없는 사람에게 자력을 얻을 수 있도록 도움을 주자는 것이다. 사회 또한 자력 양성이 가능하도록 모든 방면에 제도마련이 이루어져야 한다. 예를 들어 여성의 권 익, 노동자의 권익 등 포괄적 의미의 인권평등이 실현될 수 있어야 할 것이다. 4) 삼학( 三 學 )과 인권 원불교에서 삼학의 교리는 인격완성 을 목적한다. 인간이 일원상의 공ㆍ원ㆍ정 ( 空 ㆍ 圓 ㆍ 正 )세 가지 진리에 기초하여 수양력 연구력 취사력을 갖춤으로서 수행의 표본인 일원상과 같은 인격을 갖추자는 것이 원불교 수행이다. 인격은 그냥 갖추어 지는 것이 아니라 끊임없는 수행의 노력이 필요한데, 그 수행방법이 정신수양 사리 연구 작업취사 삼학이다. 인간의 육신생활에 의ㆍ식ㆍ주가 필요하듯이 인간의 정신 생활에 정신수양, 사리연구, 작업취사 삼학을 통해 원만한 인격을 닦아가고, 모든 일을 성공할 수 있도록 그 방법을 제시하고 있다. 삼학에 대해 그 대요를 간략히 정리하면, 정신수양은 안으로는 우리의 본래 청정 한 마음을 지키고 밖으로는 산란하게 하는 욕심 경계에 끌리지 않는 마음의 자주력 을 얻는 공부법이다. 사리연구는 우주의 대소유무의 이치와 인간의 시비이해의 일 을 연구하여 실생활에 다달아 밝게 분석하고 빠르게 판단하여 아는 공부법이다. 작 18) 원불교 2대 종법사. 19) 정산종사법어, 경의편 10장. 20) 원불교 3대 종법사. 241

250 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 업취사는 우리가 몸과 마음을 사용할 때에 정의는 취하고 불의를 버리는 실행력을 얻는 공부법이다. 원불교 삼학은 어느 한편에 치우친 수행이 아니라 삼학을 병진함으로써 원만한 인격을 닦을 수 있다. 삼학병진에 대해 소태산은 쇠스랑의 세 발 에 비유하여 어느 한쪽에 치우치지 않고 함께 아울러 나가는 원만한 수행방법임을 강조하고 있다. 또 한 삼학공부를 실생활에서 쉽게 실천하기 위한 방법으로 항상 온전한 생각으로 취 사 할 것을 주의하고 있다. 구체적으로 삼학과 인권과의 관계를 생각해 보자. 먼저 그 관계를 단정 지어 말 하면 삼학은 인권신장의 적극적 실행방법이다. 전장에서 다루었던 사은이 인권보호 의 당위성을 설명했다면 삼학은 인권의 기본권 보장을 넘어 인권의 신장, 인권의 성숙을 위한 길이다. 다시 말하면 수양 연구 취사 삼학이 아니면 제대로 된 인권의 신장, 성숙, 발전은 있을 수 없다는 것이다. 인간의 존엄성은 사회적 책무를 지닌 주체적 인간이자, 자신을 잘 관리할 책무를 지닌 주체적 인간으로서 인격성에 의하여 부여되는 것이다. 그리고 인간은 이러한 인격성이 있기 때문에 자신의 책임아래 자유로운 의사결정을 할 수 있고, 아울러 이러한 의사결정은 다른 사람의 권리와 자유를 침해하지 않는 범위에 한해서 가능 하다. 21) 수행은 자신이 부처라는 사실을 깨닫는 것이고, 어리석은 중생의 모습에서 탈피 하여 부처를 완성해나가는 과정이다. 인간은 불성의 원만구족함을 구비하고 있으나 현실적으로는 어리석은 중생으로서 수행을 필요로 한다. 중생을 벗어나 부처에 이 르는 과정이 수행인 것이다. 이와 같이 수행의 측면에서 인권을 바라다보면 최상의 인권을 회복하기 위해서는 수행, 교육, 훈련이 필요함을 알게 된다. 정산은 사람이 비록 만물 가운데 가장 영특하다 하나 교육의 힘이 아니면 능히 그 최령의 자격을 이루지 못할 것 22) 이라고 하였다. 또한 교육에 있어 과학교육 뿐만 아니라 도학교육 을 아울러 강조함으로써 도학교육을 통해서는 원만한 인격을 이루고 과학교육을 통 해서는 사회생활을 건전하게 이끌어 나갈 수 있는 실력을 양성할 것을 강조하였다. 21) 김도공, 인간 존엄성에 대한 교리적 근거, 원불교사상 26집, 원불교사상연구원, 2002, 278쪽. 22) 세전, 제2장 교육, 1.교육에 대하여. 242

251 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 Ⅲ. 종교의 자유와 종교교육의 자유 1. 학생인권과 종교의 자유 세계 인권선언 제 1조에는 모든 인간이 권리에 있어 동등하고, 제18조에는 모든 사람이 종교의 자유에 대한 권리를 가진다고 명시되어 있다. 학생의 신분을 감안할 때, 학생인권이 적용되는 테두리는 당연히 교육과 관련이 있다. 당연히 사회교육보 다는 학교교육이 그 중심을 이룬다. 서울특별시 학생인권 조례의 경우 대한민국헌 법, 교육기본법 제12조 및 제13조, 초ㆍ중등교육법 제18조의 4 및 유엔 아동의 권리에 관한 협약 에 근거하여 <학생인권조례>가 제정되었다고 밝히고 있다. 23) 그 주요내용을 보면 다음과 같다. 제12조(학습자) 1 학생을 포함한 학습자의 기본적 인권은 학교교육 또는 사회교육의 과정에서 존중되고 보호된다. 2 교육내용ㆍ교육방법ㆍ교재 및 교육시설은 학습자의 인격을 존중하고 개성을 중시하여 학습자의 능력이 최대한으로 발휘될 수 있도록 마련되어야 한다. 제13조(보호자) 1 부모 등 보호자는 보호하는 자녀 또는 아동이 바른 인성을 가지고 건강하게 성장하도록 교육할 권리와 책임을 가진다. 2 부모 등 보호자는 보호하는 자녀 또는 아동의 교육에 관하여 학교에 의견을 제시할 수 있으며, 학교는 그 의견을 존중하여야 한다. 24) 제18조의4 (학생의 인권보장) 학교의 설립자ㆍ경영자와 학교의 장은 헌법 과 국제인권조약에 명시된 학생의 인 권을 보장하여야 한다. 25) 우리가 학생인권에 관심 가져야하는 이유는 무엇일까? 서울특별시 <학생인권조 례>에 의하면, 학생의 인권을 보장함으로써 모든 학생의 인간으로서의 존엄과 가 치를 실현하며 자유롭고 행복한 삶을 이루어나갈 수 있도록 하는 것을 목적으로 한 다. 고 밝히고 있다. 이 목적에서 밝힌 바와 같이 인권의 최종 목적은 자유롭고 행 복한 삶으로 규정할 수 있다. 역으로 살펴보면, 그러한 삶에 기본요소는 인간으로서 의 존엄과 가치를 보장받는 것이며, 그 보장의 수단이 <학생인권조례>라는 법적 장 23) 서울특별시조례 제5247호. 24) 대한민국헌법, 교육기본법 제12조 및 제13조. 25) 초ㆍ중등교육법 제18조의

252 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 치로 볼 수 있다. 위의 <학생인권조례>에서 주목할 부분은 존중과 권리와 책임의 영역이다. 학습자 인 학생의 인격을 존중하고 개성을 중시한다는 것은 인간 존엄성에 대한 확인이며, 개별 인간이 갖는 개성에 대한 중시이다. 혹 개성이 중시되지 않고 특별한 것으로 취급될 경우 개인의 자유는 억압받을 수 있다. 따라서 부모 및 보호자, 그리고 학교 라는 기관과 교사는 학생들이 바른 인성을 가지고 건강하게 성장하도록 교육할 권 리와 책임감을 가진다고 했다. 학생은 국가 미래의 동량으로서 존재이다. 그런 학생은 단어의 의미 그대로 배우 는 자이다. 배우는 자인 학생의 권리는 어른들에 의해, 교육자에 의해, 국가로부터 당연히 보호받아야 할 대상이다. 학습자의 능력이 최대한 발휘될 수 있도록 해야 한다. 만약 학생인권이 제대로 그 가치실현이 안될 경우 학생 개인의 성장은 물론 국가 대계에 문제가 생기는 것은 자명할 것이다. 구체적으로 본 주제와 관련된 종교의 자유에 대해 살펴보자. 서울특별시 <학생인 권조례>에 나타난 종교 관련 내용은 두 부분이다. 하나는 제5조 차별받지 않을 권 리 중 종교로 인해 차별받지 않아야 한다고 규정하고 있으며, 다른 하나는 제16조 양심ㆍ종교의 자유 이다. 자세한 내용은 아래와 같다. 제5절 양심ㆍ종교의 자유 및 표현의 자유 제16조(양심ㆍ종교의 자유) 1 학생은 세계관, 인생관 또는 가치적ㆍ윤리적 판단 등 양심의 자유와 종교의 자유를 가진다. 2 학교의 설립자ㆍ경영자, 학교의 장 및 교직원은 학생에게 양심에 반하는 내용 의 반성, 서약 등 진술을 강요하여서는 아니 된다. 3 학교의 설립자ㆍ경영자, 학교의 장 및 교직원은 학생의 종교의 자유를 침해하 는 다음 각 호의 어느 하나에 해당하는 행위를 하여서는 아니 된다. 1. 학생에게 예배ㆍ법회 등 종교적 행사의 참여나 기도ㆍ참선 등 종교적 행위 를 강요하는 행위 2. 학생에게 특정 종교과목의 수강을 강요하는 행위 3. 종교과목의 대체과목에 대하여 과제물의 부과나 시험을 실시하여 대체과목 선택을 방해하는 행위 4. 특정 종교를 믿거나 믿지 아니한다는 등의 이유로 학생에게 이익 또는 불 이익을 주는 등의 차별행위 5. 학생의 종교 선전을 제한하는 행위 6. 특정 종교를 비방하거나 선전하여 학생에게 종교적 편견을 일으키는 행위 7. 종교와 무관한 과목 시간 중 특정 종교를 반복적, 장시간 언급하는 행위 4 학교의 장은 교직원이 제2항 및 제3항을 위반하지 않도록 지도ㆍ감독하여야 한다. 244

253 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 5 학교의 장은 특정 종교과목의 수업을 원하지 않는 학생들을 위하여 이를 대체 할 과목을 마련해야 한다. 26) 위에서 밝히고 있는 내용은 종교사학에서 실시하고 있는 종교교육에 관한 학생의 종교자유권이라 볼 수 있다. 3항 각 호에는 학교에서 학생의 종교의 자유를 침해하 는 사항을 기술하고 있다. 다시 말하면 종립사학에서는 위에 열거하고 있는 종교의 자유 침해를 해서는 안 된다는 것이다. 이러한 금지조항을 자세하게 명시한 것은 실제 교육현장에서 종교자유의 침해가 사실적으로 이루어지고 있으며, 또한 그러한 가능성을 전제한다고도 볼 수 있다. 강요, 방해, 차별, 제한 이라는 단어에서 알 수 있듯이 학생의 종교의 자유가 최대한 보장되어야 함을 강조하고 있다. 또한 학생에게 종교적 편견을 갖는 것과 특정 종교를 지나치게 선전(선교) 하는 행위를 금하게 하고 있다. 그런데 이렇게 학생의 종교의 자유가 최대로 보장될 때 종교교 육의 자유는 위축될 수 밖에 없다는 문제가 생긴다. 2. 종립사학의 종교교육의 자유 우리나라 헌법 제 20조 제1항에서는 모든 국민은 종교의 자유를 가진다. 라고 명시하고 있다. 이는 모든 국민의 신앙의 자유와 종교행위의 자유를 보장한다는 것 이다. 신앙의 자유란 자신의 의지에 따라 신앙을 갖거나 갖지 않을 자유, 종교를 선 택하거나 변경 혹은 포기할 자유, 신앙을 고백하거나 고백을 강요당하지 않을 자유 등을 포함하며 특히 국가 등 외부의 영향력에 의한 강제가 금지되며, 개인의 신앙 이나 불신앙으로 인해 부당한 불이익을 받지 않을 자유를 의미하기도 한다. 27) 이러 한 신앙의 자유는 인간 내면의 자유이며 기본권의 핵이 되는 본질적 권리로서 어떤 경우에도 제한될 수 없는 기본권이며 절대적 자유에 해당한다. 이에 반면에 종교행 위의 자유는 내면의 신앙을 다양한 방식으로 밖으로 표출하며 신앙에 따라 행동하 고 실천하는 자유를 의미한다. 이러한 종교행위의 자유는 학생의 종교의 자유에서 문제시되는 영역으로 종교적 행사의 자유, 종교적 교육의 자유, 선교(포교)의 자유, 종교적 집회 및 결사의 자유 등이 해당된다. 종교교육의 자유는 자신의 종교적 교리에 기초하여 가정이나 학교에서 교육할 수 있는 자유를 의미한다. 능동적으로는 종교교육을 실시할 자유를 의미하지만, 수동적 으로는 종교교육을 받거나 받지 아니할 자유를 의미하기도 한다. 특히 종교교육을 26) 서울특별시 학생인권 조례 -서울특별시조례 제 5247호. 27) 김철수, 헌법학개론, 박영사, 2005, 677쪽. 245

254 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 목적으로 학교를 설립하거나 특정 종교교육을 실시하는데 교육의 내용과 방식 등 모든 면에서 외부의 간섭을 받지 않을 자유도 포함되어 있다고 볼 수 있다. 그러나 종교교육은 사립학교에 한정될 뿐 국공립학교에서 특정 종교교육을 실시하는 것은 법률적으로 금지되어 있고, 사립학교의 경우에도 학생이 강제로 배정된 경우 특정 종교교육을 실시하는 것은 타종교를 가진 학생의 종교의 자유를 침해하는 것으로 위헌의 소지가 크다고 보고 있다. 28) 신앙의 자유는 어떤 경우에도 제한될 수 없는 절대적 기본권에 해당된다면, 종교 행위의 자유는 상황에 따라 변할 수 있는 가변적 권리라 말할 수 있다. 그런데 신 앙의 자유와 신앙행위의 자유가 부딪칠 경우 신앙의 자유가 종교행위의 자유보다 더 보호되고 보장되어야 할 권리로 판단될 수 있다. 다시 말하면 종교교육은 종교 행위의 자유에 해당되므로 기본권인 신앙의 자유가 우선 보장되어야 한다는 것이 다. 대광고 강의석 군의 대법원 최종판결이 이를 뒷받침한다. 대한민국 헌법의 경우 제20조 2항에 의해 29) 정교분리를 명확히 하고 있다. 이는 국가에 의한 모든 종교의 동등한 대우를 의미하고, 이것은 국가에 의한 종교교육, 종교 활동 금지에 따라 국공립학교에서 특정 종교교육을 할 수 없도록 하고 있음을 알 수 있다. 그런데 종교사학의 경우 국공립학교와는 달리 종교이념의 실현이라는 교육기관 설립의 목적에 따라 종교교육을 실시하고 있다. 그러나 아무리 종교사학 이다 할지라도 국가로부터 막대한 재정지원을 받고 있다는 점에서 보면 특정종교의 종교교육에는 제한이 따르게 된다. 이상과 같이 헌법에서 정하고 있는 신앙의 자유와 신앙행위의 자유에서 일반 종 교사학이 취할 수 있는 방법은 중립주의 의 입장을 택할 수밖에 없는 현실이다. 중 립주의는 학교에서 종교 자체를 주입, 강요, 교화시키는 일은 금하는 대신에 종교에 관해 이해시키고 가르치는 일은 가능하고, 공적인 종교 개입은 안 되지만 사적인 견해와 입장 표명은 가능한 입장이다. 30) 종교사학의 경우 대부분 선교(포교)를 건학이념으로 삼고 종교교육을 일차적 교육 목적으로 삼아 학교를 건립하였음을 부정할 수 없다. 그렇다 치더라도 공교육 시스템 속의 학교로 존재하는 한, 보편적 국민 기본 교육 수행의 공적책임을 최상위에 두고 학교와 교육과정을 운영해야 한다는 책임을 지울 수는 없다. 종교계 학교는 종교단체 와 다르며 선교(포교)보다 교육의 기능을 더 우선시해야 할 것이며, 교육이 선교(포 교)의 수단으로만 간주되어 학생들이 평등하고 공정하게 누려야 할 교육권을 침해하 28) 최윤진, 학생의 종교의 자유에 관한 연구, 민주주의와 인권 제7권 2호, 2007, 172쪽. 29) 국교는 인정되지 아니하며, 종교와 정치는 분리된다. 30) 최윤진, 앞의 논문, 177쪽. 246

255 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 고 박탈해서는 안 된다는 것이 31) 지금까지 종교교육학에서 논의된 결과이다. 32) Ⅳ. 학생의 종교자유권에 따른 종교교육의 방향 1. 교립학교에서 종교교육의 필요성 원불교 교립학교 가운데 가장 대표격인 원창학원의 건학정신은 학교법인 원창학 원은 물질이 개벽되니 정신을 개벽하자는 원불교 개교정신에 바탕하여 과학과 도학 을 겸한 전인교육으로 새 문명사회 건설의 주역 양성을 건학의 기본정신으로 한 다. 33) 고 밝히고 있다. 이러한 건학정신은 교육을 통해 원불교 정신을 실현시키기 위한 교립학교 교육의 기본방향이 된다. 과학과 도학을 겸한 전인교육 으로 천명된 바와 같이 교립학교에서 도학교육, 즉 종교교육의 필요성은 건학정신의 실현이라는 측면에서 매우 중요한 명제이다. 정산은 그의 세전 에서 교육은 세계를 진화시키는 근원이요 인류를 문명케 하는 기초 라고 밝힌다. 이에 더하여 개인ㆍ가정ㆍ사회ㆍ국가의 성쇠와 흥망을 좌우하는 것이 교육이라고 진단한다. 교육을 통해 인간이 인간다움의 자격을 갖추게 될 뿐만 아니라 개인 가정 사회 국가의 발전을 도모할 수 있다고 보는 것이다. 정산은 교육 을 크게 과학교육과 도학교육으로 나눈다. 과학교육은 물질문명의 근본으로서 세상 의 외부 발전을 맡았고 도학교육은 정신문명의 근원으로서 세상의 내부 발전에 필 요한 교육이다. 그런데 과학과 도학의 이 양대 축은 서로 바탕이 되므로 문명의 발 달과 인류의 행복을 위해서는 두 가지 교육이 서로 조화를 이뤄야 하는 당위성을 갖는다. 이상과 같은 과학과 도학의 겸전은 소태산이 주장한 물질개벽에 따른 정신 개벽의 필요성, 즉 물질문명을 대표하는 과학교육과 정신문명을 대표하는 도학교육 으로 설명할 수 있다. 건학정신의 실현이라는 대명제 하에 교육현장에서 종교교육을 필요로 하는 이유 는 무엇일까? 이에 대한 답으로 크게 두 가지를 생각해 볼 수 있다. 첫째는, 우리 사회가 다종교사회를 이루고 있기 때문이다. 우리나라는 종교인구 분포를 감안할 때 다종교 국가로 볼 수 있다. 종교인구 또한 전 인구의 반수를 조금 넘는 53.1%이 다. 34) 인구의 반절이상이 종교를 신앙하고 있으며, 전형적인 다종교국가에서 요구 31) 최윤진, 앞의 논문, 쪽. 32) 이 문제에 대해선 대부분의 연구자들(정진홍, 김귀성 등)이 같은 견해를 피력하고 있다. 33) 원창학원 홈페이지 247

256 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 되는 것은 종교에 대한 바른 이해이다. 타종교의 교리, 사상, 문화 등을 배움으로써 이 사회에 건전한 종교적 가치관 확립과 성숙한 종교문화를 형성할 수 있으며, 공 존의 질서를 통해 평화의 세계를 건설 할 수 있는 것이다. 둘째는 인성교육의 요청이다. 세상에 종교 인구는 많은데 종교성을 가진 사람은 많지 않다고 한다. 이것은 종교가 인간의 삶과 유리되었다는 것이다. 인간 삶의 궁 극적 가치, 인간존재에 대한 깨달음, 이런 교육은 학교교육에서 다른 교과목이 담당 하기에는 한계가 있기 마련이다. 종교의 가르침의 목적은 단순한 종교지식의 습득 이 아니라 인간행동의 변화에 있다. 성자적 인격을 닮아가고 현 시대가 요청하는 바람직한 인격완성을 위해서는 인성교육이 필수적으로 요청된다. 특히 성적우선주 의, 학교폭력과 왕따로 인한 인간성 파괴, 창의성 없는 학습기계로 전락한 학교교육 의 부정적 현실을 벗어나기 위해서라도 인성교육은 필요하다. 현재의 청소년들에게는 자신의 창조적인 삶의 방향을 추구하도록 하는 방향모색 이 필요하다. 청소년은 미완성의 인격체이다. 자신의 이상과 현재의 나와의 간격을 줄일 수 있는 자기수정능력, 어려운 상황에서 스스로 올바른 판단을 할 수 있는 자 기결정권, 공익을 위해 헌신할 수 있는 희생봉사심 등 자신을 가꾸는 인격도야에 학교의 종교교육은 큰 힘이 될 수 있다. 인권의 관점에서 학생들에게 필요한 것은 종교의 자유라고 말할지 모르겠으나 교육의 관점에서 볼 때 종교교육은 자신의 성 장은 물론 사회의 발전의 위해 필수불가결의 요소로 인식되어져야 할 것이다. 2. 교립학교 종교교육의 현황과 교사의 인식 원불교 교단에서는 원광고등학교 외 7개의 중ㆍ고등학교와 인성교육을 중심으로 특성화교육을 하는 11개의 대안 중ㆍ고등학교를 운영하고 있다. 이들 모든 학교에 교육과 교화를 목적으로 성직자인 교무가 교사로 근무하고 있다. 교립학교는 아니 지만 해당 재단의 요청에 의해 휘경학원 산하 휘경여자 중ㆍ고등학교와 훈산학원 산하 전북제일중ㆍ고등학교에 교무가 파견되어 근무하고 있기도 하다. 교단내 중ㆍ 고등학교 현황을 보면 아래 <표1>과 같다. 34) 통계청, 2005년 인구주택총조사보고서 248

257 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 <표 1> 교단내 중ㆍ고등학교 현황 구분 학교수 학교 명칭 허가일자 홈페이지 원광중 원광여중 해룡중 중학교 8 성지송학중학교 지평선중학교 헌산중학교 한겨레중학교 은혜학교(중ㆍ고통합과정) 원광고 원광여고 원광정보예술고 해룡고 고등학교 9 영산성지고등학교 경주화랑고등학교 원경고등학교 지평선고등학교 한겨레고등학교 논자는 교립학교의 종교교육의 현황을 파악하기 위해 질문지법을 이용하였다. 해 당학교는 원창학원내 5개 학교이며, 35) 종교교육(수업)과 법회를 함께 담당하는 교 무에게 아래의 질문에 답변을 요청하였다. 질문지는 2012년 4월 3일에 이메일로 발송하여 4월 16일에 5개 학교 전부에서 답변을 받았다. 응답해준 대상은 5명 모 두 원불교 성직자인 교무로서 남자1 여자 4명이며, 1명은 교직 1년차에 해당되고 나머지 4명은 4년 이상의 교육경력을 갖고 있다. 질문 내용은 아래와 같다. 질문에 대한 답변의 내용은 중복된 내용은 피하고 간략하게 정리하였다. 1. 귀교에 개설되어 있는 종교관련 교과목명, 주당 시간수, 교과목 운영내용은 어 떻게 됩니까? 교과목명: 주당 시간수: 교과목 운영 내용: 2. 종교관련 교과목 외에 교립학교의 건학이념을 실천하기 위한 교과목명, 시간 수, 교과목 운영내용은 어떻게 됩니까? 35) 조사대상을 원창학원으로 한정한 이유는 원불교 교립학교의 역사와 전통을 고려하였다. 원창학 원내 학교는 익산지역에 위치한 학교로 원불교 교립학교의 건학이념이 가장 잘 실현되는 학교 이다. 나머지 학교 또한 원불교 정신에 의해 운영되는 학교이긴 하나 대안학교의 특수성을 고 려하여 조사대상에서 제외하였다. 249

258 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 교과목명: 주당 시간수: 교과목 운영 내용: 3. 교립학교에서 타종교를 신앙하는 학생들에 대한 배려는 어떻게 하고 있는지요? 4. 교립학교에 근무하는 교무로서 교화와 교육중 어느 부분이 더 우선시 되어야 한 다고 생각하시는지요? 그 이유를 써주시고 혹 다른 의견이 있으시면 적어주세요. 5. 종교의 자유(학생)와 종교교육의 자유(학교 or 재단)에 대해 교무님의 의견을 자유롭게 기술해 주세요. 6. 교립학교에서 바람직한 종교육의 방향에 대해 교무님의 자유로운 의견을 말씀 해 주세요. 1)학교별 종교관련 교과목명, 주당 시수, 교과목 운영내용 <표 2> 학교별 종교관련 교과목명, 주당 시수, 교과목 운영내용 학 교 명 교과목명 주당시수 과정 교과목 운영내용 원광중 창의적 체험활동 1 1년 창의성과 인성을 발달시키는 종교인성교육 원광여중 창재(종교) 1 1년 종교개론. 세계종교 둘러보기. 한국종교 둘러보기 원광고 종교와 철학 1 1년 각 종교 이해 원광여고 종교/철학 1 1년 인성교육- 나의 바른 성장 노트-귀공주 점 검 및 마음공부 원광정보예술고 생활과 종교. 생활과 철학 1 1년 마음공부와 인성교육 위의 <표2>에 나타난 바와 같이 중학교의 경우 종교교육은 창의적 재량학습 또 는 창의적 체험활동의 일환으로 이루어지고 있으며, 고등학교의 경우 종교 또는 철 학의 교과목을 개설ㆍ운영하고 있음을 살펴볼 수 있다. 수업은 주당 1시간, 개설학 기는 1학년과 2학년에 1년 과정으로 개설되는 것이 보통이다. 한편 원여중에서는 창재(인성) 과목을 개설하여 인성교육을 36) 실시하고 있으며, 원광정보예술고의 경 우에도 마음공부 교과목을 개설하여 운영하고 있다. 대체적으로 교립학교에서 이 루어지는 종교교육은 종교 와 인성 에 초점이 맞추어져 있다고 볼 수 있다. 이 외 에 직접 교화활동의 영역에 속하는 법회를 주1회 운영하고 있다. 2)타종교 신앙인 학생에 대한 배려 Q: 타종교를 신앙하는 학생들에 대한 배려는? 36) 인성교육의 내용으로는 자아성찰, 꿈, 행복, 은혜, 감사, 칭찬, 배려, 나눔, 환경, 봉사, 도덕성 등을 제시하고 있다. 250

259 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 A학교: 타종교 소개. 타종교의 교리나 신앙체계를 함께 가르침. 법회는 자유 참석. B학교: 종교들간에 배정시간을 똑같이 맞춰서 진행. 종교를 일반론적 관점에서 설 명. 각 종교의 핵심내용을 전달하는 형식으로 균형감 유지. 법회는 자유 참석. C학교: 원불교도 다른 종교와 똑같은 시간수로 운영. 법회는 자유 참석 D학교: 종교 관련 수업이 아닌 인성교육으로 수업진행. 법회는 자유 참석 E학교: 마음공부와 인성교육 중심으로 수업진행. 원불교에 대한 기본안내만 하고 종교에 관한 언급을 하지 않음. 법회는 자유참석. 먼저 살펴볼 사항은, 타종교를 가진 학생들에게 종교의 자유를 침해하고 있는가 이다. 종교의 자유는 종교교육을 받거나 받지 아니할 자유까지를 포함한다. 이런 점 에서 볼 때 교립학교에서 운영되는 교과목은 명칭에 있어 원불교라는 교명을 직접 표시하지 않았다 할지라도 내용과 그 교과목을 가르치는 교사가 교무라는 신분을 감안하면 절대적으로 종교의 자유가 보장된다고 보기는 어렵다. 또한 교과목이 선 택이 아닌 필수로 운영되고 있다는 점은 종교의 자유가 원천적으로 보장되고 있다 고 볼 수는 없다. 다음은 종교 편향성의 문제이다. 종립사학의 특성상 종교교육이 법의 테두리 내 에서 용인된다고 볼 때, 교립학교에서 행해지는 종교교육은 어느 정도 종교편향에 서 벗어나 균형 잡힌 교육과 학생 중심의 교육이 행해지고 있음을 확인할 수 있다. 원불교라는 특정종교에 대해 치중하지 않고 종교들 간에 배정시간을 균등하게 하고 있다는 점에서 그러하다. 교화적 목적을 가진 법회참석은 의무가 자율참석을 실시 함으로써 학생의 종교자유권을 보장한다고 볼 수 있다. 주목할 것은 일부 학교에서 는 종교교육을 완전히 배제하고 인성교육으로의 대체 또는 전환을 꾀하고 있다는 점이다. 3)교육과 교화에 대한 교사의 관점 Q: 학교에 근무하는 교무로서 교화와 교육중 어느 부분이 더 우선시 되어야 하는가? A학교: 교육가운데 교화가 있다고 생각. 마음공부를 통한 인성교육이 곧 교화라고 생각함. B학교: 교화가 우선시 되어야 한다. 종교적인 품성을 길러줘야 하고 자율적인 종 교 참여활동을 통해 교화로 연결되어야 한다. C학교: 교육과 교화를 둘로 보지 않는다. 원불교인을 만드는 것만이 교화라고 보 지 않는다. 원불교에 대한 좋은 인식을 갖게 하는 것이 교화라고 생각한다. D학교: 교육과 교화를 둘로 보지 않는다. 수업시간이 교육이라면, 상담 및 법회활 251

260 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 동은 교화의 영역이다. E학교: 교육을 잘 하는 것이 교화를 잘하는 것이라 생각. 실제에 있어서는 교화적 인 것(법회와 입교)을 무시할 수 없는 중요한 부분이다. 대체적으로 교육과 교화를 둘로 보지 않고 있다. 더 나아가 교육을 잘 하는 것이 교화를 잘 하는 것이라는 표현에서 알 수 있듯이, 학교라는 교육기관에서는 교육이 우선되어야 한다는 관점을 발견할 수 있다. B학교의 경우 교화가 우선시 되어야 한 다고 했는데, 교화의 의미와 내용을 어떻게 바라보느냐에 따라 교육과 교화가 상호 대립이 아니라 보완의 관계로 정립될 수 있을 것이다. 교육이 교화보다 우선되어야 한다는 주장에는 교화를 포기한다는 의미보다는 원불교와 교무에 대한 좋은 이미지 를 형성하는 것이 오히려 실질적인 교화라는 인식이 자리하고 있다. 즉, 당장 교도 숫자를 늘리는 것이 아닌 잠재 교도로 키우는 것을 교화로 보는 것이다. 다만, E학 교의 경우와 같이 현실에서는 법회와 입교와 같은 교화적 내용을 무시할 수 없는 상황임을 짐작할 수 있다. 4)종교의 자유와 종교교육에 대한 관점 Q: 종교의 자유(학생)와 종교교육의 자유(학교 or 재단)에 대한 교무님의 의견은? A학교: 종교의 자유가 보장되어 있다. 마음공부를 통한 인성교육은 학생의 종교의 자유와 상관없이 올바른 인성함양에 크게 기여할 수 있다고 생각한다. B학교: 학생들의 종교자유는 기본적으로 보장되어야 한다. 종교교육 또한 건학정 신을 실천을 위해 시행되어야 한다. 종교 활동에 대해선 자유의지대로 참 여하도록 해야 한다. C학교: 수업내용이 각 종교를 수업하고, 인성에 대해, 마음에 대해 수업하고 있기 때문에 양자간 충돌은 없다. 종교의식은 자유참석이기 때문에 문제가 없다. D학교: 종교의 자유는 보장되어야 한다. 단, 종교교육을 통해 종립학교의 특성을 교육할 필요성은 반드시 존재한다. 이웃종교에 대한 포용과 배려, 무종교 학생에게는 종교와 인연할 수 있는 기회를 제공한다는 측면에서 필요하다. E학교: 종교의 자유와 종교교육의 자유 사이에 중심을 잡는 것이 어려운 숙제이다. 대부분의 교무들이 교립학교 내에서 종교의 자유가 보장되고 있다는 인식을 하고 있다. 이와 같은 인식은 종교교육(수업) 내용에서 종교편향이 없이 균형감 있는 종 교교육을 하고 있다는 자신감의 표현으로 볼 수 있다. 특히 인성교육과 법회의 자 유참석의 측면에서 볼 때, 학생의 종교의 자유에는 아무런 하자가 없다는 주장이다. 252

261 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 단, 종교의 자유를 종교교육에 대한 거부로 해석하는 것에는 경계하고 있다. 어떠한 형태로든지 건학정신을 실현할 수 있는 종교교육은 반드시 필요하다는 입장이다. 종교의 자유와 종교교육의 자유 간에 현실적인 고민이 있는 것으로 보인다. 5)바람직한 종교교육의 방향 Q: 교립학교에서 바람직한 종교교육의 방향은? A학교: 1종교문화를 공부하는 교양수업이어야 한다. 2학생들의 미래를 위해 인 성교육에 힘써야 한다. B학교: 1학교교육이 주가 되고 종교교육이 종이 되어야 한다. 2학생들의 종교자유 권이 보장되어야 하고 재단의 건학이념 실현(교화)는 일부 제한되어야 한다. C학교: 1지금의 상황(종교일반 교육+인성교육)이 바람직하다. 2종교일반에 대 해 객관적인 시각을 갖고 교육할 수 있도록 연수(교육)가 필요하다. D학교: 1치열한 입시경쟁에서 종교교육은 휴식과 자신성찰의 시간이 되어야 한 다. 2종교교육도 중요하겠지만, 청소년들의 바른 성장에 도움을 줄 수 있 어야 한다. E학교: 1종교라는 과목이 오히려 학생들과의 만남을 방해하기도 한다. 인성지도 와 종교의 공통정신을 배울 수 있는 생활과 마음, 인생과 마음공부 로 과목명을 변경했으면 좋겠다. 2지식적인 종교교육은 큰 의미가 없다고 본 다. 학생들의 정서와 인성의 바른 성장, 인생의 바른 가치관을 정립하는 것이 더 중요하다. 3종교에 대해 열린 마음을 갖게 하는 것이 중요하다. 위의 내용을 크게 종교문화 교육 과 인성교육 으로 나눠볼 수 있다. 문제는 인성 교육을 종교교육과 별개로 볼 것인가, 아니면 종교교육의 내용에 포함시켜 볼 것인 가이다. 대체로 교사들의 인식은 종교교육과 인성교육을 나눠보는 입장으로 보인다. 경중을 논한다면 종교교육보다는 인성교육이 더 중요하다는 인식을 하고 있음을 알 수 있다. 6)시사점 질문에 대한 답변을 분석ㆍ정리한 후 시사점을 정리해 보면 다음과 같다. 1 종교관련 교과목명으로 원불교 라는 교명이 직접 언급되지 않고 종교/철학 이 거나 창의재량/창의체험 내에서 종교수업을 개설ㆍ운영하고 있다. 실제 내용에서는 다른 종교와의 형평성을 유지하고 있고 인성교육적 측면에서 접근하고 있음을 알 수 있다. 253

262 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 2 국공립학교와는 달리 종립사학의 입장에서 볼 때 종교교육이 시행되고 있으 며, 이는 종교교육에 대한 거부권, 즉 종교의 자유를 원천적으로 보장한다고는 볼 수 없다. 단, 종교교육의 내용은 특정종교에 편향되거나 그로 인해 종교 차별적 요 소는 극히 미미한 것으로 파악된다. 3 교사들의 경우 종교교육보다는 인성교육을 더 중요시하고 있으며, 교육의 질 을 높이는 것이 오히려 교화에 도움이 된다고 인식하고 있다. 교화적 관점에 서 있 는 법회는 자율참석을 보장하고 있으며, 교사는 교육과 교화를 동등하게 바라보고 있으며, 경중을 논할 경우 교육이 우선되어야 한다고 인식하고 있다. 4 어떤 형태로든지 종립학교로서 건학정신을 실현할 종교교육은 필요한데, 그 방법은 인성교육을 강화하는 것으로 바라보고 있다. 종교교육의 내용은 종교문화적 접근이 바람직하다고 보았으며, 인성교육의 중요성을 특히 강조하고 있다. 3. 교립학교 종교교육의 방향 우리나라와 같은 다종교사회에서 특정종교를 중심한 종교교육에는 사실상 많은 제약이 따른다. 종교적 신념과 가치관이 다른 경우 종교교육 자체를 거부할 수 있 으며, 무종교인의 경우 종교에 대한 무관심과 냉대가 자리하고 있음을 부정할 수 없다. 따라서 종교계 사학의 경우 국공립학교와는 달리 교육기능과 종교기능 양자 를 감안하여 종교교육의 방향을 정립할 필요가 있다. 어떻게 하면 균등하고 질 높 은 교육콘텐츠를 통해 학생의 교육권 보장과 더불어 종립학교의 건학이념을 실현할 것인가에 공의와 지혜를 모아야 할 것이다. 두 방면에서 바람직한 종교교육의 방향 을 살펴보고자 한다. 1)종교학(종교문화) 교육 정진홍은 학교에서의 종교교육은 종교문화에 대한 이해를 통하여 인류의 문화를 새롭게 읽고, 현실적인 삶의 복지를 위하여 그러한 문화현상이 어떠한 의미를 지니 는가를 터득하게 하는 것으로 그 차별성을 드러내지 않으면 안 된다고 37) 하였다. 이런 점에서 볼 때 교과목명도 종교와 철학 이라는 딱딱한 느낌보다는 종교와 인 간, 종교와 문화 38) 등으로 표현되는 것이 바람직하다는 것이다. 그의 주장은 종교 학이라는 학술적 교육보다는 종교문화라는 문화적 접근을 통해 종교를 이해하고 공 감하는 것이 바람직하다는 견해로 보인다. 37) 정진홍, 제7차 교육과정과 종교교육, 종교교육학연구 제13권, 한국종교교육학회, 2001, 12쪽. 38) 정진홍 교수의 제안. 254

263 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 그런데 최근 고시된 중등학교 교육과정(제2012-3호, )에 의하면 2009 년 교육과정에서 선택 교육과정인 생활과 종교 가 종교학 으로 그 명칭이 바뀌었 다. 39) 교과목명이 종교 생활과 종교 종교학으로 바뀐 셈인데, 종교학으로 그 명 칭이 바뀐 이유는 교과목의 성격을 명료화 한 것으로 설명된다. 즉 종교학의 목표 를 종교에 대한 기본적 이해를 통해 일반적인 교양을 증진시키기 위한 과목 으로 밝힘으로써 종교교육을 교양교육 차원에서 다루겠다는 의도로 보인다. 고등학교 교양 교과 교육과정 종교학 에서 밝히고 있는 목표는 종교학 과목은 다양한 종교의 세계를 이해함으로써, 가치 있는 삶에 대해 성찰하고, 다른 사람들과 더불어 살아가는 전인적 인간을 기르는데 중점을 둔다. 40) 고 밝히고 있다. 이러한 종교학 교육의 필요성 41) 에도 불구하고 교립학교에서는 이를 실행하는데 몇 가지 어 려움을 가지고 있다. 그 내용을 살펴보면 첫째, 종교사학 중고등학교일 경우 특정종 교의 종교교육에 치중될 수밖에 없는 구조이다. 42) 둘째, 중학교와 고등학교 학생이 요구하는 종교학의 분야가 다를 수 있다는 것이다. 고등학생의 경우 치열한 입시경 쟁에서 종교학을 배운다는 것은 매우 어려운 상황이다. 셋째, 성직자가 자기 종교 이외의 종교를 가르친다거나 종교문화 일반을 비판적 인식의 차원에서 가르친다는 것은 현실적으로 많은 문제를 안고 있다. 43) 넷째, 중학교의 경우 교과목 선택으로 종교학이 없다. 44) 종교교육을 실행할 수 있는 법적 접근은 선택과목을 개설하거나 창의적 체험활동 의 영역에서 실시할 수 밖에 없다. 갈수록 종교교육을 실시할 수 39) 김귀성, 원불교 교립 중등학교 종교 교과서 개발의 현황과 과제, 종교교육학연구 제38권, 한국종교교육학회, 2012, 56쪽. 40) 초중등학교학교 교육과정 개정고시( ), 교육과학기술부 41) 종교학 교과의 기본 목표는 크게 세 가지이다. 첫째, 종교에 대한 폭넓고 균형 있는 지식을 습득하여 건전한 종교관을 정립한다. 종교학 과 목이 추구하는 것은 특정 종교의 신앙심을 배양하는 것이 아니라, 종교에 대한 포괄적이고 올 바른 지식을 통해 종교를, 그리고 신자나 비신자가 다양한 방식으로 종교와 관계를 맺고 살아 가는 인간을 좀 더 깊이 이해하는 것이다. 둘째, 일상생활에서 부딪히는 어려운 인생 문제를 극복할 수 있는 성숙한 인격을 배양한다. 인 간 삶의 크고 작은 문제들에 대한 종교들의 다양한 답변을 살피는 것은 이 문제들에 대해 생각 하고 대처하는 능력을 길러주며, 학습자의 전반적인 인격 성숙에 도움이 된다. 셋째, 종교의 다양성과 차이에 대한 이해를 통해 올바르고 참된 삶의 태도를 기른다. 다양한 종교들을 살피는 목적은 자신의 종교를 좀 더 깊이 이해하거나 종교에 담긴 인간의 기획과 진 정성을 발견하고, 다른 종교들에 대한 배려의 태도를 기르는 데에 있다. - 교육과학기술부, 고 등학교 교양 교과 교육과정 종교학, 초중등학교 교육과정 개정고시( ). 42) 종교교과서 개발을 보더라도 종교 교과서는 외형상 현행 교육과정 체제를 따르는 것처럼 보 일지 모르나 엄밀히 말하면 교육과정 체제를 자의적으로 받아들이고 있다. - 김귀성, 종교 교재 개발의 과제와 전망, 종교교육학연구 제22권, 한국종교교육학회, 2006, 126쪽. 43) 정진홍, 위의 논문, 38쪽. 44) 학교는 새로운 선택과목이 필요할 경우 절차에 의해 개설할 수 있다. 255

264 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 있는 포괄적 법의 테두리는 좁혀지고 있다고 볼 수 있다. 이러한 현실적 어려움에도 불구하고 종교(학)교육을 실행되어야 한다는 것이 논 자의 주장이다. 종립학교의 특성과 정체성을 살리기 위해서는 다른 국공립학교에서 할 수 없는 종교교육을 과감히 시행하는 것이 바람직하다고 본다. 종교교육이 학생 들에게 꼭 필요한 교육적 목표를 갖는다면 당위론적으로 종교교육은 실행되어야 하 는 것이다. 단, 종교교육의 방향은 교도를 확보하기 위한 교화중심의 종교교육을 지 양하고 종교에 대한 건전한 상식을 지닌 교양인을 양성하기 위한 종교교육을 지향 해야 한다. 중요한 문제는 교육의 내용과 방법을 어떻게 만들어 가느냐이다. 예를 들어 종교 문화를 중심으로 교육한다고 할 때, 다양한 체험활동으로 접근할 수 있다. 특정 종 교위주의 교리주입이나 종교행사 참여보다는 자발적이고 선택적인 분위기에서 다양 한 종교문화를 이해하고 체험하는 기회를 제공함으로써 건전한 시민교육의 일환으 로 자리매김할 수 있다. 교단에서 운영하고 있는 한겨례 중학교 45) 의 종교교과 학습 지도계획안을 보면 타종교를 이해할 수 있는 종교학적 교육과 종교문화를 이해할 수 있는 종교체험활동(종교 탐방)으로 구성되어 있는 점은 46) 시사하는 바가 크다 할 것이다. 2)인성교육(도덕교육) 인성교육은 원불교 종립사학의 건학이념을 실천하고 청소년들에게 바른 인성을 길러주어 미래사회의 일군으로 성장하는 데 가장 필요한 부분이다. 특히 마음공부 로 대표되는 원불교의 인성교육은 학문적 평가는 물론 교육현장에서 그 효과를 입 증하고 있다. 또한 최근 학교교육에서 큰 문제가 되고 있는 학교 폭력이나 학교 내 문제들을 예방할 수 있는 대안이 될 수 있을 것이다. 교육과학기술부에서는 2010, 창의ㆍ인성교육기본방안 을 발표하여 인성을 바탕 으로 한 긍정적인 사람이 되도록 하는 것이 시대적 당위성을 반영한 교육이고, 교 육의 목표는 인간다운 인간을 만드는 것, 나아가 인간이 행복하게 살아가게 할 것 임을 나타냈다. 47) 교육의 본질이 인간을 인간답게 만드는 것 48) 이라고 볼 때 인성 45) 새터민 교육기관. 46) 의외로 종교 교과서 중심의 수업은 적고, 영상물을 공동 관람하고 토론하거나 교과서 보다 체험교육을 실시하는 경우가 적지 않다. - 고시용, 다문화사회와 원불교 종교교육, 종교교 육학연구 제36권, 한국종교교육학회, 2011, 134쪽. 47) 교육과학기술부, 창의와 배려의 조화를 통한 인재 육성: 창의/인성교육을 위한 기본방안, 이은진ㆍ박세훈ㆍ오주은ㆍ양미하 인성교육에 대한 인식과 실태, 종교교육학연구 제38 권, 한국종교교육학회, 2012, 27쪽에서 재인용. 48) E, 뒤르껭, 이종각 역, 교육과 사회학, 배영사, 2000, 73쪽. 256

265 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 교육은 학교교육에서 기본교육으로 자리하고 있는 것이다. 인성교육을 정확히 정의내리는 것은 매우 어렵다. 대체적으로 윤리교육이나 도덕교 육 정도로 인식하기도 한다. 49) 또한 인성교육과 종교교육의 구분 또한 명확하지 않는 부분이 있다. 일반적으로 인성교육은 인격양성(성장)을 위한 교육으로 보며, 학교에서 는 지식을 습득하는 교과목 교육이 아니라 마음을 중심으로 한 인격성장에 도움을 주 는 교육을 말한다. 올바른 인성과 창의성을 갖춘 인재라야 미래사회에 공헌과 나눔을 실천할 수 있다는 것이 인성교육을 중요시하는 사람들의 공통된 의견이다. 50) 본 논문에서 채택한 인성교육은 원불교 교리사상에 입각한 인성교육으로 삼학공 부를 통해 수양력, 연구력, 취사력 삼대력을 갖춘 원만한 인격을 양성하는 교육으로 볼 수 있다. 특히 현실적인 문제들을 올바르게 판단하고 정의롭게 실행할 수 있는 능력을 기르는 것을 말한다. 바른 인성이란 단지 착함 만을 의미하지 않는다. 원만 한 인격의 요소는 정신의 자주력, 일과 이치에 대한 지혜, 정의를 실행하는 힘 세 가지를 아울러 갖추는 것이다. 원불교에서 인성교육을 도학교육의 측면으로 보 는 이유이다. 이러한 인성교육의 요청은 개인의 인격성숙에 국한되지 않는다. 사회 적인 병리현상을 치료하고 인간성이 회복된 사회를 건설하기 위해 종교교육은 필요 한 것이다. 일반 학교교육에서 배제되거나 아니면 하기 어려운 부분에 대해 종교교육은 답을 제시해 주어야 한다. 51) 종교가에서 실시되는 인성교육은 풍부한 종교성과 영성에 바탕한 인성교육에 강점을 갖고 있다. 원광대학교의 경우 교양교육의 목표 중에 하 나로 도덕적 품성과 도의실천의지를 갖춘 성숙한 인격체를 육성한다. 고 제시하고 있 다. 이를 참고할 때, 교립학교 인성교육은 도덕교육의 내용을 포함한다고 볼 수 있다. 최근 원창학원에서는 2년의 준비 끝에 인성교육 유무념 대조표를 체계화한 나의 바른 성장 노트인 <귀공자, 귀공주> 라는 인성교육 책자를 내놓았다. 이는 원불교 이념에 기초하여 인성교육의 방향을 정한 것으로 재단의 주도하에 원창학원내 각 학교 교사 대표가 참여하는 <인성교육추진위원회>에 연구ㆍ시행되고 있다. 간략히 그 내용을 살펴보면, 매일 10분 명상과 성공을 부르는 15가지 습관 을 유무념 조항으로 정하여 좋은 습관을 형성하여 성공한 학생, 즉 귀공주 귀공자로 거듭나는 것을 목적하고 있다. 15가지 습관은 인성(도학)교육을 정신교육, 예의교 육, 근로교육 3가지 영역으로 나누어 실천사항을 도출했다. 정신교육 조목으로는 49) 이은진ㆍ박세훈ㆍ오주은ㆍ양미하 인성교육에 대한 인식과 실태, 종교교육학연구 제38권, 한 국종교교육학회, 2012, 45쪽. 50) 한국인성교육협회 홈페이지 참고. 51) 김귀성, 공교육에서 종교교육의 과제와 전망, 기독교교육정보 제30집, 한국기독교교육정보 학회, 2011, 18쪽. 257

266 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 1마음 바라보기 2적극 감사ㆍ축원하기 3아낌없는 칭찬하기 4충ㆍ효심 기르기 5큰 꿈 강한 의지 갖기 예의교육 조목으로는 6존중하며 미소 짓고 내가 먼저 인사하기 7고운 말 바른 행동하기 8용의복장 단정하기 9나부터 질서지키기 10늘 긍정하고 활짝 웃기 근로교육 조목으로는 11규칙적인 생활하기 12건전 경제 생활 하기 13배려ㆍ나눔 실천하기 14휴지 줍고 안 버리기 15자연환경 살리기 등이다. 52) 이상의 인성교육의 실천사례는 아직 그 교육적 내용의 적절성과 효과를 평가하기 엔 이르다. 다만 인성교육이 필요하고 잘 해야 한다는 구호에만 그치지 않고 구체 적인 실행으로 옮겨졌다는 점에 그 의미가 있다 할 것이다. 최근 보고된 선문대학 교 건학이념 구현을 위한 인성교육방법 연구 는 53) 종립학교에서 인성교육의 필요성 과 그 교육적 효과를 확인할 수 있다는 점에서 참고할만하다. Ⅴ. 맺는 말 본 연구의 목적은 학생의 인권과 관련하여 원불교의 교립학교에서 바람직한 종교 교육의 방향을 모색해보는 것이다. 학생의 종교의 자유를 침해하지 않으면서 종교 교육을 통해 종교사학의 건학정신을 실현하는 최선의 방법은 무엇일까를 고민해 보 자는 것이다. 연구를 마무리하면서 그 내용을 요약하면 다음과 같다. 첫째, 원불교의 교리사상과 인권을 정리하면 다음과 같다. 소태산은 미래시대의 종교가 지향해야 할 바는 인간이 주체가 되는 인권시대로 전망하였다. 그는 일원상 의 진리를 통해 인간의 존재를 부처의 경지로 격상시킴으로써 인간의 존엄을 절대 화 했으며, 불성 일원상의 관점에서 모든 인간은 평등한 존재임을 밝혔다. 사은의 교리는 없어서는 살 수 없는 은혜적 관계로 규정하고, 동포은을 통해 모든 인간이 동등한 권리로서 각자의 직업을 통해 서로 도움이 되는 관계로 바라보았다. 법률은 에서는 인도정의의 공정한 법칙 인 법의 공정성을 밝히고 있으며, 법률을 통한 인 권의 보호와 보장을 가져올 수 있다고 보았다. 사요는 일원상 진리의 평등원리에 입각하여 누구나 평등하게 잘 사는 낙원세계를 만들자는 것으로, 자력양성을 통해 인권을 신장하고 인권평등을 이룰 수 있다고 보았다. 특히 적극적인 자력양성을 통 해 인권의 신장을 가져올 수 있다는 점에서 사회에서 논의되는 약자를 위한 인권보 호와는 그 성격을 달리하고 있다. 삼학은 인격완성을 목적하는데, 인권신장의 적극 52) 원불교신문, 2012년 03 23일자, 청소년과 어떻게 함께 할 것인가? 원창학원 인성교육 좌담 53) 정진완, 선문대학교 건학이념 구현을 위한 인성교육방법 연구, 종교교육학연구 제38권, 한 국종교교육학회,

267 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 적 실행방법이 된다. 최상의 인권을 회복하기 위해서는 도학교육, 즉 삼학수행을 통 해 원만한 인격을 이뤄야 한다는 것이다. 둘째, 종교의 자유와 종교교육의 자유를 정리하면 다음과 같다. 학생인권이 중요 한 이유는 모든 학생이 인간으로서의 존엄과 가치를 실현하며 자유롭고 행복한 삶 을 이루어나갈 수 있도록 하는 것이다. 종교의 자유는 종립학교에서 종교활동에 있 어 강요, 방해, 차별, 제한 을 받지 않고 종교의 자유를 보장하는 것이다. 그런데 종교사학의 경우 건학이념을 실현할 목적으로 종교교육을 실행하고 있다. 학교가 교 화기관이 아닌 공교육의 제도라 볼 때, 특정종교의 종교교육에는 제한이 따를 수 밖 에 없는 실정이다. 만약 교육이 선교(포교)의 수단으로만 간주되어, 학생들이 평등하 고 공정하게 누려야 할 교육권을 침해하고 박탈해서는 안 된다는 것이 중론이다. 셋째, 학생의 종교자유권에 따른 종교교육의 현황과 방향을 정리하면 다음과 같 다. 교립학교인 원창학원은 과학과 도학을 겸한 전인교육 을 건학이념으로 내세우 는 학교로서 종교교육의 필연성을 갖는다. 종교교육이 필요한 이유는 종교학을 공 부함으로써 다종교사회에서 건전한 종교적 가치관 확립과 성숙한 종교문화를 형성 할 수 있으며, 공존의 질서를 통해 평화세계를 건설할 수 있기 때문이며, 인성교육 을 통해 바람직한 인격완성을 위해 필요하다. 인권의 관점에서 종교의 자유를 말할 수 있으나 교육의 관점에서 종교교육은 청소년이라는 미완성자에게 자신의 성장은 물론 사회의 발전을 위해 필수불가결의 요소가 된다. 교립학교의 종교교육의 현황을 보면, 건학정신을 실현하기 위해 종교관련 교과목 을 개설ㆍ운영하고 있으며, 다른 종교와의 형평성을 유지하고 있으며, 인성교육적 측면에서 접근 하고 있음을 알 수 있다. 교사들은 교화보다는 교육적 관점을 우선 시 하고 있으며, 수업내용과 종교활동(법회)에서 인권의 차별적 요소는 극히 미미함 을 확인할 수 있다. 향후 종교교육의 방향은 종교학 교육+인성교육+교화활동 으로 요약할 수 있다. 종교학교육과 인성교육은 학생의 종교의 자유권에 접촉되지 않는 법의 테두리에서 실행할 수 있으며, 교립학교의 정체성을 살리는 측면에서 반드시 시행되어야 할 분야이다. 특히 인성교육은 원불교의 개교정신에 따른 건학이념을 실현하고 현사회가 안고 있는 청소년 문제를 해결할 수 있는 대안이 된다는 점에서 매우 중요한 교육내용이 된다. 교화활동의 영역인 법회 참석이나 상담 등은 자율참 석을 원칙으로 하나, 이 또한 신앙을 통한 바른 인격함양에 도움이 된다는 점을 간 과해서는 안 될 것이다. 마지막으로 향후 과제에 대해 언급하고자 한다. 종교교육과 관련하여 항상 강조 되는 부분이나 재삼 강조해도 지나치지 않을 부분이 있다. 그것은 종교교육의 프 로그램의 개발, 교재, 교수-학습 방법, 평가, 종교교사 등을 보다 효과적으로 운영 259

268 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 하기 위한 노력 54) 이다. 원불교 교립학교의 경우 구성원들의 합의를 통해 위에 열 거한 부분들을 발전 향상시킬 수 있는 구조를 갖고 있다. 문제는 누가 주체가 되느 냐인데 그 보다 더 중요한 것은 교립학교에서 시행되는 종교교육의 정체성의 확립 이다. 교육의 목적과 방향과 가치관이 명료해지면 다른 모든 것들은 이를 따르기 마련이다. 54) 김귀성, 불교계대학에서 종교교육의 문제, 원불교사상과 종교문화 27권, 원불교사상연구원, 2004, 63 64쪽. 260

269 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 참고문헌 <단행본> 김철수, 헌법학개론, 박영사, 국가인권위 역 사회복지와 인권 인간과 복지 E, 뒤르껭, 이종각 역, 교육과 사회학, 배영사, <논 문> 고시용, 다무화사회와 원불교 종교교육, 종교교육학연구 제36권, 한국종교교육학 회, 김도공, 인간 존엄성에 대한 교리적 근거, 원불교사상 26집, 김귀성, 공교육에서 종교교육의 과제와 전망, 기독교교육정보 제30집, 한국기독 교교육정보학회, 2011., 불교계대학에서 종교교육의 문제, 원불교사상과 종교문화 27집, 원불교 사상연구원, 2004., 원불교 교립 중등학교 종교 교과서 개발의 현황과 과제, 종교교육학연 구 제38권, 한국종교교육학회, 2012., 종교 교재 개발의 과제와 전망, 종교교육학연구 제22권, 한국종교교육 학회, 2006., 종교교육과 인간성 회복, 정신개벽 제14집, 신룡교학회,, 학교 교육과정에서 종교교육의 개념모형 탐색, 대순사상논총 제18집, 이은진ㆍ박세훈ㆍ오주은ㆍ양미하 인성교육에 대한 인식과 실태, 종교교육학연구 제38권, 한국종교교육학회, 정진완, 선문대학교 건학이념 구현을 위한 인성교육방법 연구, 종교교육학연구 제38권, 한국종교교육학회, 정진홍, 제7차 교육과정과 종교교육, 종교교육학연구 제13권, 한국종교교육학회, 최윤진, 학생의 종교의 자유에 관한 연구, 민주주의와 인권 제7권 2호, <기 타> 초ㆍ중등교육법 제18조의 4 대한민국헌법, 교육기본법 제12조 및 제13조 서울특별시 학생인권 조례 - 서울특별시조례 제 5247호. 교육과학기술부, 창의와 배려의 조화를 통한 인재 육성: 창의/인성교육을 위한 기 261

270 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 본방안, 초중등학교학교 교육과정 개정고시( ), 교육과학기술부 위키 백과사전. 원불교신문, 2012년 03 23일자. 한국인성교육협회 홈페이지 원창학원 홈페이지 262

271 원불교에서의 종교교육과 인권 을 읽고 논평 고시용 *55) 박희종 교수님은 본 연구논문에서 인권에 대한 개념을 밝히고 그와 관련된 원불 교 교리를 일원상, 사은 중에서 동포은과 법률은, 사요 중에서 자력양성, 삼학으로 일목요연하게 정리하고 있다. 뿐만 아니라 종교의 자유와 종교교육의 자유 라는 소주제에서 서울특별시 학생인권조례의 예를 들어서 학생의 종교자유가 최대로 보 장될 때 종교교육의 자유가 위축됨으로써 상충될 수 있다는 문제를 제기함으로써 특정신앙을 위시한 종교교육의중요성을 강조하는 듯 인상을 주었다. 하지만 종교 교육은 사립학교에 한정될 뿐 국공립학교에서 특정 종교교육을 실시하는 것은 법률 적으로 금지되어 있고, 사립학교의 경우에도 학생이 강제로 배정된 경우 특정 종교 교육을 실시하는 것은 타종교를 가진 학생의 종교의 자유를 침해하는 것으로 위헌 의 소지가 크다고 보고 있다. 는 최윤진 선생님( 학생의 종교의 자유에 관한 연구, 민주주의와 인권 제7권 2호, 2007) 등의 글을 인용하면서 종교계 학교는 종교단 체와 다르며 선교(포교)보다 교육의 기능을 더 우선시해야 할 것이며, 교육이 선교 (포교)의 수단으로만 간주되어 학생들이 평등하고 공정하게 누려야 할 교육권을 침 해하고 박탈해서는 안 된다는 종교교육학계의 입장을 견지하고 있다. 또한 원불교에서 설립운영 중인 중등교육기관 중에서 (학)원창학원 산하의 5개 중고등학교의 종교교사에게 받은 설문지를 분석하여 1)학교별 종교관련 교과목명, 주당 시수, 교과목 운영내용, 2)타종교 신앙인 학생에 대한 배려, 3)교육과 교화에 대한 교사의 관점, 4)종교의 자유와 종교교육에 대한 관점, 5)바람직한 종교교육의 * 원광대학교 원불교학과 263

272 2012년 종교교육학회 춘계학술대회 방향의 실태를 가감 없이 소개하고 있다. 여기에서 소개된 내용을 정리하여 박희종 교수님이 시사점으로 밝힌 바와 같이 대체적으로 원불교의 종립학교에서 진행하는 종교교육은 인성교육적 측면을 강화하는 것으로 판단된다. 즉 학생의 인권을 침해 하는 신앙교육은 이루어지지 않고 있으며 인성교육을 통해서 학생들로 하여금 전인 적 인간으로 성장할 수 있도록 하는 교육적 효과를 거두고 있다고 소개하였다. 나아가 교립학교 종교교육의 방향을 종교학(종교문화)교육, 인성교육(도덕교육) 의 두 가지 측면으로 제시하고 종교교육의 프로그램의 개발, 교재, 교수-학습 방법, 평가, 종교교사 등을 보다 효과적으로 운영하기 위한 노력 을 과제로 제시하였다. 대체로 이런 글들이 논평자들에게는 매우 어려운 글이다. 인권에 대한 논란이 야 기될 만한 쟁점도 없고 뭔가 문제삼을만한 특별한 주장도 없기 때문에 논평자들이 파고 들 실마리가 부족한 까닭이다. 그래서 논평보다는 종교교육에 대하여 원불교 의 공동연구자로서 함께 고민해볼 만한 몇 말씀을 드리는 것으로 논평자의 임무와 역할을 다하고자 한다. 1. 교육현장에서 종교교육을 필요로 하는 이유는 무엇인가? 박희종 교수님은 종교 교육의 필요성을 1우리 사회가 다종교사회를 이루고 있기 때문이다 2인성교 육의 요청이다 라고 언급하였다. 하지만 거꾸로 생각해볼 때 다종교사회가 아 니면 종교교육이 필요하지 않은가? 종교교육이 인성교육을 효과적으로 이루어 낼 교육과정으로 타당한 근거는 무엇인가? 오히려 교육현장에서 이러한 명분을 내세워서 종교에 대한 관심이 없는 학생들에게 종교교육을 강요하고 종교혐오 증을 불러일으키는 결과를 낳게 되는 것은 아닐까? 종교교과의 좋은 수업모델 은 과연 무엇인가? 그렇다면 학생들의 인권을 보호하고 신장시킬 수 있는 종교 교육의 수업모델을 개발하는 것이 더욱 효과적일 것이라고 생각한다. 2. 종교교육의 정체성은 과연 무엇인가? 종교교육이 인성교육으로 갈음될 수 있 는가? 그렇지 않다면 종교교육은 인성교육과 어떤 점에서 같고 어떤 점에서 다른가? 그리고 어떤 점에서 종교교육이 어떤 방법으로 인권교육에 기여할 수 있다고 생각하는가? 3. 학생들의 교육권은 인권보장의 측면에서도 반드시 실현되어야 한다. 아주 비근 한 예로 청소년들이 요즘에도 교복과 두발의 규제, 핸드폰 사용 규제, 학교 종 교 강요 등 청소년의 시각이 아닌 사회와 성인들의 입장과 학칙에 따라 주체 적 자유권은 물론이고 인권의 일반권리와 원칙마저 도외시하고 무시당하며 침 해받는 경우가 빈번하다. 학생을 미숙한 존재로 바라보는 관점에서 벗어나 자 유와 책임을 스스로 선택하고 자율적으로 성장해 나가는 주체적 관점으로 인 264

273 원불교에서의 종교교육과 인권 박희종 정해야 한다. 그런 의미에서 학생인권조례 제정은 매우 뜻이 깊다. 이런 측면 에서 교육과 교육권이 지닌 중요성을 절감한 사회와 국가의 적극적 의무 행사 가 무엇보다 시급할 때이다. 4. 학생인권조례에 대하여 종립학교의 종교교육은 어떻게 이루어져야 하는가? 한 국사회에서 학생의 교육권은 너무 정치적 논리에 따라 좌우되고 강제당하고 있다. 학생인권조례에 대한 효력을 놓고 교육과학기술부와 서울시ㆍ경기도ㆍ 광주시교육청의 다툼이 커지고 있다. 교육과학기술부가 지난 1월 26일 대법원 에 서울 학생인권조례에 대한 무효확인소송을 낸 상태만 보더라도 확연하게 드러난다. 게다가 종교계가 학생인권조례에 저항하는 이유를 종교교육에서 찾 아볼 수 있다는 주장도 일리가 있다. 학생교육권의 문제는 더 이상 학생 당사 자의 문제가 아니다. 그 안에는 철저하게 학교의 문제, 교사의 문제, 학부모의 문제 등 사회와 성인들의 문제가 포괄되어 나타나고 있다. 사회 시스템, 교사 의 자율권, 각 가정의 문제를 동시성으로 바라보아야만 어떤 구조를 변화시키 고 바꿔야 학생을 주체적 인간으로 인식하고 대우받도록 할 수 있을 것인가를 알 수 있다. 소태산은 미래에는 천권( 天 權 )보다 인권을 더 존중할 것 이라고 밝혔다.( 대종경 불지품 13장) 교육에 있어서 인권의 문제는 종교교육의 테두리 안에 있는 학생들만 이 아니라 학교 바깥에서 어른들의 폭력과 착취로 희생당하는 청소년들 모두에게 해당된다. 따라서 모든 종교들이 종교교육뿐만 아니라 청소년들의 인권수호에 앞장 서는 노력도 함께 기울여야 한다. 265

274

............

............ 제2장 1. 모월곶, 석곶, 서곶, 개건너 검단지역이 편입되기 전, 인천의 서구 전체는 지난날 서곶으로 불리던 지역이었다. 1914년 4월 1일 부평군 모월곶면과 석곶면을 통합되어 서곶 면이 되었다. 서곶이라는 지명은 군 소재지인 부평에서 서쪽 해안에 길 게 뻗어있으므로 그렇게 지어졌다. 이 지명은 반세기 이상 사용되었다. 그래서 인천시가 구제( 區 制 )를

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<C3D1BCB15FC0CCC8C45FBFECB8AE5FB1B3C0B0C0C75FB9E6C7E228323031362D352D32315FC5E4292E687770> 총선 이후 우리 교육의 방향 당 체제에서 우리 교육의 전망과 교육행정가들의 역할 박 호 근 서울시의회 의원 교육위원회 위원 서론 년 월 일 제 대 국회의원 선거가 치러졌다 선거는 바로 민의 의 반영이기 때문에 총선결과를 살펴보고 왜 이러한 결과가 나왔는가를 분석해 본 후 년 월 일을 기점으로 제 대 국회의원들의 임기가 시 작되는 상황에서 우리 교육이 어떻게

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